第6話「知った男と知りたい猫」
「そうかそうか。あのオガルとかいうのは因縁みたいなんがあるかもやなぁ」
「ああ。…真は大丈夫だろうか。返事がないまま時間が過ぎるとどうも良くないことを考えてしまう」
「ダン、まだ動くのは違うで?ワイが考えるにマコトは仲間を危険な目にあわせ…」「温泉まんじゅう!おかわりくださーい!」
「うっさいわアホ!!」
旅館で待機するダン達。
真の帰りを待っている間にオヤブンとダンが親交を深めていた。
「それにしてもジュリアは働き者やなぁ。旅館に戻ってからやってることまんま女将やん。なのにサラのわがままにも応えてくれて…はぁ」
「君は不思議だ。使者ではあるが容姿は猫…それで当然のように人間の言葉を話しているし、代行よりも創造に理解を示している」
ブラックコーヒーを飲むダンと、生ぬるいホットミルクをちびちび舐めるオヤブン。
1人と1匹が目を向けるのは少し離れた別のテーブルで1人大食い大会を開催しているサラ。
「サラ様。箱ごとお持ちしました。思う存分召し上がってください」
「わぁぉ…ありがとうございまーす!ジュリア!」
テーブルには剥かれたビニールのごみが散乱している。
それをジュリアが綺麗にし、代わりに1箱12個入りの温泉まんじゅうを3箱置く。
彼女のサービスに笑顔で礼を言うサラだが、その間も手は未開封の箱へと伸びていた。
「…今、お茶もお持ちします」
サラの様子を見てジュリアは先に行動することにした。
「アホやなぁ。誰にも取られたりせえへんって。なんで急いどるんや。…詰まるて。そんな頬張ったら詰まってまう…」
「サラは日本に住んでいるわけではないのか」
「観光目的やな。でもマコト達と仲良くなってからはずっと居たいって思ってるみたいやねん。毎日母親と電話してるんやけどな?ワイの前では仲良さそうに話しとるけど、ワイがいない時には喧嘩しとんねん」
「いない時の会話がなぜ分かる?」
「にゃ?そんなもんワイが天才やからに決まっとる」
「…思考の共有か」
「…あのアホ。人前じゃあんなに元気なくせして、地元に友達おらんねんて。仲間はずれ。いじめ。原因は父親の不倫。酷いよなぁ…子供のする嫌がらせか?相手の親をネタにするって」
「母親との電話で口論になるのは…そうか、帰国だな」
「せや。まだ若いのに一人旅やし、その目的が逃げた父親探しやからな。心配で帰ってきてほしいってのは最もやろ」
「真達と仲良くなったから日本を離れたくなくなった。なら父親への怒りも薄れたということか」
「たぶんな。でも日本を出たらそれも復活するやろ。どんな気持ちなんやろ…元気なあいつが怒るところなんて想像できんけどな」
「だがいずれはこの国を離れる必要がある。観光目的ならば」
「せや。滞在出来る時間はもう言うほど長くないねん。1週間も残ってへん」
「そうか…」
「なんや。お前も寂しいとか言い出すんか?」
「ある意味ではそうだ。私の目的に、オヤブン…君が必要になる気がしてならない。創造の力に制限は存在しないが代行の力には限界がある。代行になったばかりのサラが君を創造出来るかと考えると…」
「やっぱりワイってオーバースペックやろ?」
「そうだ。正直、驚いている…君の能力の高さ…戦闘能力…」
「もちろんデメリットもあるけどな。満腹じゃ力を発揮できないって相当やで」
「それはサラが無計画に創造したからだ。次は計画的に書き加えればいい」
「書き加える…?」
「追記だ。知らないのか」
「ちゃんと聞いたのは初めてや。可能性は考えてたけどな。出来たんやな…」
「代行の負担は大きい。追記する度に負担は倍になると思え」
「倍かぁ…なら追記はやっても1、2回が現実的でそれ以降は自殺行為やんか」
「ジュリアも追記をして強化している」
「ホンマか!なら負担のデカさがどんなもんか教えてくれ!」
「無知な子供がフォークで脳をめった刺しにしてくるイメージだ」
「…やめろ。ミルク吐いてまう」
「条件付きの追記でその程度だった、というのも付け加えておく。…オヤブン、もしかして君は創造の書の内容が?」
「なんや。ワイはどこまでも天才なんか」
「本当か!?」
「わわっ、ミルクこぼれるやんけ!」
「すまない…本来なら使者は…そうか…やはり君がいなくなるのは惜しい」
「男に惚れられてもなぁ」
突然ダンが立ち上がったせいでオヤブンの飲んでいたミルクが数滴跳ねる。
テーブルの上のそれをオヤブンが舐めている間に、ダンは2冊の創造の書を持ってきた。
「読めるなら見せよう。君は代行を、サラを守りたいはずだ」
「まあな。親心とは違うはずやけど放っておけないんや。なんていうか…うわ、なんやこれギッシリやんけ!」
ダンが見せたのはトゥカミの所有していたもの。
「創造に想像を加える?これお前が書き加えたんか」
「複雑な手順を簡略化したものだ」
「どれどれ…ん?説明が分岐しとるな。感覚派ってのはなんや?」
「真が該当する。"なぜか出来る"というタイプだ」
「多分サラも同じや。ならこっちを読むとして…」
「どこまでも天才…か」
「追記をせずに追記と同等の創造…ふんふん。使者の能力系統を変化させることも可能で?…創造物に流用…なるほどなぁ…」
「次に私の追記を見たまえ」
「これがお前の創造の書か。字綺麗やなぁ…サラとは育った環境が違う…う?ダン、お前もアホなんか?」
「常人が代行として成長するのには限界がある」
「だからって人間をやめる必要があるとは思えへんな」
「私は戦闘は好まない。だが、力が必要になる時が来てしまった。それだけのことだ」
「以下の内容を創造する度に記憶と寿命が5年分消滅し…自殺願望が芽生え…口に出すのも嫌になるような条件がまだまだあるで?そこまでしてどんだけ強くなれるんや…」
「…さあな。だが、私達がオガルと戦っていたなら君達や真のように苦戦することはないだろう」
「お前今頭の中どうなってるんや。死に方を考えるのでいっぱいいっぱいか?それとも無差別殺人とか」
「いや。そこに追記された条件は私に影響を与えない」
「は?お前何言っとんねん!条件があるからこの"処刑モード"ってのが創造出来るんやろ?」
「これを見たまえ」
「ん?ん?」
次に見せたのはトゥカミの創造の書。
さっきとは違うページを捲り、オヤブンに差し出す。
「書き込んだ内容を創造せずに創造する?追記式補助?なんや…複雑になってきたな」
「高等技術だ。例えば、絵を描く際に下描きをする」
「それがお前のデメリットだらけの追記。処刑モードの概要やな」
「そして下描きの上から他人に描いてもらった、としたら?」
「お前の書き込んだ内容を、お前が創造した。でも実際に創造したのは…あ?」
「その本の所有者だ」
「待てよ…待てよ…サラにも伝えられるようにしたい…考えさせてくれ…これ、本当にいけるんやな?」
「ああ。創造に想像を加える、重い条件を無視出来る追記式補助…これらを組み合わせたのが私の新たな創造式だ」
「本は1冊しか持ってないんや。この補助を使うにはもう1冊…他の代行から奪うしかないやんな」
「近くに仲間が居れば可能だ。創造の瞬間に仲間の本を使えばいい」
「その本の所有者に負担が行くなら味方に影響がでるやろ?」
「出ない。…これは創造の書のエラーとも言える。いや、本物の裏技だ。アマトゥワ族が守ってきたいくつもの秘密を私は知ることができた…それを共有し、今は君が理解しようとしている…これこそ私の思う幸せ…」
「待て待て。限界まで我慢してたおしっこを出してる時みたいな顔すんな。ワイにきっちり教えろ」
「追記式補助は代行の協力関係を示唆している。今では争うばかりで協力など考えられないが…昔の代行は大きな創造をする際にこれを利用していた」
「おーい、聞いとるか?」
「創造に想像を加える。これはスプーンをフォークに変化させるイメージで…」
「ジュリアー!来てくれー!お前の主人が壊れたぞー!」
オヤブンの呼びかけから数秒でジュリアが部屋に入ってくる。
が、ダンを見ても顔色を変えず
「壊れていません。ご主人様はこうしてひとり言を続けることで代行の能力を高められるのです。ただ、時と場所を選ばず始まってしまうことがあるので」
「延々と喋ってるで?」
「はい。問題ありません」
「自身が所有する創造の書に追記をし、その内容を別の創造の書で創造する。すると、2冊の創造の書の間で認識のズレが発生する。自身の本をA、別の本をBとすれば…Aの」
「お、なんか聞きたい内容っぽいの話し始めたやん。ジュリア、すまん。このミルク温めなおしてくれ。熱いのは無理やで?ワイ猫舌やねん」
「はい。すぐに」
ジュリアが退室するとオヤブンはダンのひとり言に耳を傾ける。
「…となるわけで、Bの側では何かを創造したという事実だけが残る。これにより本来創造した時に付与される負担は行き場を失い消滅する。これが追記式補助だ」
「どんなコストでも踏み倒せるんやな」
「それは違う。そもそも追記が出来なければ補助も不可能だ」
「なんやねん!ひとり言ちゃうんかい!」
「追記については何人かの代行が仮説を…」
「おーい、おーい…あかん、こいつのがサラより扱い大変かもしれん」
「…他にも、力の前借りだとする仮説がある。そう、将来の自分…限界まで成長した自身の能力で創造出来る範囲…これが追記が可能な条件だとして…」
「……ふにゃぁ〜。眠くなってきたやんけ。"代行マニア"やな、お前は」
「ホットミルク、お持ちしました」
「ええタイミングやな。ペロ…お、これこれ。極楽やぁ…」
「っ……ぷはぁ!!」
「サラ。お前まんじゅう何個食べたんや?」
「んー…、52個でーす!」
「太るで?」
「大丈夫!運動!運動しまーす!」
「体を動かしたいのであれば卓球はいかがですか?」
「卓球…?」「なんですかー?」
………………………………next…→……
ジュリアに案内され、膨れた腹を撫でながらサラとオヤブンがやってきたのはゲームコーナー。
現代では懐かしい古い筐体のゲームが並ぶ中、部屋の真ん中で存在を主張するのが
「おおー!ピンポン!」
「ご存知でしたか」
「ジュリア!勝負!」
「……」
「この大きさやとワイじゃ相手にならんし、一般客を誘っても変な迷惑がかかりそうやから頼むわ」
「分かりました」
「待ってる間ヒマやからワイは無料のやつで遊んでみるとしよか」
無料開放されている格闘ゲームの筐体に飛び移り、前足を器用に動かしレバーとボタンを操作する。
「スタートやぁ!」
「カモン!ジュリア!」
「では…」
サラに急かされてジュリアも卓球を始める。
球をふわっと高く浮かせ、卓球台とほとんど同じ高さまで落下してくるのに合わせて打つ。
「イェッ…ノーーー!!」
芸術的なサーブを、サラはフルスイングで返そうとするも見事空振り。
「もっと力を抜いてリラックスして打ち返してください」
「おっけー!カモン!」
「…分かりました」
"ひとり言"を終えたダンは卓球で遊ぶ彼女達を離れた位置で見守っていた。
「ジュリアも認めるほどの代行と使者か。…それに、オヤブンは全て理解したようだな。……代行と使者の関係、代行と代行の関係。少しずつ明らかになっていく創造の力の秘密。全てを解き明かすためには強敵と死闘を…」
が、再び始まってしまうのだった。
………………………………next…→……
「ありがとうございました〜」
「真、次のお店行こう」
「はい…」
ペットショップ巡りはこれで7店舗目。
白猫自体はそこまで珍しくはないのだが、改めて比べてみるとソープがどれだけ綺麗な毛なのかが分かる。
決して自分の子だから可愛いという贔屓があるわけではない。
「待って。真はこっちのお店行って。私はこっち。一緒に探したいけど、売れちゃったら困るし今は」
「大丈夫です…」
「先に行くね!」
凪咲さんはまだまだ元気みたいだ。あっという間に遠くへ走っていく。
…ソープのことは大事だ。
でも気持ちに体がついてこない。
走りっぱなしで呼吸がいちいち大げさになってしまう。
「この先のコインランドリーを左で…」
目的地へのルートを確認しながら歩いていると、違うものが気になった。
パッと見は普通の一軒家だが、ポストに紙が貼られている。
「飼い主のいない犬、猫を保護します。他の動物の場合でもぜひ相談を…」
耳を傾けると、確かに中で犬が吠えているのが分かる。しかも複数だ。
「近所にこんなのがあったなんて」
「…どうされました?」
家の前に立っていたせいで家主が出てきてしまった。
「あ、いや、動物を保護してるって紙を見てて…」
「そうなんですか。見ていきます?ね、せっかくですから。どうぞ中へ」
「え、あ、…すいません。…お邪魔します」
背の低いおじさんだ。
スーパーの特売に現れる図々しいおばさんのような迫力に負けて中に入ることにした。
玄関で靴を脱いでいるとすぐに犬が寄ってきた。
正直、さっきのラッキーストリートでのことがあるから犬はちょっと…
「こっちはミニチュアダックスのモカで、この子は雑種のみかん。どっちも飼い主がうちに保護してくれって持ってきた可哀想な犬なんですよ」
「飼えなくなったってことですか?」
「いいや。言うこと聞かなくて嫌になったとか、良いソファーをボロボロにされたとか」
「そんなことで手放すんですか」
「有り得ない!でしょ!?」
「おわ…は、はい」
急にグッとおじさんが寄ってきた。
顔が近づいてきたから本気で驚いてしまった。
「そんなこと言ってたら人間の子供はどうするんだって話ですよ!言うこと聞かないなんて当たり前!泣き喚いておもちゃだお菓子だと要求してくる!そしたら子供も捨てるのかって!」
「はい…たしかに…」
「ペットだって立派な家族なんですよ!それをねえ!?」
「…あ、あの。向こうの大人しい猫は」
「え?その子はマンチカンのモカ」
「この子もモカなんですか?」
「ペットの名前なんてそんなもんですよ。特別なものを考えると思いきや。なんか似てるからー、そんな感じだからー、彼氏の名前ー、好きなアニメの名前ー、ってね」
「あぁ…犬にポチ、猫にタマみたいな」
「それもねぇ…当たり前みたいに言ってるけど、じゃあ人間で太郎とか花子とか名付けるかって言ったら」
「ま、まぁその名前が悪いとかじゃないですけどね?ね?」
「…2階にどうぞ。猫は基本的に2階にいるんです」
「へぇ〜…」
ちょっとこの人、怖いな…。
「はいはい!ニャーニャー!ね!今日はお客さん来たからね!みんないい子にしてねー!」
猫部屋。としか言いようがない。
2階には3部屋あって、どの部屋もドアが開けっぱなしで大量の猫が出入りしている。
「こんなにいっぱい…」
「あ、亀のパッキーに餌やらないと。ちょっとすいませんね。すぐ戻りますから」
「あ、はい」
猫部屋に残され、僕を取り囲む猫達を順番に観察する。
長い尻尾、丸い尻尾、垂れ耳、怒りっぽい、退屈そう、他の猫にちょっかい、僕を見てる、ん?僕を見てる…あの猫、ちょっと
「おいで」
「ニャア〜」
「素直だ。…でも毛の色が…あれ?」
茶色っぽいかなと思っていたそれは、触れるとパラパラと落ちていく。…つ、土?
これは、ただ汚れているだけ?
その猫を撫で回し続けてやると、だんだん本来の毛色が判明してきて。
「…白い。まさか…まさかね」
「ニャア」
「…ソープ?」
「ニャア〜!」
「っ!」
ダメ元で呼んでみると明らかに反応した。
話せない代わりに、いつもより強めに鳴いて僕を見つめている。
「ソープ。ソープ。ソープ」
「ニャア〜」
さすがにこれだけ反応されると
「おや、可愛がってたんですか」
「あ…。すいません、この猫なんですけど」
「はい?」
「もしかして今日保護しました?」
「ええ…慌てた男が」
「8万円で買いました?」
「……それあなたの猫?」
「えっと、首輪してたはずなんです。ソープって書かれてて、細いやつで」
「…外して捨てましたよ。ここが気に入らないらしくて、暴れて私の自慢の庭をグチャグチャにしましてね」
「………」
「あなた、本当は捨てたんでしょう?」
「え?」
「あなたがその猫を捨てて、あの若い男が私のところに連れてきた。保護に協力したんだから金を寄越せと」
「あの…」
「無責任な飼い主のせいで!それを悪用する人間が出てくる!私は小さな命だとしても金など惜しまない!!」
「待ってください!話を」
「今さら!」
おじさんは部屋を出て階段を降りていった。
「どうしよう…ちゃんと話して分かってもらえれば…とりあえず連れ帰りたいけど…」
ソープを抱いて1階へ。
物を散らかすような激しい音。それと犬達が吠えまくっている。
「ここは一旦」
玄関へ。両手が塞がっているので靴を雑に履く。
最悪、黙って連れ帰るのもありだ。
家主のおじさんが落ち着いたら改めて事情を説明しお礼を…
「待て!!」
おじさんが紙袋を手に戻ってきた。
「あ!この子は僕の猫で!ソープって名前で!」
「お前みたいな無責任な」
「家に泥棒が!この子を連れてきた男が犯人で!」
「若いやつには責任ってものを」
一方通行な言い合い。
「っ、話を聞いてください!!」
「言い訳なんて聞いてやるか!この糞ガキ!」
そう言っておじさんが紙袋から取り出したのは。
「…創造の書……!」
「今日で2人目か!動物を大切にしない人間は、こうしてやる!」
「待っ」
((READ))
急展開に、ついていけない。
………………………to be continued…→…




