第43話 預言の核!
山を砕き、内部から現れるのは『鬼神』。その巨体は四十メートルを超え、もはや怪獣の領域だった。
先ほどまで穏やかだった気象も、まるで異変を察したかのように荒れ始める。
これは、明らかに異常事態であった。
同時に、神社で腰を休めていたツキバアの脳に刺激が走る。
急いで立ち上がり見上げたそれは、予言の姿であった。
三十五年前の預言者から伝えられた『桃木島』に響く厄災の予言。それはツキバアに若き日の思い出を想起させる。
「……穂火!」
ツキバアは気絶しそうになっていた穂火に近づき、肩を揺らす。目を覚ました穂火は、驚いたようにこう言った。
「ダークネスカタストロフィ!?」
「そんなこと言っている場合ではないぞ!」
ツキバアは穂火の言葉を制止し、汗を流しながらこう言った。
「予言は確かであった。つまりはそなたが『鬼の巫女』の代役なんじゃ。穂火、大変な思いをさせるかもしれない。それでも、桃木島を救うためにこの『槍』を取ってくれないか!?」
突然の言葉に穂火は困惑する。だが、珍しくゆっくりと、動揺しているように動くツキバアを見て、穂火は心を落ち着かせた。
痛む腰を押さえながら、ツキバアは奥の部屋の扉を開ける。
そこにあったのは、布。
否、布を外したその先には、
銀色に輝く槍があった。
特殊な模様が刻まれており、刃は鋭い。穂火はそれを見て目を輝かせる。ツキバアはこう言った。
「これは、『鬼の槍』。かつて、『鬼神』の配下として桃太郎に立ち向かった鬼の巫女の神器。これは、預言者によれば…‥穂火、お前さんしか扱えない代物らしいのじゃ」
ツキバアは、そっと槍に触れる。
これを渡すとは、そういうことなのだから。
「なんの関係もない穂火をこの戦いに巻き込むことは気が引ける。だが……我々を助けると思って」
ツキバアは穂火が断ると考えていた。当たり前だ、こんな重い使命、誰だって受けたくない。
でもさ、穂火は中二病なんだ。
これにワクワクしない中二病はいない。それに……彼女はアークロックなのだから。
ツキバアの思いは杞憂に終わった。
「やり……ます。槍だけに」
「……は?」
「いえ! やるって言ったんです」
穂火はその震える手をぎゅっと握りしめ、アークロックの仲間の顔を想像する。
そんな穂火は槍に近づき、持ち手を掴み、こう言った。
「それに、空錠先輩が関わっているのなら、私も無関係ではありませんので。アークロックとして、この島の幸せを守る」
「……穂火」
山田穂火。彼女は、怖いくせに、不器用に笑顔を浮かべて、こう述べたんだ。
「それが、アークロックだから!」
ツキバアは、微笑みを見せないように下を向いた。綻びたその笑顔は、信頼の証明。
ツキバアは、そっと顔を上げて穂火を見つめてこう言った。その時の表情は、師匠らしくキリッとしていた。
「この五日間の修行期間で、教えられたことは少ない。だが、神器を扱う上での最低限の技能は教えておる。じゃから穂火……あとは託したぞ」
「はい!」
穂火の心臓は高鳴る。これまで応援を刃物のように受け取ってきた彼女だが、アークロックの経験を得て、応援をパンチとして受け止められようになった。
そんな穂火は、少しよろめきながらも、確かに奮起する。
その余波は、他のアークロックメンバーにも響いた。
「鍵斗くん!!」
誰よりも早く動き出し、誰よりも早く現場に向かったのは、陽向灯里。
だが、陽向灯里の単体での突撃を許さぬものがいた。
「あらあら、ダメですよ灯里。一人で突っ込んでも、たかが知れています」
「その通りだ、ちったァ私たちを頼れ」
陽向灯里の横に現れたのは、陽向の師匠である宮島霊奈と、陽向の姉弟子である鹿村信乃だった。
二人は山を駆け下りながら、こう会話した。
宮島霊奈はこう言う。
「陽向、鹿村、お前たちは鬼神のもとへ向かえ」
「いいんですか!?」
陽向がそう返すと、霊奈は口角を上げてこう言った。
「ああ、失敗を取り返せ。それと、鹿村は陽向のフォローに付け」
「承知いたしました」
鹿村はいつもの調子でそう答える。陽向は二人に感謝した。
しかし同時に疑問が湧く。
「でも、霊奈さんはどうするんですか!?……って!」
刹那、陽向の視界に映るのは鬼の姿。
あれが鍵斗くんが言っていた鬼か……!! と思いながらも、陽向は自身の無力さに嘆く。
そんな陽向の肩に触れ、霊奈はこう言った。
「心配するな。いつか力は答えてくれる」
そして、変化するは霊奈の体。額からツノを伸ばし、骨格は肥大化し、筋肉量は跳ね上がる。
その姿はまるで……。
まるで……。
霊奈は目を丸める陽向にこう伝えた。
「なぜ、私が鬼に詳しかったのか。なぜ、私がお前の師匠になったのか。その理由は一つ。
私は……元鬼の僧侶。
鬼に悩まされ、唯一桃太郎の呪縛から自力で解放された女。ゆえの、力に振り回されないための師だったんだ」
「霊奈さん……!」
そう、宮島霊奈は、鬼化する。ただしその姿は、宮島霊奈だと判断できるラインの、強いて言えば半鬼化であった。
そして霊奈は鬼を襲撃する。同時に陽向と鹿村にこう伝えた。
「私は鬼を町まで行かせないように足止めする! お前たちは鬼が溢れる原因を止めろ!!」
「はい!!」
陽向は『鬼神』の元へ向かう。使命もあるが、大切な相棒のために。
そして、水沢零は子どもを抱きしめていた。それも、女の子。
震える園児を宥めるように、その子を抱きしめる。だが視線は窓から見える『鬼神』に囚われていた。
そんな零に、エプロン姿の女性保育士はこう言う。
「行って来なよ、零くん」
「……でも、子どもたちを置いていくわけには」
そんなことをぐだぐだと言い始めた零に、次々と現れた保育士のお姉さんたちはこう伝える。
「私たちだってプロだ」
「子どものことは任せて」
「貴方には、貴方にしかできないことを」
零は、その声を聞いて立ち上がる。零の腕の中から離れた女の子は、こう呟いた。
「れいちぇんちぇ?」
そんな女の子に、零はウィンクしてこう伝える。
「君を助けるために、やらなきゃいけないことがあるんだ」
女の子の目はその言葉と甘い顔にやられて、ハートマークになった。そんな彼女を保育士に任せて、零は保育園を出る。
もう彼は、たぶん、おそらく、ほんの少しだけ、女性に対する耐性は得た。
いや、少し違うな。
彼は……護るための意志を手に入れたのだ。
そんな零は、『鬼神』の元へ向かう。
己が信頼し、感化された……空錠鍵斗を護るために。
そして、戦場は一堂に会する。
『鬼神』という大きなシンボルを中心にして。
ただ、元からそこにいる者もいる。そう、空錠鍵斗である。
彼は「やばいいいいいいいい!?」などと叫びながら空中から落下していた。
だが刹那として、脳裏をよぎる一瞬の閃き。
「……そうか! あれが使える!!」
鍵斗は虚空から鍵を取り出す。この鍵は、三倉宗介のアークを閉じた時のもの。
鍵斗は、力を借ります……三倉さん、と思いながら、その鍵をキーハートに挿した。
回る、キーハートの鍵穴。そして三倉宗介のアーク、『高跳び』のアークがキーハートに宿る。
鍵斗はキーハートを振り、そのキーハートの剣先が空間に薄い膜を作る。
まるで高跳びを実際にするように、キーハートを起点として空錠鍵斗は空を跳んだ。
キーハートのコピーは、使用すれば鍵が消費される。
つまり、一度限りの超跳躍というわけだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
『鬼神』の頭よりも高く跳んだ鍵斗は、空から『鬼神』を視界に入れた。
依然として落ちる身体。だが、思考を止めるな。
勝機を見出せ。
なにを、どうしたら、あの『鬼神』に勝てる。
硬い皮膚、大きな身体。刃を通せたとしても、倒しきれない。
あの巨体にダメージを与える方法を、必死に考えろ。
「……!!」
空錠鍵斗には修行はない。空錠鍵斗はこれ以上強くなれない。
この桃木島において嫌と言うほど痛感した、自分の限界。
でも鍵斗は諦めなかった。
そう、それこそが空錠鍵斗。
いつ、いかなる時であろうとも……空錠鍵斗は諦めない。
「効いてくれっ!!」
キーハートに挿されるは、アークを閉じた鍵。
それにより、キーハートは変化する。
空中からの落下エネルギーを追加した、その一撃は……!!
ドンッと言う音と共に鬼神にキーハートが刺さる。耐久の鍵を使っていなければ、鍵斗も無事ではなかった。
だがそれは『鬼神』も同じ。安易な攻撃は『鬼神』には効かな……。
否、それは、全身へと進む衝撃。
空錠鍵斗は誰のアークの鍵を挿したのか。
それは、桃木島で関わった彼の力。
伝える恐怖から生まれた、話す願い。
その主は……リアム。
「くらえっ!!」
ドンッと全身に放たれたのは、強力な音波の攻撃。それは『鬼神』の体に響き、動きを止める。
洞窟内部からそれを見ていた桃太郎は、呆れていた。
「それでも『鬼神』は止まらない」
だが……動きは……止まる。それどころか、身体が、少しずつ……小さく……。
桃太郎は目を大きく開いて、こう呟いた。
「なんだと?」
そう、リアムの力は『伝える力』。単なる音波ではない。
空錠鍵斗が届けたのは『起きろ』という声だった。
それにより、『鬼神』の意識がうっすらと蘇り、アークが切られる。
小さくなった『鬼神』は、岩に囲まれた、海辺の場所に鍵斗と共に落下した。
まだ、『鬼神』の意識は戻っていない。でも……それでも、希望は見えたから。
空中から落下した鍵斗は、『鬼神』に向かってこう言った。
「怪獣映画じゃないんだ。同じ土俵に上がってもらうぞ……英雄さん」
戦いは始まる。桃太郎は、強く舌打ちを鳴らした。




