第77話 思い出の奥底に
みんなが帰った後のアークロックの基地はどこか静かで、足音が嫌に目立つため歩くのすら億劫に感じた。
僕は師匠の帰りを待ちながら、アークロックの基地に置かれているソファに座る。
思い返せば、少し前までここには僕と師匠しかいなかった。
なのに今ではやけに賑やかで、その事実に気づいた僕は笑みを浮かべてしまう。
正直言って、悪くない。
僕と師匠がお店を回って買ったこのソファや、テレビ、机、椅子……そんな必需品に加えて、
みんなが来てからは可愛いぬいぐるみや、アロマ、誰かの忘れ物の傘、色々なものが増えていた。
いつの間にかスピーカーまで部屋の端っこに置かれており、零くんが持ってきたのかな、などと思う始末。
別にこれに関しては怒ってはいない。ここはみんなの空間だと思っているからだ。
でも少しだけ昔を懐かしく思ったり、あの静かだった空間が恋しくなる時はある。
しかし、今のこの静かな変な気分を誘発する空間は、どこか落ち着かないため、それは思い出の補正であるのだろう。
僕は今の状態に満足している。
だけどさ、なぜかモヤモヤするんだ。
一体僕は何にモヤモヤしているんだろう、そんなことを考えていると、ふと脳裏をよぎったのは陽真の顔。
そうか、僕は陽真のことを気にしているんだ。
陽真とは短い付き合いだったけど、彼と過ごした時間は濃いものだったと思える。
正直、友達という区分なら一番楽しいとさえ思えた。
でも、陽真はプラネッツだった。
なんで僕は……陽真とバトルしているのだろうか。
そんなことに悩んでいると、頬に冷たいジュースを当てられた。
「ひぃ! 寒い!」
「ごめんごめん、悩んでそうだったからさ」
「……」
僕は背後にいる人物を体を捻って見る。
そこにいたのは、大学生の絵美さんだった。
彼女はここ、アークロックの基地の表の姿『鍵屋ガッチャン』の唯一の店員である。
僕が幼い頃からここで働いていて、よく遊んでくれていたのを思い出す。
一つ気になっているのは、本人は大学生と言い続けているが、僕が十二歳の時に二十代とか言っていたことだ。
普通なら大学は卒業してそうなのにずっと大学生と言っている。
あんまり踏み込んでいい領域ではない気がするため訊くことはできないけど、少し気になっていた。
そんな絵美さんは、活発で笑顔が似合う人だ。なんでもポジティブに受け取ってしまうような、陽向さんみたいな人。
陽向さんと違う点は、配慮ができないこと。
中学生の頃、絵美さんに何度も「色気付いた? 彼女できた?」と質問されていたことを思い出した。
陽向さんに会って、アークロックでみんなと活動するようになって、あまり話してなかったからか、絵美さんと話すのは少しワクワクした。
だから僕はこう言う。
「悩みは少し」
この人は配慮はできないけど、信頼はできる。
昔から、師匠に言えないことは絵美さんに相談していた。ご飯の作り方とか、掃除の仕方とか、女の子との話し方とか、色々教わっている。
僕の答えに、絵美さんは僕の横に座りこう言った。
「おうおう、聞いてやろう若者よ」
僕はこの、呆れるほどに軽いノリに救われながらも、こう返した。
「親友がいたんです。でもその親友はプラネッツで……戦わないといけなくなった」
「陽真くんのことだね」
僕はその発言に驚きながらも、師匠経由で知ったのかと納得し、冷静にこう返す。
「なんで知ってるんですか……」
絵美さんは「まあね!」と言いながらも、こう語ってくれた。
「でもまあ、大変だよね! 親友とバトルしないといけないなんて。……本当に」
そう語る彼女の顔は、どこか他人事ではない、深い事情を思わせる。
思えば僕は絵美のことをよく知らない。あの師匠となぜ関係を持てているのか。なぜ『鍵屋ガッチャン』を任されているのか。何も知らない。
でも語りたがらないため訊こうとはしない。
だから僕はただ話を聞いた。
「でもね、甘い考えかも知れないけど、話せばわかるよ。一度仲良くなったんだからさ」
「……絵美さん」
「それにさ……君はアークロックのリーダーなんだから。やって魅せてよ、鍵斗くん」
その答えのない期待に、僕は励まされる。
「ありがとうございます」
そう答えた僕の心はふわっと軽くなった気がした。
そんな僕の横で、絵美さんはこんなことを言う。
「それでさ、今日のご飯は酢豚なんでしょ? 私疲れちゃってさ、おねがい! 食卓ご一緒してもいい?」
手を合わせて、片目を閉じて、頼み込んでくる彼女。
「それが狙いだったんですか!?」
僕はそう驚きながらも、なんだか久しぶりに家族が揃ったような嬉しさを覚えて、「まあ、いいですよ」と答えてしまった。
その後はしばらく絵美さんと話して、師匠のただいまを合図に二階に行って、三人で食卓を囲んだ。
なんだか楽しくなる気分だったけど、明日の決戦を考えると気が重くなる。
だが、僕は陽真くんを止めたいんだ。
こんなところで負けるわけにはいかない。
そう思いながら、シンクに溜まった皿を見て、絶妙に絶望した。
料理をするのは楽しいけど、片付けは面倒だよな。
そう思いながら、僕は皿洗いを始める。
ふと見つめたリビングでは、絵美さんと師匠が疲れたのか着替えもせずに寝ている姿が見えた。
二人は肩を合わせて寝ており、その関係は僕に興味を与える。
一体二人はどんな関係なのだろうか。
師匠は僕と出会う以前を語ってくれないし、なんだか僕の周りの大人は秘密だらけだと思った。
そんなことを考えていると、ふと皿が手から滑り落ちた。
マズいと思い空中で掴んだが、刹那として心臓にズキンッと痛みが走る。
だがその痛みはすぐに引いて、僕は一瞬の不安と辛い恐怖を覚えた。だがすぐに、横に置いていたスマホが鳴って、そこに書いてある『明日ってガチバトルですか?』という穂火ちゃんからのメッセージに気を取られて、笑みが溢れてしまう。
僕は『ガチだよ』と返信して、皿洗いを続けた。
そんな感じで、今日も終わる。夏休みは早くも……残り五日。
最後の夏が、花火みたいにピカッと光った。




