第44話 ダークネス・エンブレイジング
桃太郎は信じていた。自らを追い込んだ強き『鬼神』であれば、忌々しい男……空錠鍵斗を倒せると。
しかし現実は逆であった。
自らの顔を引っ掻く力は強くなる。ゆっくりと、ゆっくりと、怨念を込めるように、自分の顔に傷を入れる桃太郎は……虚空を睨んで恨みを呟く。
「空錠……鍵斗ォ……!」
突然の王国の崩壊。
千年以上前に『桃太郎』が創り上げて保ち、五百年前に『桃太郎』が『支配のアークリオン』に受け渡したこの王国は、突然現れた謎の男により崩されようとしていた。
たった五日だ。
少しの時間を得ただけで、空錠鍵斗はここまで来た。
簡単に『桃太郎』のアークを閉じ、『桃太郎の腕輪』を奪い、挙げ句の果てには鬼ヶ城すら破壊する。それで終わればまだいい方。やつは、『鬼神』すらも弱らせた。
桃太郎の兵である鬼が町へ向かうが、町を乗っ取るのも簡単ではない。
何が……起きた。
桃太郎……いや、『支配のアークリオン』の脳の中で、そんな疑問が渦巻く。
そんな『支配のアークリオン』の横を、気まずそうに『鬼の赤子』が通り過ぎた。
『支配のアークリオン』は、それにすら気づかない。
それほどの、怒りであった。
「来い、雉」
空間を捲るようにして穴が開き、そこから雉のような生物が現れる。
その雉は、羽が肥大化しており、頭の赤い肉冠は尖り、開いていた。
そんな明らかにアークリオンな雉は、『支配のアークリオン』の肩を足で掴み、空へ飛び立つ。
『支配のアークリオン』は空から戦場を見つめた。『鬼神』の居場所を求めて。
だが、視界の端に映った強い光に惹きつけられる。それは……一つの神器の光であった。
「なんだ、あれは?」
鋭い瞳は、寺から出てきた女の子を見つける。そして、雉に命じ、『支配のアークリオン』は空から落下した。
その先は、寺へと。
凄まじい勢いのまま、『支配のアークリオン』は砂埃を舞わせながら着地した。その勢いは、地面を震撼させる。
「……なんじゃ!?」
その場にいたツキバアは目を丸める。横に立つ穂火は、足を震わせながらも、槍を強く握りしめた。
そいつの威圧は、穂火の肝を強く冷やす。
空錠鍵斗が浴び続けていたこの殺気は、山田穂火には重く辛いものであった。
そう、『支配のアークリオン』はギロリと穂火を睨み、こう言った。
「それは神器か? その強い光は……適合しているな。何者だ、お前は?」
「……ッ!」
ツキバアは急いで穂火の前に出た。そして徒手空拳で『支配のアークリオン』を襲おうとしたが、ヤツの無慈悲な一言でこの場から離脱させられる。
「犬、どうにかしろ」
「ワブッ」
低い鳴き声を響かせながら、横から突撃してきたのは、犬。だが歯はサーベルタイガーのように大きく、爪は刃物のように尖り、全身の毛は赤く染まっていた。
そんな犬はどこから現れたのか、ツキバアを吹き飛ばす。ここは山の側面に作られた寺であり、崖のように突き出ている。
つまり、吹き飛ばされたツキバアは、そのまま下へ落下した。
「ツキバア!」
穂火はそう叫ぶが、『支配のアークリオン』は無慈悲にも犬に「追え」と伝える。犬は崖から飛び降りてツキバアを追う。
そして、『支配のアークリオン』は空間を舞う雉と共に穂火を見た。
穂火も同時に『支配のアークリオン』を見る。
桃色の陣羽織に身を包み、ポニーテールのように髪をまとめ、白い鉢巻をつけているその男。
穂火は「桃太郎?」とそう呟いた。
桃太郎と呼ばれた『支配のアークリオン』は、少し気を良くして「その通りである」などと言う。
だが穂火の「どういうこと? 空錠先輩……!」と言葉を漏らしたことで、『支配のアークリオン』の態度は一変する。
「空錠? ああ、なるほど。あいつの仲間ってわけかッ!」
ギロリと睨む目に怯えた穂火は、焦ってこう言った。
「エンブレイスハザード!? クリティカルシチュエーション!!」
「横文字ばかり並べられても、伝わらんわァ!!」
「……ッ!」
『支配のアークリオン』は臨戦態勢に移る。いや、もはやその先。
やつはすでに、刀に触れている。
「お前の首を持っていってやろうかァ!」
それは、『鬼殺しの刀』。伝説の刀が、今……山田穂火を襲った。
「いやっ!!」
ドゴオオオオオオンッ! と言う音とともに、木屑が吹き飛ぶ。
穂火という肉体が砲弾となり、破壊されてしまったのだ。
血が、ぽちゃんと流れる。
刀に押されて寺に突っ込んだ穂火は、震える口をグッと抑えるように奥歯を噛み締めた。
彼女は、ゆっくりと立つ。それを見た『支配のアークリオン』は、彼女のことを認めた。
「震えてもなお立つか。無遠慮にアークを閉じてくるあいつよりは好感が持てるな。それに……オレの攻撃をくらってなお折れぬとは、いい武器を持っている」
「……ダークネスランス、だから!!」
否、『鬼の槍』である。
『支配のアークリオン』の一撃を防いでもなお傷一つつかないその『鬼の槍』は、穂火に強く自信を与えた。
だが……しかし、空錠鍵斗がいなければ、山田穂火はアークを使用できない。
『支配のアークリオン』は、ただの生身で、特別な力もなく、勝てる相手ではない。
ゆえの、落胆であった。
「だが残念だな。お前は空錠鍵斗に数十段劣る。オレは忙しいんだ、ヤツを殺さねばならんからな」
「……っ」
その言葉は、穂火にやる気を与える。穂火はグダグダ述べていた『支配のアークリオン』にこう言った。
「空錠先輩を殺す? だめです、彼は……アークロックのリーダーだから」
槍先を『支配のアークリオン』に向けた穂火は、「やー!」と言いながら突撃した。
だが『支配のアークリオン』は、半笑いでこう返す。
「優しいんだな」
そして、簡単にその突きを対処しようとした。だが、振り払おうとしたその刹那、槍は下を向き、そのまま後ろへと回る。
「……」
目を大きく開いた『支配のアークリオン』は、口元を締めて降ってくる槍を見る。
山田穂火は馬鹿ではない。
空錠鍵斗との戦いで得た敗北は、確かに彼女を成長させた。どうすれば、槍が当たるのか。試行錯誤の末に導いた、槍の扱い方。
回った槍は、『支配のアークリオン』の攻撃を避けて、彼の意識外から攻撃し……。
「ウッキー!」
だがその努力は……『支配のアークリオン』を倒すには足りなかった。
まだ、彼女はこのレベルではない。
「よくやった、猿」
冷静にそう返した『支配のアークリオン』。槍は突然現れた猿によって、横から蹴飛ばされた。
手から離れる槍。穂火の自信はみるみる内に減っていき、防御を忘れた。
「体に染み込ませろ、自らの無力さをな」
言葉すら発する余裕もなく、穂火は桃太郎に殴られた。腹、頭、足、腕、あらゆる部分がゴキゴキと音を立てながら、空中に浮かされて殴られる。
最後に、強烈なオーバーヘッドキックを放たれ、山の中腹にある寺から海辺へと叩き落とされた。
その距離は約500メートル。もはや肉体すら残らない一撃であった。
アークを使えぬ、ただの人間である穂火がこの攻撃をくらってしまえば、もう終わり。
山田穂火は死亡した。
誰もが、『支配のアークリオン』でさえもそう考えた。
「……」
穂火がいなくなり、静かになったこの場所で、砂埃が晴れる。
普遍的な、ありきたりな場所。
だが、あるはずのものがない。
『支配のアークリオン』がそれに気づいたのは、それが飛んできた瞬間だった。
「……!?」
その距離約500メートル。その距離を超えて飛んできたのは、一本の槍。
避けられなかったその槍は『支配のアークリオン』の肩を穿ち、寺に突き刺さる。
「これは!? この槍は!?」
『支配のアークリオン』は周囲を見た。あの槍が無くなっていることに気づく。
なぜ、それがないのか。その理由は……たった一つ。
「雉! 今すぐオレをあそこへ連れて行け!」
雉は自らのアークを使用して、『支配のアークリオン』を蹴飛ばす。吹き飛んだ『支配のアークリオン』は海辺の堤防へ着地し、それを見た。
山から戻って来た槍は、コンクリートの地面に刺さる。
そして、『支配のアークリオン』が吹き飛んできたせいで舞ったコンクリートの粉が周囲を塗りつぶした。
少しずつ晴れていくこの空間は、内側から溢れたそれによって一気に晴れる。
その溢れたものは、炎。
それは……『願い』から生まれるもの。
それは……山田穂火の『アーク』。
『支配のアークリオン』は片方の口角を上げてこう言った。
「アークを使えるとは、お前も『鍵使い』だったのか」
炎の間からチラッと見えた穂火の瞳は、『支配のアークリオン』を穿つ。
同時に感じた気配により、『支配のアークリオン』は気づいた。
「違うな、この気配……!」
それは、千年以上前の……『鬼神』と戦った時の記憶。そこにうっすらと残るのは、『鬼神』を支えていた鬼の女の記憶。
『支配のアークリオン』はこう叫んだ。
「あの時の鬼の娘か!! 神器に宿っていたとはな!!」
そう、『鬼の槍』の力により、山田穂火の『アーク』は、空錠鍵斗いらずで使用可能となる。
つまり、自分限定の擬似的な『鍵使い』の力だった。
それが、彼女の力、彼女が得た……神器の力。
「ダークネス……エンブレイジング」
それを見た『支配のアークリオン』は、警戒度を大きく高める。
「応えろ、『鬼神』! オレに力を寄越せッ!!」
『支配のアークリオン』の胸に浮かぶのは鬼の紋章。
同時刻、『鬼神』と命からがらバトルしていた鍵斗は、『鬼神』の胸で光る桃太郎の刻印を目にする。
「なんだ!? その刻印は!」
「ルゴォォォォォオオッ!!」
叫ぶ『鬼神』。それを見た鍵斗はこう言った。
「ごめん! コンプレックスだった!?」
そして同時刻、陽向灯里は大きな穴の前に来ていた。
空錠鍵斗は消え、『鬼神』も消えたこの場所で、陽向は困惑しながら洞窟を外から覗いていた。
そんな時、ひょこっと鬼の赤子が現れる。
陽向はその子をじっと見つめ、それに気づいた鬼の赤子も陽向を見つめた。
数秒見つめた後、お互いに驚き、そしてこう叫んだ。
「鬼だあああああ!!」
「びぎゃああああ!!」
鬼の赤子は急いで陽向から逃げるように背を向けた。それを見た陽向は、急いで鬼の赤子を追いかける。
何か、あると思ったから。
その理由はたった一つ。
ここまで見て来た鬼は全て……成人ほどの大きさであったからだ。
違和感を覚えた陽向は、少しでも活躍するために鬼の赤子を追う。
「てか! 赤子なのに動けるのすごいね!!」
こんなことを言いながら。
桃木島でのバトルは加速する。
空錠鍵斗と『鬼神』。山田穂火と『支配のアークリオン』。この二つの場所での戦いは、
「待てええええええ!!」
「びぎゃあああああ!!」
鬼の赤子を通してリンクする。




