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今日も明日も、クラゲを飼う ※木曜更新  作者: 青ノ さと
十一月

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25/30

25:馴れ初め

 翔真は、昼休憩の時間になると同時に財布とスマホを手に取って、立ち上がった。

 すると、隣の席に座っている後輩が目敏く反応した。


「今日は外食なんですか」

「そう」

「へぇ、珍しいですね」

「最近、ドタバタしてんのよ」


 根掘り葉掘り聞いてきそうな後輩を振り切るように、ひらりと片手を振って、翔真は歩き出す。

 目指す先はオフィスの出入り口ではなく、他部署の社員が集まる一角。

 その一角に腰を下ろしていた飛田が、翔真に気がつき、同じように財布とスマホを片手に立ち上がった。

 そんな彼女に、翔真は愛想よく笑いかけた。


「飛田さん、行けそう?」

「はい。大丈夫です」


 翔真は昨夜のうちから、一緒にランチに行かないかと声をかけていた。

 そのため、二人の動きに迷いはなかった。


「え、何、二人で行くの?」


 並び立った二人に声をかけたのは笹塚だった。

 彼の手はいまだにキーボードの上にあり、昼休憩を取る気配はない。

 翔真は足を踏み直し、そんな笹塚と向き合った。


「そ、ちょっと話があんの」

「ふーん、いいなぁ」


 笹塚は不満げに唇を尖らせた。

 今日は仲間に入れてもらえない、と既にわかっているようだった。


「今度誘うよ」

「絶対なー!」


 素直に寂しさを表現する彼に和みながら、翔真と飛田は歩き出した。

 チラチラと視線が集まる。

 飛田がオメガだからなのか、それとも、翔真が珍しく女性社員と親しげにしているからか。

 色々な感情が含まれた視線を、二人は気にすることなく、置いていった。

 二人が足を踏み入れたのは、オフィスから少し離れた場所にある居酒屋だった。

 昼時にランチメニューを用意するその店は、半個室になっており、周囲をあまり気にせずに会話をすることができる。

 だからこそ、選んだ店だった。


「いやぁ、仲介に入るのが遅くなって申し訳ない。ふうの体調がずっと不安定で」


 注文を終えた後、透明な袋に入っているおしぼりで手を拭きながら、翔真は謝罪の言葉を述べた。

 同じようにおしぼりを手に取りながら、飛田は首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。気にしないでください」


 翔真が、飛田と話す時間を設けたのは、先月の約束を果たすためだった。

 オメガで同性で同年代なのは珍しいから、と飛田はふうと話したがっていた。

 その仲介をすると約束したのだが、プロポーズされたり、新しい抑制剤の治験が始まったりと、何かと忙しく後回しにしてしまっていた。


「前にメッセージで説明したけど、ふうは今、新しい抑制剤の治験に参加しているんです」


 翔真はチラリと飛田の反応を窺った。

 飛田は凪いだ瞳で、微笑を浮かべている。

 おそらく、メッセージを受け取った時に既にこうなることを予測していたのだろう。

 その落ち着き払った様子に、翔真は肩の力を抜いた。


「烏山先生って知ってますか?」


 飛田は堪えきれないといった様子で笑い声をこぼした。


「はい。もう、十年近い付き合いになります」

「え、そんなに?」


 予想外の返答に、翔真は素の反応を見せた。

 それに飛田はまた笑い声を響かせながら、答えていった。


「烏山先生は、私が抑制剤をもらっていた総合病院に勤めていたんです」

「担当医だったんですか?」

「いえ、烏山先生は番がいないアルファだったので、担当医は別の方でした。でも、廊下ですれ違った時に…」


 そこまで話してから、飛田は言いにくそうに唇をこすり合わせた。

 目線はおしぼりを握る手に向けられていて、薄暗い店内でもわかるほど頬は赤く染まっている。

 翔真は瞬時に、嫌な話ではなく、惚気話が待っていると気がついた。


「私に一目惚れしたらしくて…」


 翔真の脳裏に、ふうとの初対面時に大きな声を出して喜んでいた烏山の姿が浮かんだ。

 もしかしたら、もっと真剣な場面なのかもしれないけれど、それが想像の限界だった。


「あの、失礼ですけど、お二人って何歳差ですか…?」

「私がいま二十三で、烏山先生が三十五なので、ちょうど一回り差です」

「え、未成年淫行…」

「あ、付き合い始めたのは私が高校卒業してからです! 中学生の時から告白されてましたけど…」

「………」


 飛田がフォローにならない言葉を紡ぐのを眺めながら、翔真は静かに口を閉ざした。

 医者だからといって必ずしも高尚で潔白な人間なわけではない、と。

 しかし、愛する人のために新しい抑制剤を開発し始めたと発言した烏山に、尊敬の念を抱いていたため、落胆せずにはいられなかった。


(行動力のあるカッコイイ人だと思ったんだけどなぁ)


 いや、行動力があるからこそ当時中学生だった飛田に思い切り求愛していたのかもしれない。

 翔真はついつい余計なことを考えてしまう思考を断ち切るために、水を飲んだ。

 そのタイミングで、それぞれが注文した料理が運ばれてきた。

 翔真の前にはとろりとした卵が美味しそうなカツ丼が、飛田の前にはツヤツヤとした白米と豚肉の生姜焼きが並び、二人は手を合わせてから箸を取った。


「ふうさんは、投与し始めてどれぐらい経ったんですか?」

「ちょうど一ヶ月です」

「じゃあ、通院の頻度が下がったんじゃないですか?」


 飛田の質問に、翔真は豚カツを噛みながら頷いた。

 投与が始まったばかりの頃は、副作用が出やすく、症状も安定しないため、週に一回の通院を義務づけられていた。

 ふうにとってそれがかなりの負担で、疲労や苛立ちを募らせていた。

 しかし、一ヶ月経過したことにより、体調も検査の数値も安定してきたため、月に一回の通院になった。

 それがつい先日のことだった。


「通院頻度が減って、精神的にも落ち着いてきたから、飛田さんと会っても大丈夫になったんです」


 その言葉を聞き、飛田は思わず眉間にシワを寄せた。


「もしかして、気難しい方なんですか?」


 心配そうにする飛田に、翔真は慌てて首を横に振った。


「いやいや、そんなことないです。ふうは基本的に外出しないから、慣れないことをしてぐったりしてただけです」


 翔真の説明に、飛田は納得したように頷いた。


「そういう人は多いと聞きます。そのせいで、治験に参加してくれる人がなかなか集まらないって烏山先生が嘆いてました」


 苦笑いを浮かべた彼女に、翔真は躊躇しながらも尋ねた。


「飛田さんも、参加してるんですか?」


 治験中の通院頻度や、被験者募集の裏側。

 恋人だから知っているということも十分に考えられるけれど、被験者として協力している可能性が一番高く感じた。

 先日、烏山からのアドバイスを聞いているからこそ余計に。

 翔真の質問に、飛田は嫌な顔をせずに答えてくれた。


「はい。フェーズ一の段階から参加しています」


 予想通りの答えが返ってきて、翔真は表情を和らげた。


「フェーズ一が始まったのっていつぐらいですか?」

「もう、三年ぐらい前です。私が大学生になった頃、バース性が原因でなかなかバイトが受からないって弱音を吐いたら、こんな世の中間違ってるって新薬の開発を始めて、大学病院に転職して…」


 翔真は、改めて烏山の行動力に感心した。

 オメガの恋人を持つ翔真は、これまでに何度も自分がアルファになる方法を探してきた。

 それは言い換えるならば、受け身のまま、世界が変わるのをただただ待っている状態だった。

 しかし、烏山は翔真とは違い、自ら世界を変えようとし、実際に行動に移している。

 それは、翔真にはできないことで、考えつきもしないことだったからこそ、こんなにも烏山という人間に尊敬の念を抱いていた。


「烏山先生、本当に素敵な人ですよね」


 猪突猛進な所もあるけれど、それでも翔真の中で烏山の立ち位置は変わらなかった。

 恋人を褒められて、飛田は照れくさそうに微笑んだ。


「はい。あんなに愛してくれる人もいません」


 それは混じり気のない本音の言葉に思えた。

 だからこそ、翔真は一つだけ疑問を抱いた。


(なんで、番にならないんだろう)


 烏山曰く、二人はまだ番ではない。

 アルファとオメガ、付き合いも長く、関係も良好。

 そんな二人が番にならない理由が、翔真にはわからなかった。

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