09:それぞれの交友関係
ふうが淹れてくれたコーヒーが入ったマグカップを片手に、翔真は足元を見つめた。
丸いフォルムを忙しなく動かしながら、ロボット掃除機が床を掃いている。
このロボット掃除機が、二人の住む家に来て一ヶ月。
最初は微々たる成果で、あまり存在意義を感じなかったけれど、明らかに部屋の綺麗さが長く維持されるようになっていた。
「やっぱり、コイツ、便利だなぁ」
そう呟いてから、翔真はコーヒーをすすった。
同じくコーヒーを片手に、ソファで大好きな配信者の三時間にも及ぶゲーム実況を見ていたふうは瞳を輝かせて振り返った。
テレビから配信者の悲痛な叫び声が響いたが、ふうにとっては翔真の呟きの方が重要だった。
「役に立ってる?」
「おぅ。確実に掃除する時間が減ってる」
「よかった」
ふうは目を細めて、微笑んだ。
そんな彼女の背後では、配信者の操作するキャラが拳銃を片手に暴れ回っている。
オンライン対戦ができるFPSゲーム。
ふうはそういうゲームの実況を好んで、よく見ている。
それは、確実に翔真から影響を受けたものだった。
(久しぶりに稲城を誘って、やるか)
翔真はふうの隣に戻りながら、そんなことを考えた。
彼は趣味でFPSゲームをしている。
学生時代と比べたら、ずいぶんとプレイ時間が減ってしまったけれど、それでも定期的にゲーム仲間である稲城と声をかけあっていた。
ふうは、翔真がゲームをしている姿をじっと見つめて邪魔したりしないし、一緒にやろうとしたこともない。
スピード感があり、高い情報処理能力が求められる作業に苦手意識があるからだ。
けれど、翔真が好きなものが気になり、動画配信サイトで実況動画を見たところ、その迫力と、時たま起こるドラマチックな展開に魅了されて、好きになった。
だからこそ、二人は休日に一緒になってゲーム実況を見て過ごすことがあった。
テレビの中で、配信者が操作するキャラが頭を撃ち抜かれ、バトルが終了した。
『もう一回! もう一回やったら今日は終わります!』
悔しさを滲ませて、配信者は高らかに宣言すると、再びマッチングに参加した。
その時間を使って、翔真は稲城にメッセージを送った。
久しぶりにゲームをしないか、という簡潔な文章を。
すると、すぐに返事が返ってきた。
(今日の二十二時ならいける…か)
翔真はテレビ台の上に置いてある時計を確認してから、ふうに視線を向けた。
「今日、二十二時から稲城とゲームしてもいい?」
ゲームをする場合、翔真はパソコンが置いてある寝室にこもる。
そして、ヘッドホンをして稲城と通話をしながらプレイするのが基本だった。
つまり、その間、ふうとはコミュニケーションがとれないし、彼女も寝ることができない。
それをわかっているからこそ、毎回律儀に許可を取っていた。
「うん。いいよ」
「一時には終わるようにする」
ふうは快く受け入れ、軽やかに頷いた。
「稲城くん、元気?」
「ゲームできるから、今は元気なんだと思う」
「エンジニアってムラがありそうだよね」
「実際に帰れない日が続く時もあるらしいからな」
ふうと稲城は知り合い同士だった。
翔真の友人だからというだけでなく、同じ大学の同級生でもあるからだ。
「そういえば、中河原さんは元気?」
大学の同級生という接点で、翔真が思い出したのはふうの幼馴染みである中河原愛梨のことだった。
彼女もまた、翔真とふうと同じ大学に通っていた。
「半年くらい、連絡とってない」
過去を振り返るかのようにゆっくりと首を捻った後、ふうは素直に答えた。
友人が少なく、連絡を取る相手がいないことは、現代では悲劇として取り扱われたりすることがある。
けれど、ふうはその現状を恥ずかしげもなく公言した。
だからこそ、翔真も軽く流した。
「出版社って、それこそ休日とかあってなさそうだもんな」
「うん。よく休日出勤してるって聞いた」
「その場合って代休あんのかな」
「あるけど、使ってたら仕事回らないって」
「わー、しんど」
中河原は、ファッションが好きで、それが高じてファッション雑誌を発行している出版社に就職した。
大学四年生の頃、第一希望にしていた出版社の内定をもらった時の彼女の嬉しそうな姿は、記憶の中でも新しい。
けれど、二十五歳になる今、それがもう三年前の記憶だということが、翔真には信じられなかった。
「卒業して、もう三年経ってんの?」
「早いね」
「ほんとにな」
仕事に我武者羅に向き合っているわけではない。
むしろ、残業をしていないからこそ、他の人よりも自由を謳歌している自負がある。
それなのに、子供の頃よりも、時間の流れを速く感じた。
「…なんか、愛梨に会いたくなってきたなぁ」
テレビを見つめながら、ふうがポツリと呟いた。
そんな彼女に、翔真は笑いかける。
「声かけてみたら? たぶん、喜ぶよ」
その言葉に押され、ふうは頷いた。
そして、立ち上がると寝室に置きっぱなしになっているスマホのもとに向かった。
夜の二十二時。
夕食を済ませ、風呂にも入り終わった翔真は寝間着を身にまとって寝室に入った。
けれど、向かう先はベッドではなく、パソコンの前だった。
慣れた手つきで電源を入れ、ゲーム画面を開く。
ゲームがきちんと動いているのを確認してから、通話アプリにもログインすれば、一足早く稲城が待機していた。
「よぉ、やろうぜ」
『おー、やろう』
ヘッドホン越しに、稲城の気だるげな声が聞こえてきた。
おそらく、彼もまた一通りのことを済ませて、リラックスしているのだろうと翔真は推測した。
もしくは、仕事の山場を終えた直後なのかもしれない、とも。
『やんの一ヶ月ぶりだから、絶対なまってるわ』
「ソロで潜ったりしてねぇの?」
『仕事で、そんな余裕なかった』
「お疲れ様」
『お疲れ』
翔真は寝室に持ち込んだ缶ビールを持ち上げ、乾杯をした。
それに答えた稲城もまた、缶ビールを開け、喉を鳴らした。
遠く離れた土地で、ゲームという共同作業をこなしながら、二人の宴が始まった。
第一バトル。二人は久しぶりに一緒にやったこともあり、あっという間に負けてしまった。
そして、第二バトル。第一バトルよりは健闘したものの、ドラマチックな展開は特になく、戦いは幕を閉じた。
第三バトルが始まる直前、マッチング中に稲城はまた喉を鳴らしてビールを飲んだ。
『彼女と別れた』
「今、それ言うか!?」
それは、マッチングが完了し、バトルが始まった直後のことだった。
翔真と稲城が操作しているキャラは、飛行機を飛び立ち、パラグライダーを開いて滑空していた。
「いつ?」
『一週間前』
「原因は、仕事の忙しさとか?」
『それもある』
カチ、と稲城が使うコントローラーの音が、ヘッドホン越しに聞こえてきた。
『彼女のこと、どこまで話したっけ?』
「付き合ってる人がいたことすら初耳だわ」
『あれ、まじか』
「いや、別にわざわざ報告しなくてもいいんだけどさ」
翔真と稲城が操作しているキャラは、パラグライダーを外すと、地面に上手く着地した。
そして、特に断りを入れることなく、各々近くにあった建物に入っていった。
無人の建物内から、様々な道具を集めていく。
拳銃、ナイフ、回復アイテムに防弾チョッキ。
何を拾ったかなんて、わざわざ伝えたりもしない。
それほど、二人が一緒にゲームをし始めてから長い年月が経っていた。
『彼女…いや、元カノはアイドルオタクだったんだ』
「へー。男のアイドル? 女のアイドル?」
『男』
翔真はゲームをしながら、記憶を探っていった。
翔真が知っているアイドルはあまり多くない。
男性アイドルなら、それこそ国民的な知名度を持っている人物しか知らなかった。
『AtoZっていう二人組のアイドル』
AtoZ。二人組。
その言葉に、翔真は電車の中に貼られていた一つの広告を思い出した。
たしか、スキンケア用品の広告だったと思う。
一人は、強い眼差しが印象的な黒髪がよく似合う男性で、もう一人は儚げな雰囲気を持った色素の薄い男性だった。
誰が見ても、すぐにわかる。
彼らは ──。
「あの、アルファとオメガのユニット?」
『そう、それ』




