第73話 不完全な戦士
これが連動。止まらない連撃の力。
オレは目を細めて、キーハートで自身の腕を回避ざまに浅く斬った。
キーハートのコピーには二種類の運用があり、一つ目はエンチャントのように刃の形状を変化させたり、属性を纏わせる方法。
二つ目は、身体を斬ることで、コピーしたアークを体に流し込むことができ、一時的に今ならば『全能力強化のアーク』をこの身に宿すことができる。
ただ二つ目にはデメリットがあり、一つはキーハートを刺し続けていた時間でコピーできる時間は変わり、今のような一瞬の斬り付けではほとんどコピー時間は増えないこと。
それともう一つあって、この体へのコピーは、相性の良いアークでないと体に付与されないということだ。元々治癒の力のような、他者に使うことが想定されている力ならその相性は度外視できる場合が多いのだが、今回のように自分に使う用のアークなら、合わなければ下手したら車酔いのような症状が出て、戦闘に対する圧倒的なディスアドバンテージを被ってしまう。
ゆえに戦闘中に使うことはほとんどないのだが、今回はそんなこと言ってられない。
オレは一か八かで『全能力強化のアーク』をこの体に宿したが、不快感は覚えない。
賭けに勝った。
相性は、悪くない。
ちなみに余談だけど、敵を斬った時にアークを付与しないためにも、このコピーを使用するためには持ち手についているトリガーを連続で三回押さないと使えなくなっている。
って!
そんなことを考えている場合じゃないだろ!
オレは虚空から一本の鍵を取り出して、いつでも使えるようにポケットに入れながらも、敵の攻撃を回避し続けた。
「……なんだ?」
流石に陽真は気づくか。
オレは上がった身体能力でその攻撃を避けていたゆえ、少しずつ慣れを覚え始めていたが、このまま安易に反撃させてくれるほど陽真は甘くない。
「みんな、気をつけろ。何かしたぞ、動きが速くなっている」
図星を突かれ、オレはあえて足を一瞬止めた。
「……!」
全員の視線が、オレを穿つ。
一見すると、これは大ピンチ。でも見方を変えると、これはチャンスにも変わるのだ。
全員に同時に狙われる。
これは、裏を返せば……!!
ぽちゃんという音がした。
「来い……!!」
裏を返せばこれは、初の……同時攻撃であり、そして、歯車が重なってしまった、最初の隙。
気を抜いたな、陽真!!
オレは息を強く吸う。その音は、荒れる吹雪のよう。
世界が止まる。
この刹那、この五人の同時攻撃。
ここを捌けば勝てる。でも、最高難易度。
気合いを入れろ、オレ。ここに、全てを賭けろ。
背後から来るのはワタツミゴーン。地面を泳ぐように進み、オレの背後に来ていた。
前からはエーヴェルが突っ込んできている。斜め上からはキュロの刀。横からはガードレールが勢いよく地面から離れ、でかい大剣のようにしなってオレを襲いに来ている、アーロイドの念力か。
そしてそれらの間を通すように、陽真の弾丸。
一見今までと同じようだが、唯一違うのは、その着弾タイミングは、すべて同時ということ。
思考を加速させろ。
敵は、何をしたい!?
「……!」
オレは、ポケットに入れておいた基礎鍵を取り出し、それを自分の身体に挿した。
これは、本来なら使うべきではないレア物。
よくある、一プレイにつき一回しか入手できないアイテムみたいなものだ。
そう、この鍵は、跳躍の鍵。ただし、
師匠レベルの鍵を作る力があって初めて、たまたま作れるレベルのレアバージョン。
そう、これは、
良質な跳躍の鍵。
オレはその力で、地面を蹴り上げ勢いよく飛び上がった。
「……!!」
ガードレールが、刀が、弾丸が、背後から突き刺そうとしていたワタツミゴーンのトライデントが、元々オレがいた場所を中心としてぶつかり合った。
ガキィィィンッ!!!! という甲高い音が鳴る。
だがエーヴェルだけは、ここ一番で違和感をキャッチしたのか後ろに下がっていた。
オレが知っている中では、プラネッツは個人主義だ。ゆえに、協力なんて本当は苦手。
だからこそ、あの一瞬、ここにいるプラネッツの全員が感じ取った勝機は、オレの隙は、自分がトドメをさせると無意識に考えた末のものなのだ。
長年の癖は、ちょっとやそっとじゃ抜けない。
だけどエーヴェルは回避した。でもな、それは想定済み。
お前だけは、やけに慎重だからな!
オレは空間を蹴った。
「なに……!?」
エーヴェルは当然驚くが、オレはそんなの気にせず、上から下へ、何もない空間を、いわば空気を蹴って、エーヴェル向けて落ちた。
その落下エネルギーを乗せたキーハートの一撃は、エーヴェルの硬い身体をバッサリと切断した。
これが良質な跳躍の鍵の力。本来なら不可能な、二段ジャンプを可能にする。
それにより、エーヴェルの右肩から左腰にかけて、荒いが切断できた。
エーヴェルの治癒能力は脅威。だからこれでも生きているだろうが、流石にこのレベルの傷なら、多少なりともダウンするだろう。
本来なら与えられなかった攻撃。だが、五人中四人が攻撃できない今なら……与えられる。
五人から四人、それも面倒なタンクが消えたことで、一気に楽になった。このまま二人目も落とす。
ここが勝負どころだ。
オレはそう考え動き出した。
だが……。
「まさか、ここまでやるとはな」
「……!?」
ガシッと腕を掴まれた。
あり得ないことだ。斬ってまだ二秒も経っていないのに、この手は、あいつの!!
オレは足を止めて、ゆっくりと顔を見上げた。
そこにいたのは、傷一つないエーヴェル・ジュピターであった。
「あり得ない」
エーヴェルの治癒能力は凄まじい。だが、これほどのレベルではなかったはずだ。
なにか、トリックがあるのか。
じゃないだろ!!!
離れないとまずい!
オレは飛んできた陽真の弾丸をキーハートで弾く。
陽真は「おい、完全に意識外だっただろ」と言っていたが、今はそんなこと気にしている余裕はない。
次の攻撃に移っている四人を見たが、
アーロイドは家に触れており、キュロは刀を回収しており、ワタツミゴーンは溌剌に笑って何かを企んでいる。そして陽真は、オレに銃口を向けていた。
対するオレは、エーヴェルに腕を掴まれ行動不能。
あれ? これって……負け?
心臓の音が加速する。
ピンチを叫ぶオレの魂。
なにか、何かを思いつかないと、負ける。
嫌だ、負けたくない、負けたく……!
パズルは凹凸があって初めて完成する。完璧な四角だと繋がることはできないから。
「……!」
刹那、オレの脳裏をよぎったのは、オレが前に言った言葉。
アークロックのみんなは凸凹で、だから繋がることができる。じゃあプラネッツは?
プラネッツは、完璧な四角なんじゃないのか?
ならなぜ繋がれている。
その答えはたった一つ。
みんなの我儘な動きを、背後から支えている人物がいる。目立たないのに、きっちり隙となる部分を抑えて消して、本来なら繋がらないプラネッツを繋げている男がいる。
そうか、そうだな。
ずっと厄介だと思っていたのに、その理由を言語化できていなかったよ。
「陽真……」
君がこのチームの、心臓だったか!!
「……!」
間に合うかわからないけど、ここで負けたくはないから。
オレはキーハートのトリガーを引いて、刃を分離した。
キーハートの刃は全部で三つ。元々『全能力強化のアークリオン』を倒すのに一本使っていて、少し前に一本消費し、これで三つ目を使ったから、もう次はない。
でも、それでも、一矢報いたかったから。
オレは弾丸を肩に喰らいながらも、キーハートを振って刃を回転させながら飛ばした。
それは空間を切り裂き、陽真の腕を斬った。
でも……軌道がずれて、かすり傷。
「やるな、鍵斗……だが、遅かった。もう少し早くその判断ができていれば、オレたちは負けていたかもな」
「……!!」
オレは、痛む肩を押さえることもできずに、エーヴェルに腕を掴まれたまま、絶望の味を覚えていた。
しかし、陽真がこう言った。
「やっぱりダメだな」
「……?」
オレは顔を上げて、彼の顔を見る。陽真はこう続けた。
「オレは別に、お前を殺したいわけじゃない。ただ、説得したかったんだ。でも、あの状況から反撃してくるとなれば、もはやそれも叶わないのだろう」
「……陽真」
オレはそう呟く。全員の攻撃が止まり、ワタツミゴーンがこう言った。
「だろ!? 勿体無いぜ、こんな上物! 寄ってたかって潰したら!」
陽真は「そうだな」と言って、オレにこんなことを伝える。
「最後に鍵斗が気づいたように、オレたちは元々、個人主義なやつらだ。だからかな、今回は初めてのことばかりで、みんな四割ほどの力しか出せなかった」
「四割?」
オレが不思議そうにそう言うと、ワタツミゴーンはガハハと笑ってこう言ったんだ。
「悪りぃな! オレら、乱戦はおろか、チーム戦すらほぼ初めてなんだ。だからよぉ! 連携も難しくて難しくて!」
それを聞いた陽真は、ポケットに片方の手を突っ込んで、銃は下ろして、こう続ける。
「そういうことだ。それに、鍵斗をここで止めるのはオレの我儘だからな。だから、話を変える」
オレは、なんのことだかと思いながらも、腕を掴んでいたエーヴェルから力が流れてくるのを感じて、驚愕する。
オレの切れていた皮膚が、折れていた骨が、あらゆる細胞が、再生していく。
これは、治癒能力。
オレは、なんで? と疑問を浮かべてエーヴェルを信じられないものを見たように見つめた。だが彼は、黙って首を横に振って、何も教えてくれなかった。
そして、回復が終わったのを確認してから、オレの手を離して、素早く動いて陽真の横へと移動する。
他のメンバーもそうだ。離れていたライガーとユスティアも、他のプラネッツのメンバーも陽真の横に並ぶ。
七人は膝をついたオレを見つめ、陽真はこう言った。
「最後の一撃は痺れたよ。それを讃えて、オレたちはアークロックを認める。そして正式にこの件から足を引かせることを約束しよう。
鍵斗、忘れるな。
明日、午後一時より、中央公園で待つ。
これは、宣戦布告だ。オレたちは、空錠鍵斗ではなく、アークロックを止める」
オレはキーハートを杖のようにしながら、重い腰を上げる。そして、陽真を見つめた。
つまりそれは、果し状ということ。
オレはその言葉を聞いて、滴る汗と共にキーハートを強く握った。
同時に、この禍々しい、黒の鍵で作った空間が割れる。
ミーンミーンという蝉の鳴き声や、チュチュっという鳥の声も戻ってきた。
日常が戻ってくると同時に、非日常は消える。
僕はキーハートを虚空へ帰して、彼らがいた場所を見た。
プラネッツはすでに、この場を離れていた。
彼らの姿はすでになく、それは戦闘の終わりを意味していた。
一人残された僕は、バタンと後ろに倒れてこう呟いた。
「つかれたぁ〜」
まさかの、一対五。やってられるか。
それに、明らかにあれは……負けていた。
「くそぉ……」
汗をかいて、倒れた僕は、横を歩いていた親子にこんなことを言われた。
「ままー、あの人道路で寝てるよー」
「こら、見ちゃいけません!!」
まったく、世知辛い世の中である。
でもさ、勝てなかったって事実は、僕のせいなんだよな。
僕がもっと強ければ、もっといい結末にできていたのかもしれない。
僕は、自分の拳で自分のおでこを軽く叩いて、一つ決めた。
帰ったら、久しぶりに師匠に訊こう。
戦闘のアドバイスを。
そのために、今の戦闘のミスを洗い出す。
だよね、陽向さん。
何度負けても成長するのがアークロックなんだ。
こんなところで、止まってられない。




