この復活はまさしく伝説だ
「生きて」
次はその言葉を自分の口から発す。声に出すというその行為は、彼自身に大きな心境の変化を起こす。それは先ほど死ぬと言った時と同じようなもので、頭の中にある文字を音にして世界に響かせることは精神に多大な影響を与えた。
自分の身体の内側から、熱いものが湧き上がってくるのを感じる。自身の生きる力、活力、そんなものがまだ残っていたなんてとても信じられないけれど、それもトートの言葉がくれた力だと思えば簡単に納得できた。
心にスッと落ち着くようだ。
長い年月をかけて壊れてしまったものが、今ゆっくりと修復されていくような感覚に陥る。それがどこか心地よくて、頬に一筋の雫が伝った。夕日の光が反射したそれはどうしようもないほどに神秘的で、まるで一つの宝石のようである。
温かみを持ったその一粒の石が地面に当たって儚くも散った時、彼は復活を遂げる。
世界に立ち向かう者の一人が、ここに生まれた。
生まれ直した。
とは言ったものの、身体が言うことを聞くようになったわけではない。依然手足は動かないし、感覚も定かではないのだ。現状がピンチであることは確実なので、とにかく意識だけは無くすまいと必死に頭を回転させる。まず考えなければいけないことは、これからどうするかだ。そんなことはもうわかりきっているのであえて考えるまでもないのだけれど、それでも思考することで精神を繋ぎとめる必要がある。
「やることは決まってる。エムとトートを助け出し、――この世界を変える」
それが俺の生きる意味だ。
このまま何もせずに、ただのうのうと生きていたってそれは意思のない人生である。これまで俺が過ごしてきたような無駄な時間と何一つ変わらない。
その無駄な時間が果たしてどれくらいであったのか、それを知ることも重要である。
今の記憶では、弟が連れ去られたのもつい最近の出来事である。しかし自身の成長具合、この痩せ細った身体とは言ってもそこそこの身長であることを鑑みれば、幾年かは経っているのだろうと推測できる。
正しいことは村にいる誰かに聞かないと分からないが、まぁそんなところだろう。しかしその行為も少し怖いところがある。どういう反応をされるのかな。
そうしてつらつらと益体もないことを考えているうちにあの夕日は沈んでしまった。太陽の光が見えなくなるということに、どこか寂しいものを感じる。それは人間の本能からなのか、それとも夕日に思い入れがあるからなのか。
しかしそうやって感傷に浸る時間はもうない。そろそろ村に帰らないと。トートを連れて行ったラオブは、そういえばどこへ向かったのだろうか。もしかしたら近くにある大きな都市へ行ってまた別の誰かに彼女を渡すのかもしれない。そうなると彼がまたこの村に帰ってくるのはどのくらいになるのか。
自分の村から他の居住区へ行ったことのないエルにとっては想像のしようがなかったけれど、ぐずぐずとしていられないのは確かだった。
グッ足に力を入れてその場に立ち上がろうとする。だが何とか直立は出来ても、膝は笑うばかりでまともに歩けそうになかった。一歩目を踏み出したところで一気に右ひざが折れる。
地面に片膝をついた状態でしばし固まるエル。気持ちだけが焦るけれど、身体はついてこない。こんな姿にしてしまった過去の自分を怒鳴りつけてやりたい気分になったが、しかしその怒りすらも今は歩く原動力としなければ。叱るのは、家に辿り着いてから。
ふとしゃがんだ姿勢のままで首だけを前に向けると、視界に棒状のものが見えた。辺りは暗くなってしまっていてはっきりとは認識できないが、どうやらそれは木の枝のようである。枝と言ってもすぐに折れそうな細さではなく、それこそ今現在のエルの腕よりも太いのではないかと思われるものだ。
実際に太かったらそれはそれでショックなので、比べるということはしないが。
「よ…っと」
今にも倒れそうな歩き方でその枝まで辿り着き地面に落ちているそれを拾い上げる。手によく馴染むそれを杖のようにして、彼は再び歩き出した。
来た時は絶望にまみれていたその姿からは想像がつかないほど、今のエルはイキイキとしていた。
確実に、生きていた。
「待ってろよ、二人とも」
その言葉には、弟も幼馴染もまだ生きているという絶対の自信と、ほんの僅かな不安だけが滲んでいた。
しかしこの答えがどうであるかは、まだ彼には分からないことである。
朝日が昇り始めたころ、ようやくエルの目に村の門が見えてきた。何度となく転んだその身体は砂と泥にまみれており、一歩一歩が驚くほどに小さい。半開きの目はしっかりと前が見えているのかさえも怪しかったけれど、奥底に眠る決意の表れからか、輝きだけは失っていなかった。否、一度失った輝きを再び手に入れたのだ。
息も絶え絶え、呼吸すらままならない状態になりながらもエルはとうとう村へと辿り着いた。無人の門の真下に入った途端、糸が切れたかのように倒れ込む。
ただ生きて村に着いたという気持ちだけではなく、ラオブが帰ってくる前に戻れたという安堵もあるのだろう、そのままの勢いで意識をも手放してしまった。
「ん、ううん……」
ゆっくりと目を開けた時、そこは既に自分の家であった。自分の、自分たちの家の中で、申し訳程度に敷かれた藁の上で眠っていたらしい。もうお昼頃なのだろうか、家の中も太陽の光で明るい。果たして俺はどうなったのか。
村の門が見えて、そこにラオブがいなかったことを確認した、そこまではぼんやりと覚えている。じゃあその後で意識を失ったのか。つまり誰かが俺をここまで運んでくれたことになるよな。
一体誰だろう。
もしかして帰ってきたラオブだろうか、とても可能性が高いとは思えないけれど、しかしゼロとも言い切れないところがある。そう考えるととても嫌な気分になった。あんな野郎に助けられたのかと思うと……。
嫌な気分どころではなかった、これはむしろあの時似たような感じ。エムが連れ去られた時と。つまりこれは殺意に近いものだろう。
グッと胸を押さえてその感情を鎮めようとする。今はこの思いを取っておくべきだ、来たるべき日のために。溜めて、溜める。
とりあえず、このままじっとしていても何も始まらないので、身体を起こしてグッと伸びをする。そしてこれからのことに頭を働かせた。
これから。
しかしこれからも何も、これまでのことすら分からなことだらけなのだ。まずはそこから始めるべきだろう。もう自分の隣には、弟も幼馴染も両親もいないけれど、それでも。
「だからこそ、俺がやるんだ」
やらなければいけないんだ。
そのためにすべきことはたくさんある。やらなければいけないことをやるために、すべきことをしなければならない。
まず過去のこと。あの日の後に、どれだけの時間が経ち、どれだけ変わったのか。そして世界のこと。自分の知る世界とはこの村だけであり、外のことは何も知らないに等しい。無知とは恐ろしいものだ。知らなければ生きていけない。
それから自分のこと。言葉を重ねるのは簡単だ。しかしそれを実行する器を持たなければ、言葉は虚空を漂いやがて消える。そうならないための、力と、技と、なにより心を持たなければならない。
二度と、壊れてしまわない、心を。
正直に言ってしまえば、希望なんてものはどこを探しても見つからない状況だ。生まれた時から世界は絶望に包まれていたのだから、それもむべなるかなといったところだが。
ただ一直線に突っ走っても結果は見えている。だからこそ、焦らず、地道に、進んでいこうと思っているのだ。
思っては、いる。
本心とは裏腹に。
それこそ正直になれば、たとえ一片の希望さえなくとも、今すぐこの村を出て二人を探しに行きたいんだから。
でも、その気持ちは抑え込まなければならないことも理解している。感情と理性がせめぎ合っている。いや、実際のところこうしてこうやって考え事ができている時点で、理性の方が上回っているのは明白だが。
「とりあえず、出るか」
考え事も大切だが、それでもやっぱり身体を動かす方が自分には合っているのだった。




