1.お可哀想な侯爵様
「あなたのことを、あんっなに愛している侯爵様がお可哀想よ!」
そうアリエッサに怒られてしまった私は、すっかり落ち込んでしまいました。
屋敷内を歩いていると私があまりに元気がないからでしょうか、使用人がしきりに声を掛けてきてくださいます。
「大丈夫ですわ」
「お腹が空いているだけですの」
「侯爵様の顔さえ見れば元気になりますから」
そう説明したのですが、皆一様に心配そうな顔のまま去っていきます。
こんな調子ではいけませんわと頬に手を当てて考えているうちに、侯爵様の執務室の前まで来ました。
常駐しているドアマンが代わりにノックをし、入室を許可されました。
侯爵様は席から立ち上がって出迎えてくださいます。
前世、このようなことを彼がしてくれたことはなかったわ。
アリエッサなら……あったのかもしれないわね。
「ティルカ、元気がないと聞いたが大丈夫か」
体調が優れないのか、それとも監査官に付き合って疲れたのかと訊かれました。
そのどちらでもないので、いいえと首を振ります。
「違いますわ、全ては私が至らないせいです」
「君に至らない点などなにもない」
侯爵様は優しいからそう言ってくださいますが、現実は違いますわ。
あれだけ想い合っていた二人を私が邪魔している事実は変えられません。
「アリエッサに一緒にお昼を食べないかと誘ったのですが、断られてしまいました」
「女主人たる君の誘いを断ったのか」
三人で一緒にと誘ってみたんですと言うと、侯爵様はなるほど賢明な判断だと頷いてくださいました。
やっぱり侯爵様もアリエッサが一緒の方がよかったわよね、と落ち込んでしまいます。
私は失敗してしまったもの。なんて使えない妻なのかしら。
「私の説得が稚拙だったのです」
次は必ずセッティングしてみますと言って、失礼いたしますと頭を下げました。
伝えるべきことは言えたので、自室に戻ろうと思ったのです。
「どこへ行くんだ」
ですが、侯爵様は不快そうな顔をしました。
「なにかご用でしょうか?」
「折角だ、二人で食事をしよう」
もう食堂で準備を済ませていると言われ、もう昼時だからそれはそうでしょうねと頷きます。
けれど、私と二人きりでいいのでしょうか? と首を傾げました。
「アリエッサがいた方が楽しいですわよ」
「彼女の話術は面白いがな、今日の俺は君と二人で静かなランチタイムを過ごしたい気分なんだ」
だから付き合ってくれないかと言われ、そうでしたかと了承いたしました。
それではと腕を差し出してきた侯爵様の顔を見上げます。
「……もしかしてエスコートしてくださるんですか?」
「当然。君は俺の妻だからな」
五分もしないで着く場所ですわよ?
少々不思議ですが、階段があるからかもしれません。
日々剣の練習でみっともない姿を見せてしまっているので、運動ができないと思われているのでしょうか。
「それでは、お願いいたしますわ」
脇を通って肘の内側に触れた手に、侯爵様の手が重ねられました。
視線が交わりましたが、どうしてでしょうか……間が持ちませんわね。とりあえず微笑んでみましょうか。
「……なにか、私に聞きたいことでもありますか」
侯爵様がなにか訊きたげな雰囲気を醸し出されているのが、気にかかったのです。
「君はなにが理由で彼女を俺の正妻に勧めるんだ」
「あなたの幸せを想っているからですわ」
それ以上の理由などありはしません。
この行為は私のエゴに基づいて行われています。
当事者である侯爵様たちの気持ちを考えない、自己満足の行為であることは承知の上です。
「アリエッサ以上にあなたを愛し、愛せる女性などおりません」
今は気付けなくとも必ず。そう伝えると、彼は立ち止まりました。
薄緑の目に見つめられて胸が跳ねます。
「……君がいるだろう。俺の傍にいるのは、君だけだ」
手を握られた私は、口を薄く開けます。
ふ、と漏れ出していく息を手のひらで受け止めました。
(前世でも一緒にいましたが、あなたは私には興味がなかったではありませんか)
どうして今更言うのですか?
そう訊ねたくとも、彼にその記憶はありません。
「そうでしょうか、侯爵様」
問いたいのは前世の彼であって、今世の彼ではありませんわ。
だから、八つ当たりをしてはいけませんわよね。




