第54話 不平等な青春
さて、帰る時間がやってきた。
ここまで長々ダラダラとしているのもアークロックらしいなと思いながら、僕は静かに港から町を見つめた。
おっと、自己紹介が遅れたな。
僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』であり、アークロックのリーダーだ。
そんな僕は、海の波の音を聞きながら、町を見つめる。
フェリーが来るまではまだ時間がある。
この待ち時間というのは、どこかノスタルジックな気分に浸らせてくれるものだ。
横でスマホを触っている陽向さんや穂火ちゃんも、あちらのベンチでゆっくりしている零くんも、今は自分の世界に浸っている。
僕もまた、町を見つめて過去に浸っていたのだ。
もはや浸りすぎてビショビショである。
そんな中で振り返ったこの島での思い出は、僕に刺激を与えてくれた。
躍兎くんとの刺激的な出会いから始まり、陽向さんの提案で海に行く話へ続く。
桃木島のビーチでは、アークロックメンバーと仲良く遊び、親睦を深めた。
その後は修行が始まり、僕はたった一人だけ修行なしの現実を突きつけられる。でも、それは僕がもう独り立ちしていたという理由であり、その意図を汲んで、僕は自力で課題を見つけ、解決していくという方法に出られた。
そして見つけたのは、桃木島の桃太郎伝説と謎の鬼。
その伝説を解く傍ら、僕はリーダーとして成長するために仲間の修行風景を見た。
途中、陽向さんのアークが使えなくなるというハプニングがありながらも、伝説の足取りを追い、桃太郎を追い詰める。
そこからは近い記憶だ。
桃太郎と対峙して、鬼神と戦い、アークロックのみんなで、桃木島の幸せを守った。
そんな、長いようで短かった桃木島での一週間。
僕は優しい風を感じながら、思い出に触れてそっと微笑んだ。
さて、改めて、もうすぐお別れの時間だ。
海の方を見ると、フェリーが見えた。汽笛の音も聞こえ、僕の心は現実へと引き戻される。
そんなところへ、ドシンという衝撃が背中にぶつかった。
なんだ!? と思いながら、僕はふらつく。だがすぐに足を踏ん張り、後ろを振り返った。
そこには、一人の男児がいた。その子は、堪えていた涙をダラダラと流しながらこんなことを言う。
「田舎に帰んのかよ! なあ! 鍵斗!!」
そう、そこにいたのは、僕が唯一心残りにしていた、会えなかった男の子。
躍兎くんであった。
僕はそんな彼を見て、「躍兎くん……」と呟く。
そこへ、躍兎くんの母である玲那さんがやって来て、「こら! 躍兎!! 『鍵斗お兄さん』でしょ!!」などと叱られる。
その光景が、初めてここに来た時に見た躍兎くんの姿と被り、僕は気が抜けて笑ってしまう。
そんな僕を見たのか、躍兎くんはプンスカ怒りながら「なんだよ!!」と言い始める。
だけどすぐに落ち着いて、こう言ったんだ。
「また……遊びに来てくれよ?」
少し照れくさそうにそういう躍兎くんがどこか可愛く思い、僕は彼の肩に手を置いてこう返した。
「うん」
そして、躍兎くんはこんなことを言う。
「それまでは、桃木島はオレ様が守るからさ!」
「……オレ様?」
僕が不思議に思っていると、横にいた玲那さんがこう付け加えてくれた。
「なんか、鍵斗さんに憧れたみたいで、やる気を出す時はオレ様って言うんですよ」
「はぇ!?」
僕は変な驚き声を出しながら、『僕』と『オレ』を使い分け、自分を奮い立たせている僕のことが少し恥ずかしくなる。
でも憧れられるのは少し嬉しかった。
「オレ様! オレ様!」
ああやって真似されるのは少し恥ずかしいけど。てかオレ様ってなんだよ! 僕はそんな一人称使った覚えはないぞ。
しかし……なんとなく、はにかんでしまった。
「躍兎くん」
だから、こう伝える。
「ありがとう」
「……おう」
躍兎くんも、不器用な笑みを浮かべる。そこへ、「Hey!」などと言いながら外国人が現れた。
僕はその人を知っている。
そう、リアムさんである。
彼は僕の帰宅を察したのか「さよなら」と不器用な日本語で伝えて来た。僕も、下手くそな日本語の抑揚とよく似た英語でこう返す。
「グッバイ!」
彼とも、ここでお別れだった。
そして、次々と見送人がやってくる。
師匠たち、ゴアさんなどの桃太郎伝説の関係者、ほかにも何人か、様々な人たちが突然現れて、何事だと思う。
でも、後から師匠がやって来て、察した。
師匠が声をかけて集めてくれたのだろう。師匠にしては珍しく、嬉しいことをしてくれる。
僕は見送りに来てくれた人たちに「ありがとうございます!」と言って、フェリーへと乗り込んだ。
陽向さんや、穂火ちゃん、零くん、師匠も挨拶を済ませて、フェリーに乗った。
もう、この島ともお別れである。
汽笛と共に発進するフェリー。デッキに出て、桃木島を見てみると、桃木島の人たちはまだ手を振っていた。
僕はそれが嬉しくて、手を振りかえしたんだ。
横に現れた陽向さんも、同じように手を振る。
でも、どこか悲しそうな表情だったんだ。
潮風の吹くこの場で、僕は彼女のことがなぜか心配に思い、こう訊く。
「別れは寂しいよね」
でも陽向さんは、少し変わったことを言った。
「でも、今の時代はスマホで繋がれるからね〜」
僕はその返答が少し気になり、こう返す。
「じゃあ、どうしてそんなに悲しそうにしているの?」
「……!?」
その返答に驚いたのか、陽向さんはギョギョッ!? と固まった笑みを浮かべた。
どうやら、自分の表情にすら気づいていなかったらしい。僕は静かに寄り添うように微笑み、こう伝える。
「陽向さんの表情は、なんだかわかりやすいから」
「そっか……」
陽向さんは「んー!」と腕と背中を伸ばしながら空を見上げる。そして、こう言った。
「鍵斗くんには隠せないか〜」
彼女はまた空元気を浮かべるが、すぐに眉尻を下げて、落ち込んだようにこう呟く。
「桃木島って凄いよね、まさに修行編だ。穂火ちゃんは凄い槍を得て、戦う力を得た。零くんは護りの心得を習得して、雰囲気が一気に戦士に変わった。鍵斗くんなんて、師匠もいないのに、自分で課題を見つけちゃって、すごく成長した」
「……そんなことないよ」
「ううん。成長したよ。
昔の鍵斗くんなら、私の表情の変化を見ても何も言わなかった。今回のバトルも、一人で解決しようとしていた。
でも、この島でリーダーとして成長して、それらができるようになった」
「……そうかな」
僕は照れ臭くなり、自分の頬をかく。でも、陽向さんはそれでも暗く、こう続けたんだ。
「それでさ、私は何を得たのかな?」
「……!」
陽向さんは、デッキの柵に背中を預けて、空を見上げる。
ふと一瞥した桃木島は、もう白いモヤがかかるほど遠くにあった。
そんなタイミングで、陽向さんがこう呟く。
「頑張って修行しても、アークは消える。桃太郎とのバトルも、私は蚊帳の外」
ふと、風に乗って雫が飛んだ。それがなんなのかは、すぐにはわからなかった。
でも、彼女の表情を見て分かったんだ。
初めて見た、陽向さんの弱音。
僕はどこかで、彼女は大丈夫だと、油断していたのかもしれない。
この壮大な海の上で、陽向さんは深い、深い弱音を吐く。
「ねえ、鍵斗くん。
私だけ、なーんにも成長しなかったや」
その、不器用に笑う彼女の姿は、僕の心をグサッと傷つける。
修行編だのなんだのと、僕は心の中で楽しんでいた。でも、もっとリーダーとして、仲間のことを見なきゃいけなかったんだ。
修行編だの、都合のいいことばかり言って、大切なものを見落とす。
誰もが均等に成長できるわけないのに。ましてや、元の能力が高かった陽向さんなんだ、成長するのは簡単じゃないはずなのに。
それに、アークが使えなくなった時の動揺を僕は見ていたはずなのに。
なのに、僕はその悩みを放置した。
ずっと、SOSは出ていたのに……僕はそれに気づくことすらなかった。
僕もまた、リーダーとしてはまだまだなのだろう。桃木島で成長したと言っても、それはリーダーとしての基盤ができただけに過ぎない。
でも、それでも僕は彼女を支えたかったから……こう返したんだ。
そっと、彼女の手を自分の両手で包んで。
「聞いたよ、陽向さんが鬼の赤子を捕まえたって。それがなかったら、僕は死んでいたかもしれない。それに、桃太郎の心に気づいたのも陽向さんだ」
「……確かに」
陽向さんはそれを聞いて微笑む。でもそれは、多分空元気なのだろう。だから僕はこう続けた。
「でも多分、陽向さんはそれは関係ないって考えてるんだよね。成長してるかどうかが大切だから」
「……!」
「だから僕は、改めてこう伝えるよ。
陽向さん、人生に無駄なことなんて多分ないんだ。どんな挫折だって、成長の大切なキーワードなのかもしれない。
だって……挫折するって、進んでいるってことじゃないか」
「……鍵斗くん」
「だから、僕は陽向さんが成長するまで、隣で支えるよ。
だって僕らは……相棒じゃないか」
「……っ!」
僕が陽向さんにプレゼントした桜のヘアピンが、彼女の髪の近くで光を反射し、きらりと光る。
陽向さんは頬の硬直を緩ませ、優しく笑ったんだ。
そんな彼女は、僕の手を優しく包み返してきて、こう言ってくれた。
「ありがとう、鍵斗くん!」
「うん」
桃木島での物語は、これで終わる。
でも、僕らの物語はまだ続くんだ。
僕はフェリーの上で、陽向さんの手に触れながらそう思った。
燦々と輝く太陽は、陽向さんの背中を照らす。
その時だけは、彼女がどこか……小さく見えた。




