第45話 その雨は、桃のジュース
まるでインクを飛ばしたかのように空間を彩る炎。赤、橙、緑、様々な色のコントラストが織りなす……覇気。
それは、願いから生まれた『アーク』であった。
なぜ、その炎が揺らめくのか。それは、『鬼の槍』が覚醒したから。
本来『鍵使い』がいなければ使用できないアークだが、『鬼の槍』がその『鍵使い』の役割を果たし、山田穂火は『鍵使い』でなくとも『アーク』の単独使用が可能となったのだ。
ゆえの、桃太郎……否、『支配のアークリオン』の焦り。
この場は、海を横に置く堤防。ザバーン、と音を立てて波はコンクリートを叩く。
テトラポッドは恍惚と佇み、あちらのビーチでは観光客がはしゃぎ始める。
この場はまさに、山田穂火の独壇場であった。
それが、『支配のアークリオン』を刺激する。
「気持ちいいだろう、その覚醒。だが自惚れるなよ。
強きものに覚醒はない。なぜなら強くならなくていいからだ。
つまり、お前は雑魚ということになる」
穂火は槍を構えて、真剣な表情を浮かべた後、少し考えてこう述べた。
「その理論、頭悪くないか?」
「理解できぬとはな」
『鬼神』の力により跳ね上がった身体能力は、『支配のアークリオン』にさらなる力を与える。
それはまさに、英雄の姿であった。
コンクリートを砕いて動く『支配のアークリオン』。
初速は勝てない。穂火は視線すら動かせずに、左の脇腹を斬られてしまう。だが二撃目、頭への斬撃だけは『鬼の槍』で防ぐ。
幸か不幸か、その痛みが穂火の意識を覚ます。穂火は反撃で蹴りを入れた。
それにより、『支配のアークリオン』は後方へ飛ぶ。
「がはっ!」
明らかに、位が上がった脚力。それを感じた『支配のアークリオン』は、片目を細めた。
依然として海は荒れている。だが、それを制止するのは山田穂火の炎のアーク。
威嚇するように炎を広げる彼女だが……本体である山田穂火は真面目な顔で『支配のアークリオン』から目を離さない。
彼女は……慢心から最も遠い人間である。
そんな彼女の脚力は何故上がったのか。その理由は『鬼の槍』にあった。
「……おりゃ!」
穂火は勢いよく走り始め、『支配のアークリオン』を突こうとする。だが『支配のアークリオン』はそれをかわし、反撃に出るが、穂火は自分に向いた刀を蹴り飛ばす。
『支配のアークリオン』は急いでこの場から離れようとしたが、山田穂火はそれを逃さない。
追いかけっこが始まり、堤防の上で縦横無尽にぶつかり合った。
その間、『支配のアークリオン』は心の中で舌打ちした。
(チッ! こいつ、オレの動きについてくるとは……神器の力か!)
そう、神器には固有の力がある。
空錠鍵斗のキーハートに『コピー』という力があるように、『鬼の槍』にも力があるのだ。
そして、『鬼の槍』に備わった力は三つ。それと、外付けの力が二つある。
一つ目は、鬼の巫女の記憶により宿った外付けの力。自身のアークのみ開けることを可能にする『アークの解放』。
そして二つ目は……『虎の活力』。
「くらえ!」
「ちぃ!」
『支配のアークリオン』は穂火の槍を避けながら、回避と共に落とした刀を回収する。
その一連で、『支配のアークリオン』は汗を飛ばした。
この、『支配のアークリオン』の動きについていける身体能力強化こそが『虎の活力』である。
「……!!」
刹那、『支配のアークリオン』は目を丸める。何故なら、目視したその傷に驚愕したからだ。
切り裂いたはずの穂火の左脇腹の傷は、すでに閉じており、痕になっていた。その傷痕も少しずつ閉じていく。
これこそが、自然治癒能力強化であり、『鬼の槍』の二つ目の力。『牛の慈愛』であった。
それを見た『支配のアークリオン』は、自身の攻撃を受けてもなお立ち上がった理由を察する。
この『虎の活力』と『牛の慈愛』は、山田穂火にすごく地味な強化をもたらした。
「くらえ!」
ここまでは、地味で終わる。だが……。
穂火は槍を投げた。その短絡的な行為に、『支配のアークリオン』は呆れたように嘲笑を浮かべる。
なぜなら、その投擲はいとも容易く避けられてしまったからだ。
カンッと音を立てて地面に当たり、跳ね返った『鬼の槍』は無邪気にも空間をくるくると回って移動する。
『支配のアークリオン』はその隙に攻撃しようとした。だが、後ろからグサリと刺されてしまう。
時が止まったようだった。
「……?」
自らの胸を貫通し、見えてしまった槍先をじっと見つめる『支配のアークリオン』は、思考を止めたように動きを止めた。
そしてゆっくりと理解したのか、穂火を見る。
穂火は、ギュッと拳を握りしめた。
『鬼の槍』は穂火の手の中にないにも関わらず、前に進み『支配のアークリオン』の胸に穴を開ける。空間を進んだ『鬼の槍』はクルクルと回り、バシンッと山田穂火の手の中に戻った。
「なにが!?」
何が起こったのか。それは、『鬼の槍』の四つ目の力だった。
外付けの力であり、桃太郎に無様にも敗北した鬼の巫女の怒り。
山田穂火の命により操られる、それは……『鬼の忠誠』。
どこにいても、山田穂火の手の中に戻ってくる力であった。
拮抗しているかに見えた戦いは、振り返ってみれば山田穂火が常に優勢な戦いだった。
神器といえども、素人を英雄にする力はない。
明らかにパワーが上がりすぎていることを感じた『支配のアークリオン』は、鬼の巫女のことを思い出していた。
(この強さッ! あの女の呪いか!)
自らが倒し、支配する直前で舌を噛まれて自死された屈辱を思い出しながら、『支配のアークリオン』は舌打ちをした。
(チッ! 死んでもなおオレの邪魔をするとは、未練がましい女々しいやつめ)
そう、今の山田穂火は……鬼の巫女の強い怒りにより、桃太郎特攻を授けられている。
「くらえっ!」
ブシャッ! と『支配のアークリオン』の肩に槍が傷を残す。
噴き出す血。
こんな時、『桃太郎の腕輪』さえあれば……『支配のアークリオン』の傷は瞬時に塞がっていただろう。
だが、『桃太郎の腕輪』は現在、空錠鍵斗の腕にある。
よって、『支配のアークリオン』は着々と追い詰められた。
いけるッ!! と、山田穂火は心の中で叫んだ。
しかし、お忘れだろうか。
桃太郎が残した最大の力とは何なのかを。
きびだんご? 鬼殺しの刀? 桃太郎の腕輪?
どれも違う。
『支配のアークリオン』のプライドが敗北という名の屈辱に殴られそうになった刹那……一つの閃きが走った。
そう、桃太郎が残した最大の力は……!!
「オレの声に呼応しろ! 桃木島ッ!!」
この島であった。
桃太郎が支配し、配下に置いたこの地域は、桃太郎に絶対忠誠を誓う。
土地が、運命が……アークロックに牙を向く。
「爆ぜろッ!!」
破裂するは、複数の自動販売機。
グシャリという音を鳴らしながら外装が潰れ、強い爆発音と共に内部の『桃太郎ジュース』が周囲に散布される。
赤い爆発と黒い煙の中から無数に飛び出してくる『桃太郎ジュース』はまさに手榴弾。
空中に舞った『桃太郎ジュース』は、山田穂火の視界に入った瞬間に破裂した。
最も危険なのは、飛び散る缶の破片ではない。その中の物。
知っているだろうか、『桃』の効果を。
大量に空中に撒かれた『桃太郎ジュース』は雨のようにしてこの場に降り、穂火の髪を、服を、槍を濡らす。
それは炎をかき消し、この場に静寂をもたらした。
『支配のアークリオン』は降ってくる『桃太郎ジュース』を舐めながら、ニヤリと笑う。
そして、ザアァァァァ……という『桃太郎ジュース』の雨の音と共に、『支配のアークリオン』はこう言った。
「知っているだろうか。イザナミに会うために黄泉の国に行ったイザナギは、そこで出会ってしまった恐ろしい『鬼』を倒すために桃を投げて倒したんだ」
穂火はそんな話を聞きながら、喉を鳴らす。
何故なら、頼りにしていた槍はすでに……力を失っていたからだ。
(重い……槍が……)
ガシャン、と落としてしまった槍はもう上がらない。『虎の活力』のない女子高生が槍を振り回すなど不可能なのだ。
穂火はその上がらない槍を必死に握りしめながら、降ってくる『桃太郎ジュース』により全身ヌルヌルになっていた。
『支配のアークリオン』はまるでスポットライトを浴びているかのような立ち姿でこう続ける。
「『桃』には古くから、邪気を払い、悪いものを退ける力がある。この島にはたくさんの桃があるぞ? 鬼の娘を引き継ぎし者よ。さあ? ここからどうする?」
ズキンッ、と痛みを感じながらも、『支配のアークリオン』のおでこから二つのツノが生える。空いていた胸の穴も、その力により完治。もはやその姿、力は……鬼そのものであった。
しかし、『桃』の力は『支配のアークリオン』には効かない。なぜなら、彼自身が桃から生まれた桃なのだからだ。
「ひとまず死んどくか?」
ギロリと睨む『支配のアークリオン』の威圧は、穂火を震え上がらせ、そして……涙を流させた。
怖くて、震えが止まらなくて……そして彼女は最後に、こう思ったんだ。
(零……!)
その声は、残念ながら彼には届かない。
水沢零。彼はピンチに現れた。ただし、山田穂火の前ではなく……。
「……零くん!?」
「援護に来ました! 鍵斗先輩!!」
空錠鍵斗の前に。
水沢零は、目にする。
桃太郎の力で鎧を纏い、アークを使用せずとも強い『鬼神』を。
空錠鍵斗は、こう叫んだ。
「この鬼は操られている! 最強の鬼、『鬼神』だ! 舐めてかかると死ぬ! だから零くん! オレと一緒に『鬼神』を止めるぞ!!」
その、自分を対等な戦力として頼ってくれる言葉が、零の胸を熱くした。
怖くて、震えが止まらなくて、そんな毎日を過ごしていた臆病ものは……たった今、走り始める。
尊敬する人を、護りたいから。
「力を貸せ! 白龍!」
雷鳴と共に現れるは、白い龍。水沢零は機関銃を持ち、こう言った。
「援護します! 鍵斗先輩!!」
その凛々しくも輝く零を見た鍵斗は、こう呟いた。
「前から思ってたけど……零くんのアークって、強いよね」
今更!? と声が聞こえた気がした。
忘れるなかれ、零はアークの『天才』である。




