第48話 詠唱
ドンッドンッと鳴り響く心臓の音。
それは、勝利の鼓動でも、全てを勇ます反撃の鼓動でもない。
ただの、自信のない少女の悲鳴であった。
でも、止まらない。
なぜなら彼女はアークロックの一員だから。
「鬼の怒りよ、今ここに雷を落とし、紅の炎を再点火させよ! 我、鬼の巫女と炎の精霊と契約し、闊歩させる威圧をこの手に掴まん!」
跳ね上がる、炎の勢い。
それを見た『支配のアークリオン』は顔を歪ませた。だが、いつもの調子でこんなことを言い始める。
「ふっ、詠唱……ふふっ、詠唱か……。オレの時代にもいたさ、そうやって馬鹿みたいに突っ立ってるやつがな!……なに!?」
それは、『支配のアークリオン』にとって青天の霹靂であった。
「魔界の力よ、我に力を与えたまえ。蔓延る悪を清めたまえ。地獄の天罰よ、ここに怒りの聖水を振り撒きたまえ」
そう、山田穂火は槍を回す。
彼女はずっと考えていた。
自身の弱みについて。
空錠鍵斗に言われたこと。それは、詠唱の隙。
どうしても生まれてしまうその隙を、心の中で悔やんでいたのだ。
詠唱は集中してやるもの。詠唱はその場で立って目を瞑ってやるもの。
そんな、ありきたりな縛りを無意識に課していた。
なぜ、そんなことをするのだろうか。
気づいた時には、穂火の皮は一枚剥けていた。
「なんなんだ、その動きは!?」
「この場を浄化せしは鬼の炎。地獄の番人を務めし我は、鬼の力を授かりし漆黒の巫女。我に力を与え、炎の精霊に呼応せよ!」
そう、山田穂火は止まらない。
彼女は槍を振って、『支配のアークリオン』を襲った。『支配のアークリオン』はそれを刀で防ぐ。だがすぐに槍は回り、突きを放った。
「くっ……!」
止まらない攻撃。『支配のアークリオン』は気押される。
だが何よりも気に障ったのは、その声であった。
「湧き上がる炎よ、我の心に共鳴し、今ここにその力を振るいたまえ。激流のように荒々しく、そよ風のように繊細な力を!!」
「うるさい小娘が……!!」
そう、山田穂火は『詠唱』していた。
かつてないほどの恐怖に打ち勝つために。
これが、彼女が編み出したスタイル。
詠唱は何も、止まってやるものじゃない。
動きながら、バトルしながら、ありとあらゆる動きを混ぜて行ってもいいのだ。
これはまるで……舞。
『詠唱』というリズムに乗せて動くその動きは、山田穂火に変則的なスタイルを生み出した。
それに『支配のアークリオン』は辟易する。
常に喋り続けながら攻撃を仕掛けてくる敵など、『支配のアークリオン』にとっては未知の存在だったからだ。
千年の記憶を探っても、そんな馬鹿げた戦闘スタイルの相手は一人もいない。
それゆえに、彼は後手に回らざるを得なかった。
これが、これが山田穂火が生み出した戦闘方法……!
まさに……!
「よくもまあ、スラスラと出てくるナァ!!」
長年の中二病経験が生み出した穂火独自の強みであった。
「我に宿りたまえ、イグニッション・スタイル!!」
「たわけがァ!!」
ガキンッという音と共に勢いよく刀と槍がぶつかり合う。
「……ッ!」
『支配のアークリオン』はその鍔迫り合いで気づく。山田穂火の力が上がっていることに。
(鬼の槍が復活したか……!!)
桃の力により衰弱していた『鬼の槍』は、山田穂火の想いに呼応して再点火し始める。
『虎の活力』と『牛の慈愛』が、じんわりと穂火を支えた。
ただ、『鬼の忠誠』はまだ、目を覚まさない。
「日射砲厲真獄烈火、雀を隼に変え、子犬を獅子に進化させよ! 世界に落とした雫は、たった今、世界を破壊する純黒の涙へと変わらん!!」
「……うるさい」
「レクイエム・バースト、カタストロフィ・エンドレスッ!」
「黙れ……」
「この力に呼応した鬼の力よ、我に力を……」
「静まれと……言っとろうにィィィイイイイイイイッ!!!」
「……ッ!」
『支配のアークリオン』の咆哮により、山田穂火は吹き飛ばされる。その強い圧は、まさに鬼。
先ほどまで勝っていた『支配のアークリオン』の桃太郎要素は、勢いよく塗り替えられる。
背負っていた陣羽織も、着物も、鬼の要素が色濃く侵食し、桃色の部分は赤黒く染まっていく。桃太郎のマークも、鬼のようなものに変わっていた。
ツノは相変わらず鋭く尖り、牙は肥大化していた。
それは誰が見ても……異常であった。
触れてはならない禁忌の力。
それに触れてしまった『支配のアークリオン』は、鬼の力に呪われる。
だが、彼は止まらない。なぜならアークリオンの心にあるのは……『願い』を求めることのみであるからだ。
「黙れ……黙れ……!」
なぜ、そこまで『声』を拒絶するのか。陽向灯里、空錠鍵斗であればそれに気づき、考えていたであろう。
だが山田穂火にそんな余裕はない。
ゆえの、インファイトであった。
「イグニッション……」
「……ッ!」
「我、汝の怒りに対抗せし力を降ろし、強き嵐をこの身に宿す。真紅の炎、我の力に呼応し鬼の力を目覚めさせよ!」
穂火は槍を投げた。それが何を意味するかは、『支配のアークリオン』には明白であった。
避けられた槍は空を切り、地面に当たる。
カンッという虚しい音が響きそして……空間をくるりと回り、『支配のアークリオン』を覗いた。
この景色に見覚えはある。
そう、それは……!!
「……ッ!」
『鬼の槍』は『支配のアークリオン』めがけて突き進む、しかしそれは『支配のアークリオン』には当たらず、バシンッと穂火の手の中に戻って来た。
しかし、この光景は『支配のアークリオン』を強く刺激する。
そう、それは……! 『鬼の忠誠』が復活した合図だったのだから。
「復活したか……!」
『支配のアークリオン』はそう呟く。穂火は依然として詠唱していた。
「長きに続く鬼の悲鳴よ、我に力を貸し、反撃の叫びを聞かせたまえ! 雨の日も、晴れの日も、苦渋を味わい続けたその心に、終止符を!」
「つらつらとッ!」
穂火は、グッと踏み込んだ。
調子を取り戻した『鬼の槍』をぎゅっと掴んで、穂火は『支配のアークリオン』にとどめを刺そうとする。
対する『支配のアークリオン』も反撃に出た。
この一瞬が勝負の別れ道。全ては、このタイミングで決まる。
まさに刹那の見切り。実力者同士の、一撃必殺。
空間も、時も、全てを支配しろ。
今このタイミングが、全てを閉じる鍵なのだ。
「支配され、裏切ることもできずに泣いたあの日を、闇の炎に乗せて弾けさせろ! 我、汝の代役にして、本命の戦士なり! 力を貸したまえ、鬼の巫女! イグニッション・パニッシャアアアァァァァァアッッッ!!!」
シャキィィィィィィイイイイインッ!!! と、音が鳴った。
凄まじい勢いが周囲に広がり、周りの草木を大きく揺らす。空間が強く振動した。
そんな凄まじいぶつかり合いと共に……!!!
X軸、Y軸、Z軸に、切り込みが走る。
シャキーンっと流れたそれは、剣の流れ道であった。
キュオーンっと鳥の鳴き声がする。
「お前はまだ青いな。そうやって技をいくつも見せる。いいか? 切り札ってのはな……」
バサンッ、と雉が現れた。
そして、桃太郎の懐から二本の刀が新たに現れる。
つまり、三刀流。
この技は、空錠鍵斗に放った、城を切断した、桃太郎の切り札。
そう、『絶炎・皇画』であった。
そして『支配のアークリオン』は槍で腹を貫かれつつも、カチャンと刀を鞘に納めた。
「……こう使うんだ」
時間差で、その太刀筋が炸裂する。バチンッ、という無慈悲な音と共に、穂火の身体に致命的な斬撃が走った。
「グアァァァァァッ!!!」
残念だが、小さな奇跡じゃ、『桃太郎』は倒せない。
山田穂火は……敗北した。
『支配のアークリオン』は雉に掴まれながら、この場を離れようと少し浮く。
だがそのタイミングで目にした。
身体を斬られ、血を流しながら倒れた穂火。ダラダラと流れる血の上で……
彼女の口は、動いていた。
「……」
対して、『支配のアークリオン』は絶句する。
流れるように悪寒を覚えた『支配のアークリオン』を他所に、穂火は……ただ口を動かしていた。
それはまさに、『詠唱』。
彼女の詠唱は——まだ、終わらない。




