第9話「明日」
静かな時間が流れる。
これは1人と1匹にとっては大変珍しく、特に使者の黒猫にとっては沈黙は天敵と呼べるほど辛いもので。
「……お前が決めたんやったらワイは反対しない。どこまでも一緒に行ったる。でも本当にええんか?」
サラはただ頷いた。
「せやな。母親にも挨拶せんとあかんし…あ、でも人間の言葉を喋る猫っていたら変に目立つやん。にゃーにゃー言うしかないか」
「オヤブンがいれば…帰っても大丈夫。寂しく…ない…」
「まだ日本におるやん。もう寂しがってるやん。当日は皆に見送りに来てもらおうや。な?」
「…うん!…グレイトウは帰ったら作りまーす!」
「せやな!んじゃあダンのとこに戻って温泉入って…忙しくなるで!」
滞在時間が限られるサラはオヤブンと話し合った結果、一時的な帰国ではなく完全な帰国を決めた。
これは彼女が思う大切な人達に対する答えである。
「もっともっと強くなって、家族を安心させて、それからや。本物の友情っていうのは会えなくなってから証明されるもんなんや」
「オヤブン。聞きたいことがありまーす!」
「なんや?」
「…英語は話せますかー?」
「……英語ってなんやねん」
………………………………next…→……
気づけばもう日付が変わる頃だ。
こんな時間に僕は汗をかいていて
「これで何度目でしょうか…」
雑巾を搾っていた。
「でも真が言い出したんだよ?こういう時にこそ全力で掃除しましょう!って」
「そうなんですけど…」
2人でホームセンターに買い出しに行って、大量の荷物を抱えて帰宅してすぐに掃除が始まった。
大掃除を超える大掃除、"超掃除"の計画は実際にやろうとすると2人では時間がかかりすぎると始めてから気づいてしまった。
「でもかなり効率良いでしょ?私の風魔法で床、棚の上、隙間…どんなに細かい場所のホコリでも取り除けるし、飛び散らない。全部巻き込んでゴミ箱に直接入れられるんだし」
「それでも濡らした雑巾で一通り拭いて、その後乾拭きもしたいんです。…タンスの裏のホコリもきっちり全部無くなってるのはありがたいですけど」
「そっち終わったら家具動かそっか。私今のうちにトイレ掃除終わらせて階段もやっとくね」
「ありがとうございます。お願いします」
実際、凪咲さんの風魔法はお掃除ロボットの完全上位互換だった。
いつか使ってみたいという憧れがあったが、この"お掃除魔法"を知ってしまったら…
「ニャア」
「ソープはあっちでゆっくりしていてください。寝ててもいいですよ?」
僕の返事がソープの求めるものだったのかは分からない。
でもそれを聞いて僕の足に少しの間だけ体をスリスリしてから掃除の済んだ部屋に移動したのを見ると…
「合ってた…かな?」
さて。もうそろそろだ。
僕の部屋が無くなる。"僕達"の部屋に変わるのだ。
模様替えの内容を決めるための賭けで僕は負けてしまった。
いや、正しく言えば勝ったのだが。
…ソープは先に水を飲んだ。それから少しだけエサを食べた。
その様子を見ていた凪咲さんが残念そうな顔をしていて…つい。一緒の部屋にしましょうと提案してしまった。
…今でも家族が生きていたら。
どんな生活だったんだろう。
部屋の数は多くないし、ここは実家として別に部屋を借りていたかもしれない。
普段は両親とここじゃないどこかで暮らして、時々こっちに来て。
秀爺に小遣いを要求したり…1階の本屋で数の少ない古い漫画を読み漁ったりして。
そんな"もしも"は新しい"いつか"に塗り替えられた。
いつか、1階も生活スペースに変える。
いつか…いつか…
「真、大丈夫?考え事?」
「…あ。はい。大丈夫です。家具を動かしましょう」
「うん。私が使ってた部屋を自由な部屋にして、そこにソープのための場所も作って」
「僕が使ってた部屋を今後は僕達2人の部屋に。……」
「寝るのも起きるのも一緒だね。でも前とそんなに変わらないかも」
「そっち側お願いします。僕はこっちを」
「うん。せーので動かす?いっせーのにする?」
「じゃあ、せーのでお願いします」
「せーの…」
あれもこれもと欲張った超掃除が終わった時、朝の9時になっていた。
「もうダメ…です。全身筋肉痛になって動けなくなる未来が見えます」
「お疲れ様。お腹空いてる?」
「…いいえ。達成感でお腹いっぱいです」
まるで新築みたい!とはいかないが、超掃除と勝手に名付けただけあって家全体が生まれ変わったように綺麗になった。
家具などの配置が大きく変わったことで知らない場所感がある。
慣れるまでは物を探す時に間違った場所を探してしまいそうだ。
「シンプルな白と迷ったけど、レンガもいいね。なんかお店みたいでおしゃれじゃない?」
「そうですね…剥がせる壁紙のシールみたいな商品があると知った時は驚きましたよ。種類も多かったですし」
「変えたくなっても簡単だもんね」
「終わってみると、今回の掃除の8割くらい凪咲さんの魔法のおかげだと思うんですけど」
「そんなことないよ」
「家中のホコリが無くなって。手が届かない高さの隙間を塞いだり、壁紙を貼るのだって…」
「魔法って、戦うための手段って思われがちだよね。でも実際はそんなことはなくて、生活を助ける力だったりして。真も風魔法って聞いたら敵を吹き飛ばしたりすると思うでしょ?」
「アニメや映画で出てくる魔法とは全然違いますよね。攻撃的な超能力みたいなことじゃなくて、属性でしっかり分かれていて」
「魔法は新たな生活エネルギー。炎、水、雷の3属性はガス、水道、電気の代わりになれる。地球にも優しいし生活に必要なお金に余裕が生まれる。風属性は弱者を支える力がある。新たな手足として老人や手足が自由に使えない人達が1人でも生活できるくらいに」
「新たな生活エネルギー…」
「うん。お父さんが言ってた。俺達が魔法を使う理由は…って。その時もこうやって並んで床に寝転がってたなぁ…」
「僕は疲れて仕方なくですよ?」
「ふふっ。私は真の隣にいたかったから」
「……。でも凪咲さんが出てくるあの小説ってずっと魔法を戦うための手段として書いてましたよね。あ。争いが終わったから魔法の新たな使い道としてっていうことなんでしょうか。…でも」
「ねぇ真、今照れたよね?」
「やめてくださいよ。指摘されるのが1番恥ずかしいんですから」
「可愛い」
「凪咲さん。ぶっちゃけてもいいですか?」
「うん。いいよ」
「僕今、ものすごく疲れてるんです。でも動きっぱなしだったはずなのにあまり寝れそうになくて」
「私の話が聞きたいってこと?」
「…嫌じゃなければ」
「……確か、小説だと…どこまで書かれてるんだっけ?」
「凪咲さんのお父さん…ナギさんの視点で見てきた様々なものが実は何らかの記憶装置みたいなものによる再現で…凪咲さんが短時間でそれを追体験したんですよね。で、戦えるようにならないといけないって。近い未来に自分達が」
「うんうん。思い出した。その後ね、私は魔法を学んだの。あと戦い方も。でも両親には内緒で…お父さんの仲間…他の勇者達に教わった」
「勇者も魔王もいっぱい出てきましたもんね」
「私も半分は勇者だよ?」
「……」
「真が言った通り、お父さんが経験した分だけでも勇者と魔王がいっぱいいた。でも私が戦うことになってからも勇者と魔王はいっぱいいたの。しかも、今度は勇者が敵になったり魔王が味方になったり…ぐちゃぐちゃだった。敵と味方の線引きも曖昧になって…」
「何が原因なんですか?」
「魔王が子供を産めるって判明したこと」
「………あんまり聞いたことないです」
「殺したはずの魔王と全く同じ容姿の魔王が現れて、仇討ちだって人間を襲ったことがあったらしくて。最初は蘇生されたのかと考えられてたみたいなんだけど、何度か戦ってるうちに………」
新たな魔王の誕生。次世代の勇者の誕生。
父親の記憶通りに過去に飛んで小説の元凶である魔王の撃破。
そこまで頑張っても始まってしまった"魔法大戦"。
何もかもが終わって、世界が変わった。
人間と共存することを選んだ少数の魔王達が世界中を巡り魔法を正しく広めた。
武力行使が出来ないように制限された魔法は、数年後の未来には中学校で必修科目になる予定だった。
絵本を読んでもらっている子供の気分だった。
強くなっていく喜び、仲間を失う悲しみ、異世界への探求…
凪咲さんはずっと話を続けてくれた。ようやく眠くなって僕が目を閉じてしまっても。
寝落ちする寸前でも、小声で話を続けてくれた。
………………………………next…→……
「蘇れ。オガル」
黒い大きな袋をいくつか並べて、夜の森の奥深くで汚れた白衣を着た男は始めた。
木々を破壊し無理やり作った空間。
そこで男はそう呟いたのだった。
((READ))
手に持つ創造の書が発光し、黒い袋に干渉する。
数秒後、袋を破り中から這い出てきたのは
「オガルちゃん…ふっかーつ…」
無傷な姿のオガルだった。
「ねーねー。オガルちゃんの衣装がめちゃくちゃだよー?ほとんど裸じゃーん」
「死んだお前が悪い」
「そんなこと言ったって、意味わかんないもん!あの女…意味わかんない…」
「憎め。それがお前を成長させる」
「オガルちゃんは痛みで強くなるんだよ?」
「…勝手にしろ」
「ところで、他のメンバーは?もしかしてオガルちゃんみたいに死んじゃった?」
オガルは自分が出てきた黒い袋と同様のものが他にもあるのを見て問う。
「ダルダとミスネは今頃戦闘中だ。お前の期待通り死ぬのだろうが」
「死んでほしいなんて言ってないよー?」
笑顔のオガル。
男は話を続けた。
「1人。たった1人の代行が我々の道を塞いでいる。赤髪の女だ」
「えー?オガルちゃんは」
「復讐は後だ。赤髪の女を優先する」
「…はーい」
「この女はなぜか我々の目的を知っている。創造の書を集めていることも。…ダルダが既に2回殺された」
「チッ。あのレインコート野郎。てめぇの血管伸ばしてどんな生き物にも繋がれるんじゃなかったのかよ。人間相手じゃ負け無しだって余裕ぶっこいてやがってよぉ」
「女は我々よりも代行の能力が高い。それだけのことだ」
「は?お前リーダーだろ?それ負け認めてんのと何が違うんだよ。おい」
「事実だ。ダルダが回収した創造の書が奪われた。殺された2回分だ」
「10冊以上ってか?」
「合わせて絶対数も減った。回収する前に何冊か消滅したようだが…」
「…オガル、いっぱい集めたよね?その本は?」
「残っている。…少し計画を変える。まずは50冊以上所有することを優先したい」
「赤髪の女をぶっ殺してー!そしたら本をまた集めてー!ってこと?オガルちゃんは何したらいい?」
「創造の書を集めろ。女が接触してきたら」
「殺せばいい!」
「逃げろ。本を渡すな」
「…はーい」
ここで電子音が鳴る。
「あ、それオガルちゃんの電話でしょー?」
「…どうした」
電話に出る白衣の男。それからすぐ、スピーカー機能でオガルも会話に参加させる。
「もしもし?オガル。あなたもいたのねぇ」
「チッ。フリーカかよ。影女が何の電話してきたんだよ」
「相変わらずねぇ。報告よ。ダルダとミスネがまた死んだの。"彼女"、すごいわ…」
「は?赤髪の女か?今聞いたばっかなのに…」
「オガル。あなたが戦っても勝てないわよ?自慢の"火事場の馬鹿力"が発動しても無理ね。無理無理」
「お前をぶっ殺してやろうか?」
「フリーカ。女の創造は分かったか?」
「いいえ。ダルダもミスネも彼女に触れることすら出来なかったわ。でも…ミスネの力のおかげで彼女が恐れるものが分かったの」
「…なんだ」
「代行よ。白装束の男」
「……代行か」
「不思議よね。普通なら、虫とか幽霊、化け物とか…人間だとしても虐待経験のある親だったり精神的に苦しめてきた友達だったりするでしょう?なのに代行よ?しかも白装束の。…何か特別な代行なのかしら」
「心当たりがある。こちらで調べておく」
「じゃあ2人の死体を回収して戻るわ。本は取られてしまったけど…」
「構わん」
「それじゃあまた後で」
「ったく面倒すぎんだよ。赤髪の女と白装束の男?」
「やることは変わらない」
「はいはい。終の解放者に光あれ」
「光あれ。…行け」
「…頑張り屋さんのオガルちゃん、行っきまーす!」
………………………………next…→……
「……ふわぁぁぁ〜」
起きたら目の前に凪咲さん。
寝顔も…可愛い。
床の上で寝たせいか少し体が痛い。
せめて凪咲さんには毛布をかけてあげよう。
「…うわ。今って夜?昼夜逆転はちょっと…」
ふとスマホを見たら衝撃。
ソープの食事も用意しなくては。
「あ、サラさんからメールだ…」
件名 お願いがあります
明日、オヤブンと母国に帰ります。
空港でさよならを言えたら嬉しいです。
来てくれますか?
「………え?…えぇぇええっ!?」
………………………to be continued…→…




