第42話 鬼ごっこの結末
オレの名前は空錠鍵斗。現在わたくしは、五メートルは超える化け物、鬼神と鬼ごっこをしています。
鬼神と鬼ごっこ。名の通り鬼から逃げているのだが……当たり前のように命がかかっている。
とどのつまり、誠にピンチなのである。何故こうなったのかは、オレの腕につけられた『桃太郎の腕輪』のせいだ。
オレは我慢ならずに、
「くそ、どうすればいいんだあああああああ!!」
と叫んだ。そんな叫びの中、ふと鳴き声が聞こえた。
「にゃー」
という、猫の鳴き声だ。
それは、この騒然とする洞窟に静寂をもたらしたかのようにオレの耳に届いた。
果たして、その声の主が善か悪かはわからない。だが、オレの目に入ったその猫は、どうにも惹きつけられるようなものだったのだ。
暗めの色の毛に、一際目立つ月のように美しい瞳。抱きしめるというよりは、見つめていたいような猫。
なぜ、このような洞窟に猫がいるのかはわからない。
だがオレは、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「……って! 危ない!」
オレは急いで進行方向を変えて、猫に向かってジャンプした。そのまま猫を抱えて、前転する。
この鬼神が暴れる空間で、猫を一人にはできない。
そんな心配があったのに、猫はスルッとオレの腕の中から抜けて、まるでついてこいと言わんばかりの目でオレを見つめた。
迫る、「ウォーン」という鬼神の鳴き声。低くドスの効いたその音は、生物の危機感を強く刺激する。
オレは目を細めたあと、猫のことが心配で猫を追いかけた。
「待って! 止まって!」
そう言い続け、追いかけるが……猫は一向に止まらない。
同じように、鬼神も一向に止まらない。鬼神からすれば、オレも止まっていない。
鬼神がオレを追いかけ、オレは猫を追いかけるという奇妙な光景に変わっていた。
しかし、現実は心音が響く狂気である。
止まれば鬼神に捕まるという恐怖。それどころか、鬼神は洞窟ということを無視して、あらゆる岩を砕きながらオレに近づく。もはや洞窟が崩れるのは時間の問題。
天井から落下してくる石も、オレを脅かす要素であった。
そんな中で、オレは目にする。一際輝く城を。
直感で理解した。猫を追いかけて着いたここは、虎太郎さんが言っていた、鬼ヶ城だと。
「ここは……桃太郎の根城?」
オレの思考は一瞬だが停止した。その、白と黄金色からなる城の圧巻さにやられたのだ。
「……やばい!」
ゆえの、恐怖。追いつかれてしまったと判断したが、鬼神はオレを見つめて止まっていた。
「……ここまで来られないのか?」
オレは思考を加速させ、一つの結論に辿り着く。
「桃太郎の城だから、壊せないってことか」
近づけない鬼神を一瞥し、オレは動きを止めた猫を抱えて城の中に入る。
とにかく、今は動かねばならない。
この、残った『基礎鍵』を駆使して。
オレはここまで逃げてくるのに使った鍵を脳裏によぎらせた。
疾走の鍵と剛力の鍵だ。
疾走は言わずもがな、走って逃げるため。剛力は、猫が入って行った小さな穴を通るために、壁を砕くので使った。
つまり残りの鍵は、
身体能力強化の鍵が二本、跳躍の鍵が一本、耐久の鍵が一本、感覚強化の鍵が二本、の計六本。
そして、この狭い城という空間で疾走はもはや必要ない。疾走の鍵は、レーシングカーみたいなものだ。狭い空間では扱いにくい。
よって、いったん全ての鍵の効果を捨て、オレは感覚強化の鍵を体に挿した。
「……!?」
そしてわかったことがある。
城に入って目で見たときにも思ったが、感覚強化の力で周囲を察知して改めて驚いた。
「鬼がいない……」
そう、一匹たりとも鬼はいなかった。
オレを探すために、そこまでやるか……と、心の中で戦慄する。
オレは感覚強化の力を保持しながら、身体能力強化の鍵を体に挿す。
そして誰もいない城の中を走って内部を観察した。
この城は見た感じ、平均的な普通の城だ。大広間があり、部屋があり、それがだいたい七階まで続いているイメージ。
他に特筆すべきこともない。扉が襖なのも、所々が金色に輝いているのも、まあ『城』ならおかしくはない。
おかしいと言えば、酒や食べ物が放置されていて、誰もいないところだが、オレの捜索で出払っているだけだろう。
オレの腕の中にいる猫は、「にゃー」っと欠伸をした。
なんと呑気な猫であろうか。この紺色の猫は、その美しい瞳を隠してリラックスしていた。
なぜ、この猫はオレをここまで案内したのだろうか。
その理由はわからないけど……一つだけわかったことがある。
「……なんだ?」
この城は、普通じゃない。
城の中を走っていると、一際目立つ部屋があった。
襖が開いており、見たらそこは……不気味と言いたくなる光景だった。
血みどろだとか、汚物だらけとか、そんなのではない。
その真逆。異常なほど綺麗だったのだ。
それはまるで病院のようだった。
和風空間の中に突然現れた、無機質な白い部屋。
天井にはLEDライトの線が走っており、いかにも現代風の部屋。
部屋の真ん中には『ゆりかご』があって、その上には天井からくるくる回る、いわゆるモビールが吊るされてあった。
「……なんなんだ?」
その違和感。
恐怖とは、無知からくるものである。だがときにしてそれは、違和感から生じることもある。
オレはその空間に足を踏み入れようとした。だが、猫が突然抵抗し、オレの手を引っ掻いてでもオレの腕から離れ、この場から逃げていった。
なんなんだと思いながらも、オレはその空間から目が離せない。
オレは一歩一歩、そのリノリウムの床を歩き、『ゆりかご』に近づく。
明らかにおかしいのに、オレは、それを上から覗いたんだ。
そこにいたのは……小さな、小さな……鬼。
「鬼の……赤ちゃん?」
その子はオレに気づいたのか、ギョロッと大きな一つの目を開けて、オレを見た。目があった刹那、彼は泣いたんだ。
「わあああああああんん!!」
オレは驚きつつも、こう言った。
「安心して、悪い人じゃないよ」
そして渾身の顔芸を披露する。鼻を上に伸ばし、目を横に広げ、下顎を引いて上顎を強調する。誰にも見せたことない顔だけど、その子は泣き止んでくれなかったんだ。
「……!?」
その時オレは、強い殺気を覚えた。
■□■□■
「……がはっ!」
空錠鍵斗が鬼神から逃げている裏で、桃木虎太郎は捕まっていた。
その男は、虎太郎の髪を掴み、彼を無惨に引きずっていた。そして鬼神により崩壊しそうな洞窟に『きびだんご』を投げて、接着剤のように崩壊を止めている。
その男の名前は……。
「桃太郎」
そう、桃太郎である。まるで着ぐるみのように大きな顔を持つ彼は、人ではない。アークリオンである。
そして空錠鍵斗が奪った『桃太郎の腕輪』は桃太郎のアークリオンにエネルギーを与える唯一の物。つまりは延命装置。それを奪われた桃太郎は当たり前のように激怒する。
そんな桃太郎は怒りに身を任せて虎太郎を投げた。
「まったく、桃木の人間だな。オレの支配が効いていないとは。千年前から騙されていたということか」
桃太郎は怒りのまま、虎太郎を睨む。痛めつけられ、動けない虎太郎にそのプレッシャーが飛ぶが、黄色いバリアのようなものが現れ、虎太郎を守る。それを見た桃太郎は「『鬼の禊』か」と呟いた。
刹那、鬼の赤ちゃんの鳴き声が聞こえる。
それは桃太郎の更なる怒りを助長した。
今、桃太郎は城の前にいる。
鬼神の報告により空錠鍵斗の城への侵入を知り、憤りを感じていたのだ。
「まったく。やってくれるな、空錠鍵斗」
そんな桃太郎の右手は、腰の刀へと。その刀は、鬼を討伐する『鬼殺しの刃』。
ギチリと張り詰められた空気が爆ぜるように、その刃は空間を切り裂いた。
その太刀筋は、刀身に留まらない。まるで伸びたかのように、それは城を一刀両断した。
否、一連撃に見えたその一撃は、三度の攻撃となる。
X軸、Y軸、Z軸から進んだその太刀筋は、城を切り裂いた。
「……!?」
城が崩壊し、城の中から放り出されたのは、空錠鍵斗。桃太郎はそいつを指差して、鬼神に命令した。
「城などもういい。空錠鍵斗を必ず潰せ。『アーク』の使用を許可するッ!!」
轟く、鬼神の叫び声。走るは眼光。
彼の体は五メートルに留まらない。彼のアーク、それは……!
『巨大化』。
「……っ!」
鍵斗は寸前で耐久の鍵を使用する。
巨大化する鬼神の拳は鍵斗に当たりそして、天井にめり込む。
圧縮される鍵斗。
口から流れるは赤い液体。だが耐えられなかったのは、山の方。
そう、今このタイミングで、
桃木島に震撼が走る。大地が揺れ、海の波が荒れ、空が轟音を響かせる。
そして、桃木島の真ん中を走る大きな山が……! 内部から粉砕された!!
「……嘘だろオオオオオオオオ!?!?」
拳により空中に投げ出された鍵斗はそう叫ぶ。理由は落下してるからじゃない。鬼神の大きさが、四十メートルにまで膨れ上がっていたからだ。
その姿は、桃木島にいる全ての者に観測される。
修行中であった陽向灯里は、それを見た。
鬼神ではない。
空中から落下している、空錠鍵斗を。
「……は、はあ!?」
その衝撃は各地へと。
保育園の窓から唖然とした表情で鬼神を見るのは、水沢零。
神社で気絶するほどの恐怖を覚えたのは、山田穂火。
果たして、桃太郎の動きは吉と出るのか凶と出るのか。
洞窟は世間の目に晒され、桃木島の伝説は今……最終章を迎える。




