第57話 私だけのドキドキ
AM:1時
「いや、来ないで! 来ないでー!」
女子生徒の叫びと共に、噴き出る赤い液体。グラウンドで響いたその声は、無意味にも夜の闇に消えていく。
うねる黒い何かは、ガブッと獲物を捕食した。
闇が広まるこの時間に、ふと少女は空を見た。
月が綺麗で、星々は輝く。
そんな景色を塗りつぶすように、赤い血が舞った。
その事件の真相は明らかにされていないが……このような目撃情報があった。
怪物が……いたと。
後日、女子生徒は、グラウンドで気絶している姿で発見された。
しかしその表情はどこか虚ろで、傷こそ軽傷であれど、心ここに在らずの状態であったと報じられた。
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突然ですが自己紹介を!
私の名前は陽向灯里。アークロックの一員です。
そんな私は今、自転車で『鍵屋ガッチャン』にまで来ていた。時刻は朝の七時。『鍵屋ガッチャン』が開くのは九時なため、あと二時間は暇である。
……とはならずに、用があるのは『鍵屋ガッチャン』ではなくその裏にある『アークロックの基地』であったため、私はなんとも思わなかった。
でも少し気になったので『鍵屋ガッチャン』の仕事内容が書かれてあるチラシを見てみた。
入り口に貼られてあって、視線が奪われたのだ。
どうやら、鍵の修理、複製、製作を主にしているらしい。
それだけで儲けられるのか不安だけど、元々『アークロックの基地』を隠すためのカモフラージュのお店だろうし、こんなものなのかなと納得した。
さて、そんなことより私は『アークロックの基地』に行きたいのである。
夏の朝、もう昇っている太陽に燦々と照らされながら、蝉の鳴き声を聞いてみる。そしてドアノブに触れ、『鍵屋ガッチャン』の裏口から中に入った。
そこに広がるのは、いつもの基地。
温かい色味で作られた壁やソファーがあり、そして誰もいなかった。
まあ朝だから当然だよね、と思いながらも……私はニヤリとした。
そして聞いていた通りに、一度外に出て、階段を上り二階に行き、そしてドアを開けてもらい、家に入り、彼の部屋のドアを勢いよく開けた!!
「やっほー! 遊びに来たよ、鍵斗くん!」
「おおおおお!?!? いきなりドアを開けないで!?」
そう、ここは鍵斗くんの家。家主であるシーラさんにこっそり家の中に入らせてもらい、私は鍵斗くんにサプライズ登場をしてみたのである。
当然驚く鍵斗くん。
でも私はそれ以上に、この部屋の匂いに驚いていた。
当たり前だけど、鍵斗くんの匂いがする。
私は少しドキドキしながら、部屋を見る。
初めて来た鍵斗くんのお部屋は……特筆すべきこともない部屋だった。
ベッドが左側にあり、右側にはテレビと机がある。テレビの下にはゲーム機があり、手前側には本棚があるくらいの、そんな部屋だった。
「ふふふ、だがそれで終わるはずがない!」
ベッドの上に座っていた鍵斗くんを放置して、私はベッドの下を覗いた。
「ここには何があるのかな〜?」
ちょっと揶揄っただけなのに、鍵斗くんは焦ってこう言った。
「そこあんまり掃除できてないから! 喉痛んじゃうよ!?」
「……!」
その予想外の心配に、私は度肝を抜かれる。でも、そんな優しい相棒だもんな、と納得して笑みが溢れた。
同時に申し訳ない気持ちになる。
当たり前だ、私だってベッドの下に何を置いているのかわかったもんじゃないからな。
だから私は反省して、こう伝えた。
「ごめんね、鍵斗くん! 寂しくて来ちゃった」
「じゅ、順序ってもんがあるでしょうが……」
「てへ! 確かに!」
私はオーバーリアクションを取り、不自然に自分のツインテールの髪をもさっと持ち上げてみた。
今日の私はゆるめのウェーブをつけたふわふわツインテールです。服装はそれに合わせたゆるふわコーデ。白茶のパンツに純白のフレンチスリーブ。それに鍵斗くんから貰った桜のヘアピン。
いつもはこんな甘え方しないけど、鍵斗くんにならしてみてもいいかもって思ったから……
ちょっとアピールしてみた。
なのに相棒ときたら!! 寝ぼけているのか首を傾げるだけで何も言ってくれない。
私は少しむすっとしながら、彼をゲームに誘った。
なぜなら、こういう時は人をボコボコにするに限るからだ。
私はゲームを起動して、画面を見た。そこには『ファイティングスパーク6』の文字があった。
これは知っているよ、弟にやらせてもらったことあるもん。
ふふふ、こう見えて私はゲームの才能があるからね、初めてやるゲームでもある程度は操作がわかるし、弟のことはボコれるのだ。
「さあ鍵斗くん! ゲームをしよう!」
「え……?」
そして十分後。
「ま、負けた……!?」
「うーん、でもやっぱりファイスパは4が至高だね」
鍵斗くんは軽々とコントローラーを操作しながらそう呟いた。
そう、私はボロ負けしたのである。
くそー、と心の中で思いながら悲しんでいると、鍵斗くんがこんなことを聞いて来た。
「でもさ、なんで僕の家に遊びにきたの? それも急に」
私はその言葉にぴくりと反応を示し、少し不貞腐れながらもこう答えたのだ。
「寂しかったから。それに、穂火ちゃんは儀式? をするらしくて遊びに誘えなくて、零くんは好きな漫画家のサイン会に行くらしいの。だから……アークロックの基地になら誰かいるかなって思って」
「それ、いたとしても僕だけじゃん」
「へへ、そうだね」
すっかり気分が良くなった私は照れ臭い気持ちを乗せた笑顔でそう答えた。しかし鍵斗くんは気づいたのか、こんなことを聞いてくる。
「零くんと会話してるの!?」
そう、鍵斗くんは零くんがサイン会に行くのを知らなかったようなのである。
そんな鍵斗くんが可愛くて、少し意地悪しちゃいたくなる。
私は零くんとの会話内容を見せながら、こう答えた。
「桃木島の帰りにさ、写真を送り合う際に連絡先交換したでしょ? それからちょくちょく話してるの」
鍵斗くんは『見てこれ』というメッセージと共に載せられた私が作ったご飯の写真や、
『零きゅん、今日は晴れだよ』のような意味のないメッセージを見て、目を丸める。
だがすぐに落ち込んだのだ。
そんな彼を見たら心苦しくなり、私は心配さがこもった声でこう訊く。
「大丈夫?」
しかし鍵斗くんの調子は戻らずに、「すごいね……」とだけ返して来た。
「僕なんて、零くんと何話したらいいのかわからなくて……業務連絡しかしてないのに」
「まじか!」
私が確認してみると、本当に『桃木島で撮った写真』や、『アークロックの基地に集まるらしいよ』などしかない。
しかも零くんも零くんで、『はい』や、『ありがとうございます』しか返していない、日常会話がゼロのメッセージであった!
こんなの、アークロックらしくないや!
ガツーンとダメージを受けた私は「『おはようMAXエボリューション』とか送ればいいんだよ」とノリノリで話す。
だが鍵斗くんは本気の拒否を見せた。
「や、やだよ!!」
「なんでやねん!」
私もつい反射的にそう返してしまう。
「でもさ、零くんと会話したいんでしょ?」
私が優しくそう訊くと、鍵斗くんは首を縦に振る。だから「じゃあやらなきゃ」と返すと「無理無理無理!」と答えられた。
私は、「じゃあ私が打ってあげる!」と言うが、本気で拒否を示す鍵斗くん。
スバっと勢いよくスマホを隠したのである。
そんな彼は、まさかの反撃に出た。
「てか!……陽向さん、零くんや穂火ちゃんとよくメッセージのやりとりするんだね」
「……そりゃ、私はみんなと話しまくってるからね!」
私は平然とそう答えた。しかし、それが罠だったのだ!!
「でも……僕とはやってくれないよね?」
「……!?」
私は鍵斗くんのスマホに映る、業務連絡が主なメッセージ履歴を見せられる。
「……」
それについては、言いたいことがある。
なぜか、
鍵斗くんにメッセージを送るとなると、これでいいのかな? もっといいのがあるかも! と考えてしまい、何度も文章を消し、結局は送らないを繰り返しているからだ。
なんでそれが起こるかわからないけど、鍵斗くんへのメッセージはどこか難しい。
だから難しい。
なのに、それを伝えるのはなんだか恥ずかしくて、私はりんごのように真っ赤になってしまったのだ。
それを見た鍵斗くんはここぞとばかりに
「あれあれ? 陽向さん?」
と言ってきた。
桃木島で仲良くなったからって、フレンドーだな、鍵斗くん!
私は照れながらその口撃をくらい続ける。
だが負けっぱなしで終わるわけにはいかないのだ!!
私は鍵斗くんに見せつけるように、鍵斗くんへメッセージを送ろうとスマホに触れた。
でも、でも……!!
「あにゃ……」
なぜか、指が震えて動かない。
私は知らず知らずのうちに涙目になっていたようで、鍵斗くんは本気の心配を見せてくる。
でも、それがなんだか悔しくて、私の脳はショートしたんだ。
「あ、あはははははは!! 送れる、送れるもん!!」
そして私は鍵斗くんの腕に抱きつき、スマホの画面を見せながら『のおほとせたれわおふ』と文章にならない文章を見せつけていくぅ!
鍵斗くんの匂いや、硬い腕、男の子特有の鼻息、全部無視して指先に力を込めるぅ!!
「ひ、ひ、陽向さん!?」
私がぬいぐるみを抱くようにがっつり掴んだ鍵斗くんの右腕は、困惑を示すように動く。
私はそれに刺激されさらにおかしくなり、顔を真っ赤にして目をグルグルさせながら、「ふははははは!!」と言いながら鍵斗くんに覆い被さったのだ!
そして、スマホを見せつけるぅ!!
そこには
『す』
とだけ打ち込まれており、予測変換で『好き』が出ていた。
そのタイミングで、鍵斗くんの部屋が開けられる。
「灯里、鍵斗、伝えたいことが……おっと失礼、お取り込み中だったか」
「師匠!?」
私の下にいた鍵斗くんが顔を真っ赤にして、こう続ける。
「違いますからね!?」
「別になんでもいいが、過ちは犯すなよ?」
「違いますからね!?!?」
かくいう私は、なんとなく正気を取り戻して、密かに照れながら、鍵斗くんから離れてそっと正座した。
なんでだろうな、鍵斗くんのああいう焦っている顔は、見ていて少しホッとする。
鍵斗くんに説得されたのか、シーラさんはこう言った。
「わかったわかった」
「違いますからね!?」
鍵斗くんの声はまるで端っこに追いやられたように無視され、シーラさんはこう続ける。
「とにかく伝えたい。灯里、鍵斗、大仕事だ。
女子校にて奇妙な事件が起きた。その調査に出て欲しいんだ」
シーラさんは、大きな衝撃を持ち込んだ。
これが物語なら、起承転結の起となる重要な話なのだろう。でも私は、鍵斗くんから目を離せない。
そんな鍵斗くんが、不意にこんなことを言った。
「わかりました。でも……陽向さんはお休みでお願いします」
「なんでだ?」
「可愛い髪が、崩れてしまうので」
「……ふっ」
そんな会話をする二人を見て、私は毛先をいじる。
なんだよそれ、もっと早く言ってよ。
そう思いながらも、やっぱり私は……ドキドキしていた。
やっぱり……相棒っていいね。




