第33話 誰にも言えない秘密
アークリオンは、度々現れる。
だが、その理由は『プラネッツ』という組織が人のアークを開けて回っているからだ。
つまり、リアムさんがアークリオンになったのは、プラネッツの関与があるということ。
だが、そんなことがあり得るのだろうか。
桃木島は、いつも僕たちがいる場所から離れている場所にある島だ。
可能性は低そうに思えるが、とにかく、それはなんでも聞けと言ってきたツキバアに訊けばいいだろう。
僕は近所のお店に入り、桃太郎カレーを食べた。
まずは腹ごしらえ。それからは、躍兎くんについて調べる。
躍兎くんの母であり、この島を管理する町長の奥さんに会いに行く。
名前は確か、桃木玲那さん。
「……」
しかし、美味いな。
僕は桃太郎カレーを口に運びながら、ふとそう思った。
この町には、桃太郎がいっぱいだ。
■□■□■
師匠から聞いておいた電話番号でアポを取った後、僕は玲那さんに会いに行った。
時刻は二時。まだ躍兎くんは学校に行っているのか、家にはいなかった。
「あら、鍵斗くん、こんにちは! 何か悩み事かしら?」
僕は「はい、聞きたいことがあって」と玄関で言った。
玲那さんは親切で、「暑いでしょ! ほら、麦茶入れてるから入ってきて」と、僕を中に入れてくれた。
そこは、吹き抜けで風を開放的に感じられる……まさに夏といった家だった。風鈴の音がチリンとなる。
僕は座布団の上に座り、出された麦茶をいただいた。そして、机を挟んで向かいに座る玲那さんと話をした。
「家はどう? 何か困ったことでも起きたの?」
「いえ、家はとても快適で、僕の仲間なんて泣いて喜んでいました。……今回はそのことじゃなくて、躍兎くんについて聞きたいんです」
「……!? 躍兎がまた何かしましたか!? ごめんなさい、ほんと悪ガキで」
「いえいえ! 躍兎くんはいい子です。僕は彼に救われましたし」
僕のそのセリフに驚いたのか、玲那さんは目を丸めていた。そんなにびっくりするなんて、普段はどんな子なんだ、躍兎くんは。
とにかく、僕はこう続けた。
「その……躍兎くんに言われたんです。鬼は悪者じゃない、大人は鬼を金儲けに使っている……と」
僕がそう言うと、玲那さんは俯いて少し考えた後、小さなため息と共にこう返した。
「珍しい、金儲けまで言うなんて……躍兎はあなたを信用しているのですね」
「……というと?」
玲那さんは一拍置いて、こう言い始める。
「まず、躍兎の言うことは子どもの戯言です。ただ……金儲けというのは否定できません。特に歴史を知らず、桃太郎という文字をつけるだけで売れるのですから」
「……躍兎くんは、それに怒っているんですか?」
「どうでしょう。親の心を子どもは知らないものですが、逆もまた然りなのでしょう。私は躍兎について深くは知らない。こんな時、夫がいればいいのですが……」
僕は言葉を詰まらせた玲那さんを見て、思考を巡らせる。こんな時、陽向さんがいたら良い感じにフォローしながら情報を引き出していたのだろう。
だが僕はどう声をかけていいのかわからず、黙ってしまう。
しかし、玲那さんはその空気を読んだのか、こう続けてくれた。
「すみません、少し話が暗くなりましたね。……今日は珍しく、躍兎は学校に行ったんです。お兄ちゃんと話したとだけ言われたのですが、そのお兄ちゃんとやらは鍵斗さんなんですよね?」
「はい」
「そうですか、それはありがとうございます」
カランッ、と麦茶の中の氷が動いた。
こちらからお邪魔したのに、僕のコミュニケーション能力が低いせいで、気まずい空気が流れる。
申し訳なくなり、お礼を言って去ろうとした。
そこに、躍兎くんが帰ってくる。
「ただいまー! って! 鍵斗!」
躍兎くんはランドセルを放り投げて、僕に近づいてきた。そしてサッカーボールを持って、目を輝かせる。
僕は玲那さんを見た。彼女は「時間あります?」と僕に訊く。僕は頷いた。
すると、玲那さんは微笑んだ。
僕は仕方ないな、と思いながら、躍兎くんと外に出る。
そしてサッカーボールを持って、道路で追いかけっこをした。
躍兎くんの笑顔は溌剌としていた。出会った時とは見違えるほど。
だからこそ、僕は彼に訊けたんだ。
「ねえ、躍兎くん」
「なんだ?」
「鬼について、何か知ってるの?」
「……!」
躍兎くんはわかりやすく動きを止める。そして、しばらく考えた後、こう言ったんだ。
「誰にも言うなよ?」
「うん」
僕は真摯に頷き、彼に案内されるがまま、あの洞窟の入り口があった場所に向かう。
そこに着いて、僕は驚いた。
なんと、消えていた洞窟の入り口が復活していたからだ。
僕は、震える躍兎くんの手を握る。
鬼は恐ろしい。あの拳を直に受けた僕だからこそわかる。
でも、それは勘違いだったようだ。
僕に陽向さんのような察する力があれば、この事件はすぐに解決していたのだろう。
躍兎くんは、震えた声でこう言った。
「絶対に、誰にも言うなよ?」
「うん」
鈍感な僕でも流石にわかる。彼が震えているのは、隠しているゆえのもの。
思い返せば、彼は鬼に驚いていなかった気がする。
鬼が現れて動揺したのではなく、僕が殴られたから動揺していたと考えると、不思議とあの表情にも合点がいく。
そんなことを考えていると、躍兎くんがやけに小さく見えた。
強い子だから気づかなかったが、この子はまだ小学生なのだ。
僕は膝を曲げて、躍兎くんと目線を合わせる。
そして、笑顔でこう言った。
「大丈夫だ、オレを信頼しろ。何があっても、オレが守るから」
オレは躍兎くんの頭を撫でる。すると、躍兎くんの震えは止まり、こんなことを言ってきた。
「……へへ! いいやつだな、お前」
「だろ?」
「でもさ、なんで『オレ』なんだ? 『僕』って言ってるだろ? いつも」
「……うっ」
痛いところを突かれると感じた。
なんと子どもゆえの直接的な質問だろうか。陽向さんたちもおそらく気づいていたが、無視してくれていたこと。
それは、僕の一人称の変化。
言えば恥ずかしいような使い分けだが、相手が小学生ということもあり、素直に言えた。
「僕はね、弱いんだ。立ち向かうのにも、足が震える。でも、それでも自分を奮い立てるために……『オレ』を使う。だって、オレってかっこいいじゃん!」
「……へへ! そうか、よくわからねえが、いいな!」
躍兎くんは鼻をすすりながらそう言った。僕は「さあ、次は君が秘密を話す番だよ。教えて」と優しく言う。
躍兎くんは僕を信頼してくれたのか、こう言ってくれた。
「鬼は……悪者じゃない。
なぜなら鬼は……」
■□■□■
桃木島には、暗い噂がある。
観光地として有名になり、人で栄えたその島は、まるで代償のように神隠しが起こる。
警察による捜査は続いたが、熊などの野生生物によるものだと結論付けられることがほとんどだった。
でも、真実は違った。
人が消える理由。それは……。
■□■□■
躍兎くんはこう言った。
「なぜなら鬼は……オレの父ちゃんだからだ」
「……え、ええ!?」
「でも……!」
僕の驚きをかき消すように、躍兎くんは大声でこう言った。いや、涙ながらにこう言ったんだ。
「父ちゃんは、ずっと苦しんでいる。鬼になって、母ちゃんに会えずに、一人で……洞窟の奥にいる。
なあ、鍵斗」
スズッという鼻をすする音と共に、彼は言った。
「父ちゃんを……助けられないかな?」
僕は無敵でも、最強でもない。
ましてや神ですらない。
だから、適当な約束はできなかった。
でも、それでも……オレはアークロックの一員だから……こう宣言したんだ。
「大丈夫、オレがいる。助けよう、お父さんを」
僕には両親がいない。だからこそ、いない悲しみは理解できるから。
躍兎くんを助けたいと思ったんだ。
躍兎くんは出会った頃からは想像できないほど、甘えるように僕に抱きついてきた。そんな彼を、僕は抱きしめ返す。
しばらくすると彼の涙は収まり、僕は彼とサッカーをした。
洞窟は開いている。
躍兎くんによれば、いつも開いていると言っていた。でも僕が来た時は開いていなかった。つまり、躍兎くん自身が洞窟を開く鍵の可能性が高い。
洞窟の中の探索は鬼の解明において必須だ。でも、今の時刻が昼の四時ということもあり、明日に回すことにした。
何より、アークリオンの発生についてツキバアに聞いてないしな。
そんなことを考えながら遊び、時刻は六時になった。僕は躍兎くんを家に帰し、また明日会う約束をして、僕も家に帰った。
今日の夕日はやけに赤くて、熱を持ったアスファルトを照らし続ける。木陰に入って一息ついたタイミングで、焦ったように走って来た陽向さんを見た。
そんな彼女に、僕は今日の成果を伝えようとした。でも、そんな雰囲気ではなかったんだ。
瞳孔を揺らし、明らかにパニックになっている陽向さんは、僕に対してこう言った。
「ごめん、鍵斗くん……わたし……わたし……
アークが、無くなっちゃった」




