3.足跡を辿って、必ず辿り着いてみせるわ
ページを捲る手が止まります。
ため息ばかりが出てきて、思考がまとまりそうにありませんわ。
(いけない……今は私のことより、侯爵様のことを考えなければ)
前世で侯爵様が出征しなければいけなくなった理由。
彼が強い騎士であり、領民からの絶対的な信頼がある領主であること。
そこへアリエッサと出会い態度が軟化したことにより、王都での評判も上がりました。
それを妬んだ王侯貴族がいたに違いないわ。
「今世でも、彼はきっと……」
前世の侯爵様はアリエッサの元へ帰ってきてくださいました。
けれど、今世もそうなるとは限りません。
だからこそ、私は変えたいのです。
侯爵様が出征に行かない、もしくは行ったとしても彼が無事に帰ってくると確信できるような未来に。
「こうしてはいられないわ、早く行かないと……っ」
机に両手を突いて立ち上がり、足早に書庫を出ていきます。
そして、辿り着いた部屋のドアをノックしました。
「アリエッサ、起きてますか? 相談があるんですが……」
「まってくださいねえ」という声が返ってきて、足音が近づいてきます。
「こんな朝早くに、誰ですかあ……」
寝ぼけ眼のアリエッサがドアを開けましたが、ドアの前に立つ私を見て、悲鳴をあげてひっくり返ってしまいました。
「大丈夫ですか!?」
どうしたんですのと助け起こそうとすると、ふるふると震えた手で指を差されます。
一体どうしたのでしょうか?
「どうしてそっちなのよ。朝から脅かさないでください!」
心臓に悪いと怒られ、苦笑いになってしまいます。
「ごめんなさい。これで許してくださる?」
携帯している化粧水を顔に吹き掛け、小首を傾げてみます。
随分慣れてくれたと思っていたのですが、突発的な出会いだとまだ驚かせてしまうようですね。
項垂れて自分に反省を促します。
可愛い可愛いアリエッサを怖がらせた罪は深いですわ。
「ごめんなさい、気をつけるわ」
「いえ……すみません、私も大げさでした」
少し恥じらうように顔を背けたアリエッサは、腰に手を当てました。
「それで、なんの用なんです?」と顎を上げるのが可愛らしいわ。
「アリエッサにお願いしたいことがあるの」
「いいですけど、内容を教えてもらわないと。難しいこととか、立場が悪くなるようなことはしませんからね」
「私、そのようなことを頼みそうに見えますの……?」
根っからの悪女だったのかしら、と頬に手を当てます。
「いえ。でもあなた、侯爵様のこととなると無茶も通そうとするから……」
それは否定できないわね……。
私は侯爵様とアリエッサの幸せの為でしたら、どんなことでもしますわ。
「あなたのことは正直理解ができません」
「ど、どうして? アリエッサ、悲しいことを言わないでくださいな」
私の手を振り払ったアリエッサは、大きく口を開けました。
「なんと言われても、私では侯爵様を説得できませんから!」
「今度は違いますわ! そうではなく……もうじき、第一王子様が魔物退治に出征されますでしょう?」
ぱかっと口を開けたまま、アリエッサは固まってしまいましたわ。
「どこで、それを……」
「侯爵様も招集を受けるとお聞きしたのです」
「それも知っておられるんですかっ? うそっ、一体どんな情報網を持ってるの!?」
情報網など特にありません。これは全て、前世で経験したことですわ。
……なんて、アリエッサには言えないわね。
なので、苦笑いを浮かべることで誤魔化しましょうか。
「知っているなら、隠し立てても意味がないですよね」
そう苦々しく言ったアリエッサは、屹然と顔を上げて私と視線を合わせてきました。
「そうです。三月後、シャイナ領に大規模遠征します。侯爵様も、陛下たっての指名で……前回の遠征の事後処理が終わられたばかりで大変だと思いますし……」
――陛下? どうして、陛下の名前がここで出てくるの?
前世では、侯爵様を指名していたのは第一王子だとアリエッサが教えてくれたわ。
なのに、実は違ったのでしょうか? 陛下が彼を戦場に連れ出していたというのですか。
「……夫人の心配も、ご尤もです。ですが、すでに覆せない段階まできています。私に言われても、どうともできませんよ」
いいえ、やはり侯爵様にはあなたの助けが必要ですわ。
これで確信いたしました。
(時期と場所で、単なる野盗ではないとは思っていましたけれど……)
私を殺すよう命じたのは、王族の誰かだわ。
まだ尻尾は摑めていませんが、今後この辺りも探らなければならないわね。
なにせ、私は年老いて二人を見送るまでこの世を去る気がないのですから。
「ですが、不安で不安で。侯爵様になにかあるのではと」
首を垂れて気持ちを吐露すると、人のいいアリエッサは大丈夫ですよと言いながら手を握ってくれたわ。
本当に、私とは違って心の澄んだ人。
「なので、あなたに手伝っていただきたいんですの」
私の作戦を話そうとアリエッサの目を覗き込むと、彼女はごくりと唾を飲み込みました。
随分と逡巡してからため息を吐いて「話だけなら聞きましょう」と頷いてくれたのです。




