第83話 霧の中に隠された答え
なぜ、アークロックにいるのか。
私はその返事に困っていた。
私の名前は陽向灯里。高校二年生で、十六歳。六人兄弟の長女で、家ではいつもお世話役。
学校では友達と笑いながら過ごして、その幸せな日常に、少しだけ飽き飽きしていた女の子。
そんな女の子がふと、ミステリアスな男の子に救われて、雰囲気に流されて入ったのが、アークロック。
私はそんなアークロックに入って、日常が変わって、ワクワクして、ドキドキして、
非日常を体験しているようで、楽しいと感じていて、それは自覚していて、
鍵斗くんにも伝えていて……
でも……
なぜ、アークロックに入ったのかと言われたら、なんとなくわからない。
わかっているようでわからない。
霧の中に、確かにある宝箱を探しているみたいな気分で、この言語化できないモヤモヤは、今の私には掴めないでいた。
「どうした? 陽向灯里。言えない事情でもあるのか?」
そんな霧の中で、手を引っ張って、現実へと連れ戻してくれたのはアーロイドさん。
私は、はっ! と気を取り戻してからこう言った。
周囲を歩いている人々の声が、フェードインで復活する。
「な、なんでもないよ。なんというか、わからないー! って感じ」
「わからない?」
私はいも天を口に入れて少し考えながらも、咀嚼し続ける。そして空を見つめて、こう言った。
「雲ってさ、水分からできているのは知っている?」
アーロイドさんは呆れたように、自分が着ている白衣を指差しこう返した。
「私は博士課程の人間だぞ……まあ休学中だが」
「ふぇ!? 年上でしたか!」
私は驚きながらも、同い年付近と見ていたことを恥じる。博士課程って確か、大学行った後に五年くらい行くやつだから……たぶん二十五歳くらいなのかな。
そんなことを考えていると、アーロイドさんはこう言った。
「今更敬語はいらないぞ。空錠鍵斗なんて、私に暴言しか言わないからな」
「……あ、あの鍵斗くんが?」
私は、本当のことなのか? と内心訝しみながらも、まったりした表情を崩さない。
だが敬語は外した。
「じゃあ、元のように話すけど……。雲の話は例え話でね。
例えば今の私が雲を見ても、あれは空気中の水滴が集まってできていると言えるけど、幼い頃の私は綿飴の原材料とか言っていたと思う。
それと同じで、今の私は私の感情がよくわからないの。
まだ、世界を知らないから。だから、わからない」
「なるほどな」
アーロイドさんは満足したように微笑み、こう言い始めた。
「今日は有意義な時間だったよ。君のこともよく知れたしな。まあ、欲を言えばアークロックの活動理念も知りたかったが」
私はそれを聞いて、こう返した。
「ちょっと待って! 私もあなたも、仲間に会わなきゃでしょ? だから、帰りもお話ししながら帰らない?」
多分、アーロイドさんは知りたいことを知りきったのだと思う。私もそうだけどさ。でも、それで会話を終わらせると、あまりにも業務的すぎるよ。
聞き終えたその先の雑談こそが、その人を知ることができる大きな接点になると思うから、私はアーロイドさんを逃さずにこう続けた。
「それに私は、アーロイドさんのことを知らない。今日の食べ歩き、何が一番美味しかった? 私は、大判焼きかな〜!」
私はニコニコしながらそう答える。
アーロイドさんは、呆気に取られたように私を見た後、ははっ! と初めて声を出して笑った。
そんなアーロイドさんは、私の近くに戻ってきて、こう言う。
「今川焼きだろ、陽向灯里」
「えー、大判焼きだったよ〜! たしか」
私たちは横並びで、来た道を戻る。
ここからは楽しい会話をしながら、鍵斗くんたちがいるであろう中央公園へ戻った。
例えばアーロイドさんは甘いものが好きだったり、ファッションには興味ないだったり、お風呂は湯船には入らずにシャワーだけで済ませることだったり、色々知れた。
ちゃんとアークロックはみんなで協力する、パズルのようなチームだと伝えたし、アーロイドさんはそれを聞いて「ピッタリだな」と口角を上げて返してくれたりした。
アークロックとプラネッツは確かにぶつからないとダメなのかも知れない。お互い話しても、頑固だから止まろうとしない。
でもさ、少しでも理解を進めることで、間にクッションを仕込めるかも知れないから、私はこうやって、会話できたことに満足した。
そして、中央公園へ戻る。
その途中で、ふと声が聞こえた。
「我の炎が目覚める時……」
うんたらかんたら。
あれは穂火ちゃんだな〜! と思い、私は方向を変えて穂火ちゃんをアーロイドさんと迎えに行く。
他のみんなは、ちゃんとバトルしたのかな?
そんなことを思いながら。
そっと周囲を見ると、周りの人はもう帰宅ムード。気づけばもう、夕方になっていた。
□■□■□
まさに、漆黒のダークネスバトル。
昼にバトルが始まって以降、ライガー・サターンは一歩も動かずに、銅像のようにその場に立っていた。
腕を組んで、目の前で準備する女を待つ。
そして女とは、山田穂火。
彼女は昼にバトルが始まって以降、槍を地面に当てながら、その槍を祈るように両手で持って、瞼を閉じて詠唱を続ける。
お前の本気を見せてみろ、と言った手前、ライガーはもうやめろと言うことはできず、
本気を見せてみろ、と言われた手前、穂火は半端には終わらせることはできずに、
二人は、その場に立って六時間の間、刹那のタイミングを待っていた。
まるで、武士同士が一撃で勝負を決めるために、隙を探っているかのように。
そして、アーロイド・マーキュリー、ユスティア・ヴィーナス、アンロック・アースこと封刄陽真の三人はすでに黒の鍵を抜いていた。四人で協力して作っていた虚偽の空間はとっくに壊されており、
ライガーと穂火は、人気のあまりない公園の時計の下で、ただ六時間立ったままでいることとなっていた。
「炎の精霊が今、王都へ辿り着き王へ褒美をいただきし時、世界は揺れて第三の魔王が誕生し」
穂火の詠唱も六時間ぶっ通しで続いているため、今は第三章の『三人目の魔王編』まで続いている。
ライガーは、その言葉を一言一句見逃さずに、
早く終わらねえかな。いや、オレがそんなんでどうする! 山田穂火はオレのために本気を出してくれてるんだ! 耐えろ、ライガー!!!
と思いながら、汗を垂らして聞き続ける。
カラスの、二人を馬鹿にしたような「カーカーwww」という声がこの場に響いた。
そこで、ふいに穂火の声が止まる。
「そして三人目の魔王が二人目の魔王と結婚した女を連れ去り、復活した一人目のまおっ!」
そう、彼女は……
舌を噛んでしまった。
「〜〜〜〜っ!!!」
悶絶する穂火。それを心配し、体を動かそうとしたライガーだったが、穂火は手のひらを見せてそれを止める。
そして、立ち上がった。
ライガーはその姿に安堵した後、絶望した。
「第一章。魔王は誕生し……」
そう、なぜならそれは……!!
ライガーは絶望し、それに呼応したようにサングラスにヒビが入る。
穂火は冷静に詠唱を続け、ライガーは我慢の限界でこう言った。
「最初から、始まった……?」
そう、詠唱とは本来は止めてはならないものであり、止まってしまったが最後、それは最初から始める他ないのである。
また六時間弱かかることを察したライガーは、仁王立ちを止めて、背中から倒れる。
そしてこう言った。
「オレの負けだ、山田穂火。お前の本気の一撃、見てみたかったぜ……がくっ」
ライガーは真面目な男である。
そして、山田穂火も真面目な女である。
ゆえに始まらなかった二人のバトルは……山田穂火の勝ちで終わる。
まだ詠唱を続ける穂火に、横からひょこっと現れた陽向が声をかけた。
「お水でございます、穂火ナレーター」
「……陽向先輩!?」
自分の世界からようやく戻ってきた穂火は、喉がカラカラになっていることに気づき、水をありがたく貰う。
そして倒れているライガーの元にはアーロイドが向かい、上から顔を見つめながら彼女はこう言った。
「アホなのか? 君は」
「……うるせえな。オレとあいつの間には、熱い真摯さがあったのさ」
「アホなんだな」
そして、遠くから「おーい!」という女性の声が聞こえた。
プルンプルンと揺れた胸に顔を当てている男を見て、穂火は絶句する。
陽向は、呆れたようにこう言った。
「れ、零くん……」
そう、裸締のように腕で首を掴まれている零は、ユスティアに引っ張られながらも不安定な足取りで歩いていた。
ユスティアの顔はピッチピチのツルンツルンであり、対照的に零の顔はガリッガリに萎んでいる。
いったい何があったのだろうか。
零は今にも亡くなりそうなミイラと化していた。
そんな零は、最後にこの場に現れた男を見て、は! っと目を覚ます。そしてユスティアも、零から腕を離して、「やーん!」と言いながらその男の帰還を喜んだ。
ユスティアと零は同時にこう言う。
「鍵斗先輩!」
「陽真くん!」
「「……?」」
同じ匂いを感じたユスティアと零はお互いを見つめた。だがすぐに推しの方へ面を向けて、気を取り戻す。
しかし、その方向にいる男二人は別のことを話していた。
そう、空錠鍵斗と封刄陽真は、お互いが肩を貸しながら、よろめきながらも強引に歩いていた。
二人は「あれはワンチャンオレが勝っていた」や「いや、対抗策は用意してたし」や、いろんなことを言いながら、親友のようにぐちぐち話す。
だが彼らは敵同士であり、相容れなくなってしまった存在なのだ。
そんな二人は、美味しそうに飲み物を飲む陽向とアーロイドを見て、なぜか満足気な零とユスティアを見て、そして、傷一つない穂火とライガーを見て、
同時にこう言った。
「みんな」
「お前ら」
「ちゃんとバトルしたのか!?」
「ちゃんとバトルしたの!?」
同時にそうツッコんだ鍵斗と陽真。近くにいた陽向はそれを聞いて「てへ」と舌を出して誤魔化した。
アークロックとプラネッツのバトルは、これにて終わる。
だがこれは、これより何度も続く因縁の始まりに過ぎない。
この場を照らした赤い夕陽は、どこか彼らをのどかに照らした。




