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アークロック  作者: 加鳥このえ
第二章 激突! 修行編!!
35/48

第35話 ダークネスムーンナイト

 ダークネスムーンナイト。


 アポカリプスカレーがグツグツと煮込まれている予定だったこの時間。


 空錠(くうじょう)先輩と陽向(ひなた)先輩の帰りは珍しく遅く、私は水沢(みずさわ)と協力して先に料理を作る作戦にでた。


 帰ってきて美味しいカレーが出来ていたら、先輩たちは喜ぶだろうと思っていたのだ。


 なのに! 材料を炒めるためには油が必要と知らず、材料を直で鍋で炒めて、しかも強火で、そして色々したら、鍋の蓋が吹き飛んだ。


 焦げた匂いがキッチンに広がる。


 そんなところに空錠先輩たちが帰ってきて、私は助けを求めた。


 なのに、先輩たちはそっとドアを閉めてどこかへ消えたのだ。


 なんたる心無い行動だろう。


 わたしは、私は……失望した。


 ザ・ダークネスペイン!


 私の心は深い傷を負ったさ。


 それが悲しくて、前も見ずに手を動かそうとした。


 そこに、水沢の手がやって来る。私の手を素早く掴んで、そして自分の方へ引っ張った。


「危ないぞ」


「……」


 彼は、なんの気もなしに私の手に触れる。


 絶妙な力加減だ。


 もう少し力を入れていれば、私は水沢の腕の中にいただろう。


 だが悪いな。


 私、山田穂火(やまだほのか)はそれに全くドキドキしない。


 なぜか、理由は一つである。


 私の手に触れていたと気付いた水沢は青ざめて、全力で自分の手を洗い始めた。


 本当に、イケメンが台無しになるレベルで腹が立つ。


 私は、なんでぃそんなに私が嫌いかよ! と腹を立てながら、ふと横を見た。


 私が手を置こうとしていた場所には、まだ熱々の鍋があった。


「……!」


 水沢は、先輩たちに意識を奪われて火傷(やけど)しそうになっていた私を助けてくれたんだ。


 それがなんだか嬉しくて、私はそっと彼に(さわ)られた腕に()れたんだ。


 そしてタオルで手を拭いている彼を見て、こう思う。


 やっぱり嫌いだ。


「……女の子としてじゃなくて、穂火として見てって言ったのに」


 私がそう言うと、水沢は申し訳なさそうに下を向いて、こう返してきた。


「……悪い。でも、僕がこうやって話せるのは山田さんだけなんだ。それに、手を洗ったのはもう僕の癖なんだよ、許してくれ」


「そっか……じゃあ許さん」


「なんでだよ」


 私たちは、特に謝ることもなく作業に戻る。


 あのビーチでの一件以来、水沢はどこか私に心を許しているかのような喋り方をする。これが彼の素なのだろうか。


 先輩と話す時は元気な敬語だからわかりにくいけど、水沢の声は低くて、格好良かった。


 まあそんなことはどうでもいい。


 今はダークネスクッキングだろう。


 私は水沢を見てこう言った。


「改めてレシピを見よう。やっぱりオリジナルでやるのは無茶があった」


「当たり前だろ、だから僕は最初からそのままやろうと言ったのに、山田さんが変なことするから」


「……む! でも最初にミスしたのは小さじを大さじで入れた水沢だし」


「……あのなあ!」


 私たちは、ふとお互いのツンッと不貞腐れている顔を見た。


 それがなんだか面白くて、笑ったんだ。


「ぶっ、はは!」


「……な、何笑ってるんだよ」


「ううん、別に」


 笑う私の何が気に入ったのか、水沢は頬をほんの少し赤らめてから、髪に触れてこう言った。


「……とにかく、山田さんもミスらないように」


 私はその『山田』が気に入らず、こう返す。


「待って、山田じゃなくて、穂火(ほのか)でいいよ」


「……なんで」


 私は、光属性なわたしを思い出して、こう言った。


「私も零くんで呼ぶからさ。ほら……アークロックって、やっぱり先輩二人がメインでしょ? だから、なんとなく、同じ年齢の零くんと仲良くしたかった」


「……そうか」


 彼が私の思いを聞いて、どう考えているかなんて知らない。でも、少し考えた彼は、こんなことを言ったんだ。


「初めてだな、家族以外で、人を呼び捨てで呼ぶなんて」


「……?」


「穂火」


「……!?」


「さんは他人行儀だし、ちゃんはキモいからな」


「そ、そうね」


 私は動揺して、普段は使わないようなお姉さん口調で返してしまう。


 本当に、こんなちんちくりんな私が零の横に並んで立てるなんて、奇跡のような展開だ。


 でも、なんでかな……色々見てきたから、零のことは、そういう目で見れない。


 なんというか、弟なのだ。


「それじゃあ(れい)


「呼び捨てか?」


「さんは他人行儀なんだもんね」


「……そうだな」


 零は照れているのか、前髪をいじりながらそんなことを言った。


 そして、気が動転したのか、皮を取り除いていたじゃがいもを投げてくる。


「ほら」


 私は危ないと思い、それを鍋の上で、まな板を使わずに切った。


 すでに火は止めてある鍋の中にじゃがいもは落ちる。


 焦げた玉ねぎの上に着地した。


 それを見た零は目を大きく開けてこう言う。


「物理法則どうなってんだよ」


 私は日々の地獄のような槍の修行を思い出す。どうやら、気づかないうちに動体視力と刃物の扱いが上手くなっていたようだ。


 私は苦笑いしながら、「とにかくレシピ通りに作ろう。じゃあ水入れます」と言った。


 零は唖然としつつも、協力してくれた。


 そして、レシピ通りに完成した!!!


「って! 炊飯器回すの忘れてたああああああッ!!」


 完成したホクホクのカレーを横に、私たちは米を()ぐ。


 でも…‥この時の私たちは知らなかったんだ。


 鍋の蓋を閉じているせいで、中がどうなっているのかを……。


 レシピ通りに作ることに必死で、私たちは一度も中を覗いていなかった。


 味見もしていなかったのだ。


 ■□■□■


 突然ですが、自己紹介を! 私の名前は陽向灯里(ひなたあかり)


 現在、鍵斗(けんと)くんとデートならぬ散歩をしています。


「おお〜! 桃太郎ジュースだって! 飲んでみよー」


 この島には自動販売機が多い。売られている商品はほとんどが桃太郎なんたらで、この島のどこかで製造されているらしいのだ。


 私はその桃太郎ジュースを指差した。


「美味しそう! 桃味らしいよ!」


「本当だ、僕も飲んでみようかな」


「いいね〜!」


 私たちは軽い会話を交わしながら、自動販売機のボタンを押す。そして電子決済し、「ももたろう!」の声と共にガシャンとジュースが落ちてくる。


 私がジュースを取ろうとしたら、鍵斗くんが「いいよ」と言いながら、私の分も取り口から取り出してくれた。


 優しいなーもう! などと思いながら、私はジュースを受け取る。


 鍵斗くんは「キャップ開けようか?」と言ってくれたが、私は「もーまんたい!」と言ってみせた。


 ここ最近、鍵斗くんがなんだか優しい。でも私にはわかるよ、君の気持ち。


 そう! 鍵斗くんはリーダーとして、頑張っているのである!


 そんなことを考えながら、私たちは二人で『桃太郎ジュース』をがぶ飲みした。


 美味しすぎてすぐに空になった桃太郎ジュースの容器を近くのゴミ箱に捨てる。ペットボトル専用のゴミ箱にはかなりの数の桃太郎ジュースの容器が入っていて、これがこの島のソウルフードなのだと感じられた。


「さて、もうそろそろ夜ご飯が完成された頃合いかな?」


 鍵斗くんは頷き、こう返してくる。


「かなり歩いたね。もう食べ終わってるくらいかも」


 私はぐ〜っとお腹を鳴らしながら、よだれを垂らしてこう言った。


「じゃあ早く帰ろう! 待ちきれないよ!」


 私たちはそんな話をしながら、そそくさと家に帰る。


 そして、玄関を開けた! 刹那(せつな)鼻腔(びこう)をガサガサと触れてくるような焦げた匂いに襲われた。


 お腹の虫も鳴くのをやめてしまうような臭い。私の笑顔は一瞬にして消えた。


 不安になりながら……私たちはリビングに入る。


 そこにいたのは、やけに肩を落として椅子に座る穂火(ほのか)ちゃんと(れい)くんだった。


 二人は喋ろうともしない。


 その暗すぎる空気を明るくするために、


「陽向ちゃん帰宅〜! とっても美味しそうな匂い!」


 と言った。


 なのに、なのに! 鍵斗(けんと)くんは「うっ! なんだこの匂い!」などと言いやがったのだ。


 穂火ちゃんは「は、ははは……」と乾いた笑いを浮かべる。


 私は恐る恐る皿の上に乗る物を見た。


 それはまさにダークマター。


 真っ白なお米の横にかけられたのは、真っ黒なカレーのようなもの。


 これは、明らかに煮込み過ぎ、火力強すぎだ。


 私と鍵斗くんは目を合わせた後、諦めて席に座る。


 まず言っておく。食材を無駄にするわけにはいかない。


 私は「でも、食べてみないとわからない!」と言いながら、スプーンを手に取る。


 そして「いただきます!」と言いながら一口食べた。


 アニメのように、おげええええ、と吐くわけでもない。さりとて、絶賛するほど美味しいわけではない。


 どこか不快感を残す、絶妙に食欲をそそらない味。


 口の中でジャリジャリとした食感を残したのはなんの野菜だろうか。


 お米も水が少なかったのだろう。めちゃくちゃパサパサしている。


 なんというか、リアルな不味さであった。


 食べられないわけではない。ただ、食べたいわけではない。そんな味。


 合宿が始まって三日目の夜の食卓は、話し声もなく、みんなが動かすスプーンの音だけが広がった。


 そんな感じで、三日目の夜は終わります。

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