第34話 消えたアークと、相棒の証明
「ごめん、鍵斗くん……わたし……わたし……アークが、無くなっちゃった」
瞳孔を揺らし、明らかなパニック状態の陽向さん。そんな姿、初めて見た。
なのに彼女はハッと我に帰り、「たははー」などといいながらガードレールに触れたんだ。
そして夕日を見ながら、淡々とこう語る。
「ほらさ、アークがあるってなんかわかるじゃん。心の中にモヤモヤがあるなーみたいなの。それがさ、修行してたらパッと消えちゃって、焦っちゃったー、あはは!」
その乾いた笑いは、僕に危機感を与える。
陽向さんは、失敗をしたらしおらしくなる。でも、今回は違った。
そんな空元気を見せられたら、僕でも心配になる。
陽向さんは空気を読む力が強い。だからこそ、動揺した陽向さんを見た僕が、一瞬引いてしまったのを感じたんだろう。
ゆえに、咄嗟にいつもの自分という皮を被った。
アークロックでの日常が大切だから、それを失いたくなかったのだろう。
僕は、そんな彼女の肩にポンと手を置く。ビクッと肩を震わせた陽向さんをあえて無視して、僕はこう続けた。
「昨日の夜に言ってくれたよね、アークロックが大切で、入れたことが嬉しいって」
「うん」
「でもさ、それはアークがあったからじゃないよ。陽向さんはもうアークロックに必要不可欠な人物だから……アークが無くたって、見捨てたりしないよ」
僕がそう言うと、彼女は目に光を取り戻し、ゆっくりと僕を見た。そして、か細い声でこう言う。
「ほんと……?」
「本当。相棒でしょ? 信じてよ」
すると、陽向さんの顔に笑顔が戻り、いつもの調子でこう言った。
「ありがとうっ! ほんと、最高のパートナー!」
「いえいえ」
僕は微笑みながら謙遜する。そしてこう続けた。
「でもアークが消えたってどういうこと? 僕みたいに、元々才能がないならわかるけど、陽向さんレベルのが消えるなんて考えられないよ」
「でも……なんかさ、ほら! もももっ! っていう力の輪郭かな? それを感じられなくなったんだよね」
「……?」
僕は理解ができず、とりあえず陽向さんの背中側に回った。
「よくわからないから、一旦アークを開けるよ?」
「り! ばっちこい!」
緊張しているのか、陽向さんの体は固まっている。よく見ると頬を伝う汗が見えた。
それがなんだか解釈不一致で、僕は陽向さんの脇腹をくすぐったんだ。
「え!? ちょ! ぎゃははははは! せ、セクハラだって〜!!」
「はいはい、じゃあ開けるね」
陽向さんは力を失うことにトラウマでもあるのだろうか。やけに緊張していたので、とりあえずくすぐってほぐしてから……桃色の鍵を背中に挿してアークを開けようとした。
黒いモヤ。そこに手を入れ、いつものように開けようとし……。
だが刹那、強い想いが僕を襲う。
「来るな、余に触るな……空錠鍵斗ッ!!」
「……ッ!」
バチンッッッッ、と僕の手は強く弾かれた。肩の関節が痛みを叫ぶ。
なんだ今のは……アークに拒絶された?
陽向さんのアークリオンは何かがおかしいと思っていたが……まさか、アークが意思を持っているのか。
それで、警戒された? だから、アークが隠れたのか?
カンッカンッと音を立てながら、弾かれた陽向さんの桃色の鍵は道に転がった。
僕はそれを拾いながら、陽向さんに説明する。
「ごめん、僕のせいかもしれない」
「……鍵斗くん?」
「あの時、陽向さんがアークリオンになった時、僕は君のアークを閉じた」
「うん」
「そのせいか、警戒されたんだ。だから、君のアークは姿を隠した。理由はわからないけど……陽向さんのアークは他と違う、意思がある」
僕が深刻に思いながらそう語ると、なぜか彼女はホッとしたようにこう言ったんだ。
「じゃあ、消えたわけじゃないんだ」
「……それは、そうだけど」
僕がそう言うと、陽向さんは安堵したのか「どわー! 心配して損したー! 隠れてるだけなのかー」とガードレールに腰をかけて言う。
僕は呆れながらこう返した。
「ええー? 深刻そうだったのに、いいの? 使えないんだよ?」
すると陽向さんは、いつもの調子でこんなことを言ったんだ。
「いいよー! だって、アークが無くても仲間なんでしょ? それに、隠れてるだけなら、仲良くなって引っ張り出しちゃえばいいだけだし」
楽観的だなと思いながらも、僕はその笑顔に絆される。
陽向さんはずるいのだ。
こうやって、いつも僕の心を平常心に戻してくれる。
「さて、鍵斗くんよ! 話を聞いておくれ、今日の修行は大変でね、まさかの坐禅に加えてこのでっかい山を歩かされて、端っこから端っこにある寺まで、いろんな寺で祈りを捧げたんだよ。ほんと、足パンパン」
いつもの調子に完全に戻った陽向さんを見て、僕は安堵する。
そして冗談で「そんなに疲れてるなら、おんぶしてあげようか?」と言うと、陽向さんは「いいねー! おりゃ!」などと言いながら僕に飛び乗ってきた。
ほ、ほ、本当にこの子は! 僕をなんだと思っているのだろうか。
異性なのに、ここまで密着されるなんて警戒心がなさすぎる。
でも緊張しているのは僕だけなのか、陽向さんは静かにこう言ってきたんだ。
「ありがとう、相棒」
僕はそう言われて、少しだけ彼女に心を許す。
ズボン越しに伝わる彼女の筋肉は張っている。本当に頑張ったのだろう。
僕はそんな彼女に敬意を示しながら、今日のことを話した。
「ねえ、陽向さん」
「なあに?」
「今日はね、鬼について調べたんだ……」
修行が始まって三日が経った。六日間の修行のため、ちょうど折り返し地点だ。
時間が経つのは早いななどと思いながら、僕は陽向さんをおんぶしながら、彼女と話して、家に帰った。
でも疲れてるのか、陽向さんは帰宅途中で寝てしまう。僕の耳元で聞こえたささやかな寝息は、不思議と僕の心を癒した。
■□■□■
さて、忘れていたが今日は三日目である。僕、陽向さんと料理当番が続いて、三日目は魔の一年生組の料理である。
僕はそれをすっかり忘れて、寝ている陽向さんを起こさないように足で頑張ってドアを開けて、家に入ったんだ。
刹那、爆発音と共に鍋の蓋が飛んでくる。
「……どわっは!?」
僕はそれをしゃがんで避ける。何が起こっているのか、それは直感でわかった。
そう、料理が苦手な二人が協力しつつ頑張ってダークマターを作っていたのだ。
ブクブクと泡を吹く鍋を見て、僕は苦笑いを浮かべる。その焦げた匂いに反応したのか、陽向さんも「ふがっ!」と目を覚ます。
僕から降りた彼女は、目を擦った後、かわいく欠伸をして、もう一度目を擦った後、目を丸めてこう言った。
「……え!?」
そして僕を見て、こう言った。
「……え!?」
申し訳ないが、僕を頼らないでほしい。僕だって、鍋の蓋がブーメランのように飛んでくるほどの爆発を起こす料理を知らないのだ。
台所では、穂火ちゃんと零くんが喧嘩しながらも作業していた。
「だから言っただろ! 火力が高ければいいってもんじゃない!」
「で、でも! 水沢だって、小さじで三杯なのに、大さじスプーンで三杯入れてたもん!」
「仕方ないだろ! 大さじスプーンを見たことなかったんだから、あれが小さじだと思ったんだ」
「もー! こんな時、先輩たちがいれば! なんで帰ってくるのが遅……」
その時、僕の視線と穂火ちゃんの視線が交差する。
彼女は助けを求めるような表情を浮かべたが……僕は彼女たちのためにならないと判断し、僕と陽向さんはバタンとリビングのドアを閉めた。
そして、そのまま笑顔で家を出た。
「そんなああああああ!!」
断末魔が聞こえたが、教育には鞭が必要なのである。
僕と陽向さんは苦笑いしながらも、夕方の島を歩く。
三日目の夜、穂火ちゃんらしく言うなら、ダークネスナイト。とんでもない料理が出てきそうな夜が……始まります。




