第37話 リーダーの重圧
突然ですが自己紹介を……なんて、言いたい気分ではない。
不思議なことに、わたし……陽向灯里は焦燥していました。
特に何かがあったわけではない。でも、どうしても鍵斗くんが心配で、早く家に帰ろうとしていた。
そこに、走ってくる男の子が見えた。
彼のことは詳しく知らないけど、この島に来た時に蹴られそうになったから覚えている。
その子は私を見つけると、ひどく慌てながらこちらへ向かって来たのだ。
私は心配になり、腰を落として、走って来たその男の子の肩に優しく触れてこう訊いた。
「大丈夫? 何かあったの?」
でもこの子は目尻に涙を浮かべて、私のテンポを無視するように、焦りながらこう述べた。
「お姉ちゃん、鍵斗の仲間だよな!」
「そ、そうだけど、君は?」
「躍兎、躍兎だよ! それよりお姉ちゃんっ!!」
彼は、涙を散らしてこう言う。私はその言葉を聞いて、あからさまに動揺したのだ。
「鍵斗が、帰ってこないんだッ!!」
「……え?」
私はその子から事情を聞く。そして、場所を聞き出してから、もう六時を過ぎていたこともあり、躍兎くんを家に帰した。
その後、私は走って洞窟の入り口に向かう。
なのに、言われた場所には入り口などは無かった。
「……なんで」
心臓が激しく揺れるのを感じる。
ただの小学生の嘘かもしれない。でも、不思議と私の勘がそれを否定した。
吐き気がする。視界が揺れる。
「……っ!」
でも、意識を失うな。
私は深呼吸をして、心を落ち着かせた。
今……うっすらとアークの揺らぎを感じた。それを抑えられたのは修行の成果だろう。
でも、鍵斗くんがいなきゃ意味ないよ。
私は一縷の望みに賭けて、家に帰った。
でも、家には鍵斗くんはいなくて、みんなと共に待ったけど、八時になっても帰ってこなかった。
現実味を帯びてくる、鍵斗くんの不在。
洞窟に入ったのは間違いない。鍵斗くんならそうする。
でもおかしいのは、帰ってこなかったこと。
鍵斗くんなら無茶はせずに帰ってくる。逃げるをちゃんとできる人だからだ。
なのに帰ってこないということは、それすらできない状況に置かれているということ。
私は、テレビを見る穂火ちゃんと零くんを見た。
私は一つ嘘をついている。
家に帰って来た時、鍵斗くんがいないのを不思議に思った二人に対して「鍵斗くんはシーラさんに特別ミッションを出されて別の家に泊まるんだって」と言ったのだ。
穂火ちゃんと零くんがこれを知れば、取り乱すのは確実。
このタイミングでそれはマズい。
もうすぐ修行も終わる。ここで変に心配をかけるのも悪い。
なんて……鍵斗くんみたいな考え方かな。
私も、知らないうちに影響されていたのかもな。
そんなことを考えながら、私は黙々とキャベツを切る。
今日は私が自主的に夜ご飯作りに名乗り出た。
とりあえず、一人で考えたかったから。
「……っ!」
そんな自分が不甲斐なくて、悔しくなる。
鍵斗くんはいつも言っていた。
陽向さんみたいにコミュニケーション能力があればって。でもさ、私だって鍵斗くんが羨ましいよ。
敵の攻略法とか、みんなの気持ちを明るくする方法とか、そういうのを考えるのは得意。
でも、何もわからない状態から解決策を思いつくのは苦手。
鍵斗くんみたいに、状況解決能力があれば……鍵斗くんを救える方法を思いつけるかもしれないのに。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
ふと前を見てみると、そこには穂火ちゃんと零くんが文句言いながらもテレビを見ている姿が見えた。
急に降って来たリーダーの重圧。
そっか、鍵斗くんはいつもこんな気分だったんだね。
「……よし!」
「……!?」
突然大声を出した私に驚く二人に、私は笑顔でこう言った。
「今日のメインは青椒肉絲だよ!」
「は、はい!」
二人は緊張しているのか、高い声でそう答えた。
私は細かく切ったキャベツを皿に乗せ、二つのミニトマトを添える。そして炊いておいた白ごはんを茶碗に入れ、最後にメインの皿に青椒肉絲を乗せて、二人に出した。
そして、私はエプロンを片付けながらこう伝える。
「ごめんね、用事思い出したから私出かけてくる」
「……? 遅くなりますか?」
穂火ちゃんがそう言ったので、私は歯を見せて笑ってこう言った。
「可愛い後輩を置いて長時間外出はしないよ! でも、ちょい長くなるかも、二人の時間楽しんで!」
私がお気楽にそう伝えると、二人はニコリと笑ってくれる。
青椒肉絲、美味しく食べてくれると嬉しいな。
などと思いながら、私は家を出た。
「……よし!」
私は私だ。鍵斗くんのようにはできない。だから、せめて笑顔と行動力を捨てるな。
やれることを、やりきれ。
久しくリーダーなんてやってなかったけど、中学生の頃はクラスのリーダーとして頑張ってたんだから、これくらいできる。
私は走って寺に向かった。
そして、霊奈さんを見つける。彼女は寺の敷地で一人、ベンチに座って黄昏ていた。
「こんな時間に何の用だ?」
「すみません、夜にお邪魔しちゃって」
私は膝に手を置きながら、ゼーハーと息をする。なぜ山奥にあるのだろうか、この寺は。
すごく疲れました。
私は息を整えてから、彼女を見てこう伝えた。
「お願いします、霊奈さん。鬼について教えてください」
すると彼女は、呆れたようにため息を吐いて、こう言う。
「今日、ツキバアから聞いた。空錠鍵斗が鬼の調査に出て、帰ってこなかったと。桃木躍兎の情報も伝わっている。まったく、一言くらい、鬼に会いに行くと言ってもらえればこちらも手伝えたものを……」
困ったように自分の髪をいじった霊奈さんに、私は静かにこう伝える。
「……でも、それが鍵斗くんなんです」
「独りよがりな努力がか?」
「はい」
「……わかってるなら、お前たちが止めるべきだったな」
鋭い言葉をかけられて、私は動きを止める。
「……」
私はどこかで、鍵斗くんが無敵だと思っていた。
今まで、どれだけ私が無茶をしても、彼がどうにかしてくれていたから。
でも、それは甘えだったのかもしれない。
私は、頭を下げてこう返した。
「馬鹿な私にチャンスをください。もう一度、鍵斗くんに会いたいです。だから……」
ポンっと、私の頭に優しい手が当たる。いつもは厳しいその手の平が、今は私の心を温めた。
「安心しろ……とは言えないが、空錠鍵斗の捜索は進んでいる。シーラもこちらに来ていると伝えがあった」
「……じゃあ!」
「だが、見つかる保証はない」
「……」
霊奈さんは、私を見つめる。
彼女の瞳は、じゃあお前は何をする? と、伝えていた。それに返すように、私はこう言う。
「私に鍵斗くんを探せる技量はありません。だから……修行に励みます。帰って来た彼を支えられるように」
「いい返事だ。お前のいいところだな、イライラさせないのは」
「なんですかそれ」
私は微笑しながらそう返す。
必ず鍵斗くんが帰ってくるようにと、私は心の中で祈った。
桃木島から見える星空は美しい。
そんな星空を横切るように、流れ星が過ぎ去った。




