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今日も明日も、クラゲを飼う ※木曜更新  作者: 青ノ さと
六月

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8/30

08:回復

 翌週の金曜日。

 帰りの電車の中で、翔真はため息をついた。


(疲れた…)


 ふうのヒートは最初の三日間でピークを迎え、月曜日以降は症状も緩やかに落ち着いていった。

 ちゃんと意思疎通が取れるし、自分から動くこともできる。

 しかし、微熱が続いている状態でもあったため、安静にしていなければいけず、看病する翔真もいつも以上に気を張っていた。

 もちろん、日中は出社して仕事もこなしていたため、疲労は溜まりに溜まっている。


(この土日は寝る。寝まくってやる)


 急行から各停に乗り換え、やっと座れるようになると、翔真はネクタイを緩めながらスマホを操作した。

 いつもならばこの時間に、クラゲの動画を観賞する。

 けれど、今日は物件情報を探し始めた。


(今のマンション、気に入ってたんだけど、まさか近くにアルファがいるなんてな…)


 新しい物件を探す理由は、今回のヒートでアルファと出会したからだった。

 今まで遭遇しなかったことを考えると、たまたまそこにいた可能性もある。

 しかし、学生という年齢を考えると、近所に住んでいる可能性の方が遥かに高かった。


(アルファなんだからもっと地価の高い所に住んでろよ)


 それはただの八つ当たりでしかないことを、翔真はちゃんと理解していた。

 子がアルファだからだといって、親までアルファだとは限らない。

 実際に、オメガであるふうの両親は両方ともベータで、そんな家庭は山程あった。

 比較的小さな駅をピックアップし、そこからこだわりの条件を選んでいく。

 オートロック、ビデオインターホン、宅配ボックスがついていて、五階以上の防音がしっかりしている二人入居可の物件。

 さらに、風呂とトイレが別であることと、それなりのキッチンがついていることも譲れなかった。

 条件に引っかかった数少ない物件を眺めながら、翔真は目を細めた。


(…良い物件があっても、審査が通るかわかんねぇんだよなぁ)


 物件を借りる際に、ふうがオメガであることも伝えなくてはいけない。

 そして、もし先住者にアルファがいた場合は問答無用で断られてしまう。

 それは差別でもなんでもなく双方の安全のためであり、もしふうが先住者ならば管理会社は後から入居希望するアルファを断らなくてはいけないことになっている。


(番になってるアルファとオメガなら、安全だから問題ないんだっけか)


 翔真は髪をかき上げ、またため息をついた。

 疲労のせいか、どうにもこうにも目が滑る。

 余裕がない時にする選択は外れを引いてしまうことも多いため、翔真は作業を中断した。


(ヒートは三か月に一回。まだ焦らなくても大丈夫だ…)


 電車を降りて、歩くこと十分ほど。

 翔真はふうと暮らしているマンションにたどり着いた。

 ポストの中身を確認し、オートロックを解除して、エレベーターに乗る。

 最上階のボタンを押しただけで、またため息がこぼれてしまった。


(今日は映画見てたら、絶対に寝る)


 ふうと一緒に見ることはできないだろう。

 それもまた寂しかった。


「ただいまー」


 脱力したまま借りている部屋の扉を開けると、パタパタと足音が近づいてきた。


「おかえりなさい」


 すっかりいつもの状態に戻ったふうが出迎えてくれた。

 しかし、そんな彼女は両腕に大きな箱を抱えていた。


「それ、何?」

「ロボット掃除機」

「ロボット掃除機!?」


 翔真は鍵をかけながら、大きな声を上げてしまった。

 それにびくりと跳ねた後、ふうは申し訳なさそうに視線を泳がせた。


「これがあったら、翔真の負担が減るかなって思って…」


 翔真は以前、ヒート中に起こった出来事について謝らないでほしい、とふうに伝えたことがある。

 ヒートは自然の摂理であり、なりたくてなっているわけじゃないからだ。

 それを守って、ふうは謝罪の言葉を口にしたりしない。

 けれど、どうしても気がすまないのか、色々な物を翔真に提供していた。

 それが、今回はロボット掃除機になったというわけだった。

 因みに、キッチンに置いてある食洗機も、以前ふうが翔真のために購入したものだった。


「…買ってくれたのか?」

「うん」

「ありがとなぁ」


 複雑な気持ちを抱きつつも、翔真はふうのしたことに感謝の言葉を告げた。

 数日後には、その便利さに喜ぶ自分がいることもわかっているから。

 

「どこに設置するのが良いと思う?」

「あー、どこが良いんだろなぁ」

「段差越えるからドアを開けておけば、全部の部屋を掃除してくれるよ」

「めちゃくちゃ良いやつじゃねぇか!」


 翔真とふうは生活費を折半している。

 家賃も、食費も、電気代もきっちり半分。

 自分は収入が安定しているしボーナスもあるから多く出すと翔真が言っても、ふうは首を横に振り続けた。

 毎月、少しだけ残った額をコツコツと溜めて購入したのだろう。

 そんな彼女がいじらしく、愛らしかった。


「今日、出前とろう」


 無事にロボット掃除機をリビングダイニングに設置した後、ふうは予め手元に置いていたスマホを操作し始めた。

 ヒート中はむやみに人を呼べないため、どんなに疲れていても出前を頼めなかった。

 しかし、ヒートが終わった今なら大丈夫。

 ふうの中でそういう思考回路が出来上がっていて、お決まりの流れになっていた。


「何食べたい?」


 見上げられ、翔真はジャケットを脱ぎながら考えた。

 ピザやラーメンは胃がもたれそうだし、軽い物じゃ満たされそうにない。

 考えた末に、ファミリーレストランで色んなメニューを頼むことにした。

 二人でスマホを覗き込み、サラダからデザートまで贅沢に揃えた。

 そして、注文が確定したのを確認した翔真は、安堵からつい居眠りをしてしまった。


「…連絡……さい」

「……困り…」


 淡い闇の中で話し声が聞こえてきて、翔真はのっそりと起き上がった。


「ふう?」


 目を擦りながら、リビングダイニングを見渡す。

 ふうはどこにもいなかった。

 代わりに玄関から話し声が聞こえてきた。

 その状況に、翔真はハッとなって、慌てて玄関に向かった。

 すると、注文した料理を配達しに来たであろう男性がふうの手を握って、連絡先を聞こうと必死に懇願しているところだった。

 男性がぱっと見でアルファではないことはわかったが、翔真はふうの恋人として、無理やり間に割り込んだ。


「はいはい、ご苦労様です。これ以上、居座るなら警察呼びますよー」


 軽い口調で威嚇すると、男性は慌ててふうの手を離した。

 そして、青ざめながら運んできた料理を渡すと、そそくさと背を向けた。


「この量運んでる時点で気づけっつーの」


 翔真は苛立ちを、扉を乱暴に閉めることで解消した。


「ごめんな、怖かっただろう」


 眉尻を下げるふうを気遣えば、彼女はふるふると首を横に振った。

 オメガに惹かれるのは、何もアルファだけじゃない。

 その美しい容姿に惹かれてしまう哀れなベータも少なくはなかった。

 経験者である翔真からすれば、覚悟がないならやめておけ、と言いたくなる事例だった。


「チョーカーつければよかった。そうしたら、びっくりして逃げてくれるから」


 出前を受け取るだけだから大丈夫だと、安易に考えた自分をふうは責めた。

 そんな彼女を見下ろし、翔真は内心ため息をついた。

 

(いや、チョーカーつけてなくても、オメガってわかるだろう)


 それほどに、ふうの容姿は目立っていた。

 この社会では、容姿が極端に整っていればアルファかオメガのどちらかで、そこに儚さを持ち合わせていたらオメガだと断定できる仕組みになっているからだ。

 そして、それは特に芸能界で如実に見られる光景だった。


「とりあえず、食おう。腹減ってると悪い方に考えちまうからな」


 ふうの頭にぽんっと手を置き、翔真は抱えていた料理をリビングダイニングに運んだ。

 その背中を、ふうも小走りで追いかけた。

 夕食を済ませた後、翔真は寝てしまう前にと、さっとシャワーを浴びた。

 そして、ふうに断りを入れてから、一足先にベッドに倒れ込んだ。

 それから、どれほど寝ていたのだろうか。

 目が覚めた時、窓の外はまだ暗く、リビングダイニングからは微かにテレビの音が聞こえてきていた。

 サイドテーブルに置いたスマホを手繰り寄せて時間を確認すると、深夜二時を回っていた。


(ふうはまだ起きてるのか…?)


 いつもならば一緒にベッドに寝転がっている時間なのに、翔真の隣は寂しく空いていた。

 よろけながら立ち上がり、リビングダイニングに続く引き戸を開けた。

 その音に、ふうは驚いて振り返った。


「ふう、寝ないのか?」

「あ、今日はこっちで寝ようかと…」


 ふうは視線を泳がせた。

 広いベッドで一人で悠々と寝た方が疲れが取れるのではないか、といういらぬお節介を焼いてることに翔真はすぐに気がついた。

 翔真は眉尻を下げて、ふうを手招きした。


「そんな寂しいこと言うなよ。一緒に寝よ」


 それでも、ふうは踏ん切りがつかないのか、立ち上がろうとしなかった。


「ふうがいないと、俺が寂しいんだよ」


 その言葉に、ふうは下唇を噛みしめると、やっと立ち上がって、翔真に駆け寄った。


「土日はゆっくりしような」

「うん」

「ふうが見たがってたミュージカル映画もサブスクで見よう」

「見る」


 俯いたまま、ふうは翔真の手に弱々しく触れた。


「翔真、好き…」

「ありがとう。俺も、好きだよ」


 それをしっかりと握り返し、翔真も答えた。

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