79◇黄金郷の墓守は花と眠る
巨人兵フィリムの件は済んだ。
残るは、墓守セオフィラスだ。
一旦、学院のある都市へと戻った俺は、同じように実家から戻ってきたお姫さんたちと合流。
そして、ネモフィラちゃんの許を尋ねた。
その数日後。
俺は、『深黒』ペア、お姫さん、そしてネモフィラちゃんを伴って、ある封印都市へと赴いていた。
ネモフィラちゃんの実家が管理している、黄金郷だ。
俺のいた街と違ってまだまだ形骸種が残っているので、目的地に到着するまでに数回の戦闘は避けられないだろう。
「アルベール殿、交代いたしましょうか?」
マイラが気遣わしげな視線を俺に向けながら提案する。
「大丈夫だよ、ありがとうな」
今、俺は台車を引いていた。
載せているのは、セオフィラスの遺体が収まった棺だ。
「い、いえ。何かありましたら、いつでも仰ってください!」
俺は、黙って歩いているネモフィラへと視線を向ける。
今回の任務のあと。
ネモフィラは、十二聖者から除名されることとなった。
表向きは、引退だ。
聖騎士を連続して失ってしまったので、世間からは同情的な意見が集まっている。
三人目を迎えることなく引退することを、責める者は少ないだろう。
功績の為に『黄褐』ペアの巨人兵討伐を邪魔した――という建前で巨人兵の能力を奪おうとした――行動については、祝いの場に水を差したくないという国家の思惑からか、明確な罰は与えられなかった。
実質的に、十二聖者から降ろされることがそれに相当するのだろう。
これからの彼女は、一人の聖女として、生きた人間たちを癒やす為に活動するつもりなのだという。
そして、元十二聖者、黄金郷に関わる貴族の娘として、俺とお姫さんの協力者になってくれるとも約束した。
彼女の心を蝕んでいた喪失感が薄れたわけではないだろうが、今回の任務は、彼女に前を向かせることができた、ということか。
形骸種の討伐に執着していた彼女は、もういない。
そんなわけで、俺は早速彼女のコネを頼り、この都市へとやってきたわけだ。
セオフィラスの遺体を引き取るのには一悶着あったようだが、なんとか埋葬の許可を得ることができた。
十二形骸の遺体ともなれば、研究したがる輩は大勢いるだろう。
だが同時に、セオフィラスの件は世間に知られるわけにはいかない秘密。
既にオルレアちゃんとお姫さんの実家にも事情がバレている中、ネモフィラちゃんを黙らせれば済む問題ではない。
引き渡しを拒否することによるデメリットを考えて、手放すことを選んだのか。
まぁ、そういう裏事情はどうでもいい。
朽ちた都市の中を、時折形骸種たちと遭遇しながらも、進んでいく。
この戦力ならば散発的な戦闘など苦にもならない。
辿り着いたのは、ネモフィラちゃんのご先祖様の邸宅、その庭園跡だ。
そこには、石の積まれた簡素な墓がある。
セオフィラスの主、イクセリスの墓だ。
彼女は聖騎士に討伐され砂と散ってしまったが、その砂をセオフィラスが掻き集め、土の中に埋めたのである。
俺とネモフィラちゃんは、やつの記憶を追体験したことで、その情報を知っていた。
俺とマイラで、その墓の隣に穴を掘り、セオフィラスの亡骸を埋める。
棺を埋めるほどの穴を掘るのは本来ならば重労働だが、互いに聖女の加護をまとっているので作業はすぐに済んだ。
「皆様、本日はご協力いただきありがとうございます」
セオフィラスを埋めたあと。
ネモフィラちゃんが、俺達に頭を下げた。
「いいえ、構いませんよ。我が騎士の願いでもありますから」
お姫さんが、優しく応じる。
オルレアちゃんは普段通りの冷たい表情のまま、無言。
彼女としては、あくまで妹についてきただけ、かもしれない。
「女の子を、一人でこんな危険な場所に行かせるわけにはいかないからな」
「ふふ」
ネモフィラが、以前とは違う、慈しみを感じさせる微笑みを浮かべる。
「どうしたんだい?」
「アルベール様が、セオフィラスの為にこの場へ足を運んでくださったこと、私は承知しております」
何を言うかと思えば。
「おいおいネモフィラちゃん、俺が男の為に重労働なんかするわけがないだろ。君の好感度を稼ぐ為にやってるんだ」
「あ、アルベールっ!」
お姫さんが咎めるように俺を見上げる。
「そのようなことをされずとも、アルベール様には好感を抱いておりますよ」
「ね、ネモフィラ様までっ」
なんだか慌てた様子のお姫さん。
「そりゃ光栄だ」
「ですが、アルベール様は、アストランティア様の聖騎士でしょう?」
「……だな」
ネモフィラちゃんは寂しげに微笑んだあと、セオフィラスの墓を見下ろす。
「私の聖騎士を殺め、私を守って死んだ聖騎士。彼にどのような感情を抱くのが正解か、私にはどれだけ考えても分からないのです」
「相棒の仇だから許せない。だが守ってもらった分の感謝はする。それは、両立できないかい?」
悪感情と好感情を同居させるのは難しいが、不可能ではない。
「非常に、難しいでしょうね。でも、そう思えるように、いつかなりたいと思います」
主の隣で眠らせてやろうと配慮している時点で、充分立派だと思うが。
彼女自身が納得できるまでは、まだ時間が掛かるのだろう。
「なぁ、ネモフィラちゃん」
「はい」
「一つ、頼みたいことがあるんだが」
「どうぞ、どのようなことでもお申し付けください」
彼女は自身の胸に手をあて、俺の言葉を待つ。
だが、俺はすぐには口を開けなかった。
数秒言い淀んだ末、頭を掻きながら、それを口にする。
「あー……その。いつか、この都市が解放された時、さ。この庭園は、残してやってくれないか」
断じて、セオフィラスの為などではない。
これは、そう。イクセリスちゃんの為だ。
遠い昔に亡くなった少女だろうと、女には違いない。
優しさを向けるのは、当然のことと言えるだろう。
つまり、実に俺らしい、いつも通りの発言なのだ。
だからお姫さん、「立派ですよ」とでも言いたげな笑顔で俺を見るのはやめてくれ。
マイラも、尊敬の眼差しは控えめで頼む。
「えぇ、それくらいならば、私にもどうにか出来ると思います」
土地の直接の持ち主は彼女の父親だが、いつか都市を解放した暁に、庭園一つ分くらいの自由は確保出来る、ということだろう。
「頼むよ」
「はい」
話はまとまった。
封印都市は長居するような場所ではないので、俺たちはそろそろ帰ることに。
だがその前に、一つだけやることが残っていた。
俺は地面に片膝をつき、片手を土につける。
セオフィラスの墓と、視線が合う。
「セオフィラス、俺はお前が気に食わないし、男のことなんてどうでもいい。だが……自分の聖女を守りきったのは、褒めてやるよ」
愛する者を守る。
かつて、貧民窟で俺の面倒を見てくれたジイさんや、拾い育ててくれた義父が言っていた、男の幸せ。
おそらく、セオフィラスはそれを果たしたのだ。
そのことは、認めてやらねば。
――『黄金庭園』、発動。
「――――これは」
ネモフィラちゃんの驚くような声。
かつて彼女の先祖、イクセリスが好んでいた、黄色い花が。
庭園を埋め尽くしていた。
セオフィラスから奪い取った、植物を生み出し操る能力。
それを使用し、かつての庭園を再現したのだ。
「黄金郷……」
お姫さんが感嘆の息を漏らす。
その呼び名を、イクセリスは気に入らなかったようだが。
呼び方で、花の美しさは変わらない。
「さ、帰るか」
立ち上がると、ネモフィラが俯いていた。
小さく肩が震えている。
「……素晴らしき手向けです、アルベール様」
「君のご先祖、イクセリスちゃんへのな」
「ふふ」
黄金の花びらが舞う中を、俺たちは結界の外へ向け進む。
これで、今回の件の心残りは全て片付いた。
十二形骸との接触が連続しているが、これは異例の事態。
本来は、学生生活を通してお姫さんが成長するのを待つ予定だったのだ。
これで、見習い聖女としての訓練の日々に戻れればいいのだが。
果たして、どうなるか。




