第67話 ダークネスリフレクション
穂火は思い出を話し始める。こいつの声はどこか不思議で耳に残る。
変に高い語彙力のせいで、僕は穂火の話を聞いて、まるでそこにいるかのような気持ちになった。
「私はね……」
□■□■□
これは、二年程前、具体的には、中学二年生の時のお話。
私、山田穂火は友達がいない、いわゆるボッチでした。
でも、ボッチといっても机に突っ伏しているような生徒じゃなくて……
「ふーはっはっはー! 我に宿りし炎よ、今こそ使い魔に炎の魔力を供給したまえ」
私は、クラスで堂々と使い魔である可愛らしい悪魔のぬいぐるみに向かって、高らかに話しかける生徒だったんです。
「昔から今と同じような感じだったんだな」
「うるさい話聞いて!」
横で思い出話を聞いている零に遮られてしまったが、とにかく私は……一人でも寂しくない子だった。
でもそれは建前で、本当は、友達が欲しかったんだ。
しかし、それは叶わぬ夢。今ならわかるよ、黒いローブを被っていて、黒いマントを羽織っていて、上履きの代わりに黒のブーツを履いている、挙げ句の果てには眼帯までつけているのだから、話しかけづらいことこの上ない子だった。
だけど、その時の私はそんな私を受け入れて欲しくて、でも話しかける勇気なんてなくて、一人でぬいぐるみと話していたんだ。
そんな私が変わったのは、ある林間学校での出来事から。
林間学校っていうイベントはボッチには辛いものでね。三年生が考えた雑なレクリエーションに参加させられて、カレーも作らされて、極め付けは……大きなキャンプファイヤーを囲んでダンスをするんだ。
私はそれが憂鬱で、端っこに置かれていた丸太の上に座って、羨ましい目で踊っているクラスメイトを見つめていた。
そんな私の手の中には、大切な使い魔のぬいぐるみがいたけど、踊れるほど大きくはなかった。
だから私は、独りぼっちで、メラメラと燃えるキャンプファイヤーとリア充なクラスメイトを交互に見て、ため息を吐いていた。
そんな時に、私に声をかけてくれた女の子がいたんだ。
その子はオドオドしていてね。前髪も長くて、背中も丸まっていて、いかにも自信のない女の子って感じで、私は親近感を抱いたのを今でも覚えている。
でもさ、その子は私とは違って、話しかけたんだ。
振り返った今ならわかるけど、あの子は話しかける勇気すらない私に比べて、すごくすごく勇気のある女の子だった。
「あ、あのっ!!」
声も裏返っていて、汗も異常なくらいかいている。
そんな女の子が、私に手を向けてきて、こう言った。
「わ、わたしとっ! お、おっ! 踊りません……かぁ?」
彼女のヒクついた笑顔は、私を困惑させる。それでも私は、声をかけられたことが嬉しくて「あ、え? は、はい……」と言ってその手を取ったんだ。
そこから私の時は動き出したような気がする。
錆びていた私の心は、彼女の勇気に磨かれた。
その日、明るいキャンプファイヤー……からかなり離れた暗闇で、私たちはこっそりと二人で踊る。
「なんでだよ、キャンプファイヤー意味ないだろそれ」
零が回想中に文句を言ってきたので、私は「恥ずかしかったの、陽キャにいじられたくなかったし」とプンスカ返して、思い出話を続けた。
そんなキャンプファイヤーで、私が出会った女の子は、自信がなくて、オドオドしてて、ボッチで、そんな自分が嫌で……私に声をかけたらしい。
その子の名前は、摩白祈莉。のちに私の親友になる女の子。
私はその子と、キャンプファイヤー以降にも付き合いを続けた。
林間学校が終わってからは、祈莉ちゃんから話しかけてくれて、別のクラスなのに私のクラスにまで来てくれた。
彼女は意外と積極的で、私に何度も会いに来てくれて、私も次第に心を開いていった。
気づいた時には、
ほのちゃん、いのちゃん
って呼び合う仲になっていて……
いのちゃんは天使になっていた。
「……!?」
白いローブを被っていて、白いマントを羽織っていて、上履きの代わりに白のブーツを履いている、挙げ句の果てには眼帯までつけていた。
「おいおい、お前のせいで中二病が広がったぞ」
またも零がなんか言ってきたので、私は「それでも私の青春だったの!」と返して、思い出話をこう続けた。
そんな私たちは、学校で話題になり、
悪魔と天使のやべえ奴らと言われ始めていた。
私はそれがなんだか嬉しくて、いのちゃんとさらに盛り上がったんだ。
いのちゃんなんて、それで勇気が出たのか、長い前髪も切って、可愛いふわふわボブに髪型を変えていた。
そんな私たちは、朝は一緒に登校しながら、占いサイトを見て、昼休みは使い魔のぬいぐるみ、私は黒の悪魔に、いのちゃんは白の天使に魔力を供給する。放課後には呪文を一緒に考え、図書館やスマホで調べ物をして過ごしていた。
それは、私にとってすごく楽しい青春だった。
教室の床にチョークで魔法陣を描いた時は、すごく怒られたなぁ。
でもさ、いのちゃんと同じ気持ちを共有しているってことが、一番楽しくて、
私といのちゃんは、笑い合っていたんだ。
でも別れは来るもので、私たちは別々の高校に進学して、お互いに『契り』を交わして離れた。
そして高校へ。
私は友達を作りたくて、話しかけづらそうな服装をやめて、普通を装ったけど、やっぱり話しかけられなくて、孤立。
そこからはわかるよね。そんな私がアークリオンになっちゃって、陽向先輩や空錠先輩に助けてもらって、アークロックに入って、零にも会って、私は願いであった
『あの日のキャンプファイヤーみたいに、友達が欲しい』
という願いが満たされたの。
でもさ、数日前に美佐校に行くってなって、私は少し興奮したの。だってさ、親友であるいのちゃんが行った学校だから……会えるかなって期待したから。
しかし、現実は残酷だった。
再会したいのちゃんは、まるで別人でさ……
追いかけて話した時、言われたの。
「ごめん、穂火。私は、今……いい学校生活を送っているの。あの日の、中二病の黒歴史がバレるのは、嫌なの!!」
……って。
だから私はね、その時に呆然としたんだ。
だってさ、それって……私との思い出は、いのちゃんの中でなかったことになっていたってことだから。
私ね、私ね……だから、どうすればいいのかわからないの。
ポツリと、私の頬を伝って涙が落ちた。
こんな姿、零に見せたくないのに。
涙は止まらなくて、街灯の明かりが反射して目立った涙は、地面を濡らす。
「ね、零。私が大切にしていた思い出は、いのちゃんにとっては……もう、いらない物なんだって」
震える声で、精一杯そう伝える。
なんでだろうな。零に弱い姿なんて見せたくないのに、でも、なんでか出ちゃう。
私は、どこか期待していたのかもしれない。零が、助けてくれるかもって。
でも、現実は残酷だからさ。零は……なにも言ってくれなかっ。
「……なにしてるの?」
零は、ハンカチを私の頬に当てた。そして、こんなことを言う。
「これは、僕の尊敬する人の受け売りの言葉なんだがな……
僕の前では、たくさん泣いて、たくさん助けてって言ってもいい。恥ずかしくなんてないんだ。だって僕は……そのためにいるんだから」
私はそれがなんだか面白くて、零が言わなさそうなセリフだなぁ、と思いながらハハっと笑ったんだ。
そして、そのセリフの主の顔がよぎり、こう言った。
「それ、絶対空錠先輩のセリフだ。零らしくないもん」
「……バレたか」
零は頭をかきながら、恥ずかしいのか壁に背中を預けて空を見る。そして、こんなことを言った。
「見ろよ、星が綺麗だぞ」
「……本当だ」
私は上を向く。月の周囲にある星々は、なんだか月を綺麗に見せるために協力しているように見えて、私たちみたいだなーと感慨深くなる。
なんとなくだけどさ、わたし、元に戻ったかも。
話を聞いてもらって、笑わせてもらって、泣いてもいい場所にいると思えて、私は、どこか安心したんだ。
「ねえ、零」
「なんだ?」
「ピザ余ってるらしいから、戻ろっか。わたし、お腹空いちゃった」
私はそう言って、動き始める。
零は「わかった」と言いながらついて来てくれる。
本当に、弟みたいと思いながらも、今日は零のお兄ちゃんらしい部分を見た。
私は「入ります」と言いながらアークロックの基地に続く、『鍵屋ガッチャン』の裏口のドアを開けた。
すると目の前に女装姿の空錠先輩が何故かいて、零に抱きついた。
「……!?」
零は驚き気絶する。空錠先輩は、涙を流しながら天を仰いで「ありがとう、零くん。やっぱり僕は女の子だったんだ」と言っていた。
これが感涙か、などと思いながら、私は顔を引き攣らせる。
そんなところに陽向先輩が来て、「こらこら鍵斗くん、零くんで自分の容姿を試さない」と空錠先輩を叱った。
空錠先輩はすぐに気を取り戻したのか「ごめん、零くん! 自分に自信がなくて、おかしくなっていたんだ!」などと言いながら零を揺さぶっていた。
目を覚ました零は、どこか満足げに「大丈夫ですよ」なんて言う。
その姿がなんともおかしくて、私は笑ったんだ。
気づいたけど……
私はアークロックが好き。
そっか、いのちゃんも……別のところにいるんだもんね。私が、アークロックにいるように。
私はそんな、ダークネスな心を取り戻して、腹を抱えて笑い続ける。
今日は図らずとも、アポカリプスダークハートブレイカーな……夜だった。




