第55話 桃木島からの贈り物
突然ですが自己紹介を!
私の名前は陽向灯里。アークロックの一員です。
そんな私は今、傷心にそっと絆創膏を貼られ、密かにドキドキしています。
鍵斗くんは、リーダーとして本当に成長したよ。私は相棒としてすごく嬉しい。
だって、私のことも仲間として、慰めてくれたのだから。
そんなことを考えながら彼を見つめていると、笑みが湧いてくる。自然と元気も膨れ上がる。
元の気持ちに戻った私は、「見て見て、鍵斗くん! クラゲがたくさん浮いているね!」と海を指して言った。
もはや海を埋め尽くすのではないかと思うほど、ふわふわとたくさんのクラゲが浮いていた。それを見た鍵斗くんは私の横で「……うわぁ」とドン引きしたように言った。
確かにあれは少し気持ち悪いかも。
クラゲって可愛いけど、集まりすぎるとちょっと無理になっちゃうのかな、などと思いながら私は鍵斗くんを見つめる。
そして、柵の上に座っていた謎の紺色の猫を見た。
そう、猫を見た。
「……どえー!?」
私は急いでその猫を抱いて、柵から下ろす。なぜこんなところに猫が!?
などとは思わずに、とりあえず海に落ちたら危ないの一心である。
私が焦っていると、鍵斗くんはもっと焦っていたのか、目を丸めてこんなことを言った。
「君は……! 桃太郎のところの!!」
「……!?」
紺色の毛を持ち、月のように綺麗な瞳を持つその猫は、どうやら鍵斗くんの知り合いらしい。
私は「……どういうご関係で?」とノホホンと訊く。すると鍵斗くんは、「僕も詳しくはわからないけど……」と前置きして私にこう語ってくれた。
「洞窟で『鬼神』に追われていた時にね、突然現れて僕を案内してくれたの、桃太郎の城まで。だからまあ、僕を助けてくれた猫なんだけど、戦闘が始まってからは別れちゃって……まさかここで再会するのかって感じ」
「……そんなことが」
鍵斗くんは確かに頑張ってるのだろうと思っていたが、もしかしたら想像以上に頑張っていたのかもしれない。
そう思うと同時に、何も手伝えなかった自分に嫌気がさす。
でも、先ほどから触り続けているこの猫の手触りはそんな心すら癒してくれた。
太い猫ではない、どちらかといえばスリム寄りの猫。でも……柔らかくてプニプニボディであった。
「とりあえず、シーラさんに伝えようか。桃木島からついて来ちゃったって」
私がそう提案すると、鍵斗くんはすぐに頷いてこう言ってくれた。
「そうしよう。この子のことも、何がわかるかもしれないし」
■□■□■
僕の名前は空錠鍵斗。僕は今、陽向さんが抱きしめている猫について、師匠に話を聞きに来ていた。
今、このフェリーには、客は僕たち以外にはいない。だからこそ、大声で話せた。
「なんだ? その猫は?」
アイマスクを外しながら、師匠は体を起こしつつそう言う。
師匠はいつも忙しそうで、変なところでよく寝る。今も就寝時間だったのだろう。
声を聞いたのか、自動販売機で飲み物を買いに行っていた穂火ちゃんと零くんも、ラウンジに戻って来た。
ここは、緑の……よく自動販売機の横にあるようなアルミ製のベンチが並んでいるラウンジだ。オシャレな飲み物もないし、時計すらない。
まあ、移動時間が一時間もないようなフェリーゆえ、質素なのだろう。
そんなことは置いておいて、今は猫だ。
僕が事情を説明すると、師匠はこんなことを言った。
「桃木島に戻って帰すのもいいが、その子は首輪を付けていない。別に家で飼ってもいい。四人で決めて私に結果を伝えてくれ。私は全てを受け入れる」
そう言って師匠はアイマスクをつけて再び寝始めた。
僕は、まじか、と思いつつ、師匠から離れて四人でまとまって話をする。
一番興奮していたのは穂火ちゃんだった。陽向さんに抱かれている猫を見て「かわいい〜!」と目を輝かせる。
なんだか、こういう穂火ちゃんを初めて見たからか、初めて彼女を可愛いと思えた。
零くんはというと「いいんじゃないですか?」と答えていた。
零くんのアークは動物を出すアークでもあるため、おそらく猫も好きなのだろう。強く拒絶するようなそぶりも見せなかった。
そして陽向さんはというと「でも飼うってなったらアークロックの基地だよね、世話とかどうしよう」と言う。
僕は「アークロックの基地がある、鍵屋ガッチャンの二階に僕は住んでるから、世話をするとなったら僕だろうね」と伝えた。
それになぜか陽向さんが食いつき、「え!? 鍵斗くんってアークロックの基地の二階に住んでるの!?」と言う。
僕は頷いてから「言ってなかったっけ?」と返した。
そう、アークロックの基地は鍵屋ガッチャンの奥にある。
鍵屋ガッチャンに入店してそのままカウンターの奥に行くか、裏口から入るかでアークロックの基地に行ける。みんなは裏口から入っているから、あんまり知らなかったのだろう。
ゆえに、陽向さんは「じゃあ寂しくなったらすぐに会えるじゃん! アークロックの基地に行きやすくなったね〜!」などと言う。
僕はそれに少し照れてしまって「どういう意味?」と小さく言ってしまった。
まあそれは置いておいて、などと言わんばかりに穂火ちゃんは「じゃあ飼うってことにします?」と目を輝かせて言った。
陽向さんは「鍵斗くんの仕事が増えるし、鍵斗くんが決めていいよ」と言う。零くんも頷いてくれた。
僕はというと、少し悩んでいた。
仕事が増えることにじゃない。しっかりと育てられるかにだ。
この猫には、助けられた。
正直恩返しはしたい。毎日の世話でそれが賄えるのかと考えると同時に、生き物を育てたことのないプレッシャーが僕を襲う。
そんな僕の気持ちを察したのか、陽向さんは「勿論だけど、私たちも世話にはできるだけ参加はするよ」と言ってくれる。
僕はそれで一気に肩の荷が降りて「じゃあ……」と答えた。
穂火ちゃんはそれに興奮して、「じゃあ名前を決めないとですね!!」と言う。
僕はその圧に押されて、「あはは、そうだね」と苦笑いを交えて答えてしまった。零くんが「一旦落ち着けよ」と穂火ちゃんに言う。
穂火ちゃんは「そ、そうね」と似合わないセリフを言っていた。
そして陽向さんが「名前を決めるのって、センスがいるよね〜!」などと言い始める。それが穂火ちゃんに火をつけたのか、彼女は目を輝かせてこう言った。
「それなら私にお任せを! この子の名前は、
獄炎・エンプレスフェリス
で行きましょう!」
僕らはそれを聞いて、一斉に黙る。最初に口を開いたのは零くんだった。
「呼びにくいだろそれ、獄炎エンプレスフェリスって路上で言いたくねえよ」
陽向さんが「穂火ちゃんのスラスラ名前が思いつく才能は素晴らしいけど、この子には似合わなさそうだね〜」と追撃する。
僕はシンプルに「ダサいね」と言った。
穂火ちゃんは涙目になる。まったく! みんな言い過ぎなのだ。
そして完全に自信をなくしていじけた穂火ちゃんは、ラウンジの端っこに座り「じゃあなんでもいいです……」と言い始めた。
可哀想に思ったのか、陽向さんが「じゃあさ、四人でイッセーノで一文字言って、それを組み合わせて作ろうよ」と言い出す。
それなら、と参加できることに喜んだ穂火ちゃんはトコトコと僕らのところに戻って来た。
陽向さんは「じゃあ行こうか」と準備を始める。
気づけばすごい名付け方になったが、僕はパッと頭に思い付いた言葉を口にした。
「それじゃあ、せーの!」
「み」
「や」
「し」
「い」
言葉が出揃い、みんなは黙る。
『みやしい』それが頭の中に残った。みんな、『み』『や』『し』『い』を使って名付けの思考を回す。
『みやしい』は、なんとなく言いづらい。
真っ先に零くんが「みやしい」と言ったので、穂火ちゃんに「ダサいよ」と返されていた。零くんはびっくりしたように硬直する。
そして続けて穂火ちゃんが「ミールヤンデーク・シノイシ」と呟く。零くんが「勝手に文字数増やすなよ」とツッコミを入れていた。穂火ちゃんは静かに「頭文字は『みやしい』だし……」と苦し紛れの言い訳を呟く。
最後に陽向さんが「『しぃや』とか……うーん、でも『み』が残るなぁ」と言う。
僕はそれに「そうか、小文字もありなのか」と返した。
「それじゃあ」
小文字もありなら、僕の脳に一つの名前が浮かんだ。多分さ、こういうアナグラム的な名付けは、僕は得意分野なんだろう。
みんなの前で、こう言った。
「『シャミィ』……とかどう?」
三人は一斉に僕を見て、こう言う。
「いいね!」
「「いいですね!」」
僕はその返答を聞いて、微笑んだ。
案が通るのは、気分がいいものだ。
僕はみんなと共に師匠の元へ行く。すると師匠は「決まったか?」と訊いてきた。
僕は頷いて「飼います。名前はシャミィです」と伝える。
師匠は口角を上げて「ちゃんと世話するんだぞ」と答えてくれた。
もうじき、陸に着く。
僕らはシャミィと戯れながら最後のフェリーの時間を楽しむ。
そして陸に着き、僕らは饂飩を食べに行く。ここは饂飩が有名で、お土産で饂飩も買って、師匠の車に乗って、高速道路を通って地元に帰った。
途中で寄ったパーキングエリアでもお土産を見たり、トイレに行ったり、零くんの背中をさすったり、なんだか特別な思い出を作ったような気がする。
そしてついに高速道路を降り、地元に戻る。
車内で、桃木島で撮った写真をグループで共有していたら、あっという間の到着となった。
僕は、戻って来たことを窓を通して感じる。
特別編のような桃木島が終わり、日常に戻る。
明日からは、アークロックも……通常運転だな。
そう思いながら、僕は助手席からそっと後ろを見た。
楽しそうに笑うみんなの顔は、一週間前とは見違えたものだ。
本当に、長くも短い一週間だった。
陽向さん、穂火ちゃん、零くん、師匠、それにシャミィ。
この車はどこか煩い。でも……僕は窓の外の景色を見つめながら、気分良く微笑むことができた。
なんとなく、心地いい音だったから。




