第50話 本は閉じられた
ガキンッッッッ、と甲高い音を鳴らしながら、穂火と『支配のアークリオン』はぶつかる。
その激しい攻防は、穂火の蹴りによって一時的に止まる。
二人は離れ、まるで達人の間合いのように攻撃の手を止めた。
「……」
そして、山田穂火は槍を向ける。
その矛先は、『支配のアークリオン』へと。
この戦いは、もうじき終わる。穂火は言葉を失いグルルとしか鳴かない『支配のアークリオン』を見て、口を開いた。
これが、この詠唱が、最後の自信へと繋がる。
「……!」
■□■□■
同時刻、別の場所で空錠鍵斗は奥歯を噛み締めていた。
完全に回復した鬼神を見て、勝機を掴めないストレスに襲われる。
水沢零の存在により、ダメージを与える方法は手にしている。
だが、目にしてしまった『心臓がない』という情報は、鍵斗に『ゾンビ』という可能性を植え付けた。
どれだけ攻撃しても手応えがない理由は、不死身だから。
そんな相手にどう勝てばいいのか。方法が浮かばずに、鍵斗は目を細めた。
そして、仲間のことを思い出す。
この場にいない、穂火と灯里を。
「……っ! 陽向さん!」
そして、相棒の名を口にした。
依然としてバトルは続く。
降ってきた鬼神の拳を避けた鍵斗は、「くそっ!」と言葉を零した。
なぜなら、殴られるとは腕を拘束していたキーハートがちぎられたことを意味していたからだ。
空中でクルクルと回っていたキーハートの柄を掴んだ鍵斗は、その刃が折れたキーハートを見つめる。
もう、キーハートの刃のストックはない。
「……でも」
諦めるな。
いずれ来る勝機を逃さないために。
「零くん……!!」
「はい……!」
「合図するから、攻撃の準備を!!」
空錠鍵斗は、諦めない。中学生から続けてきたアークロックとしての活動が、彼に囁くから。
折れなければ、いつかは勝てると。
それに今は……仲間がいる。
鍵斗は、ふと口角を上げた。
仲間の顔を思い出しながら。
■□■□■
そして、すべてのピースはこの場へ集まる。
『鬼の赤子』と追いかけっこを続けていた陽向は、脇腹を押さえながらも走り続けていた。
鬼の赤子は小さくすばしっこい。
先ほど目の前に立てたにも関わらず、股下を抜けられた。
まるで、ネズミのよう。
簡単には捕まえられない。陽向は「絶対に捕まえてやるっ!」と言いながら、塀を登り、角材を乗り越え、家々の間を進む。
家と家の間に置かれてあった廃棄の洗濯機も飛び越えて、邪魔な障害物があれば壁を蹴って強引に前に進む。
それを見た鬼の赤子は「ぴぎゃ!?」と言いながら走る速度を上げた。
しかし、陽向も追跡を続ける。
なぜ、鬼の脚力に彼女がついていけるのか。それは彼女が陽向灯里であるからだ。
「捕まえてやるよ! だって私、体育の成績5なんだから!!」
そう、成績は5までしかない。ゆえに、彼女の身体能力の評価もその域に留まっていた。
だが、やはりアークが使えないというのはかなりの痛手であり、どれだけ優れた基礎身体能力を持っていたとしても、鬼の異常な脚力にはあと一歩追いつけずにいた。
「……っ!」
挙げ句の果てには、逃げている最中に成人の鬼に会う。赤い肌、黄色いツノ、虎のパンツ、ありきたりな鬼を見た陽向は緊張しながらも、サッカーのマルセイユルーレットのように華麗に回避した。
驚愕すべきは、鬼が振り返る動きの死角に合わせて走り抜けたことである。
鬼は、陽向灯里の存在を視認することすらできなかった。
鬼の背後をするりと抜けた陽向は、そのまま鬼の赤子を追いかける。
でも、絶妙に追いつけない。
脇腹に痛みが走ったその時だった。
陽向にひらめきがよぎる。それはまるで、空錠鍵斗のような発想であった。
(力を借りるよ、鍵斗くん!)
陽向はそう思いながら、近くにあった少し大きめの石を蹴る。
それは真っ直ぐ前に進み、鬼の赤子に……当たらずに、ある家に当たった。
その石の音は、まるで人の動いた音のように響き、鬼の赤子の意識をそらした。
それが、隙。
陽向は今だと思い、急いで近づいた。
だが、子どもの反射神経を舐めるでない。彼らは、いつ、いかなる時であろうと、感覚が鋭いのである。
思ったより意識をそらさなかったことを悟り、陽向は「く……!」と呟いた。
あと、少しなのに。
その少しが、届かない。
最後のピースが埋まらない。
この桃木島の物語の最後を添える、役者が足りない。
誰か……あと、一人でも……!
そう思った時、大きな声が響いた。
そう、子どもの反射神経は偉大である。
「お姉ちゃん! 助けに来たよ!!!」
その声の主は、桃木島にて、誰よりも鬼を信じ、守ってきた者。
サボり魔で、サッカーが好きで、鍵斗のことが好きな、男の子。
その子は……。
(桃木の声!?)
桃木躍兎。
鬼の赤子を通して、鬼神はその声を聞いた。
刹那、鬼の赤子の体がぴくりと止まる。
「今……ダァァァァァァッッッッ!!!」
「び、ぴぎゃっ!」
桃木躍兎の声により動きを止めた鬼の赤子は、陽向灯里に捕まった。
優しく抱きしめられた鬼の赤子は「ぴびっ」と言いながら、気絶する。
静寂を取り戻していた環境が、この一手により、グワンと動く。
「ありゃ!?」
気絶した鬼の赤子を抱きしめる陽向は、何がなんだかという表情で困惑する。
だが、それが『鬼神』にダメージを与えた。
なぜ、『支配のアークリオン』が『鬼神』に対して絶対的な信頼を寄せていたのか。その理由は、『鬼神』への改造手術。
『鬼神』という存在をさらに強くするために心臓を抜き、不死身の肉体を与える。その代償として、抜き取られた心臓は『鬼神』にエネルギーを送るためのタンクとして、口を与えられ、目を与えられた。
その姿こそが、鬼の赤子であった。
厳重に管理されていたはずの鬼の赤子の部屋は、謎の猫と空錠鍵斗により、破られている。
ゆえの、『支配のアークリオン』の誤算であった。
別の場所で、穂火は『支配のアークリオン』にこう言う。
「どれだけ貴方が強くなったとしても、言葉を捨てた時点で終わりなんです!!」
槍と刀が、ガシガシとぶつかる。その音は周囲を威嚇した。
だが、そんな穂火は、『支配のアークリオン』の隙を見つけられずにいた。最後の隙が見つけられずに、『詠唱』が滞る。
「でも……!!」
どれだけギリギリでも、彼女には仲間がいるから。
いつだって、チャンスは残っているんだ。
「私は、アークロックの一員だから!!」
その時、奇跡が繋がる。
「……ッ!」
海蝕洞窟で、鍵斗は息を呑んだ。
心臓が止まり、ガクンと動きを止める『鬼神』。それを見た鍵斗は隙を察し、零にこう言った。
「今だっ!!」
「はい!!」
空中から降ってくるロケットランチャーを掴む鍵斗。零は象を召喚し、『鬼神』にぶつける。
その衝撃で『鬼神』は倒れ、明らかな隙を晒す。
鬼の赤子の気絶により、『鬼神』の無敵は終わった。
象が消え、そんな『鬼神』に、無数の弾丸が放たれる。
両腕で構えた二丁のガトリングはガガガガッと動き、『鬼神』を制圧する。そして、空錠鍵斗のロケットランチャーが火を吹いた。
ドガーンッという音と共に、この場は揺れる。
そして、その影響は『鬼神』に最もリンクしている者へと繋がった。
『鬼神』はその攻撃により、ダウン。
別の場所で、穂火は詠唱する。
それは、勝利を掴むための、最後の言霊。
「鬼よ、精霊よ、我に力を与え、地獄の聖炎を与えたまえ。願わくば、アークロックに勝利をもたらし、桃木島に歓喜の嵐を呼び覚ませ。鬼の巫女の無念をこの槍に乗せ、今こそ勝利の革命をッ!!」
そして、発動するは、『鬼の槍』の五つ目の効果。
『鬼の槍』の最後の力は……『想いの解放』。
『鬼の槍』に取り付けられた、切り札。
これまでの蓄積したエネルギーを、一挙に放つ必殺技であった。
それは、鬼の巫女の代から続くエネルギー。
鬼の巫女が、苦渋を飲んでも、発動を諦め、未来へ託した自身の力が、今……!
山田穂火の手を通して、桃太郎に鉄槌を下す。
だが、どれだけ立派な技でも、当たらないと意味がない。
しかし……!
その凄まじい衝撃により、『支配のアークリオン』の意識が戻る。
「これは、まさか……!?」
ズギンッッッッ、と『支配のアークリオン』の体に痛みが走る。その衝撃は、これまでの攻撃と比にならないレベルのもの。
「ガハッ……!!」
『鬼神』が倒されたことにより、そのダメージがリンクしていた『支配のアークリオン』にフィードバックした。
強いダメージにより、鬼の力に深く潜っていた『支配のアークリオン』は脆さを晒した。
『鬼神』の力は、サラサラと消える。
残るは、桃太郎の力のみ。
(マズい……!)
『支配のアークリオン』の脳裏にそんな感想が浮かぶが、もう遅い。
穂火は『詠唱』の締めに入っており、『鬼の槍』はガチャンと開き、排熱を始めていた。
ツキバアの想いと、鬼の巫女の想いと、桃木家の想いと、桃木島の想いが乗ったこの一撃は、桃太郎の力とて耐えられない。
焦った『支配のアークリオン』は、急いでお供を呼び寄せた。
だが……!!
「なぜだ、なぜ応答しない! 猿ゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッ!!」
洞窟内部で、『支配のアークリオン』に命じられ、『桃太郎の腕輪』が沈んでいた場所の水を取りに行っていた『猿』は、ボコボコに殴られて倒れていた。
横で、男はこう言う。
「ガハッ!……すまないな、鍵斗くん。私には、このくらいしかできなかったよ……!」
そう、それは鬼の姿をした、桃木虎太郎。彼の動きにより、『支配のアークリオン』は回復の術を失った。
同時に、『犬』も覚醒したツキバアにより倒される。
「漆黒の乱脚ッ!!……だったよな、秋穂」
「クソッ……!!」
全てが上手くいかずに、そう漏らす『支配のアークリオン』。
空錠鍵斗の襲撃に始まり、山田穂火の妨害に続く、そして最後は、桃木島全てが敵に回る。
水沢零がいなければ、空錠鍵斗は『鬼神』に倒されていた。ツキバアが、虎太郎がいなければ、穂火は倒されていた。
そして最大の誤算は、陽向灯里の存在。
全てが唐突に始まった『支配のアークリオン』の最終章。
だが、それは『話していれば』予知できたこと。
他人を知ろうともしなかった彼に、勝機などなかったのだ。
穂火の眼光が鋭く光る。そして、こう放たれた。
「ピリオド・ストライクゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッッッッッ!!!!」
全てがノリで付けられており、今後発動することのない穂火の技。
だけどそれが、唯一無二の力を与える。
彼女の技は、その場限りの、一期一会な、限定技であった。
「いっけえええええええええっ!!!」
『虎の活力』により高まった肩の力で槍を思いっきり投げた穂火は、その先を見る。
空気を切り裂いて進むその槍は、排熱を続け真っ赤に染まる。
全てのエネルギーが乗ったそれは『支配のアークリオン』に当たり、海まで突き進む。
バザーンッッッ!!! と破裂するような轟音を響かせながら、海が真っ二つに割れる。そして、巨大な海柱を打ち立て、大爆発を巻き起こした。
真っ赤に埋め尽くされる背景をバックに、穂火は髪を後ろに振り上げながらこの場を去る。
おさげな彼女の髪は、綺麗な長髪に変わる。
輪ゴムは風圧で吹き飛び、その凛々しい顔は成長を感じさせた。
だが、性格は変わらないもので、穂火は胸に手を置いて、ホッと息をつく。
海から飛んできた三本の刀が地面に刺さり、サラサラと消えた。
桃太郎とアークロックの戦いは、全員の尽力により、アークロックの勝利に終わる。
海から戻ってきた『鬼の槍』は穂火の横に立つように地面に刺さった。
その姿はまるで、『ありがとう』と言わんばかり。
千年以上続いた桃木島のお伽話は、ここで終わる。
アークロックにより、その物語の本は閉じられた。




