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アークロック  作者: 加鳥このえ
第三章 女子校潜入編
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第86話 存在しない対等

 改めまして自己紹介を。


 僕の名前は水沢零(みずざわれい)。アークロックの一員だ。


 そんな僕は、今日の会議を終えて、何事もなく帰宅し、自室にてちゃぶ台の上に置いた『桃太郎の腕輪』を見つめていた。


 今日の戦いで、あの腕輪は一瞬だけど、僕の腕に巻き付くように出現した。


 不思議と、大丈夫かと助けに来たかのように。


 でも、桃木島での出来事を考えると、そこには悪意があるようにしか思えなかった。


 正直言って、もう一度あれに触るのは怖い。


 もう、戻って来られないような気がするから。でもどこか魅力的で、僕は目が離せずにいるんだ。


 あの時、『桃太郎の腕輪』が見せた幻影のようなもの。うっすら見えた謎の男の背中は、今思えばおとぎ話の桃太郎のようだった。


 もしあれが桃太郎なら、なにか、大きなものに繋がっている気がして、どうにも気になった。


 でも、もう失敗はしたくない。


 鍵斗(けんと)先輩に失望されたくないし、穂火(ほのか)に馬鹿にされるのも勘弁だ。


 でも……どうしてかな。


 僕はそれから意識を逸らせないんだ。


 弟である百(もも)が突然部屋にやってくる。百はこう言った。


「お兄ちゃん、ご飯だって!」


「ああ、わかった」


 とにかく僕は、悩みを置いたまま家族で夕食を囲む。そして、夕食を終えて、部屋に戻り、『桃太郎の腕輪』に……


 触れた。


 考えたんだ。食事中ずっと……どうするべきなのかと。


 答えは出た。


 曖昧に残さない。


 きっとこのまま、死ぬまでこれを無視し続けても、死ぬまでモヤモヤするだけだから。


 僕は、どんな底なし沼でも足を入れられる勇気を……桃木島での修行で得た。


 正直言うと、もう逃げるのは嫌なんだ。


 僕は……僕だって……アークロックの一員なのだから。


 そっと指先が『桃太郎の腕輪』に触れて、視界が黒く塗りつぶされた。


 見える景色は日常から非日常へと変わり、僕の身体から力が抜けてバタンと倒れる。


 気絶するように眠った僕は、ある世界にいた。


 直感でわかる、ここは夢のような世界。つまり……『桃太郎の腕輪』の中だった。


 目の前には、桃色の陣羽織(じんばおり)に身を包み、ポニーテールのように髪をまとめ、白い鉢巻をつけている者の背中がある。


 僕はそっとそいつに近づいて、肩に触れた。


 振り返ってこちらを見たそいつの顔は、真っ黒に染まっていた。


 そして現れるのは、歪(いびつ)な顔。潰されている目、叫んでいる口。


 喉の奥で突っかかる悲鳴。


 本能に恐怖を与えてくる、悍(おぞ)ましいなにか。


 僕はそいつに飲み込まれ、気づいた時には、知らない場所にいた。



『むかーしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんがいました。


 お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。


 そこへ、どんぶらこ、どんぶらこと桃が流れてきます。お婆さんはそれを見つけ、家に持って帰りました。


 そこへ!


 山賊が現れました。山賊は赤ちゃんを抱いた女性を追っています。


 お婆さんは急いで桃を切って、山賊と女性に食べさせました。


 するとあまりの美味しさに、みんなが争いを忘れ、幸せになったのです。


 山賊は財宝を出して残りの桃をせがむくらい。


 お婆さんとお爺さんは困りましたが、女性が、


 赤ちゃんをやるので桃をください


 と言って、それなら……とお爺さんとお婆さんは、赤ちゃんを受け取って、桃を渡しました。


 そして家に迎えられた男の子に、桃で授かった息子だから


 桃太郎


 と名付けたのです。


 それから桃太郎はすくすくと成長しました。


 そして、桃太郎は馬車馬の如く働きます。お爺さんとお婆さんに恩を返すために、頑張ります。


 幸い桃太郎には才能がありました。あらゆる分野で意識が飛ぶほどの努力を繰り返し、成長し、活躍し、金を稼ぐ。


 そして全ての賃金をお爺さんとお婆さんに還元することで、彼は満足していました。


 そしてついに、鬼ヶ島の噂を聞きます。


 お爺さんとお婆さんから金銀財宝を盗んだのが、鬼だったのです。


 そして、桃太郎はお婆さんが作ったきびだんごと、お爺さんが作った立派な刀を腰に差して、旅に出ました。


 その先々で、犬、雉、猿と出会い、桃太郎は冒険を続けました。


 そしてついに、人の仲間を得ます。


 遅くまで語り明かした大切な仲間。同じ目標を追いかける同志。


 そんな彼らが、起きたらふと消えていました。


 テントの中には、金もない。


 外を探しても、犬、雉、猿はいない。


 桃太郎は不思議に思い、探しました。


 そしてついに見つけたのです!


 《犬雉猿のスペシャルメニュー。丸ごと一頭使った、ボリューミーな料理です》


 そうでした。


 犬、雉、猿は……売られていたのです。


 仲間だと思っていた、人間によって。


「あ、ああ……」


 純粋な桃太郎は、驚きました。


 裏切りを、初めて知ったのですから。


 桃太郎は強いショックを受けて、三日三晩走り続けました。


 涙を散らしながら。


 無意識にその足は実家へと向かっていて、桃太郎はお爺さんとお婆さんに慰めてもらおうとしたのです。


 ですが……家の外から、家の中の会話を聞いてしまいました。


「きびだんごを動物なんぞに使いおって」


「あれはあの子のために丹精込めて作った特注品。人を魅了できる力があるというのに。あの子は変に純粋だから」


「だがいいではないか、あいつは金を運んでくれる。あいつが生み出した金で幸せを味わい、あいつが持って帰ってくる財宝でワシらは死ぬまで安泰じゃ」


「でも、流石にやりすぎよ……


 人を雇って仲間を引き剥がすなんて」


「仕方ないだろう、動物なんかと話していたら、閉じこもった人間になってしまう!」


 ぽちゃん、と、大きな涙が落ちました。


 桃太郎は知っていたのです。


 知っていて、無視していた。


 赤ちゃんの頃から母に売られ、成長してからは育て親の肥やしにされる。挙げ句の果てには、偶然出会った大切な仲間は、親のエゴで殺された。


 生まれてずっと、


 利用され続けてきた男。


 桃太郎は泣きました。


 桃太郎は叫びました。


 桃太郎は……この世を恨みました。


 その強い願いが桃太郎を突き動かし、アークが生まれます。


 それは、二度と裏切られない、仲良くなる工程を省くことができる、『支配のアーク』。


 桃太郎は自暴自棄になり、鬼ヶ島へ向かいました。たった一人で。


 そして、心の穴を埋めるように、鬼を支配したのです。


 その後、この島は桃木島と呼ばれる。


 だが、桃太郎は満足できなかった。どこまで行っても空っぽで、どこまで行っても喜びを得られなくて、


 人生に失望して、


 彼は支配によって奪ってきた寿命を放棄しました。


 ただ、作り上げた王国を捨てたくなくて、彼は『支配のアークリオン』を自身から分離し、彼にこの王国を託したのです。


 そんな桃太郎は、死にました。


 人生に失望しながら。


 ああ、落胆。ああ、絶望。


 その顔はまるで……悍ましい、叫びでした。


 桃太郎は目を閉じます。


 もう何も……見たくないから。』


「……!!」


 気づけば、僕の体にまとわりつく無数の黒い手があった。


 視界を埋めていたのは、これだったか。


 僕はそれに支配される。


 記憶も、思考も、願いも、全部、全部、消えていく。


 もう、何も見たくな……。


 声が聞こえた。


「諦めるな、水沢零」


「……」


 その声は、こんなことを言ったんだ。


「勇気を持て。それが、伝える力であろう!!」


「……!!」


 この暗闇の中で、僕の手を引っ張ったものがいた。そいつの顔が微かに見えた刹那、僕の意識は現実へと戻される。


「……なんだ! 今の記憶!」


「今のは、桃太郎。オレの原点の記憶」


「……その声は、まさか!!」


 僕の脳内に直接語りかけてきたのは、あの時、桃木島でアークロックと激戦を繰り広げた……


「そうだ。オレは『支配のアークリオン』。水沢零、お前のおかげで蘇れた」


「……!」


 取り返しのつかないミス、取り返しのつかない勇気。僕は冷や汗を垂らしながら、『桃太郎の腕輪』から、ホログラムのように出てきた『支配のアークリオン』を睨む。


 だがやつは、優しい表情でこう言ったんだ。


「友達になろう、水沢零。そして救ってくれ、オレの原点、桃太郎を……」


「……何を言って」


 僕はこの展開が理解しきれていない。でも、心の中で、どこか他人事のように思えない彼の心。


 桃太郎の叫びは、確かに僕の心に、こびりついてしまった。

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