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村の長

 家を出てまず向かったのは、村の長のいる家だった。

 この村が、形としては村である以上誰かが統治してはいる。ラオブという支配者はいるものの、彼は必要事項以外は話さないのだ。形としても村があるのなら、形としての代表者もいるのだった。

 つまり村長である。

 歳はまだ中年といったところであるが、精神的なプレッシャーからか、見た目は実際の年齢よりも老けて見えた。

 彼は前村長の実の息子である。

 その前村長は既に殺された。

それはつい数年前のこと。実際はプラス十年するのだが、エルの感覚からして、数年前。この村にラオブが魔霊化されて帰って来た時である。当時、その変わり果てた姿を見て当然村人は黙っていなかった。何故、どうしてと泣き喚いて、手を伸ばした。その時の見せしめとして殺されたのだった。

 何の躊躇いもなく。虫を殺すようにあっけなく。感慨もなく、感情なく。

 村の長とか、最年長とか、知り合いとか、お世話になったとか、老人とか、女とか、そういったあれこれは一切合切無視して、ただ効果的だろうということで、殺された。

 一瞬にして凍り付いた空気の中、ラオブはその場に立ち尽くす、否、母の亡骸に縋りつく現村長にして彼女の息子を、次の長として指名したのだ。

 奴霊召喚なるものを行われたラオブが、果たして村人のことを覚えていたかどうかは分からない。いや本来ならば、かつての記憶は全て消されているはずなのだが、それでも彼が指名したのは、正当な後継者たる実の息子だった。

 現実的に見るならば、ただ単に一番近くにいたから、ということになるのだろう。跪く彼に指をさして、一言二言話したのち、ラオブはその場を去った。

 それだけで、村人は十分に悟った。

 かつてのラオブは死んだのだと。姿かたちこそ同じだが、確実に別人だと。


 そんなことがありながら、今現在村長を担っている男の元へ向かう。

 自分の家と比べて一回り程大きい建物が村長の住まう場所だ。とは言っても、エルの家自体がさほど大きくはないので、一回りといえど豪邸と呼ぶには程遠い。

 それこそ大都市になればなるほど、この村など野原と変わらないような建物が山ほどある。その見てくれだけは過去と変わらない。

 実際に生活している人々がどうなっているのかは、想像したくもないが。

 ただ、この村から他所へ行ったことのないエルにとっては、この村長宅ですら大きく感じるのだった。

 太陽が真上にあるということは、時刻はお昼くらいだろう。この時間帯に彼が自宅にいるかどうかは分からないけれど、とりあえず戸を叩いてみる。

 最後に村長と会ったのはいつだったか。基本的に村人間の距離が遠いこの村では、用事もないのに会いに行くことは少ない。それこそ、彼ら兄弟と、幼馴染のトートのような関係でもなければ、さして関わり合いを持とうとは思わないだろう。

 ぼんやりと彼らのことを思い出しかけて、慌てて首を横に振る。思い出そうと思えばそれこそどこまでも鮮明に思い出すことは出来るだろうけれど、そうすることで次も精神を保っていられるかは分からなかった。明るい過去だけを頭に浮かべることはもはや不可能で、むしろ彼らとの別れのシーンばかりが脳内を埋め尽くしてしまいそうだ。

 戸を叩いてしばらくした後、ゆっくりと扉が開かれた。半開きの隙間から覗くように顔を出した村長の顔は、安堵の表情を浮かべたあと、一瞬の驚きを見せ、そして深く息を吐いた。

「久しぶり、と言っていいんだな。……アフターワードの息子」

 絞り出すように告げられたその声は、エルの知っているものよりも、ずっとずっと老いていたのだった。


「お久しぶりです、村長」

 村長は、突然の来訪にも関わらず、要件を聞く前に家の中へと通してくれた。エルの家の物よりも、これまた一回り大きい木製のテーブルに、向かい合って座る。

 やや間が合って、村長は静かに言葉を出した。

「本当に、本当に久しぶりだな、君の声を聞くのは」

 両肘をテーブルに置き、組んだ掌に顎を乗せた姿勢のまま、彼は続ける。

「君は、君自身のことをどこまで理解しているのかな……」

 その質問、否、単なる呟きは、エルがこの場に訪れた理由の核心を突いていた。村長もそのことを少なからず感じ取っていたのだろう。シンと静まり返った空気の中、エルは何も言えないままでいた。

 いや、勿論言いたいことや聞きたいことはあるのだけれど、何から話せばいいのか分からない。そもそも見た目も声も変わってしまい、自分の知っている人とはまるで別人なこの村長を目の前にして、緊張しているのかもしれない。お互いがお互いに沈黙し続ける中、不意に村長が口元を綻ばせた。

「それにしても、急に来たものだから驚いたよ。もしかしたら彼なのかと思って、びくびくしたものだ」

 この時の『彼』が誰のことを指しているのかは、名前を聞かずとも容易に想像ができた。だから最初に俺の顔を見た時安心したような表情をしたのか。

それから村長は他愛のない話(北の海岸に生える樹木には謂れがあるとか、最近は作物がよく育つなど)を少しして、また沈黙が訪れる。

 エル自身も、こうやって話してくれることで自分の心をほぐそうとしてくれているのだと気付いていた。

 気を遣われていた。

「……ありがとうございます」

 消え入るようなその声は、きっと村長には届かなかっただろう。だが彼は何かを悟ったかのように、口角を少し上げた。

「突然お邪魔してごめんなさい、話したいことが、たくさんあるんです」

 そしてエルは切り出した。

 未来に進むため、過去を知りたくて。


 エルがした質問は唯一つ。

 この村で起きたこと、だった。

 自分の精神が壊れてしまった後、一体何があったのかが知りたかった。

 その問いを受けて、村長はとうとうと語りだした。エルはその話を遮ることなく聞き続ける。

 当時八歳だったエルは目の前で弟あるエムを失った。その後半分心神喪失の状態で家に帰り、母の死体を見たのだ。そこで記憶は途切れ、次に目を覚ませばトートが連れ去られる瞬間だったのである。

 母の死を知った後、エルは完全に心を閉ざしてしまったのだそうだ、そしてそんな彼の世話をし続けたのが幼馴染であるトート。

 そのあたりはなんとなく感じていた。問題はそれがどれだけ続いたのか。どれだけの間、自分は壊れていたのかということ。その答えを聞くのはとてつもなく怖かったけれど、聞かずにはいられない。

「君の記憶が途切れていた年月は……およそ十年だ」

「…………」

「驚かないのかい」

 驚いてないとは言えない。驚きすぎて声が出ないのかもしれない。しかしどこかで納得している自分がいるのも確かだった。

「君と彼女の、両親のことは聞いておくかい……?」

 過ぎ去った年月を聞いて黙り込んだエルを見て、畳みかけるように村長は聞いてきた。今の彼になら、話しても大丈夫だろうと踏んだのか。それとも頭が混乱している途中に詰め込むことで、精神への負荷もあやふやにしてしまおうというのか。

 どちらにせよ、これも聞かずにはいられない。

「彼らのこととは言っても、話は至極単純なのさ。要するに彼らもあの男にやられただけ、

ということだ」

 実際に見たわけではないので村長自身もこれが必ずしも正しいとは言わなかったが、それでもやはり事実だろうと思う。

 あの男はエムやトートを連れ去る前に、一度その親の元へ向かったそうだ。許可を得るわけではなく、単なる報告として。

 今から貴様の子供はもらっていく。という一言だけだっただろう。返事を言う間もない、向こうにも聞く気がない。しかし我が子をみすみす渡すわけがないというのも、親心だろう。当然だ。

 泣いて許しを請うたのか、怒りに満ちて掴みかかったのか、それは分からないが、しかし結果として首を落とされた。あの男だって説得するつもりは毛頭なかったはずだ。

 抵抗されたから殺した。

 この一言で終わる。

 それが彼らの死因だった。


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