第38話 お伽話の呪縛
PM.6時。
オレ、空錠鍵斗は垂れてきた水滴により意識を取り戻す。
頭を打ち、洞窟の中で気絶していたようだ。
「……っ」
全身に痛みが走る。まぶたが接着剤で固定されているかのように動かない。
ゆっくり開こうとしても、全身の気だるさのせいで、震えて言うことをきかない。
指先も辛うじてでしか動かない。
「……」
何があった。
巡らない思考。止まる情報。脳内が交通渋滞だ。
だけど、
脳内で交通整備をする陽向さんの姿が見えて、こう伝えてくれた。
「これからもよろしく、相棒!」
「……!」
刹那、加速する交通網。僕の脳に届けられた失われた記憶により、僕は状況を理解した。
『鬼』。
そう、僕は鬼に襲われた。
洞窟に入り、奇妙な絵を見つけ、人骨を視界に入れたショックで動きを止め、その隙に後ろから襲われたんだ。
その時の僕は焦りながらも逃げて、鬼に対処する方法を考えていた。
でも、逃げた先で数体の鬼に囲まれて、対処しきれずにやられかけて、命からがら逃げていると、穴に落ちて、ここに着いたんだ。
なんてお伽話だろうか。
穴に落ちてピンチを回避だなんて。
いや、そんなことはどうでもいいな。今必要な情報は、鬼が複数いたという事実だ。
これを、ツキバアに伝えないと。
一人じゃ絶対に対応不可能だ。
「……!」
でも、身体はそれを拒否する。動くことすらままならない、激痛。
一寸先は闇というわけではないが、動けない恐怖は間違いなく闇だった。
ここは微かに光がある。どこかに穴が空いているのだろうか、青白い美しい光が……この場を照らしている。
頭に落ちる水滴は、僕の体を伝って洞窟を湿らせる。
ここは、目を瞑れば寝てしまいそうな場所だった。
「……でも」
陽向さんにまた会いたいから。
動け。
僕は力を振り絞り、横に落ちているキーハートに触れた。
指先から伝わる、金属の冷たさ。刃は折れ、持ち手は僕の血で汚れている。
でも、まだ……。
「……!」
ギュッと強くキーハートを握る。内から溢れるパワーが湧き上がり、僕のまぶたは開いた。
しかし、まだ、辛い。
でも……!
ガシャッ、という音と共に伸びるキーハートの刃。僕はそれを杖のようにして、立ち上がった。
なのに……運命はそんな僕を許さないらしい。
「おき……た?」
「……ッ!」
暗闇からこちらへ近づいてくるのは、一匹の鬼。
まだ、僕の身体は二本の足で立てるほど回復していない。キーハートも振れない。
どうやって対処する。
そんなことを考えていると、ふと気づいたことがあった。
「……襲ってこない?」
鬼は、襲うどころか、その場でまるで何かに耐えているかのように震えて立ち尽くし、こう呟いていた。
「に……げろ」
「……?」
「今すぐ、逃げろオオオオオオオオ!!」
「……ッ!」
その咆哮。強い想いが、辛い悲鳴が、僕の耳に届く。
フラッシュバックする思い出。
この鬼は……あの時に会った鬼だ。
躍兎くんと初めて洞窟に入った時に殴られた……その鬼。
「……あ」
脳裏をよぎる、ツキバアとの会話。
『鬼はアークリオンの可能性が高い』。
そしてアークリオンは、アークの暴走であり、宿主である人は苦しんでいることが多い。
つまり、鬼がアークリオンだとするならば、彼は苦しんでいるのではないか。
「……っ!」
刹那湧き上がる、オレの正義感。オレはアークロックのリーダーだ。
そんなオレが、ここで動かないでどうする。
アークリオンならば、救うべきなんじゃないか。
アークロックの活動として。
オレは……ゆっくりとキーハートを杖にして移動する。
「近づくナ……あっ! がっ! もウ……」
鬼はそう言って苦しむ。
でもオレは止まらない。
躍兎くんと約束したんだ。
お父さんを必ず助けるって。
不思議だったんだ。なぜ、鬼はオレだけを攻撃して、躍兎くんを襲わなかったのか。
なぜ、ここに来た鬼はあなただけなのか。
「護りたかったんですよね。大切な息子を。そして、ありがとうございます。オレを今まで……護ってくれて」
これは賭けである。彼が、例の人なのかはわからない。でも、それでも救うべきだから。
オレは不器用ながらに、陽向さんの真似をして語りかけてみたんだ。
虚空から取り出すのは、白い鍵。僕はそれを鬼の体に挿して、回した。
そしてアークリオンは、宿主から離れる。
第二形態に行くかと思われたが、アークリオンはなぜかくしゃくしゃに萎んで、溶けるように消えた。
「……」
これを、僕は見たことがある。
陽向さんの時と……同じ。
「嘘だ……」
でも、今はそれどころじゃないらしい。
アークリオンから解放され、中からイケオジが現れた。
普通、アークリオンから解放されたら気絶するのだが、彼は頑丈なのか意識を保っている。
そんな彼は、躍兎くんのお父さん。
僕は躍兎くんのお父さんに、こう伝えた。
「おかえりなさい、お父さん」
アークリオンの呪縛から解き放たれた彼は、自身の震える両手を見つめながら、涙を流す。
アークリオンの第一形態に、時間制限はない。
何かの要因によりアークが解放され、運悪く暴走してしまった場合、『鍵使い』がアークリオンを分離しない限り、暴走してしまった者は永遠に閉じ込められる。
それによるストレスは、想像だにできないほど大きいものだろう。
それから解放されたのだから、この反応も頷ける。
彼は、涙目で僕を見た。そしてこう述べる。
「ああ、ああ……! 解放されたのか……私は……!」
そして、震える喉で僕に感謝を伝えたのだ。
「ありがとう、名も知らぬ男性よ。私を……桃太郎の呪縛から解き放ってくれて!!」
僕は微笑みで感謝を返した。だが、『桃太郎』という言葉が引っかかり、こう呟く。
「……桃太郎? って! どわー!」
だが、そんな僕など知らぬように、ぼろぼろの僕に突然、彼は抱きついてきた。
足の筋肉が弱っているのか、彼はそのまま、僕を抱きしめてそのまま倒れる。
僕は下敷きになりながら、トホホと思った。
でも、これでいいんだ。
幸せを守るのが……アークロックなのだから。
「待っていますよ、外で躍兎くんが」
「……ありがとう、ありがとう。息子に、会わせてくれ」
涙を流しながらそう伝えてくる彼の笑顔を見て、僕はそっと微笑んだ。
しかし……桃太郎とはなんなのだろうか。
■□■□■
空錠鍵斗の知らぬ場所で、ある男はその異変を感じ取っていた。
暗い、暗い洞窟の奥。そこにある鬼ヶ城で、宴が行われている。美しい鬼が踊り、屈強な鬼が酒を仰ぐ。
その奥で鎮座する殿は、桃色の陣羽織に身を包み、ポニーテールのように髪をまとめ、白い鉢巻をつけている者。
そいつは、大きな顔を持ち、人ならざる体格を持っていた。
腰には刀があり、背中には旗を背負っている。
その男の最たる特徴は、腰につけたきびだんご。
そう……それはまるで……。
鬼の一人が、走りながら現れ、汗を散らしてその男の前で土下座する。
「すみません! 男一人を逃しました! 必ず見つけます! なので許してください、桃太郎さ……」
ザッ、と振られた鬼殺しの刀により、首をはねられる鬼。
その鬼は人の姿に戻り、他の鬼に腕を掴まれる。
「牢に入れておけ」
そう述べるのは、太い眉毛を歪ませ、目に怒りを灯した男。そう……桃太郎であった。
桃太郎は、遠くで、自身の呪いがいとも容易く『閉じられた』ことに屈辱を覚えながらこう述べる。
「あり得ない。オレの呪いを祓っただと……? 誰だ? オレの呪縛を取り払ったのは……!」
その怨みは洞窟を駆け巡る。桃太郎は立ち上がり、大声でこう叫んだ。
屈辱を誤魔化すように。
「あいつが逃した男を追え! そして必ず生かしてオレの前へ連れてこい! ここで……殺してやる」
その、憎悪と不安がこもった怨みの目は、鬼を穿つ。失敗すれば自分たちが死ぬと、鬼たちは理解させられた。
彼らは酒を置いて、鉄の棍棒を持って空錠鍵斗の捜索に動く。
そして桃太郎は……あぐらをかいて、酒を飲む。
彼の名前は桃太郎。
そして、桃木島には伝説が残っている。
桃太郎は鬼の王を討伐した。
はたして、伝説の真実とはなんなのか。
この洞窟の中に眠るお伽話が……現代に甦る。
AM.8時
洞窟の外。合宿所の前で、五日目の朝を迎えるアークロックのメンバーは、同時に合宿所を出る。
朝日の下で、陽向灯里はこう叫んだ。
「鍵斗くんはまだ帰ってきてないけど、修行頑張るぞー!!」
「お、おー!」
山田穂火と水沢零は、どこか遠慮気味に答える。そんな二人に、陽向はプンスカと怒ってこう言った。
「こらこら! 今日は最後の修行日なんだからね! 明日は帰宅だし、もー! がんばろー!」
「それもそうですね」
「おー」
それでも遠慮気味な後輩二人に、苦笑いする陽向灯里。そして彼女は空を見つめて、空錠鍵斗の帰りを待つ。
修行は最終盤へと向かう。
桃木島での伝説は……島に訪れた四名により、新たなページを刻む。
その戦いの火蓋は、静かに切って落とされた。




