10:イメージ像
『別に、推し活をしてたことを非難したいわけじゃないんだ』
「だろうな。それだけで別れる奴は、流石にいないだろ」
稲城の言葉に頷きながら、翔真はゲームの中で拳銃を構えた。
「推し活にすげぇ金額を使ってたとか?」
翔真は目を細めた。
そして、木陰の中で揺れる草むらを睨みつけた。
集中し、無意識に息を潜める。
まるで本当に、自分自身がそこにいるかのように。
『いや。コラボ商品とかはよく買ってたけど、握手会とかがあるわけじゃなかったから』
「へぇー。あの規模だとやらねぇんだ」
『流石に捌ききれないだろ』
「確かに」
アイドルが握手会をやるのは、CDを売るためだと聞いたことがある。
実際に、ライブ会場でCDを決まった枚数購入したら握手会に参加できる、といった条件を掲げているグループも多いのだという。
しかし、AtoZはそれをしない。
アイドルに疎い自分ですら知っている彼らは、それをしなくてもCDが売れるのだと、翔真は察することができた。
『AtoZの売りって何か知ってる?』
「ビジュアルじゃねぇの?」
『アイドルなんだからビジュアルが良いのは大前提だろ。あの二人はBL売りなんだよ』
「BL売り?」
聞き馴染みのない言葉を繰り返すと同時に、翔真は拳銃を撃った。
銃口から弾が発射される低い音が鼓膜を揺らし、ゲーム内の空気が一変した。
潜んでいた敵も発砲し、撃ち合いが始まった。
「それって、あれか、男と男がやたら仲良くしたりするやつ?」
『そう、それ。百合営業の男版』
翔真は、敵を上手い具合に撃ち抜いた。
敵は倒れ、持っていたアイテムだけを残して、忽然と消えた。
周囲に他の敵がいないことを確認してから、翔真は残されたアイテムを漁った。
『売り出した事務所からすれば、アルファとオメガのユニットなんて、最初からその路線だったんだと思う』
アルファとオメガは、飛び抜けて容姿が整っている者が多い。
だから、アルファとオメガがアイドルをしていることはよくある光景だった。
しかし、アルファとオメガを同じグループに所属させることは珍しく、五人グループの中で一人だけアルファ、一人だけオメガという編成が圧倒的に多かった。
その理由としては、アルファとオメガは希少で、なかなか同年代で同じ職業を目指している同性が見つからないという点がある。
そして ──。
『俺さぁ、ふうちゃんが身近にいたから、ヒートをネタにしてんの本当に嫌だったんだよ』
ヒートという問題が一番大きかった。
『ギャグにしてるわけじゃない。でも、なんつーの、ヒートが起こった時にどう対処してるか…みたいな話をすることもあって…それがどうにもこうにも』
稲城はそこで言葉を濁した。
「え、あの二人って番なの?」
翔真は自分の体力ゲージを一瞥した。
先程の撃ち合いで負傷してしまったため、体力が低下していた。
それを直すために、拾っていた回復アイテムを使った。
『いや、違うらしい。まぁ、ヒートをどう対処してるかの話もリップサービスなのかもしれないけど』
翔真は複雑な気持ちになり、言葉にならない変な声で相槌を打った。
『でさ、元カノが、ヒートを理由に仕事をセーブしたことがないからってAtoZは本当に付き合ってるんだって熱弁してきて』
「あー、それはキツい」
翔真は自分が操作するキャラの体力が全快したのを確認してから、吐き捨てた。
『元カノの周りには今までオメガっていなかったらしい。それで、ヒートをクリスマスみたいな感覚で考えてて、それで軽蔑した』
だから、別れた。
稲城ははっきりと言い切った。
『ヒートの症状は人によって重さが違うらしいし、中にはヒートを楽しんでるオメガもいるらしいけど、俺の中のオメガのイメージって、やっぱりふうちゃんなんだよ』
その言葉を聞いてから、翔真はゲーム内で稲城の操作するキャラを探した。
姿は見えないが、プレイヤー名が表示されており、その方角にいることがわかった。
翔真は警戒しながら、その方角に向かって走り出した。
『ふうちゃんみたいに症状が重い人もいるのに、芸能界がそういう風にヒートを扱うから、からかう奴が出てくるんだろうな』
「だろうな。正直、俺もふうと同棲するまでヒートがあんな過酷なものだって知らなかった」
つい先月、乗り越えたヒートを思い出し、翔真は小さくため息をついた。
『翔真はよくやってるよ』
ゲーム内で合流したと同時に、稲城は労いの言葉を翔真に送った。
それに、翔真は人知れず口角を上げた。
誰かに褒められるために、ヒート中のふうを看ているわけじゃない。
それでも、誰かにそう言ってもらえると、報われたような気がした。
『ヒート時の話を聞いてると、ふうちゃんがどんなに可愛くても、俺は同棲できないよ』
その言葉に、翔真は無意識に目を細めた。
翔真が、ふうのヒートと向き合うようになったのは社会人になって同棲を始めてからだった。
大学時代から付き合ってはいたが、ふうはヒートが来るたびに大学を休んでいたため、どの程度のものなのか、明確にはわかっていなかった。
『ふうちゃんが、最初の頃に同棲はしたくないって言い続けてたのもわかるよ』
稲城とゲーム内を走りながら、翔真は大学卒業間際のことを思い出していた。
内定が決まり、翔真はふうに一緒に暮らさないかと持ちかけた。
翔真の頭の中でその案が浮かんだのは、結婚を考えてのことだった。
オメガと暮らしていくなら、ヒートと向き合わなくてはいけない。
その予行練習がしたかったからだ。
しかし、ふうは首を横に振り続けた。
嫌われたくない、という理由で。
そのため、結局、ふうを説得できたのは、翔真が会社から有給を受け取るようになった秋の頃だった。
(今思うと、有給が取れるようになってから始めてよかった)
そうじゃなければ、ヒート中のふうをずっと放置しなくてはいけなかったから。
「俺も、ふうじゃなかったら無理だよ」
翔真は画面の端に表示されているバトルに参加している人数を確認した。
最初は百人が参加していたが、時間が経過するにつれて減っていき、今では半分も残っていなかった。
「ヒート中に起こったことを、”ヒートだったから”で片付けるような奴だったら、ずっと前に別れてた」
ふうはヒート中に自分がしたことを、何も覚えていないのにも関わらず、ちゃんと謝ってくれる。
その姿にあまりにも悲壮感が漂っていたため、気にしなくていいという気持ちを込めて、謝らないでほしいと伝えた。
そしたら、その気持ちが食洗機やロボット掃除機に変わったわけなのだが。
「全然、敵に会わないな」
『それな。運よく生き残ってる状態』
翔真が撃ち合いをして以降、二人は敵を見つけられていなかった。
翔真はまた参加人数を確認した。
参加人数は十人まで減っていて、どうしたって頭の中に一位という王冠がチラついた。
自然と翔真と稲城の雑談は減り、生き残るために必要な報告だけが飛び交うようになった。
そして、五分後。
二人は、バトル終了間近に撃ち抜かれ、退場することとなった。
緊張感から解放され、翔真は脱力して背もたれに寄りかかった。
「くぁー、惜しかったな」
『ほんとにな。良い線いった』
翔真は缶ビールを掴むと、最後まで飲み干した。
カン、という音を響かせて、缶ビールはテーブルの上に着地する。
『そういえばさ、前にも聞いたかもしれないけど、なんでふうちゃんと付き合おうと思ったんだっけ?』
ほんの少しだけ、頭がポワポワする。
酔いを感じながら、翔真は答えた。
「可愛かったから」
『おいおいおい』
素っ気なく言い切った翔真に、稲城は混乱したように同じ言葉を繰り返した。
ベータとオメガの恋人。
普通ならあまりない組み合わせだからこそ、ロマンチックな理由を求められることはよくあった。
だからこそ、翔真は慣れた様子で返した。
「ベータとオメガってだけで、俺らは普通の恋人同士だよ」
翔真は大学時代に、オメガということで男子生徒に揶揄われていたふうを庇ったことが一度だけあった。
ちゃんと聞いたことはないけれど、それがきっかけで、彼女が自分に思いを寄せるようになったことは察していた。
「あんな可愛い子が、照れて真っ赤になりながら何度も話しかけてきたら、グッとくるだろう」
翔真の言葉に、稲城は呆気に取られた後、ケラケラと笑った。
『確かにな』




