第41話 ああもう! 仕事が多いんだよ!!
現在、オレは虎太郎さんと共に洞窟内を駆け巡っている。そして最大の難点はこの暗闇であった。
鬼にバレてはならないため、隠密で動く必要がある。
ゆえに、懐中電灯は使えない。
だが、次第に暗闇に目がなれ、視界が開く。
「……!」
そして映る、鬼の姿。
現在は基礎鍵である疾走の鍵を使っており、素早く走っているため、このまま走り続けていたらぶつかってしまうだろう。バレるだけでは済まない、最悪戦闘にまで発展する。
それは避けたい。
ゆえに、オレは自分の体に壁走りの鍵を挿して、跳ぶ。
「……?」
鬼は首を傾げた。なぜならオレは、洞窟の天井を走っているからだ。そして音を出さないように気をつけて着地し、このままでは速度が出せないため、壁走りの鍵の力を捨てる。
これによって、疾走の鍵の力をフルに使うことができ、オレは虎太郎さんに置いていかれずに済んだ。
横で走る虎太郎さんが小声でこう伝えてくる。
「鍵斗くん、もうじき着くぞ」
「はい」
そして、オレたちは目的地に着いた。同時にオレは虎太郎さんのアークを閉じる。
ここは、複雑に絡み合った洞窟ゆえの、目的地を一望できる場所。
オレは虎太郎さんと共に腰を落とし、上から泉を見つめた。
一際輝くその泉は、まるで斧を投げれば女神が現れるかのように神聖な雰囲気を漂わせている。
だが、その雰囲気を壊すように、四匹の鬼が見回りをしていた。
オレたちがいる場所を除いて、この場所に安全地帯はない。泉がある場所の付近には障害物はなく、常に死角がないように鬼が動いている。
ここはドーム状であり、オレたちは天井付近に空いている穴から泉を見つめているのだ。
さて、オレと虎太郎さんは息を潜めてアイコンタクトを取る。
作戦会議をしておくべきだったと、心の中で後悔した。
ここまで来るのに、使った鍵は壁走りの鍵のみ。つまり残りの鍵は、
身体能力強化の鍵が二本、跳躍の鍵が二本、疾走の鍵が一本、剛力の鍵が一本、耐久の鍵が一本、感覚強化の鍵が二本、の計九本。
これらを最小限に扱い、どうやってあれを取る。
泉の中に沈む……『桃太郎の腕輪』を。
そう、『桃太郎の腕輪』は泉に沈んでいる。上から見た感じ、泉は一般的なプールと同じくらいの深さだ。安易に突っ込んでも、強く突っ込まない限りは泳いで潜る必要がある。
その隙だらけな時間を、あの四匹の鬼が許してくれるのか。難儀である。
この場所は明るい。青白い光が周囲を照らしており、視認性は抜群。隠密は難しいだろう。
だが、虎太郎さんの話では、見回りの鬼が四匹なのは少ない方らしい。
ゆえに、奴らが帰ってくる前に仕掛けなければならない。
今が最も簡単なタイミングなのだから。
「虎太郎さん……」
オレは静かに彼を呼んだ。彼は考えつつも、目を細めてこう述べた。
「これしか方法がないな」
「……?」
すると、彼は無謀にもこんなことを言い始めたのだ。オレはそれを聞いて喉を鳴らす。
「私が囮になる。その隙に君が『桃太郎の腕輪』を奪い取れ」
「……でも」
「拒否するなら、より良い案を出してくれ」
そう言う彼の眼は強く、動かない大木のように思えた。それは、一つの男の覚悟だったのだろう。オレはそれを否定することはできない。
だから、頷いてしまったんだ。
虎太郎さんはこう続ける。
「ありがとう。であれば、私の鬼のアークを開いてくれ」
オレは悩みつつも、彼のアークを開けた。鬼に変わる虎太郎さん。
彼は、そのまま空いている穴から下に降りた。
オレはそれを見つめながら、未来を想像する。
鬼は強い。舐めて勝てる相手じゃない。
それが四匹もいる。いや、四体と呼ぼう。匹と呼んで虚勢を張っている場合ではない。
とどのつまり、虎太郎さんは死にに行ったんだ。
例の桃木家の使命を終わらせるために。躍兎くんに、繋がせないために。
桃太郎の呪縛を、ここで止めるために。
なのにオレは何をしている。
オレが、オレが行くべきだったんじゃないのか!?
思考が加速し、鬼となった虎太郎さんが地に着くまでの間に、オレは打開案を考えていた。
どうすればいい? どうすれば彼を失わずに勝てる。
いや、違う。
勝つじゃない。幸せを守るのが、アークロックなんだ。
理念を忘れるな、揺れるな。
虎太郎さんは、躍兎くんにとっての幸せなんだ。だから、虎太郎さんをここで失うなんて論外。
ゆえに考えろ。
彼を失わない方法を、その答えを!
「……!」
刹那、脳裏をよぎるのは、陽向さんが発案した、穂火ちゃんのあの技。『三位炎跳』。
無茶だと心の中で思いながらも、オレは行動に出た。
師匠から受け取った鍵を見る。その中にある、跳躍の鍵を手に取った。
これが、正真正銘の打開の鍵。
普段は使わないのに、入ってあったこれなら……虎太郎さんを救える!
彼が編み出した作戦に乗れ!
「……ッ!」
このタイミングで、虎太郎さんは着地する。四体の鬼が同時に彼を見た。
よって、隙が生まれる。
ドゴオオォォオオンッ!! という洞窟を砕く音が響き、鬼たちは天井に意識を奪われた。
それこそが、オレの狙い。
果たして、虎太郎さんを救う方法はなんだったのだろうか。その答えは一つ。
ネックとなっていたのは水なんだ。
そうだよね、陽向さん。
こういうのは、陽向さんの得意分野なのだろう。でも、彼女と共にいて、オレにも閃きってやつが育まれたから。
跳躍の鍵により跳ね上がった脚力で、オレは上から下へ跳んだのだ。その勢いは、まるで砲台。
凄まじい勢いで泉へ飛び込んだことにより、泉は大きな水柱を作り、そして……!
オレという侵略者を、簡単に底まで案内した。
「……!!」
鬼が気づいてももう遅い。二つに割れた泉の中心にある、銀色に輝くその腕輪はもうすでに、オレの手の中にある。
「ガラァァアアアッ!!!」
鬼の叫び声と共に、オレは跳び上がった。割れていた泉が元に戻る。
そんな光景を一瞥した後、オレは虎太郎さんを見た。
彼は、片方の口角を上げて、目を細めながらオレを見つめていた。まじか、と言わんばかりである。
そう、虎太郎さんを助ける方法は、彼が鬼に倒される前にオレが腕輪を奪うこと。
なんともシンプルな回答であった。
「……!?」
ドクンッと腕輪が振動する。まるで、生きているように。
それは、オレの脳内にこんな言葉を伝えてきた。
「やってくれたな。オレの、命を返せ……!」
オレはその声に戦慄し、慌てて虎太郎さんに叫ぼうとした。
「虎太郎さん、様子がおかし……」
だが、その言葉を遮るように、空間が振動する。着地したオレは虎太郎さんを見た。彼は鬼に襲われようとしていた。そんな彼はこんなことを言ってくる。
「行け、鍵斗くん! それを持って、離れるんだああああああああ!!」
「……ッ!!」
でも、と抗議する時間はなかった。圧倒的な圧により静寂が訪れ、そして、轟音と共に壁が砕かれる。現れたのは、大きな、大きな鬼。
その辺にいる鬼でも二メートルはあるのに、こいつはその倍、いや、それ以上。
五メートル以上ある鬼だった。しかも、角が刃物のように発達している。
明らかに、他とは違う鬼。そいつの眼光はオレを睨んでいた。
ふと、虎太郎さんの声が聞こえる。
「あれは……鬼神!?」
同時に、禍々しい声も聞こえた。
「そうだ、鬼神だよ」
オレはその声を無視して、跳躍の鍵の力で元の場所に戻る。そんなオレの背中に、その声はこう伝えてきたんだ。
「オレの最高戦力さ! まさかこいつを切るとはな、人の子よッ!!!」
「……くそっ!」
オレはこの手の中にある『桃太郎の腕輪』を強く握りしめた。先ほどの生物的な動きはなく、冷たい質感だけが手に残る。
空間は依然として揺れ、その強いプレッシャーの主である鬼神は、オレから目を離さない。
虎太郎さんを置いていくことは許容しづらい。でも、この鬼神ってやつがオレを狙っているのなら、オレがこの場を離れた方が虎太郎さんは安全なんだ。
だからオレは、この場を去る。
虎太郎さんの安否を心配して……
「って! そんなかっこいいこと考えている場合じゃなああああああああいっ!!」
壁という壁を砕き、鬼神はオレを追いかける。オレは疾走の鍵を自分の体に挿してから、全力で鬼神から逃げた。
ああ、最近『逃げる』をやってなかったから、なんだか懐かしい気分だよ。
桃木島ではリーダーとして格好つけていたけど、やっぱりオレはこうでなくちゃな。
オレはそんなことを考えながら、高らかにこう叫んだ。
「ああもう! 仕事が多いんだよおおおおおおお!!」




