第78話 魅惑の腕輪
絵美さんが帰った後、僕は師匠を見た。
おっと、自己紹介が遅れたな。僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』である。
そんな僕は皿洗いを終えて、師匠の横に座ってこう話す。
「そういえば、なんで今日は帰りが遅れたんですか?」
師匠は疲れたようにソファに体を預けてこう言った。
「零にある物を渡しに行ったんだ」
「え!? まさかの零くんですか!?」
「ああ。だが何を渡したかは秘密だ。それは零が話したくなったら聞け」
「……は、はい」
その珍しい言い方に僕は怯みながらも、師匠の服装を見てこう言った。今日はスーツ姿で、足はストッキングを履いている。
「……それと、ストッキング破れてますよ?」
「言うな、気にしてるんだから」
「気にしてるなら変えましょうよ……」
師匠は変な人だ。靴下は左右で違う物を履いているし、私生活はだらしないし……でも、戦闘については信頼できるから、師匠にこう言われて僕は胸を借りた。
「で、なんだ? その顔は何かを聞きたがっている顔だ」
僕は微笑んでこう言う。
「実は今日プラネッツとバトルして……それで、コテンパンにされたから、アドバイスが欲しいんです」
「そうか、久しぶりだな、アドバイスするのは」
はははっ、と笑いながらそう言う師匠からは、昔の面影を感じさせた。僕はそれに感謝しながら、今日のバトルについて話す。
それはそうとして、零くんに渡したものってなんなのだろうか。
□■□■□
一時間前。
水沢零の元にシーラが現れた。
「……シーラさん、何用ですか?」
アークロックの基地から帰っていた零に声をかけたシーラは、零にこう伝えた。
「わざわざ呼び止めてすまないな。君に渡したいものがある」
「……そうですか」
あまり二人っきりで話したことのない零とシーラだからこそ、変な空気が流れるが、シーラは仕事のようにこう続けた。
「検査の結果、君には適正があることがわかった。
いや、言い方を変えよう。君の強力なアークに適合できる『ある物』がたまたま手に入った」
「物……?」
「山田穂火が手にしたものさ」
そう言って懐から取り出したのは、銀色に青い装飾が施された腕輪。それは、零が前に見たことのある物。
いや、そんな簡単に言い表せる物じゃない。
桃木島での元凶とも言えるもの。目の前で空錠鍵斗がその力を閉じたからこそ、桃木島に平和が訪れたほどの、厄ネタ。
そう、それは……。
「桃太郎の……腕輪!?」
零は身構える。だがシーラは指先でそれを弄びながらこう言った。
「安心しろ、鍵斗の『類い稀なる閉じる才能』のおかげで力は封じられている」
「でも、そんな簡単に扱ったら……」
「そうだな、その通りかもしれない」
シーラは言い方を変えて、こう言い始めた。
「だが今からもっと簡単に扱う」
「……!?」
シーラは『桃太郎の腕輪』を投げた。零はその行動に驚き、すぐにそれを空中で掴む。
唖然とする零に、シーラはこう言った。
「桃木島で穂火が手に入れたのは、神器『鬼の槍』。『桃太郎の腕輪』は完全なる偶然だが、たまたま、零、君のアークに適応できる『神器』として利用できるようになった」
「……まさか」
苛立ちを覚えそうな表情を浮かべながら、零はシーラを見る。シーラはぶっきらぼうにこう答えた。
「それは零、君に預ける。それを返すも使うも君次第だ。ただ、忘れるな。
それは君に力を与えてくれる。
祝福だろうと、呪いだろうとな」
「……そうですか」
その重すぎるプレッシャーを受け取った零は、無意識に腹を立てていた。
あんなに頑張って閉じた物を、簡単に解くような行為だからだ。
だがシーラは、「悪いが今日は酢豚なんだ。帰らせてもらうよ」と言ってこの場を去った。
この、コミュニケーション能力の低い二人は、お互い自分が話したいことだけ話して会話を終わらせる。
零は何が何だか飲み込めないまま、『桃太郎の腕輪』を貰って帰った。
そして家に帰り、自室の布団の上にダイブする。
ししおどしの音が響く庭があり、木材と畳でできたまさに和風邸宅な彼の家は、ささくれ一つない豪邸。
だが、今日だけは、もっと洋風で、プライベートのある家が良かったと零は思う。
その理由は、彼が寝転びながら持ち上げて見た『桃太郎の腕輪』によるもの。
零は少し考えたあと、よし、と起き上がって、座布団の上に座って腕輪を付けた。
(正直言って、かなり怖い)
零はそう思いながら、自身の腕につけた『桃太郎の腕輪』を見た。
こういうのは度胸が大切なのだと、アークロックに入ってから学んだのだ。
零はそう思いながら、腕輪を見つめる。
だが何も起こらず、拍子抜けな気分を味わった。
「……何もないのか?」
そう言いながら触れていると、ふと腕輪の一部が動くことに気づく。
「なんだ……?」
それは、好奇心であった。
零は、そっとそれを横にスライドする。
すると、ガチャンッという音と共に、周囲の空気を吸い込み始め、腕輪はドクンッと脈打った。
「嘘だろ!?」
青い装飾の部分は光を帯び、まるで生き返ったように腕輪全体が生き生きとしだした。
零はまずいと思いながらも、動かせていたスライドを戻そうとする。だがその部分は、巨岩の如く動かなくなっていた。
彼は焦る。
何よりも彼が恐れていたのは、空錠鍵斗からの失望であったから。
だがそんな感情にリンクしたのか、
声が聞こえた。
「ザマァねえな!」
「人ってのは、裏切るもんなんだぜ?」
「お前って、馬鹿正直だよな?」
そんな、怒りを覚える、人を嘲笑うかのような声。その後に続いたのは、激しいスクリーム。
慟哭であった。
「うがっ、ああああああああああ!!!」
脳がかち割れるような痛みが走り、零は叫ぶ。
「痛い、苦しい!? なんだ、この気持ち!!」
そして、その痛みを分かち合うように声が聞こえた。
「オレを解放しろ。解放しろ!! 水沢零!!」
「うるさい!!」
零の大きな叫び声により、その声はかき消される。
凄まじい突風が吹き荒れ、零の部屋は竜巻が通ったように荒れた。
その声に驚いたのか、弟である百が部屋を覗いてこう言った。
「大丈夫? お兄ちゃん……」
その可憐で美しい心配の表情は、零を現実へと戻した。
「ああ、大丈夫だ。ゴキブリがいてな」
「そうなんだ……」
百はそう言って部屋の襖を閉じる。
零は、腕から『桃太郎の腕輪』を勢いよく外して捨てるように投げた。ガンッと壁にぶつかった腕輪は、ただの物のようにカランコロンと転がる。
零は、頭に残る気味が悪い笑い声に嫌気がさしながらも、どこか腕輪を見捨てられずにいた。
零は腕輪を拾い直して、そっとちゃぶ台の上に置く。
(ほんの少しだけ、心の中にあるアークの可能性に触れた気がした。
桃太郎の腕輪を使えば確かに強くなりそうという実感を得る。
だけどそれは、正しい成長なのかはわからない)
零は悩みながらも、一度開いてしまった『桃太郎の腕輪』について鍵斗先輩にバレたくない一心で、腕輪をハンカチで隠した。
(でも、なんでかな……僕はその腕輪に、囚われてしまったみたいに、意識を向けてしまうんだ。)
そんなことを思いながら、零は目を閉じて布団の上で横になる。
今日は星が見えない夜だ。
暗い雲が夜空を隠す。
零と腕輪は、すでに接続された。




