第46話 心臓の在り処
雷雲と共に空間を彩ったのは、白い鱗に身を包んだ龍であった。
ここは、海蝕洞窟であり、周囲は岩で覆われて少し暗い。
しかし、その白い鱗は燦々と輝き、この空間をパッと照らした。
「……ッ!?」
だがそれは、『鬼神』の怒りに触れる。
屈強な肉体に、恐ろしい表情を持ち、腰には大きなしめ縄を備えている。それが『鬼神』であるが、もっとも特筆すべきは、刃物のように尖ったツノと、二メートルを超える身長であった。
現在、うっすらと目覚めた『鬼神』の意識によって『巨大化』のアークは封じられており、『支配のアークリオン』に操られている『鬼神』はアークを使用できない。
だが、その強さは失われておらず、簡単に『鬼神』は白龍を掴み、そして地面に白龍を叩きつけた。その衝撃で、零のアークで生み出されていた白龍は光となって消える。
たった、一撃であった。
それほどまでに……『鬼神』は強い。
零は戦慄しながらも、『鬼神』を見た。
胸には桃太郎の印が刻まれており、それを囲むように鎧がある。胸の部分だけ鎧が無いイメージだ。
桃太郎の力で強化された『鬼神』は、アーク無しでも強い。
それは、『支配のアークリオン』を超えるほどに。
そう、この島において最強は……『鬼神』である。
『支配のアークリオン』が絶対的な信頼を『鬼神』に置いているのには理由があり、その強さこそが答えであった。
そんな『鬼神』に、震えを見せる零。だが、止まるな。
零の目の前にいるのは『鬼神』だけではない。
追い詰められつつも、数十分一人で耐え続けている空錠鍵斗がいるのだから。
そんな鍵斗は、こんなことを言った。
「くそ! キーハートが!」
『鬼神』の攻撃を防いだことで、キーハートの刃が折れる。
キーハートの刃は、キーハートの内部にある四次元空間に保管されている。ただし、許容量は二本までであり、すでに一本は洞窟内で使用している。
つまり……残りの刃は一本。
それも、今ここで新しく展開したことで無くなる。
この刃が折られれば、本当の意味での窮地。鍵斗は初めてここまで追い詰められたことに冷や汗を流しながらも、笑ったんだ。
なぜなら、一人じゃないから。
空錠鍵斗には、仲間がいる。
水沢零という、強力な才能が。
■□■□■
オレの名前は空錠鍵斗。好きな食べ物はお寿司、そしてアークロックのリーダー。
などと自己紹介している場合ではないだろう。
オレは残りの基礎鍵について考えた。
残るは…… 跳躍の鍵が一本、感覚強化の鍵が一本、の計二本。
『鬼神』の攻撃を受ける際、耐久の鍵の効果をフルに使うために身体能力強化の力を捨てた。
それのせいで、新たにもう一本身体能力強化の鍵を使う必要が出て、身体能力強化の鍵を使い切ってしまったというわけだ。
最も汎用性のある鍵が消えたことで、是が非でもここで決着をつける必要が出た。
今は耐久の力三割、身体能力強化の力七割で運用している。
これが、『鬼神』と戦えるギリギリのバランス。
でも、今のオレは一人じゃない。
「零くん!!」
オレは頼りになるイケメン後輩に、こう伝えたんだ。
「臆するな! 『鬼神』は今弱っている! 攻めどきだ! だから! オレごと撃て!」
「……ッ!」
顔を歪ませる零くん。それもそうだ、オレごと撃てなんて、どこのドラマだと言いたくなる。
でも勘違いするなよ、オレは死ぬ気なんてさらさらない。
だから零くんに向けてこう叫んだ。
「絶対に傷つかない! 零くんの攻撃は全て捌くから! 構わず撃て!」
無理難題だ。でも、零くんは何故かオレを過大評価してるから……こんな指示でも聞いてくれるんだ。
「わかりました!」
ギューン、という音と共に起動した機関銃は、眩しいマズルフラッシュを連続で光らせながらオレの視界を埋め尽くした。
それを追うように弾丸の音が弾け、この場に鉛の雨が降り注いだ。
それはまさに、デスレイン。なんて……穂火ちゃんみたいなことを考えてしまったな。
とにかく、この場の足場である小石も、壁である岩も、バリバリと音を立てながら弾けたんだ。
これは、やばい!
想像以上に大迫力。
遊園地にあったら大人気間違いないだろう。ただし、事故が多発するがな。
なんて冗談を言っている場合ではない。
オレは感覚強化の鍵を身体に挿して、耐久を落としながらも弾丸の感知を優先した。
そしてキーハートで弾丸を防ぎながら『鬼神』に近づく。
図体がデカいからか、『鬼神』は弾丸に当たりまくって怯んでいる。
桃太郎の鎧も少しずつ剥げてきている。やはり零くんは強い。
ここまで何度か共闘して気づいたけど、制圧力が異常に高い。これは、アークロックの頼れる盾に留まらないかもしれないな。
「……ッ!」
オレはキーハートに鍵を挿した。
これは、あの時閉じた力。
三倉さんを閉じたのと同じ日に、陽向さんたちが対応していた人の力。
名前は確か、真中凛果さん。その人のアークをコピーしたキーハートの刀身は姿を変え、まるでムチのようにしなった。
色は黒く変化し、悪魔の尻尾のようになる。
銃撃により砕かれた鎧。露出した肉体を、切れ味はそのままでしなるキーハートの刃で絡めとり、そして強く引くことで傷を入れた。
だが浅い。キーハートの切れ味では少々物足りないか。
「鍵斗先輩!」
ここで、弾丸が切れる。再びのチャージ時間がやってきた。
オレは零くんを見る。
まだ、オレは怖がっているのだろう。
オレ以外の人を危険に晒すのを。だが、零くんは言ってくれたんだ。
アークロックにいたいって。
だから、オレも信じろ。
「零くん! 攻撃して! 判断は任せる! とにかく攻めて!」
「了解です!」
零くんも動き始める。
零くんの射撃のおかげで『鬼神』の鎧はだいぶ砕けた。だけど、よく見ると少しずつ再生しているようにも見える。
なんの力かわからないけど、あの鎧がおそらくアークで作られたのだったら、再生能力くらいあってもおかしくないだろう。
再びの銃弾の雨をくらう気にはなれなかったため、オレはこの機に勝負を決めようと動いた。
でも……勝ち筋が見つからないんだ。
この『鬼神』はどこかおかしい。
そう、例えるならまるで……ロボットのようだった。
疲れる素ぶりすら見せず、痛みにも鈍感。
「……まじか!」
極め付けは、『鬼神』本体の不気味な再生能力だ。オレが付けた浅い傷は、すでに完治していた。
なんなんだ、この違和感は。
攻めても攻めても減らないHPバーを見ているみたいだ。
不死身。そんな言葉が脳裏をよぎるが、そんなわけないとオレは無意識で否定していた。
だが、現実はそれを否定する。
アークは一人につき一つだ。つまり彼のアークが『巨大化』なら、回復能力はないはずだ。
……例外はないはずなんだ。
「……くそ!」
オレは一旦、ごちゃごちゃとした必要のない考えを全て捨てて、攻めることだけを考えた。
回復するなら、一撃で落とす。
『鬼神』は硬い。ゆえに、半端にやるだけ無駄だ。
「……!」
オレは驚愕した。なぜなら、なぜなら……!!
本気でやるとは思っていたが、まさかここまでとは……!
オレは口角を上げた。
なぜなら……零くんが用意していたからだ。
ドデカい、砲台を。
「それって……普通建物とかに使うやつでしょ!」
でも、ナイス!
オレは心の中で零くんを称賛しながら、しなるキーハートを『鬼神』の腕に巻き付けながら、感覚強化の力を捨てる。呼応して上がった身体能力で、『鬼神』の腕を支点に回転した。
このタイミングで、零くんが呼び出したであろう虎が『鬼神』に襲いかかる。
『鬼神』はそれを払い除けようと右手を振るが、巻き付けたキーハートはぐるんと体を回り、左腕に巻き付くことで擬似的な拘束を可能にした。
左腕と右腕はこれで、手錠を背中側でつけられたように使用不可能となる。
だがこれは、一時的なもの。キーハートは簡単にちぎられるだろう。
でも、時間は稼げる。
「零!!」
オレはそう叫んだ。刹那、空中から落下する機関銃。それを空中で掴み、地面に叩きつけ、オレはトリガーを引いた。
「……ッ!」
ゴゴゴゴゴッ!! とうるさい音を吐き散らしながら、機関銃は弾を放つ。
クソほど肩が痛い。でも反動で吹き飛ばないのは、零くんのアークで作った機関銃だからか。
そう、これこそが零くんの強さ。彼の作る武器は、なにも本人専用というわけではない。
「いけえええええええ!!」
ダメージはほぼゼロ。だが、確実に『鬼神』は押されるように前に進んだ。
前には何があるか……そう、零くんの大砲である。
機関銃と大量の虎に押された『鬼神』は、大砲の前まで誘導された。
キラリと輝く大砲。零くんは炎がゆらめく松明を振り、着火させる。
それは導線を伝って火薬まで届き……そして! 大きな弾を発射した。
ゴウンッとこれまでにない発射音が響く。それもそのはず、放たれたのはただの砲弾ではなかった。
着弾と共に爆発を引き起こす、巨大な手榴弾のような弾。それが『鬼神』の胸に直撃し、凄まじい爆発を巻き起こしたのだ。
流石の『鬼神』でも、これならよろめく。
ふらっと動いた『鬼神』は、ふとオレの方を向いた。
オレはそれを見て、絶句したんだ。
「……え?」
そう、『鬼神』の胸の肉は破裂により無くなっており、内部が露出していた。
だがそれが問題なのではない。
その奥、本来あるべきものがない。
そう……それは……!!
「心臓が……ない?」
ドクンっと動くはずのものが……『鬼神』の胸には無かったのだ。
つまり、それがどういうことかわかるか。
『鬼神』は……『鬼神』は……!!
「なん……なんだ?」
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空錠鍵斗が困惑すると同タイミングで、陽向灯里は、コソッとやつを追っていた。
そう、鬼の赤子である。
「……!」
今だ! と思い陽向は飛びかかる。だが鬼の赤子はすぐに気づき「ぴぎゃあああああ!!」と言いながら走って逃げた。
陽向はそれを見て「もー!」と呟く。
なぜ『鬼神』の心臓がないのか。なぜ鬼ヶ城に異質な一室があったのか。
それらは全て、一つの思惑で交差する。
山田穂火を追い詰めた『支配のアークリオン』は、勝利を確信しながらこう呟いた。
「悪いが、我々が負けるはずないんだよ。こっちには『鬼神』という、オレの最強の配下がいるからな」
その一言は、無情にも残り続ける。
アークロックは、気づけばすでに……追い詰められていた。




