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愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ  作者: 結月てでぃ
罪悪と慈愛

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2.雛鳥の気持ちは

「一方だけが想っていて、なんだというのでしょう。二人の想いが通じあっていなければ意味がありませんわ」


「なら、君と俺との思いは同じだ」


「同じですか?」


 どこをもってしてそう考えられたのでしょうか。

 私は侯爵様の理解しがたい発言に頬に手を当ててしまいました。


「君は以前、俺を慕っていると言ったな」


「そうですわ。今も変わらずお慕いしております」


 唯一であり、無二の存在だと断言できます。

 何度死んで戻ろうとも、侯爵様以外の人を好きになることなど、私にはありえません。


「それなのに、俺と君の想いが違うと?」


「ええ、そうですわ」


 なんて簡単な問いでしょうか。

 睨まれた私は断固とした口調で肯定しました。


「あなた様が私へ向けている感情は愛ではなく、憐憫と言いますのよ」


 違うかしらと侯爵様の目を見つめていますと、彼は感情を押し込めるように目を閉じました。

 両肩に手を置かれて侯爵様の方へと引き寄せられます。

 私を抱き締めた侯爵様は、首に顔を埋めてきました。


「侯爵様?」


 まるで捨てられた子どものようではありませんか。

 恐る恐る背に手を回して撫でます。


「俺がいつ君を憐れんだ」


 そう言われてしまいました。では、少し言い回しが違ったのかしら。


「……憐れみでなければ、慈愛でしょうか。動物を愛でるのと似た感覚ではありませんか?」


「家族へ向ける愛情だと」


「そうともいえますが……侯爵様もご存知の通り、私は家族愛は理解できません」


 申し訳ありませんと口にすると、抱きしめてくる腕の力が強まりました。


(そうです、ただの可哀想な女だと気付いてくださいな)


 心の中で侯爵様に語り掛け、口を開きます。


「私は人を愛することも、愛されることも不得手な女です」


 欠陥品ともいえるやもと自嘲する。

 涙ひとつ出ない、感情の乏しい女なのですよ。


「あなたへの気持ちも、卵の殻を割ってくださったから芽生えただけですわ」


「君が雛鳥で、俺が育てたということか」


「ええ。侯爵様、私たちのこれは愛と言えますでしょうか」


 少なくとも、私が知っている愛はこんな歪な形ではなかったわ。


 アリエッサが手掛けたローズガーデン。

 その一角で身を寄せ合っていた、私の一番大切な人たちは幸せそうだったもの。


 傍観者でさえ幸せだと微笑んでしまう、圧倒的な存在感。

 応援し、拍手し絶賛しなければいけないと本能に刷りこまれるような愛。

 これこそが愛する恋人なのだと、世界が私に訴えかけていました。

 最後に見た恋人たちの再会なんて、思い出す度に胸が熱くなりますのよ。


(あなたたちの愛に異を唱える者など、誰ひとりとしていなかったではないですか。それが証明でしょう)


 貴族の男にとって、愛人など勲章としか考えられていません。

 子どもが生まれれば尚更で、正妻になることもありえます。


「私はあなたの庇護を受けられれば、それでいいのです」


 夜を伴わない、家族でも使用人でもないと暗に込めて伝えました。

 彼の胸に手を当て、やんわりと体を離すように促します。


「俺の妻は君しかいない」


「……あなたがそう望むのであれば、対外的にはそういたしましょう。ですが、屋敷内ではお好きになさってくださいな」


「その方が私も嬉しいですから」と言いながら、先程よりも強く胸を押します。


 すると、ようやく熱が離れていきました。

 私はアリエッサ以外の人の熱に慣れておりません。

 突然捕らえられた魚のように火傷するのではないかと危ぶむ程、今も手が、体がじんじんと痺れているように感じられてしまいます。


「私になど構っていないで、早くアリエッサの所へ行ってくださいな」


 表面に貼り付けた笑顔に、侯爵様の目が僅かに見開かれました。


(――あ……)


 怒らせたと、瞬時に理解して耳を塞いだ時でしたわ。

 ふざけるなという怒声が頭に響き、目を閉じます。


「夫に不倫をしろと命じるのか、君が! 俺に!?」


「こ、これは命令などでは」


「だったらなんだ。君はまるで自分だけが正しいかのように振る舞っているじゃないか」


 傲岸不遜な態度だなと口の片端を吊り上げ、皮肉気な笑みになった侯爵様に首をすくめました。


「それでは、侯爵様はアリエッサに対してなんの感情もないということですか」


「あんな小娘に、俺はなにを思えばいいんだ。可愛いと褒めてやれば満足か」


「可愛いでしょう!?」


 一目惚れなんだと、どこを取ってもなにをしても可愛げのない女と常に比べていましたよね。

 ――あんなにも彼女を褒めていたのに、今更なにを言うのですか!


「彼女が可愛くなければ、私はなんだというのです。そこらの埃ですか、庭に生えたら駆除しなければいけない草ですか」


「どうして君とあの平凡な女を比べなければいけないんだ?」


「いくら侯爵様でも、彼女への侮辱の言葉は許しませんわよ!」


 ドレスのスカートを強く握り締めて彼の目を見つめると、侯爵様が踵を返します。

 執務机の上に置いてあったガラス容器を手に取ったかと思えば、中の水を私の顔面に向かって被せてきました。

 ぽたぽたと顎から落ちていく水に呆然としましたが、真っ直ぐ見つめ続けます。


「出ていけ」と侯爵様はおっしゃられました。


「この部屋からだ。今すぐ出ていけ、早く!」


 苛立った様子でドアを指で示され、ドレスのスカートを摘まんで礼をします。


「……申し訳御座いません」


 謝罪を口にしてからすぐさま歩いていき、ドアをノックしました。

 開けた使用人に声を掛けられそうになりましたが、首を振って押し留めさせます。


「リリア、タオルをちょうだい」


 部屋でタオルを手に待っていたリリアに髪を拭われました。

 その優しい手つきに耐えられなくなり、顔を手で覆って背を丸めてしまいます。


「リリア……」


「なんでしょうか、奥さま」


「私は冷遇されるわ」


 こんなにも簡単だったのですね。

 私の胸に空いた隙間から、すうすうと風が通り抜けていく感覚がいたしました。

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