第47話 自信を与える勇気の魔法
窮地に追い詰められたのは、アークロック。
『鬼神』、『支配のアークリオン』による攻撃で疲弊したアークロックは、勝ち目のない戦いに挑んでいた。
攻撃しても手応えのない『鬼神』に辟易する零。そして無い心臓の理由を考える鍵斗。
二人はまだいい方。山田穂火に至っては、槍から手を離しそうになっていた。
桃太郎ジュースの雨は終わり、地面に甘ったるい跡が残る。力を失った穂火は、そんな地面を見つめて、ただ涙を流していた。
ポツポツと落ちる涙も、桃太郎ジュースという先約がいるせいで、跡すら残せない。
そんな穂火に、『支配のアークリオン』はこう言った。
「お前は凡人だな」
「……」
反応のない穂火だが、確かに指先は動く。
『支配のアークリオン』は、まるで説法を行うように上からこう語った。
「空錠鍵斗のような精神を持ち合わせておらず、たまたま手に入れただけの力を使って、私は強いと勘違いしているだけの凡人」
「……」
ぎゅっと、穂火の口元の筋肉は引き締まる。だが『支配のアークリオン』の口は止まらない。
「自惚れるなよ。お前は槍に選ばれたんじゃない。たまたま近くにいたから手に取れただけの人間なんだ。
例えばオレがあと二十年、いや、あと一週間でも遅く姿を現していれば、お前は槍を握ることすらできなかっただろう。
つまり、たまたま、偶然、オレという恐怖が現れたせいで、槍はお前を選ばざるを得なかったんだよ」
「……っ」
潰される自信。
ツキバアに褒められて、お前しかいないと言われた経験は確かに穂火の背中を押していた。
でも、それが全て嘘で、私を踊らせるためだけの方便だったとなれば……穂火の心はもう、ズタズタに引き裂かれていた。
どれだけ綺麗な服でも、泥水に浸せば汚れるもので、一度崩れた自信を取り戻すのは簡単ではない。
桃太郎ジュースという反撃をくらい、自信の元であった『鬼の槍』が沈黙し、挙げ句の果てには現実を突きつけられた穂火は……完全に自信を失う。
元々、穂火は弱い女の子だったんだ。
隣に座っている人にも話しかけられない、授業中にトイレに行きたくても手を挙げられない、レジで割り込みをされても怖くて文句も言えない、一人では何もできない……弱い子。
そんな、か細い女の子。
穂火の炎は、もはや残り火から、塵へと変わる。
ブツンと消えた炎は、穂火の心に暗闇を残す。
ただ、焚き火の元となった薪だけが、ポツンと残った。
「……」
そんな穂火を見て、『支配のアークリオン』は口角を上げる。
(勝った)
と思ったからだ。
やつは卑怯な男で、本当は心の中で(確かに槍はお前を選ばざるを得なかった。だが、この島という選択肢がある中でお前を選んだんだ。誇っていいだろう、ま、教えてやらないがな)と考えていた。
だが穂火はそれを知らない。
手から離れた『鬼の槍』は、カンッと音を立てて地面に寝転ぶ。
ザバーンという波の音がただ残り、先ほどまで恍惚と穂火を見つめていたテトラポッドも、今は戦々恐々と立ち尽くしていた。
『負け』。その言葉が穂火の脳裏をよぎる。
でもそれ以上に、『諦め』があった。
ま、相手は桃太郎だから負けて当然か。そもそも、私一人で勝てるわけないじゃん。
そんな、都合のいい文句。
でも、そんなことを考えている自分に嫌気がさして、ナイフで刺されたような痛みを受けたんだ。
ぎゅっと引き締まるような痛みを受ける心臓。
期待に応える恐怖は強い。
『頑張れ』を刃物のように受け取ってしまうかつての穂火は、確かに消えた……かのように思われていたが、それは姿を変えたに過ぎない。
『失敗』の恐怖は常に付きまとい、前に進めるようになった結果、『呆れ』や『失望』というものに敏感になってしまった。
穂火の心臓からナイフを抜くことはできない。
繊細で、独自の世界をもつ穂火にとって、他人からの評価は鋭いナイフそのものであったからだ。
「……」
でも、それでも……。
穂火の脳裏によぎるのは、あの夕日のひと時。
自分を受け入れてくれた、先輩二人。性格の違う二人だけど、別々のアプローチで迎えてくれたことに、穂火は感謝していた。
あの時の感動は、絶対に忘れない。
「ぐすっ……」
山田穂火は、涙を流しながらも、指先でそっと『鬼の槍』に触れた。
「……お前」
それを見た『支配のアークリオン』はゆっくりと目を大きく開き始める。
穂火は、静かにこう呟いた。
「私が凡人なんて、私が一番よく知っている。何もできなくて、いいところ一つなくて、友達も少ないやつだよ」
「ならばなぜ……」
「でも……! 私はアークロックの一員だから」
あの日、空錠鍵斗から教えられたこと。
『幸せを守るのがアークロックだから』。
その理念を、穂火は忘れない。
「こんな自分を受け入れてくれた、アークロックに私は誇りを持っている! だから……!」
「何なんだ、お前は……」
穂火は重い槍を、腰を落としてゆっくりと持ち上げる。そして、こう叫んだ。
「諦めないんだ!」
「……ッ!」
その覇気。凡人の意地は、たった一つの魔法で跳ね上がる。
「我、炎の精霊を操りし地獄の審判なり。今より鬼と契約し、善なる悪を倒す力を授けたまえ」
山田穂火はここまで、『鬼の槍』という外部の自信に頼ってきた。
でも、違ったんだ。
穂火にはすでに、自信を与える勇気の魔法を持っていたから。
「紅の光、天を焦がし、我が身を授け奉る。願わくば、闇を祓い、穢れを焼き尽くす力をこの手に!!」
依然として、足は震える。
表情は強張り、声は震える。
でも、それでも自信が湧いてくるから。
陽向灯里の声が、ふと穂火の脳裏をよぎった。
『まあいいじゃん! 勇気って大切だしっ!』
そう、『詠唱』は穂火にとって、自信を与える、勇気の魔法なのだ。
『鬼の槍』に頼らずとも、山田穂火は立ち上がれる。
その繊細な心を隠すように、彼女は詠唱した。
「今、我が字に共鳴し、鬼の炎を宿らせたまえ! オーガフレイム、イグナイトヘル!」
ブォンッと反応するのは、穂火のアーク。
炎が舞い、空間を赤で彩った。
陽炎が空間を歪める。穂火の瞳は、据わっていた。
それを見た『支配のアークリオン』は、顔を歪ませてこう言う。
「なんだよ、お前……」
その、何度折れても再起する不屈の心に気押された『支配のアークリオン』は、挑戦的な笑みを浮かべてこう続けた。
「化け物め」
穂火は、ふと笑ってこう言う。
「負けない。だって私は……アークロックの一員だから!!」
その叫びは、『支配のアークリオン』を刺激する。呼応するのはそれだけではない。
『鬼の槍』も、穂火の想いに共鳴し、徐々に力を取り戻す。
うねる戦場、叫ぶ想い。
それは、戦場に瞬いた。
「……諦めるな、零くん」
「……鍵斗先輩!!」
『鬼神』を見て絶望しかけていた零に、鍵斗はそう言う。そして彼は、穂火のことを思い出しこう言ったんだ。
「オレたちはアークロックなんだ! だから、幸せを守り切るまでは、折れるな!」
「……はい!!」
零はアークロックの一員であることを思い出し、同時に穂火のことを考える。
きっと、彼女もどこかで戦っているから。
こんなところで諦めるわけにはいかないんだ。
その零と鍵斗の思いは、鋭く彼女に届く。
「追いつけない!! でも……!!」
陽向灯里は、民家の中に入りながらも鬼の赤子と追いかけっこを続ける。
アークの使えない彼女は、劣等感を覚えながらも、自らの役割を果たすために走った。
『与えられた場所で輝くのが人の努力』。これこそが彼女のモットーであるから。
彼女は、アークが使えないことを理由に動くのをやめない。
なぜなら彼女もまた……。
「アークロックの一員だもんね! 私がこんなことで躓いてちゃ! 名が廃る!!」
アークロックの一員であるが故に、陽向灯里は諦めない。
アークロックは追い詰められる。だが、アークロックは折れない。
なぜならそれが……アークロックだから。




