受付嬢の淡い思い出
私は昔、『アースヴェルト』の最南端に位置するツクスという村で暮らしていました。
「ねえパパ? 昨日の午後7時から7時15分までの間、何処で誰と会っていたのか教えてもらえるかしら?」
「え? ええ!? いや、俺は一人だったよ? ちょっと生き抜きに散歩してただけだし」
「ふーん。そうなんだぁ……。じゃあこの写真は何? どうして隣に住んでるルミナさんと一緒に写っているのかな? これって……浮気よね」
「はぁああああ!? お前、尾行してたのか!? ていうかこれは単なる挨拶をしてた時の写真だろ! 何で浮気になるんだ―-ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」
父と母はいつも仲が良く、家の中で血を見ることなんて日常茶飯事でした。
私もいつか、あんな風に仲良く暮らせる旦那様ができるのかなぁ……?
私はずっとそんなことを考えて大きくなったのです。
しかしある日、大変な事件が起きてしまいました。
『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
突如空から降ってきた遺跡と共に、見たことも無い怪物が現れたのです。
これまで村の中で育ってきた私にとって、それは初めて見る魔物の姿でした。
一言で言えば、一つ目の巨人。
今でこそサイクロプスという魔物だと分かりますが、当時はそのことを知らず、未知の怪物が襲ってきたのだと頭が真っ白になったものです。
当然、逃げるだなんて考えは起きませんでした。
「私の旦那さんに何すんのよーーーー!」
「あたいのダーリンに手を出すなぁああああああああああああああああああ!」
「殺していいよね? だって私達の愛の営みを邪魔したんだし、生きてる価値ないでしょ?」
何故ならこの村の女性達は全員逞しいのです。私も逃げるわけには行きませんでした。
しかし、史上最高の主婦達を前にしてもサイクロプスは動じません。
それどころか、容赦なく私達を蹴散らしていきました。
これでは愛する人を守れない。
皆は絶望しました。絶望しても諦めはしなかったのですが。
「――あ」
『グルルルル』
その時です。
私とサイクロプスは互いに目が合ってしまいました。
サイクロプスは私を排除対象だと見なしたのか、私に向けて拳を硬く握りこみます。
この時、私は自分の死を悟りました。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
迫り来る丸太のような太い腕。
私は咄嗟に悲鳴をあげました。
目も閉じました。現実を否定しました。涙も流しました。
ですが、そうする必要は何処にも無かったのです。
なぜなら。
そう、なぜなら!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
何処から現れたのか、白い剣を振り回す一人の少年が私を助けてくれたのですから!
それは一目惚れでした。
お姫様の危機に駆けつける王子様のような彼に、私の視線と心はすっかり奪われてしまいました。
まさに運命です。運命以外に何があるのでしょうか?
少年は一瞬にしてサイクロプスを細切れにし、優しく微笑みながら私に語り掛けました。
「もう大丈夫」
たったそれだけですが、私はその声に聞き惚れ、何度も頭の中でリピート再生しました。
これが私と彼の出会いです。
*****
「……って、何を思い出してるのよ私は!」
シェーレは一人呟き、深く溜息を吐いた。
そうすると、隣でその溜息を聞いていたクオラが何事かと尋ねてきた。
「何を思い出してたのよ? ケイスケ君のことが大好きですとか?」
「なっ!? ば、馬鹿! そんなんじゃないから! 第一、私が好きなのは……」
シェーレはそこで口を閉じる。
そして意識を切り替えたようにさっさと自分の仕事に集中しだした。
「あれ? ねえ、普通そこで良い淀むかな? もしもーし!」
クオラの野次馬には耳を貸さない。どうせ相手にするだけ時間の無駄だから。
それに。
(私はケイスケさんを好きになったわけじゃありませんから!)
そう。シェーレが惚れているのはあくまで過去に命を助けてくれた恩人である。
だからこそシェーレは悔やむ。
あの時は突然の出来事だったので、シェーレは恩人の顔をはっきりと覚えてはいなかったのだ。
覚えているのは彼の声と彼が所持していた雪のように白い剣だけ。
(なのに……私はどうしてこんなにもケイスケさんのことが気になってるんだろう?)
命の恩人と声が瓜二つだからだろうか?
それとも独自の情報網で掴んだ彼の強さが命の恩人と酷似してたからだろうか?
それとも純粋に彼の優しさに胸を高鳴らせたからだろうか?
分からない。
分からないが、気になって仕方が無い。
気になるから、一度監禁してじっくりねっとり観察したいと思っているのかもしれない。
「おはよう、シェーレ」
「あ、おはようございます! ケイスケさん!」
とにかく分かっているのは一つだけ。
シェーレはどうしようもなくケイスケに会いたくて会いたくて仕方が無いのである。
(やっぱり同一人物……なのかな)
本能がそう告げている気がする。
しかしもし彼が命の恩人だったとしたら大変だ。早くあの変態から保護しなければならない。
そうだ。やっぱりあの女が悪い。
そうだ。やっぱりあの女が悪い。
そうだ。やっぱりあの女が悪い。
シェーレは自分でも理解できない感情に戸惑い、それでも尚ケイスケのことを心配し続ける。
「あ、あの……シェーレ、さん?」
「はい? どうかしましたか?」
「いや、さっき怖い顔してたような……」
「ふふ。それはきっと気のせいです」
「あ、そうですよね」
まあいい。まずは外堀から埋めていこう。
そういうわけで、シェーレは今日もケイスケを冒険者に勧誘するのであった。




