偉大なる青《ズアーラ》Ⅱ
なんとか動き出した相棒は、水面を走って移動してくれていますが、限界が近いのか少しずつ少しずつ速度が落ちてきています。
このままではいけません。
紐を勢いよく下に引っ張られた相棒は、ビービーと警告音を発し、ギギギと変形します。…本来ならば、何かしらでできてしまった敵を躱す、だとか、カッコよく使いたかったのですが、やむを得ません。
そして、相棒は乗せていた旅人を斜め前に、綺麗な放物線を描くように飛ばしました。
「あばばばばばばば」
圧が。圧が。圧が襲います。痛いです。しかしこのやり方を選んだのは本人ですし、《ズアーラ》の大帝国に着くためです。今回だけは許しましょう。
旅人はドポンと音を立てて着水をし、またもや変な掻き方で水面に上がりました。ところでこの機船服重いですね。そのせいででしょう、上がりにくいです。これにしなければ良かったです。
(国は──)
期待を胸にぐるりとあたりを見渡します。全て、青でした。《ズアーラ》の、青でした。
もう泳ぐ術しか残されていないわけですが、ぐるりとあたりを見渡したせいで、もうどこから来たのか分からなくなってしまいます。
絶望しました。始まった旅が、終わってしまいました。始まりの終わりになってしまいました。
ぐるぅ〜とお腹から音が聞こえてきました。
「誰か、いませんかー!!!」
けれど、そうです、まだ死んではいません。
本で見た、最期の足掻き、をすることとしましょう。大抵、このようなストーリーでは、助けが来てくれるものです。それでご飯を頂きましょう。
「誰か!!旅人ですー!!!助けてくださーい!!!」
一向に、助けは来ません。が、まだそれほど時間は経っていません。気長に──叫びながらですが、待ちましょう。
✶✶✶
おかしいです。
もう、かなり経ったはずですが、一行に助けが来ません。
声も、まだ生きているというのに、すっかり枯れてしまいました。上手く叫ぶことができないです。
(斯くなる上は…)
バッと重い両手足を広げます。こうすることにより、この青を浮かび漂うことができ、体力の温存を図ることができることでしょう。
えぇ、そうですよ。まだ諦めていません。諦める理由など、無いですからね。
✶✶✶
どれ程経ったのかはわかりせんが、取りあえず随分経ったと思うことにしましょう。
旅人はまだ水面に浮かんでいます。結局のところ、助けは来なかったのです。正直、旅人はもう諦めていました。
(父様、母様すみません)
行ってはならないと止めてくださっていたのに、お二人の子供は旅人となってしまい、今このように死にそうになってしまいました。
なんだか…意識がもやもやしてきました。もう、終わりなのだと察することしかできません。
コツン。そんな旅人の頭に、一つ衝撃が加わりました。驚いて振り返ります。
(いや痛い……岩、ですか?)
ここまで漂ってきましたが、岩など一度も当たりませんでした。
その岩を掴み、希望を持って体を上げると──
「あぁ!まだ終わっていませんでした…!」
目の前に広がっていた市場に、絶望だった面持ちが、笑顔に変わります。ガラガラな声は、旅人の心情を表現してくれませんでしたが。
感動をしていると、誰かが「おーい」と声をかけてくれました。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ではありません!死んでしまいそうです!旅人です!助けてください…!」
ガラガラですが、ちゃんと伝わったのでしょう。彼は自分の名を「モレロ」と名乗り、一人の旅人を陸に上げ、助けてくれました。
モレロは、そのまま救護センターに行くと、陸機船に乗せてくれました。
「いやー、運がいい。実にいい」
「えぇ本当です。モレロ、君は恩人です」
「いや!俺が運がいいんだよ」
「?」
彼は何を言っているのでしょうか。どう考えても、助けられた旅人が運が良いはずです。
モレロはにこやかに、とても大切そうに街並みを見ていました。
「ここは本当にいい場所なんだ。いい人もたくさんいてさ」
「えぇ。もうすでに感じています」
「そうか?」そう言う彼の向こうに見える街並みというのは、本当に綺麗です。
岩を砕いて作っているのでしょうか、数は少ないですが家は全て黒く、《ズアーラ》の水面と共に灯光型機船の光を反射しており、眩しくて目を細めてしまうほど輝いていました。
ずっと見ているのは眩しいので、綺麗と思うかは個人差がありそうです。
「ここは、国ですか?」
「いや、ただの溜まり場だよ──まだね」
「“まだ”」
「ああ。“まだ”だ。俺さ、ここを国にしたいんだよね。この風景を守るために。だから、運がいいんだ。なぁ、旅人なんだろ?ここの良さ、いろんなとこに広めてってくれよぉ」
「えぇ、いいですよ。助けて頂いた命ですから」
「よっしゃ!ありがとよ!」
モレロは広めてくれることがよほど嬉しいのか、声と表情がどちらも会った時よりも優しいものとなっていました。
いやぁ、ですがモレロ。住む者が少なくても国は作れるのではありませんか?と、思ってしまいます。彼の事情があるのだと汲みます。
少しこの地の話を聞いていると、急にモレロが「降りな!」と言ったので、旅人は陸機船から降ります。
すると、大きな建物がしっかりと見切れていますが、視界に入ってきました。これが、彼の言う救護センターなのでしょう。
「着いたぜ!旅人さん!」
「………………」
「大丈夫か?あ、そういえば名前──」
「すみません、モレロ」
「ん?なんだ?」
「救護センターって、何ですか」
旅人の瞳に、その建物の記憶はありませんでした。
✶✶✶
「まさか救護センターを知らないなんて思いもしなかったよ」
「一度も使ったことがありませんでした…すみません」
「謝ることじゃないさ!救護センターは簡単に言えば色々助けてくれるところだよ」
「助けてくれるんですか?」
「あぁ!旅人さんの止まないお腹の虫とかね!」
「え?」
「…あれ、気づいてなかったの?」
そういえば、そうでした。お腹が空いているんでした。
生きることに意識を持っていかれ、もともとお腹が空いていたことを忘れてしまっていたのでしょうか。なんて情けない。
顔を赤くする旅人に、モレロはふはと吹き出していました。許せないです。
モレロに案内されたのは食堂でした。多くの人がいる中、モレロが引いた椅子に座ります。置いてあるメニューが目に入りました。どれどれと見ると、そこには“皿洗い”の文字が。
「“皿洗い”?」
「あぁ、そうなんだよ!救護センターは金が要らないんだ。そのかわりに手伝いをしてもらうっていう仕組みだよ!」
「なるほど」
ハンバーグやカレーなどの料理名の下には、必ず“皿洗い”だとか“掃き掃除”だとかが書いてありました。なんて実に良いルールなのでしょう。
「では、この定食を頼むことにします」
「お?旅人さん“掃き掃除”するのか?」
「掃き掃除はな…」とモレロが説明しようとします。おっと、いけないいけない。
「モレロ。もう覚悟はできています、大丈夫です」
旅人は言葉を制します。なんたって、懸念点はわかっていましたから。この、多くの人の入っている食堂、どうやって掃除をするものか、腕が鳴ると言ったところです。そして定食という響き、なんて素敵なのでしょうか。
ホールスタッフを呼び、注文を済ませます。もう、後戻りはできません。
「いや〜、すごいな……」
「何のことです?」
「う〜〜ん…いや…ん〜、まぁ、自己責任か〜〜〜……」
何やら言い淀むモレロ。
「ん……あのな、掃き掃除って、ここだけじゃなくて――この施設の入れるところ全部と、外もやらなきゃいけないからさ」
モレロは「びっくりしちゃって」と頭をポリポリ掻きます。
――なん、ですって?
そういうのは、早く言ってほしいものです。自信満々に注文をしてしまった手前、取り消すなどできません。それ以前にホールスタッフはもう行ってしまいましたからできないのですけれども。
「………ま、か…任せて、ください…」
この、救護センターの食堂は、少なく見積もっても500人は寝れる大きさでした。憶測ですが、ここ以外の部屋もそのような大きさなことでしょう。
流石に、顔が引きつってしまいます。
陸機船……………………陸を進むのに使う船。色々な形があるが、ベーシックなのは車のような形のもの。




