第40話 桃太郎の腕輪
話を聞いている最中に休憩したことで、身体は落ち着きを取り戻した。
でも、攻めるとなったらまだ不安だ。
だから僕は、キーハートに虎太郎さんのアークを封じた鬼の鍵を挿し、回した。
そして、キーハートで自身の手を切る。
「……何を!?」
虎太郎さんは当然驚いた。だが、これはキーハートの力を引き出す行為でもある。
僕は、穂火ちゃんがアークリオンになったあの日に、男子生徒の体を治癒のアークの力を持ったキーハートで刺したことを思い出していた。
キーハートでアークを扱う方法は二パターンある。一つは刀身にアークを宿らせ、刀身の形を変えたり、刀身に炎や風を纏わせるなど、属性を変えるパターン。
もう一つは、刀身に宿らせたアークを、身体に刺すことで微弱ながらもアークの力を身体に付与するパターン。
治癒などはこの方法で行うが、今回は鬼の力で身体の底力を刺激した。
結果、闘志が湧き上がり、筋肉の震えは止まる。
グッパッ、と手を握り離しを繰り返しながら、僕は身体の調子が戻ったことを理解した。
「虎太郎さん」
「なんだ?」
僕は彼の体に触れる。そして静かにこう言った。
「僕ならあなたを鬼にしても、侵食される前に『閉じる』ことができます。僕を信じて、もう一度『鬼』になってくれませんか?」
虎太郎さんは、力強くこう答えた。
「もちろんだ。躍兎が信じた君を、私も信じる」
「ありがとうございます」
そして僕は、白の鍵を虎太郎さんに挿して、回した。開かれるアーク。その闇に手を入れて、僕は再びそのアークを閉じた。
「できました。虎太郎さん、あとは十分くらい挿したままにしていれば、鬼の鍵ができます」
「思ったよりも簡単なんだな、痛みすらなかった」
僕はそっと微笑んでこう返した。これでも僕は、少しだけ自信を持っているんだ。
「いつも、鬼のアーク以上のジャジャ馬を制御していますから」
「……そうか、君はすごいな」
感心する虎太郎さん。だが僕の内心は焦っていた。
さて、その原因を確認しよう。
理由は一つ、基礎鍵だ。
この洞窟に入り、鬼に襲われてから逃げるまでに、かなりの鍵を使ってしまった。
僕は虎太郎さんから離れて、座る。そして冷たい石の上に、ポーチから鍵を一つずつ取り出して並べた。
身体能力強化の鍵が二本、壁走りの鍵が一本、跳躍の鍵が二本、疾走の鍵が二本、剛力の鍵が一本、耐久の鍵が一本、感覚強化の鍵が三本、計十二本の基礎鍵。
逃げるために、七本もの鍵を使用した。
焦っていたこともあり、少々使いすぎたな。
基本鍵の効果時間は約三時間。同時使用は可能だが、その分エネルギーのリソースを分ける必要があるので、多くの基礎鍵を同時に使うとその分それぞれの効果が弱くなる。
だから、基本は切り替えて使うのだが……切り替えるために一度効果を切れば、再度鍵を使う必要がある。
つまり、使うタイミングが大切なのだ。
焦っていたら、すぐに無くなる。
洞窟からいつ出られるかなんてわからない。基礎鍵は師匠じゃないと作れない。
今からは攻める時間なんだ。だから、最小限の消費で攻めたい。
僕は、使うタイミングを見極めるため、一度すべての基礎鍵をポーチにしまった。
そして、虎太郎さんを見る。彼は僕を見てこう言った。
「本格的な作戦会議をしよう」
「……はい!」
ついに本格的に始まるんだ、と思いながら、僕は彼の前に座る。するとこんなことを訊かれた。
「まず聞きたい。君の作戦を」
こうやって、子どもとしてではなく、一人の戦士として見られていることが嬉しくて、でもおくびにも出さなくて、僕は静かに頷いてこう答えたんだ。
「作戦という作戦はありませんが、僕なら鬼の力を制御できる。だから、虎太郎さんには鬼の力を使ってもらいたいです」
彼は頷いて、そして自分の作戦を語る。
「わかった。なら、こちらの説明に移ろう。
私は鬼にされている間に、かろうじて残した意識で情報を集めた。そしてわかったことがある。
なぜ……桃木島に鬼が出るのか。なぜ……桃木島ではアークリオンが出てくるのか」
「……!」
僕はその話を聞いて、体を前のめりにさせた。なぜならその理由は、僕がずっと悩んでいた問題だったからだ。
この静かな空間で、虎太郎さんはこう述べる。
「生前、桃太郎はアークを武器にした」
「アークを武器に?」
そんなことが可能なのかと思い、僕は首を傾げる。だが、虎太郎さんは不思議そうにこう返してきたのだ。
「君のその武器もそうだろう。特殊な力を持つ武器は、アークから作られる……神器なんだ」
僕は横に置いていたキーハートを指でなぞる。僕は今まで、キーハートのルーツなど考えたこともなかった。アークをコピーして使えるなど……不思議な武器であったのに。
「……」
でも、不思議だな。キーハートってどこで手に入れたんだっけ。
僕が師匠に引き取られた時から持っていたような気がするが、明確なタイミングは思い出せなかった。
そんなふわふわしている気持ちで、ぼーっとキーハートを見つめている僕に、虎太郎さんはこう言う。
「話を戻すぞ。生前の桃太郎が作った神器だが……私はそれを『桃太郎の腕輪』と名付けた」
「桃太郎の腕輪?」
「そうだ。生前に桃太郎が作った『桃太郎の腕輪』は、鬼が住まう城、鬼ヶ城の近くにある泉に沈められている」
どんどん出てくる情報に頭を悩ませながらも、僕はとにかく話を聞くことに注力した。体を前に倒して、耳を傾ける。
虎太郎さんは、的確に、そして恐ろしい事実をこう口にした。
「問題はその泉が、外の川に繋がる源泉でもあるのだ」
「源泉? 洞窟の中に?」
「ああ。地下から湧き出る水があり、それによって溜まった泉の中に『桃太郎の腕輪』がある。そして、その腕輪から微弱な毒が流れているのだ」
「……毒!?」
虎太郎さんは頷く。そしてこう続けた。
「そうは言っても致死性の毒ではない。人のアークを開く毒なのだ」
「そんな毒が……!?」
「ああ。そしてこの島のご当地の食品、『桃太郎ジュース』や『桃太郎お茶』『桃太郎カレー』、まあ他にもあるが、あらゆるものはこの島の水を使って作られている」
「つまり……」
僕は喉を鳴らした。その先の真実に気づいてしまったのだから。
虎太郎さんは、深刻にこう話した。
「この島の商品を食べたものは、アークが開かれる。その量が多いほど鬼となり、少ないと千差万別なアークリオンとなる」
「……ッ!!」
そんな秘密があったのか、と僕は握りしめた拳に力をこめた。
つまり、その『桃太郎の腕輪』をどうにかしなければ、この島は永遠にアークの被害に遭い続けるということ。
止めなければならない、この事態を。
虎太郎さんはこう続ける。
「その『桃太郎の腕輪』を、我々で奪取する。泉の場所は私が知っている。……ついてきてくれるか? 鍵斗くん」
「はい」
僕はすぐにでもそう答えた。虎太郎さんは少し驚いていたが、僕は気にしない。
例え、命をすり減らすほど怖い鬼に襲われても。例え、震えるほど恐ろしい洞窟の中を走ることになっても。
修行するみんなを、この島に住むみんなを、見捨てることはできなかったから。
「行きます、行かせてください」
僕は、動きたいんだ。
「ありがとう」
虎太郎さんは頭を下げた。僕は「頭を上げてください」と言う。
そして彼の背中を指差してこう言った。
「十分経ちました。鍵は出来上がりです」
「……そうか、なら!」
「はい!」
僕は彼の後ろに周り、鍵を取る。そして虎太郎さんにこう伝えた。
「反撃の準備は完了です」
「ああ、なら!」
「はい、行きましょう!」
僕は自分の体に感覚強化の鍵を挿して回した。
聴覚が、視覚が、嗅覚が、味覚が、感覚が、五感が研ぎ澄まされる。
目を閉じると、世界が広がったように思えた。
聞こえる足音、遠くに滴る水、体を吹き抜ける微弱な風の向き、鼻腔を通して伝わる血の匂い。
周囲の鬼の動きを理解し、僕は瞼を上げて、疾走の鍵を自分の体に挿して回した。
「虎太郎さん、鬼の位置は確認できました。この先に二匹。右の壁の先に三匹。左の壁の先に二匹です」
「周辺にはあまりいないと言うことか。わかった、ルートを決めた。では、行こう」
「はい!」
僕は虎太郎さんのアークを開く。そして、腰を落とした。
ここまでの事態は想定していなかったけど、虎太郎さんのおかげで目標は見えた。
僕はその目標を達成するために、一歩を踏み出す。
「救うぞ、この島を!」
「はい!!」
音を立てずに、風を残して僕たちはこの場を去る。
安全地帯を抜け、鬼の根城へ。
震える心をギュッと我慢して、オレは……前を向いた。




