第32話 伝える勇気
三日目がやって来た。
僕らは同じ机で朝ごはんを食べる。
僕が早起きして炊いた白ご飯と、ついでに作った味噌汁が並ぶ食卓。お好みで、梅干しやお漬物を各々食べていた。
不思議なもので、テレビを見ながら食事をするのはなんだかノスタルジックな気分になる。
最近はスマホばかり眺めていたからか、こうやってみんなと同じものを見るのは、会話の種にもなってありがたいと思っていたが……どうやらみんなにそんな元気はないらしい。
ゲソーっとしながらご飯を食べる三人。
昨日体験した感じ、みんなはかなりのハードな修行をしているため、疲労もやむなしだろう。
僕はリーダーとして、朝ご飯は僕が作ろうと決めた。
さて、そんな食事を終えて、僕たちは一緒に家を出る。三人はトボトボと歩きながら修行場所に向かった。
その背中は、どこか哀愁を感じる。
「……さて」
僕、空錠鍵斗はこれから何をするか。
仲間の修行を見に行くか、それとも鬼に関することを調べるか。
二択だったがとりあえず、鬼に関して調べることにした。
理由はたくさんあるが、何より、陽向さんや穂火ちゃん、零くんが安心して修行に励めるように、僕が危険を排除したかった。
決めたんだ。
僕は僕自身で課題を作って超えていくと。
僕の課題は一つ。
リーダーとして成長すること。
まずは、みんなの安全を確立するために、
不明瞭な鬼について調べよう。
そう思って、まずは観光案内所へ向かった。
みんなには申し訳ないけど、ぶっちゃけ今日は観光日だ。
□■□■□
豊かな自然が高く評価されている『桃木島』は、桃太郎伝説がある。
かの桃太郎がこの地で鬼を討伐したという伝説だ。
そのせいか、この島には至る所に桃太郎がいる。旗であったり、石像であったり、マンホールであったり、挙げ句の果てには自動販売機にまで桃太郎がいる。
僕は、桃太郎自販機で『桃太郎お茶』を買った。百八〇円もしたのに、至って普通の味である。
さて、そんな桃木島だが……僕はそこで鬼を見た。
つまり、伝説は伝説ではなく現実であった可能性が高い。
躍兎くんが言っていた、
『鬼は悪者じゃない』『大人は鬼を金儲けに使っている』
の二つは強く気になる。
躍兎は多分何かを知っている。……が、彼は補習という罰ゲームで学校へ行っているはずだし、今はまだ会えないだろう。
とりあえず昼になるまでは、時間潰しも兼ねて、色んな人に話を聞こうと決めた。
僕は観光案内所に入り、鬼について聞いた。
だが、特に追加情報は得られず、貰えたのはパンフレットとソフトクリームの割引券だった。
僕は観光案内所内にあるお店でソフトクリームを買う。
そして、それを舐めながら街を回った。
島というだけあって、当たり前のように海がある。
潮風が僕の髪を揺らし、遠くに見えるビーチからは人々の笑い声が聞こえた。
反対側を見ると、青々しい山が広がっている。
その間には小さな集落があり、この舗装された道もやけに爽やかで、どこか落ち着く島であった。
パンフレットを見ると、どうやら大きな山の中に鬼の棲家があるらしい。
今はないが、伝説では、
桃太郎は鬼の信頼を得て、秘密の通路から中に入り、秘宝を壊して鬼の王を討伐したとある。
聞くだけ聞けば、桃太郎が裏切って不意打ちしたやべえやつなのだが、それでもこの町に愛されているのだから、鬼は人を襲う悪いやつであったのだろう。
僕はソフトクリームを食べ終え、近くの神社に寄る。観光がてら、鬼が見つかりますようにと祈っておいた。
「Hey! You there!」
そこに、謎の英語が投げかけられる。
僕はふと彼を見た。
そこにいたのは、あの更衣室で僕に声をかけて来た、謎の陽気外国人であった。
まったく、僕は英語が話せないのだから話しかけないで欲しい。
「Hey, sorry to bother you—could you tell me where the restroom is?」
僕は英語を話せない。なのに、彼は話し続ける。見捨てることもできずに、僕はスマホを取り出して、
「すみません、英語わからなくて……」
と言いながらスマホを見せた。外国人男性は呆れつつも、僕のスマホに触れて、英語を打ち込んでもらった。
それを翻訳して確認すると
『すまない、トイレはどこかわかりますか?』
という文になった。
僕は頷いて、『案内しますよ』を翻訳した画面を彼に見せた。
彼は「Thanks!」と返してくる。
僕は、彼と一緒に歩いた。
でも、話が盛り上がるわけでもなく。ただただ、隣を歩いたんだ。
「……」
僕は黙って彼を見る。
陽気で、なんの悩みもなさそうな人。
今の僕とは正反対だ。
日本人の僕と話しているというのに、彼は英語しか使わない。日本にいるのに、日本語を話そうともしないのは、努力が足りないのではないだろうか。
そんなことを思いながら、僕は彼をトイレに案内した。
彼は陽気に笑いながら、笑顔でトイレに行く。
待つ必要は無かったのだろうが、心配だったので僕はトイレの前で彼の帰りを待った。
「がるらぁ」
刹那広がる、周囲の空気を一変する、強いプレッシャー。僕のスマホを触る指が止まる。
トイレから帰って来たのは、全身に口が付いている、アークリオンだった。
「嘘だろ!?」
まさか合宿先でアークリオンと遭遇するなんて、予想外だった。プラネッツがいるのか、いや、そんなことを考えている場合ではない。
僕は急いで地面に黒の鍵を挿す。
さあ、意外と久々のアークリオン退治。ここいらでいっちょおさらい!
アークリオンの分離の前に、まずはフィールドを作らなければならない。
この黒の鍵を地面に挿して回すことで、特殊なフィールドを張り巡らせ、現実とそっくりな世界を作り出すことができる。
そして二つ目の準備。
オレは自身に身体能力強化の鍵を挿す。
これは、基礎鍵と呼ばれる、アークが宿っていない鍵。
「……ッ!」
オレは上がった身体能力で口がたくさんついているアークリオンの音波攻撃を避けた。
無数の口から放たれる咆哮により、トイレの壁が砕かれる。
黒の鍵の真髄はここ。
作り出した別の世界では、どれだけ物を壊しても……地面に刺さった鍵を抜くだけで元に戻る。
オレはキーハートを虚空から取り出した。
これがオレの自慢の武器、キーハート。物心ついた時から持っていた、鍵の力を扱える特別な武器である。
僕はキーハートに穂火ちゃんの赤の鍵を挿し、炎のアークを刀身に宿らせる。燃える斬撃を飛ばし、炎の壁を作った。
アークリオンは咆哮を放つ。しかしそこにオレはいない。上がった身体能力で背後を取り、簡単に白の鍵を挿し、回した。
これが、アークリオンの倒し方。
まず、アークリオンと人を分離する。
オレはアークリオンと陽気な外国人を分離し、気絶したまま倒れる陽気な外国人を受け止めながら、分離されたアークリオンを見る。
これが、第二形態のアークリオン。暴走しており、怪物となる。
口が肥大化し、その中に目が現れる。
ここからはアークリオンの火力も上がり、骨が折れるのだが、
分離前は宿主の体を傷つける可能性があるため強い攻撃ができないが、第二形態からはこちらも容赦なく狩れるため、本気を出せる。
正直に言うと、手加減しなくていいのは楽だ。
僕は走りながら、炎の斬撃を飛ばしてアークリオンの体を切断する。
(……こいつ! 弱い!)
簡単に切断でき、最後に近づいて炎の斬撃を直に浴びせ、アークリオンを撃退することに成功した。
これで、アークリオンは討伐完了だ。
僕は陽気な外国人に挿していた鍵を抜き取る。それは橙色の鍵に変わった。
アークは人に宿る。そのアークを抜き取ることはできない。だから、僕は『鍵使い』の力を使い、表に出て来た危険な力を心の奥底の箱の中に封じ込めるんだ。
その時に、うっすらと鍵にアークが刻まれる。僕はそのアークの残穢をキーハートでコピーして使っている。
さて、おさらいは終わりだ。
久しぶりの戦闘で、僕も情報を整理したかったのだ。
そして、黒の鍵を地面から抜き取る。
壊れたトイレは元通りに戻り、僕は陽気な外国人を担いでベンチまで連れて行った。
屈強な大人の男は……とても重かったです。
■□■□■
アークロックの仕事は、アークリオンを倒すことじゃない。幸せを守ることなんだ。
だから、僕は彼が目を覚ますまで横で待っていた。
時刻は昼。お腹がなる時間。
そんな時間に彼は目覚めた。
「Was I unconscious?」
彼は、そんなことを言いながら自分の手を見る。なんて言っているのかはわからない。
それが、昔はストレスに感じていた。
まあ昔といっても数時間前なのだが……。
「は、はろー……」
アークは『願い』から生まれる。
そのアークは暴走しやすい力で、アークリオンという形で前に出てくる。
だから、アークリオンは願いの現れでもあるのだ。
ゆえに気づけた。彼のアークリオンは口がたくさん付いていた。
はたして、それが何を意味するのかは明確にはわからない。
でもさ、僕にはこう見えたから。
「あいあむあ、けんと……くうじょう」
きっと、みんなみんな同じなんだ。不安で、心配で、だから殻に閉じこもる。
たぶん、あなたもそうだったんだ。
怖かったんだよね、日本語を話して、下手くそだと思われるのが。
僕だってそうだ。アメリカ人に向かって英語を話すのは怖い。
だから、逃げようとした。
僕は陽向さんと違って、感受性はそこまで高くない。共感力も。
だから鈍感で、人の気持ちに気づくのが遅れる。
でも、彼の悩みは不思議とわかったから。
僕ははにかんで、こう続けたんだ。
「のー、そーり。あいあむあ、いんぐりっしゅのーまん」
そして、スマホを見せる。
『僕の名前は空錠鍵斗。英語、苦手だけど……あなたと話したいから。英語で話してみました』
というのを翻訳してみせた。
彼は一瞬黙る。
そして、下を向いた。
人は見た目ではわからない。
屈強で、陽気そうなこの人も、僕と同じだったんだ。
彼はゆっくりとこう言う。
「ごめん……なさい。にほンご……むずかしくて……。わたし……リアムと……いいます」
僕はそれがなんだか嬉しくて、
「ぐっと! ジャパニーズぐっとすぴーく!」
と返した。
彼は不器用な笑顔を浮かべる。
不思議とあった心の壁も、どこか取り除かれたような気がした。
どうやら世界は、不透明な言語の壁で阻まれているらしい。
その後しばらく話した後、僕は彼と握手をして、別れた。
気絶が深かったおかげか、アークリオンのことは覚えていなかった。
だから、記憶除去の手間もなく済んだ。
そんないいやつ、リアムとは、心の友である。
ふと、リアムがぼんきゅっぽんな金髪美人とキスしているのが見えた。彼女だろうか。
僕は自分が惨めで惨めで悲しくなり、彼との越えられない『現実の差』を知った。




