第82話 問いの返事は
空錠鍵斗と封刄陽真の戦いの裏で、ある一つの戦いは進行していた。
「零くん、やっぱり君は美しい。それゆえに悲しくなるわ。
あなた一人が美貌を独占していることに」
「こっちだって、好きでこの顔してるわけじゃないんだ!」
零は事前に鍵斗に開けてもらっておいたアークを使用して迎撃しようとするが、ユスティアが臆さず近づいてくることで、うまくアークを使用できずにいた。
ユスティア・ヴィーナスは女性であり、水沢零の天敵である。
「アーロイドから聞いていたよりも弱いわね。遠慮しているのかしら?」
「……く!」
「お姉さんが全てを受け止めてあげるから……」
ユスティアは色気のある投げキッスをして、こう言った。
「本気出しちゃいなさい」
「……!!」
零は青ざめて鳥肌を立たせた。そのせいで足を止めてしまい、距離を詰められる。
ユスティア・ヴィーナスは美人である。
胸も尻も、背丈もデカく、髪はサラサラで、背筋も伸びている。良い匂いがするし、スタイルもほどほどに肉感的で男受けするものだ。
まさに、悪いところが見つからない理想の女。
しかもバーテンダーという手に職までつけており、自分の店を持つほどの実力を備えた才色兼備な女。
そんな理想の女ゆえに……零はいつも以上に肝を冷やしていた。
背中に嫌な汗が流れる。
「……!」
香水の匂いがそっと香るほどの至近距離まで、ユスティアは潜り込んだ。
零はそれを感知して、意識を飛ばしそうになる。
でも、諦めたくない。
そう思った零は、アークロックのみんなの顔を思い浮かべた。
刹那、接続された神器が目を覚ます。
青と白の線が零の腕を回り、『桃太郎の腕輪』をテレポートさせた。
「……!」
ドクンッ、と心臓の鼓動が重なった。
脳に浮かぶのは、男の後ろ姿。桃色の陣羽織に身を包み、ポニーテールのように髪をまとめ、白い鉢巻をつけている者が、そっとこちらへ振り返ろうとした。
同時に、ユスティアがキラキラ輝いていた『桃太郎の腕輪』を掴んでこんなことを言う。
「あら! 綺麗な腕輪ね!」
それから逃げるように、『桃太郎の腕輪』はシュッ! とテレポートし、零の腕から姿を消した。
そしてユスティアは零の腕を掴んで……それをジーっと眺めた零は、事実を理解したのか……。
「がは……!」
女性耐性の無さを突かれ、泡を吹いて気絶した。
「え、え!?」
ユスティアは困惑しながらも、倒れる零を抱きしめる。
豊満な胸に顔を埋めた零は、悪夢を見た。
「あ、あらあら……」
そしてユスティアは虚偽の世界を解除して、現実世界のベンチに座り、零をぎゅっと抱きしめた。
「……すごいわ、寝顔も美しいのね」
水沢零VSユスティア・ヴィーナス、勝者! ユスティア・ヴィーナス!!!
零は罰ゲームのように抱きしめられ続けて、耳元で「かっこいいわ〜」と囁かれ続けた。
□■□■□
時は少し遡り、陽向灯里はアーロイド・マーキュリーにこう伝えていた。
「食べ歩きしない?」
「な、なんだと?」
アーロイドはもちろん混乱するが、陽向は自分のお腹をさすりながらこう言った。
「ほら、腹が減ってはなんとやらというやつですよ! 今日は日曜日だから、あっちで市場、やってるはずだよ!」
「……何を言っているんだ」
当然のように困惑するアーロイド。
しかしこれが強引なことは陽向も理解していた。
だが、これ以外に手はない。
陽向灯里はアークが使えない。理由は定かではないが、使えないのだ。
ゆえに、正面戦闘では勝ち目はない。
それを理解しているがゆえに、一つの賭けとして食べ歩きを提案したのだ。
「それになによりさ……」
でも本当の理由は他にあって、陽向はこう続けたんだ。
「わたし、プラネッツのこと知りたいの。私たち、なんでぶつかってるのかな?」
「……そういうことか」
パチンっ! と指を鳴らしたアーロイド。周囲に浮かんでいた物体は力が抜けたように、ガシャンと落ちた。
そしてアーロイドは静かに歩きながらこう言う。
「まったく君は不思議な人だ。空錠鍵斗は警戒対象。水沢零は天才。山田穂火は……まあ、あれだ。そして陽向灯里は、規格外のアークの才能を持つ危険物。そう考えていたのだが、
どうやらペテン師と評価を改めた方がよさそうだな。
何を企んでいる?」
片方の目を細め、挑発的な笑みを浮かべるアーロイドは、陽向の近くでそう問う。
陽向は、「ペテン師なんて壮大なもんじゃないよ。私はただ、お話したいだけ。気持ち悪いじゃん、理由を知らずにぶつかるなんて」と返す。
その瞳には、嘘偽りないような、屈託のなさを思わせるものが宿っていた。
アーロイドは目を細めて疑いながらも、「なんなんだ、君は」と言いながら、指を鳴らした。
そしてこう続ける。
「まあいい。罠だろうが乗ってやろう。私も……君のことが知りたかったんだ」
アーロイドは背中を見せて、虚偽の世界を崩す。そして、歩き始めた。陽向はニコッと笑って、その後をついていく。
ここは商店街であり、様々な店が並んでいる。
今から向かうのは市場であり、そこに行くまでにいろいろな店があったため、まず二人はドリンク店に行き、
アーロイドはタピオカミルクティを、
陽向はスパーキングオレンジスカッシュを、
頼んだ。
二人はプラスチック容器に入った飲み物をストローで飲みながら、会話する。
「ひとつ聞きたい、君は特別な過去でもあるのか?」
「ないよ。生まれてこの方凡人です。アークロックに入って、アークが強いことを知ったの」
「そうか。なら君の番だ。質問はあるか?」
陽向は、炭酸ジュースである、スパーキングオレンジスカッシュを飲んで、くぅー! となりながらも、こう訊いた。
「プラネッツは、何をする組織なの?」
「プラネッツの主な目的は人類の進化だ」
「人類の進化?」
「ああ。想像してみてくれ。アークは超常的な力だ。
水沢零が武器を生み出すのだって、山田穂火が炎を操るのだって、普通に考えてみればすごいことだろ?」
「確かに」
「アークは願いから生まれる力。つまり、不幸をなくす可能性なのだ。
歩けない者は歩けるようになり、不治の病は治り、空だって飛べる。
私たちはそう考えているから、全人類のアークを開き、人類の進化を目的としているのだ」
陽向は飲み終わったスパーキングオレンジスカッシュと、近くに落ちていたゴミと一緒に拾ってゴミ箱に入れながら、こう返した。
「凄く良いことに聞こえるけど、私は見てきたの。アークの暴走性、アークの危険性について」
「ああそうだな。だから我々は無差別にアークを開け、どのような条件で暴走するのか、どのような頻度で暴走するのか、あらゆるデータを取っている」
アーロイドはアークをこっそり使い、空になったジュースのゴミを遠くのゴミ箱へ投げ入れた。
そして次の店を指差してこう言う。
「あれは美味そうだ。今川焼き、どうだ?」
「おお、大判焼き」
「今川焼きだろ」
そんな会話をして、二人はあんこの入った回転まんを買った。店の名前は、『回転まん』である。
二人は紙袋に入ったそれを、肉まんを食べるように食べながら、再び話を始めた。
「なるほどね〜。安全に使えるように、アークを研究しているんだ」
「その通りだ」
「でもさ、無差別に、無許可にやるのは酷いんじゃないかな……」
「仕方ないだろ、志願制にしたら、現状に満足していない人しか集まらない。我々は、より幅広い人々を、それも、開けられたと認識していない人を対象に研究したいんだ」
「でもさ、アークの暴走って、簡単に日常を破壊しちゃうものじゃない?」
ホクホクな回転まんを、「うまっうまっ」と食べながら陽向はそう言う。
アーロイドは、「熱っ」と言いながら一口、また一口と食べる。
陽向は、あんこを飲み込んだ後こう言った。
「私たちアークロックは、目の前の人を悲しませたくなくて、アークを閉じて回っている。たぶん、プラネッツが開けたアークを。
私たちが来なければ、被害が出ていたことだってある」
陽向は、穂火のアークリオン事件のことをふと思い出していた。
あのまま放置していれば、学校は燃えて、負傷した生徒も現れていただろう。
それを危惧してそう言ったのだが、アーロイドは予想外の返答を述べた。
「仕方のないことだな」
「……!?」
「我々だって、できるだけ犠牲は出したくない。だが、犠牲を出すことでデータが得られるなら話は別だ」
陽向は食べ終わった回転まんのゴミを捨てながら、こう言った。
「鬼畜だねぇ……。人の命よりデータか……」
「そうだな。
考えてもみろ。今、数百の犠牲を出すだけで、未来の数千万の人間がアークを使用でき、幸せを享受できるようになるんだ。必要ある犠牲だろ」
「……うーん」
陽向は頭を悩ませながら、ふと人混みを見た。
「あ、市場についたみたいだよ」
「だな、行くか」
そう言って、陽向とアーロイドは市場へ向かう。
この市場は日曜日だけ道路上で行われている市場で、様々な新鮮な食べ物が売られている。
そんな場所で、陽向はこう言った。
「でもやっぱり、今ある幸せを崩してまでやることじゃない気がする。アークを安全に運用できる保証もないわけだし」
「……そういう考え方もあるな。
ただ、私たちは信じているんだ、人の未来を、人の可能性を。
やらなきゃ、いつまでも進まないままなんだからな」
「……そっか」
陽向はそう返す。
静まった空気を壊すように、市場でアーロイドが「あれ美味そうだぞ」と言うと、陽向もノリノリで「いいね〜!」と返し、二人はいも天を買って、食べ始めた。
そんな中で、アーロイドはこう訊く。
「それよりも私は君に興味がある」
「わたしに?」
「ああ。君はどうしてアークロックにいるんだ? アークロックは、どういうチームなんだ?」
陽向は、その質問に戸惑う。
「……私が、なんでアークロックにいるのか?」
それは、陽向灯里が無意識に目を逸らしていた疑問。
なぜ、陽向はアークロックにいるのか。
それは、彼女自身にも言語化できない、複雑な感情。
ふと口にしたいも天は、甘くて陽向を励ますような味だった。
足を止めた二人の横を進むのは、多くの人々。
まるで時が止まった二人を置いていくように、世界は流れていく。
陽向はこの時初めて、返事を詰まらせた。




