第51話 学生のボランティア活動
『支配のアークリオン』が倒されたことで、戦場に激震が走る。
町に溢れようとしていた鬼たちも、一斉に動きを止める。
それを見たのは、鬼を止めていた、陽向の師匠である宮島霊奈と、陽向の姉弟子である鹿村信乃だった。
二人は、それを見て安堵する。
同時期に、町にいた桃木躍兎と陽向灯里も、漏れて町まで来ていた鬼の動きが止まったことを視認する。
陽向は瞬時に、仲間がどうにかしたのだと理解した。
躍兎も鍵斗の顔を思い出し、こう言った。
陽向は、それを聞いてグッと頷く。
「行け! 鍵斗兄ちゃぁぁぁぁん!!」
同時刻、別の場所で、空錠鍵斗は自らの腕に付けていた『桃太郎の腕輪』が発光するのを目にする。
目が眩むほど強く発光するそれは、鍵斗の腕からスッと抜け落ち、宙に浮かび上がった。
鍵斗は、虚空から白の鍵を取り出し、それを掲げる。
その鍵は、千年の悲しき物語に終止符を打ち、新たな桃木島の歴史を始めるためのものだった。
不思議と、遠く離れた躍兎の声が聞こえたような気がして、鍵斗はふっと微笑んだ。
そして、思いっきり腕を動かし、目の前でフワフワと浮いていた『桃太郎の腕輪』に白の鍵を挿した。
そして、回す。
ガチャン、という音と共に、桃太郎の『支配のアーク』は閉じられた。
波及するその影響は、桃木島中に広がる。そして、この島にいたあらゆる鬼は、燐光のように広がって消える鬼の皮膚を見つめながら、涙を流した。
「ああ……あぁ!」
「戻る、戻っていく!!」
「お母さん、お父さん!」
鬼の皮膚が少しずつ消えていき、姿を現したのは、桃太郎により姿を変えられ、洗脳されていた人々。
燐光のようなそれは、桃木島を照らす妖精のようであった。
祝福ともいえるその光景を見た、白衣を着た女は、ふと口角を上げこう言った。
「流石だな、鍵斗」
そう、どれだけ桃太郎のアークが偉大でも、どれだけ桃太郎のアークが、時間をかけて根強いものになっていたとしても、空錠鍵斗ならそれを閉じられる。
それが……『類い稀なる閉じる才能』なのだから。
鍵斗はふと気づき、こんなことを言った。
「全部終わってから気づいたけど、零くんさ、どうやってアーク開いたの?」
鍵斗は思い出していた、自らがアークを開けていないことを。零は、現れた時からアークを使用していたことを。
零は、ふと微笑んでこう伝える。
そう、桃木島には、もう一人の鬼を抑えていた『鍵使い』がいる。
そう、それは白衣を着た女。その名も、シーラ。
彼女はすでに島に来ていた。そして、零に会い、古傷を押さえながらアークを開けていたのだ。
そんなシーラは、鬼から人々に戻る彼らを見て安堵する。
シーラが抱えていた大きな問題の一つが、桃木島の失踪事件であった。そんな問題を、弟子である空錠鍵斗、そしてその仲間が解決してしまった。
その事実に、シーラは笑わずにはいられない。
鍵斗のことを自慢に思いながら、シーラはこう呟いた。
「成長したな……鍵斗」
そして、当の本人である空錠鍵斗は「師匠が来てるの!?」などといつもの調子で答えながら、零と話していた。
だがすぐに緊張が走る。
『鬼神』の指先がぴくりと動いたのだ。
警戒する鍵斗と零。だが、シュルシュルと縮んだ『鬼神』は、笑っていたのだ。
スマートな筋肉になり、顔立ちも怒りが抜けたからか凛々しいものに変わり、零に一歩劣るレベルの面の良さになった。
それを見て、鍵斗は警戒を緩め、こう言った。
「おかえりなさい、英雄」
『鬼神』は、涙を流しつつも笑顔でこう返した。
「ありがとう、若き戦士よ」
桃木島の呪いの物語は、これで終わりを迎える。
洞窟から出て来た桃木虎太郎は、鬼の姿から少しずつ人に変わり、町を見つめた。
空に広がるのは、黄色い光。
美しく桃木島を彩るその光を見た虎太郎は、微笑んだ。
桃木に伝わっていた復讐の物語は、閉じられる。
最後に、その最大の功労者は息を呑んでいた。そして、こんなことを言う。
「あっつ!!」
帰ってきた『鬼の槍』を引き抜き、しばらく待っていたが、『想いの解放』によりオーバーヒートしており、『鬼の槍』はもはや熱すぎて持てる物ではなくなっていた。
これは、大切な槍。
それは十分にわかっている。だが、熱すぎて持てないものは持てない。ゆえに……『鬼の槍』は無情にも戦場に置き去りにされた。
平和が戻って来た桃木島の上で、カラスが鳴く。
もうじき沈む太陽に照らされ、潮風に当てられながら、ありきたりな物のようにポツンと置いて行かれた『鬼の槍』は、まるで穂火の帰りを待つように、この場に残る。
それは、あまりにも功労者の武器とは思えない惨状であった。
穂火はチラチラと後ろを振り返りながらも、持てないから仕方ないよね、と思いながら仲間の元へ向かった。
『鬼の槍』は、太陽に照らされながら、沈黙を貫く。カーカーというカラスの声が無情にも響いた。
そして、集合場所は自ずと合宿所である宿へと。
『鬼神』に肩を片方ずつ貸していた鍵斗と零、『鬼の赤子』を抱きしめた陽向、何も持っていない穂火。
その四名は三方向から再会を喜ぶ。
この戦いは、改めて、アークロックの勝利で終わった!!
そして、夜がやってくる。
桃木島への合宿は七日間であり、修行の時間は五日間取られていた。そして、今日が五日目の夜であり、明日は帰る一日だけであった。
つまり、今日が最後の夜ということだった。
そんな夜を、祝杯で過ごす。
アークロックは桃木島総出で祝われた。
豪華な食事と、人々の絶えない笑い声。まさに勝利の祝福であるその宴の中心で、鍵斗たちはこれでもかとチヤホヤされていた。
その経験は、アークロックという組織が認められたことを意味していた。
この戦いはそれほどのものであり、鬼から解放された人々は感謝の意を示し続けるほどだ。
そんな、鬼から解放された人々は昭和生まれから平安生まれまでおり、もはや戸籍もないものも多い。
その者たちはツキバアが預かり、生活を支援することとなった。
この事件に隠されていた神器である『桃太郎の腕輪』はシーラが回収することとなり、アークロックには勝利という名の報酬が与えられる。
だが、アークロックに名誉はない。
アークは広がってはならない存在であり、桃木島に元からいた住民だけではなく、空錠鍵斗により救われた人々の記憶からも、アークロックの存在は消される。
唯一の例外は師匠たちと、戦闘に関わった数名であった。
だが、アークロックのメンバーはそれを惜しまない。
なぜなら、アークロックは名声を求めるチームではないからだ。
アークロックの四人は横に並んで、山の頂上にある展望台からこの島を一望した。
その背中は、どこか立派で、成長を感じさせる。
そして、鍵斗が口を開いてこう言った。
「守れたね、幸せを」
「うん」
そう、アークロックは幸せを守るチームであり、
敵を倒すチームでも、英雄になるチームでもない。
ゆえに、歴史に名を残さない。
学生が放課後に行なっているボランティアに過ぎないのだから。
そんな四人は、雑談を始め、笑顔を咲かせる。
「でもさー、ビーチでの鍵斗くんのセリフはダメだよね〜」
「え!? 今更それ蒸し返してくる!?」
「そ、そうですよ! あれには傷つきました!」
「鍵斗先輩、僕は味方ですからね!!」
そんな彼らはアークロック。
幸せを守るチームであった。
桃木島の呪いのお話は、笑い声の絶えない宴で終わる。
だが、アークロックのお話はまだ終わらない。
夏休みだって、まだ終わらないのだから。




