第8話「期待」
「この辺に…あ、ありました。あの家です」
「本をどこに隠してるとか分かる?」
「確実とは言えませんが1階のどこかだと思います。紙袋に入れてました」
「うん。真はここで待ってて。顔見られてない私がペットを飼いたいって相談するフリして」
「それは…ダメです」
「どうして?」
「…一緒が…」
「ん?」
「だから、いっ…すぐ戻ってきてください」
「任せてよ。行ってくるね」
全て言わなくても凪咲さんは僕の言いたいことが分かったと思う。
僕の存在がバレないように少し離れて遠くから様子を見てみることにする。
家からおじさんが出てきて…凪咲さんと会話してる。あ、招き入れた。
創造の書を持ってる余裕からなのか、誰でも家に入れてしまうようだ。
…あれ?もう凪咲さんが出てき…うわ!
凪咲さんと一緒に犬が10匹近く出てきた。
おじさんが遅れて出てきて
「なんてことをしてくれたんだ!放火魔め!お前達!この女を食い殺せえ!」
怒鳴ってる。内容もやばい。
でもおじさんは凪咲さんを追いかけられない。きっと家の中で本が燃えているからだ。
早く消火しなければ動物達に悪影響だし、本も…いや、本はもう助からないか。
「凪咲さん!」
「真。そっちにいたの?」
「見守るつもりだったんですけど…」
「犬だけで何匹いるんだろうね。小型犬だけで30以上はいたと思うけど、2階にもいるんでしょ?」
「2階は猫です」
「…2階見てたら躊躇ってたかも。テレビ台の横に紙袋あったから、色んな犬に興味ある感じで近づいたらやっぱり創造の書だった。ちょっとだけ燃やそうと思ったんだけどね…ポッのつもりがボッ!になっちゃって」
「もしかして大火事になったり…」
「勢いはすごいけど本が燃えて無くなれば大丈夫。ラッキーストリートで使ったのと同じだから」
「なんですかその便利すぎる火は」
「特化魔法だよ。私のお母さんが発明して、魔法資格を」
「…凪咲さん。話はまた今度です。その犬達はどうしましょう」
「え?あっ…ついてきちゃったの?」
凪咲さんの足元に3匹の小型犬が。
今すぐ襲いかかるような感じはない。元気に尻尾が揺れていて…
「甘えたいみたい。おいで」
おいでと言われた途端に犬が凪咲さんに登ろうとする。
抱っこするとあれだ、犬が口をペロペロ舐めるやつが始まるに違いない。
「でもそうすると真がヤキモチを」
「なんでそうなるんですか!勝手に話を繋げないでくださいよ!」
「合ってるくせに」
「…い、犬ですよ?」
「じゃあペロペロされていい?」
「衛生面を考えて、やめておきましょう」
「ふふっ」
「……」
「この子達は近くのペットショップに連れてこ?引き取ってくれるかも」
「そうですね」
「じゃあみんな私についてきてね。抱っこは…我慢ね」
「僕を見ながら言わないでください」
「可愛い」
多少ふざけはしたが犬達はとてもいい子だった。
ちゃんと僕達…いや、凪咲さんの後を寄り道せずについてきたのだ。
これもあのおじさんが躾を?
「そこのペットショップにしようか」
「オーヤマダ?店名、ヤマダじゃ何か問題あるんでしょうか」
「いいからいいから」
入店してすぐに凪咲さんが店員さんに相談。
その間僕はなんとなく売られている動物達を見ていた。
犬。猫。インコなどの小鳥に…熱帯魚などもいる。
熱帯魚か…静かなのに色鮮やかだったり形が独特だったりして意外といいかもしれない。
水槽の内装にこだわるとさらにひと味違う空間に。背景として実写の写真を貼りつければ…都会のビル群の中を泳いでるように見える。
…あと30分も観察したら初心者向けとか色々聞きに行ってしまいそうだ。
「引き取ってくれるって」
「……」
「真?」
「…あ、はい。問題ないです」
「帰ろっか。ソープも待ってるし、色々と片付けないとね」
「そうですね…」
いつか機会があれば、ぜひ。
そんな保証のない約束をして店を出た。
………………………………next…→……
逃げ出したオヤブンを探してサラは走り回っていた。
旅館の中は最初に探したがどこにもいなかった。
外に出て猫のいそうな場所を見て回るがどの場所にもオヤブンはいない。他の猫ならいくらでも見つかるのに。
「…ふぅ…ふぅ!」
走り疲れて息が乱れる。
近くにいるのかさえ分からない。
ふとスマートフォンを取り出すが、猫が携帯電話を持ち歩くはずもなく。
「オヤビン…!」
ポケットを漁ると小銭が出てきた。
160円。それを見てサラは思いつく。
「っ…どこですか…あー…」
今探しているのは猫ではなく、店。
海苔ではない。お茶でもない。惣菜でもなくて。
「おぉ…!ありました!」
たい焼き。
オヤブンの好みは不明だが、たい焼きのカリカリした生地部分を美味しそうに食べている姿がサラの中で強く残っていた。
「1つください!あー、あんこ少なめで!あとカリカリ多めで!」
なるべくオヤブンが食べたいと思うようにという彼女なりのリクエストは店員を困らせた。
焼けたばかりの熱いたい焼きを購入し、再びオヤブン探しが始まる。
もしかしたら匂いに釣られて姿を現すかもしれない。
期待し、周囲をよく観察しながら歩く。
「オヤビーン…!どこでーすかー…」
それから10分後。
「オヤビーン…」
見つからない。
たい焼きも冷めてしまった。
「ノー。これはオヤビンのです…」
なんなら野良猫達がサラの後をついてきている。
たい焼きをエサと勘違いし匂いに釣られてきたのだ。
ぞろぞろと10匹近くの猫達が彼女にくっついて移動し、可愛らしい鳴き声の大合唱でたい焼きを寄越せと催促する。
「ダメです…これはオヤビンの…」
なんとか言い聞かせようとするも、ついに耐えられなくなった野良猫がサラによじ登ろうとする。
引っかけるために伸ばした爪が肌を引っ掻いて、足に傷ができてしまう。
「痛いです…でも…」
あげられない。
サラは小走りで猫と距離を…置けない。エサを目の前にして今更引き返せないのか、野良猫達も速度を上げてついてきたのだ。
「うぅ!やめてー!」
両手でたい焼きを大事に持って走る。
しかし相手は猫。追いつかれるのは分かっていた。
それでも走る。途中で急に曲がってみたり、立ち止まって逆方向に逃げてみたり…何をしてもすぐに追いつかれて…それでもサラは走った。
「うぅぅっ!」
今自分がどこにいるのかさえ分からなくなってきて、不安になる。
また泣きそうになってきて必死に堪え、
「オヤビン!!」
名前を呼び、
「オヤビン!!」
名前を呼び、
「……オヤビン…」
少しだけ、諦めた。
真達の前で創造してからまだそれほど時間は経っていない。
でも、その短い時間をずっと一緒に過ごしてきた。
その間の出来事を思い返してみれば、オヤブンはいつも大きい声で"ツッコミ"をしてばかりだった。
それはサラが間違ったことをしないようにするため。危険な目にあわないようにするため。
どこに行くにも付き合ってくれて、親のように傍で見守ってくれていたのだ。
…その役目に疲れてしまったのだろう。
彼女の中で答えが見つかり、オヤブンが見つからない理由も見つかった。
パートナーでいたくないと思わせてしまった。
走る速度は徐々に遅くなり、ついには普通に歩くのよりも遅くなる。
野良猫達がニャーニャーと騒ぎ、その中の1匹が跳んだ。
サラの手を叩き、たい焼きを無理やり奪ったのだ。
地面に落ちたそれに野良猫達が群がる。
サラはその光景をしばらく見ていた。静かに涙を流しながら。
姿形は違うが、重なる。
学校で同級生にランチを乗せたプレートをひっくり返された時と。
授業中、休み時間…いつも自分だけを1人にして他のみんなが仲良くしていた時と。
出来れば思い出したくない記憶が何度でもサラを傷つける。
気づけばたい焼きは食い荒らされ、腹を満たした猫達は解散していた。
ゴミと変わらない残骸を拾い上げ、耐えきれず声を漏らしながら泣いて歩きだす。
「っぐ…!うぅぅぅ…」
とぼとぼ歩くサラ。そこに
「お嬢さん大丈夫かい?」
1人の老人が声をかける。
杖に支えられながら、曲がった背中を懸命に伸ばし、サラの肩を優しく叩く。
「外で泣くより中で泣きなさい。こっちにおいで。泣く場所を用意してあげるから」
黙ってついていく。
導かれた建物に入ると、
「ここは博物館だよ。あ〜…外国の人に分かるように言うのは難しいなぁ…。歴史。な。ほら、昔の写真だ。こっちはその時のご飯」
「……」
「……こっちにおいで。奥なら人が来ないから」
関係者以外立ち入り禁止という札が立つ横の暖簾の奥へ進むと、少し照明が控えめの部屋に迎えられる。
この部屋の展示物はサラにも分かる。
サムライ。侍だ。
実際には、昔この地を荒らしていた悪人がどんな人物だったか、どれだけの悪事を…どういう最期を迎えたか…そういったことを知ることができる展示内容なのだが、サラにはそこまで詳しくは分からない。
ただ、侍と猫が飾られているとしか。
「ミケはすごい猫でね…日本語に詳しくなったらまたおいで。…ほら、そこに座りなさい。落ち着くまで好きなだけいていいから」
老人はポケットティッシュをサラに渡して出ていってしまった。
「………」
スマートフォンを取り出し、母親の連絡先を画面に出す。
無意識。頼ろうとして自然と指が動いたが、何を話せばいいのか分からない。
電話をかける途中で切り、目の前に飾られている侍を眺めた。
「………」
へぇ。
野良猫だけかと思ったら、捨てられた猫とかも保護してるみたいやな。猫にとって天国やなここ。
「ふふ…」
サラの頭の中でオヤブンの声が聞こえる。
一緒に過ごしてきたせいで、オヤブンが言いそうなことを脳内で勝手に喋らせているのか。
とにかく、声が聞けてサラは少し嬉しかった。
うわぁ。弱肉強食やな。
武器を持つ侍に勝てへんから着るものやら食うものやら、厳しいなぁ…家も女も奪われとったんか。
全員で戦えば勝てたかもしれへんけど、それはやっぱり見てる側の意見やねんな。実際その立場になったら殺されたくないからビビってまうやろなあ。
「オヤビン…」
正直、何を言ってるのか分からないことがよくある。
その原因をサラ自身が分かるはずもない。実はオヤブンの話す中途半端な偽物の関西弁が日本語と認識されないせいで創造の力をもってしても理解できないのだ。
それでもサラはオヤブンの話し方が好きだった。
ほほぅ?関係者以外立ち入り禁止?
言うてもワイは猫やし無関係とは言えへんやろ。
つまみ出されることになっても媚びたらええねん。…多分大丈夫や。…係員いないとええな。…あ、やっぱやめとこかな。…でも、入るー!入ってまうんや!ワイは天才やからな!もっと勉強して賢くなって……あ、
「サラ…」
「…へ…?……オヤ…」
「なんや!?何があった!?誰がお前を泣かしたんや!」
「あ、あう」
サラは驚いた。幻聴だと思っていたら、本当にオヤブンがそこにいたのだ。
目が赤くなり、鼻水は垂れ放題で唇を経由し顎にまで到達。そんな彼女を見てオヤブンも驚いていた。
走ってサラに飛びつくオヤブン。
彼女の両頬を両手の肉球で挟んで癒しつつ
「言え。誰にやられたんや。ワイがぶっ飛ばしたる」
「オヤ…」
「言えへんのか?言ったら何かされるんか?大丈夫や。ワイがお前を守ったるから」
「っく…」
「もう泣くな。ワイがおるやろ?な。安心してええから」
「…っオヤブン!」
「おう。任せと…ん、今お前ワイのことちゃんと呼んだか?」
「オヤブン!オヤブン!」
「聞き違いじゃ…にゃにゃっ、痛い!待て!落ち着け!ワイのお腹をがっちり掴むな!うがぁぁぁぁっ!!」
それからしばらく。
「やっと落ち着いたか。危うく身内に殺されるとこやった…」
「オヤブン。もうどこにもいかないでください…」
「さっき泣きながら色々話しとったけど、なんかあったんか?」
「オヤブンは大切なパートナー。ずっと一緒に」
「いるに決まってるやろ。ワイはお前を1人にしない。約束や」
「…約束」
「ゆびきりげんまんうそついたら…待て。小指を絡められへん。ちょっ、だからって手を全部握るな。爪出したろか?」
「オヤブン。大好き」
「…はっ!?きゅ、きゅきゅ、急に何や!そんなん言われても」
サラはオヤブンを抱きしめた。
彼女は優しくしたつもりだが、オヤブンはとても苦しそうに
「ふごっ…」
耐えていた。
「お嬢さん。少しは落ち着い…おやおや」
老人が様子を見に来たが
「人形を抱きしめる娘を思い出す…はぁ…」
すぐに退室した。
「なぁもうええか?ええやろ?な?」
「オヤブンふかふかでーす…」
「もふもふやろ?それを言うなら」
「…オヤブン」
「なんや」
「ダンにアドバイスもらいました。新しい武器を作りまーす…」
「武器?…まあな。ワイが満腹やとあれやし…」
「でもアイデアがありません…」
「なるほどな。ならワイが考えたる」
そう言ってオヤブンは展示物に注目した。
「武器か…猫はこの土地の英雄扱いやし、鋭い爪と牙を創造して猫になりきるのもええかもな。でもサラはそういうのは好みじゃないねん。となると」
「オヤブン?」
「刀。刀やな」
「カタナ…」
「サムライソード…ん〜もう少し名前を捻りたいんやけどなぁ」
オヤブンが展示物に近づくとサラもついていく。
1人と1匹は展示されている刀をじっと見て
「なになに…多くの人間の血を吸った侍の刀は、"妖刀"とされ…本物は厳重に保管…」
「漢字難しいでーす…カタナがトウって」
「日本語は外国人にはハードル高いって聞くで?……お、」
オヤブンが思いつく。
「決まった。決まったで、お前の武器の名前」
「わお…なんですか?」
「その名も…妖刀、"グレイトウ"」
「グレ…イト?」
「グレイトウや。英語のグレートと刀の読み方をかけてんねん」
「おぉ…」
「すごい刀ってそのまんまの意味や。天才的やろ!あとは創造するだけやな!」
「あ…ん…オヤブン」
「どした?」
「話したいことがありま…す」
「何でも言うてみ」
………………………………next…→……
今回のことで学んだことがある。
焼肉のタレをこぼした時は、すぐに拭き取ること。
そうしなければ酷いシミと強烈な臭いが…
「あぁ…心が折れそうです。そこそこ広範囲ですし…テーブルの下に大きめのマットでも敷いて誤魔化すしかないですよねこれ」
「木目の床だし、マットはいいかもね。ソープの爪とか引っかかりそうだもん」
「…そこまでは考えてませんでした。そっか…餌とかだけじゃなくて床とかも気をつけるべきでしたね」
「出費増えちゃうね…」
「大丈夫ですよ。いくつか割れた食器の補充もしないとですし」
「冷蔵庫も荒らされてるから…食料も買わないとだよね」
「こういうこともあります。ついでにドアを創造で補強しましょう。鍵も頑丈でピッキングとかされないようなやつに…」
「待って真、なんかやることがどんどん増えてるよ?」
「この際だからプチリフォームを」
「ま、真!?」
「ニャア」
「…ソープ。ごめんなさい。僕もう何を言ってるのか分からないです」
「ニャア〜」
「ご飯かな?」
「お水かもしれませんね」
「ふふっ。じゃあ試してみる?」
水とエサを同時に置いて、ソープの様子を見る。
「ねぇ真。本当にプチリフォームするの?」
「前から模様替え程度はしてもいいかなって考えてました。古くなってボロボロの壁紙とかちょっと嫌でしたから」
「じゃあ、じゃあさ…賭けようよ」
「賭けですか?」
「ソープが先にご飯を食べたら、私達一緒の部屋にしよ?」
「っ……」
「ね?」
「じゃあ水を先に飲んだらどうしますか?」
「真決めていいよ」
「う〜ん……勝ったら考えます」
「分かった」
賭けの対象になっていると知らないソープはというと。
ちょうど2つの中間にいた。
それとなく両方の匂いを嗅いで…
「ん?」
「どっち?」
「ニャア」
「あっ!」「あ!」
………………………to be continued…→…




