第5話「わんわん地獄」
2度と来ることはないだろう…なんて考えたことはない。
でもここにはそんなに来たいとは思ってなかった。
「ラッキーストリート…こんな場所でも代行がいたんですもんね。油断できません」
まだ外は明るいのに中は電気を消した室内のよう。
いくつか看板が明るく光っている。
気持ちを固めて踏み込む。
知り合いは何人かいるが、まだまだ知らない人の方が多い。
その知らない誰かが代行だったら不意打ちされる可能性もある。
「ならアイアン・カードを準備していつでも使えるように」
「…いいえ。できません」
「どうして?」
「手元にないんです…」
オガルとの戦闘でアイアン・カードは…最終的に蹴り飛ばされてしまって今はどこにあるのかも分からないんです。
「ごめんね…」
「凪咲さんが謝ることじゃないですよ。僕の力不足が招いた結果です」
「優しいね、真は」
自然と僕の右手に凪咲さんの指が絡んでくる。
「こ、恋人繋ぎですね」
「うん」
店員が3人兄弟ではなくなった飲食店の前を過ぎる。
一瞬中の様子が見えたが、以前とそんなに違いはなかった。
「あの店は?寄る?」
「……そっちも大丈夫です」
僕達を頼ってきた彼の店。なぜか準備中の札がかかっていた。
どうせ近くのお店に行っているに違いない。
「奥まで行って何も無ければ引き返しましょう」
「前と同じだと思ってたけど、少しずつ変わってる気がする」
「そうですか?」
「いくつかお店が違う。あと…臭うよ」
「え…ぼ、僕は…」
「真がじゃなくて。なんか公衆トイレみたいな」
「アンモニア臭ってやつでしょうか。う、」
言われてみれば。
外ならば仕方ないが、これが自宅ならば緊急で大掃除選手権が開催されるレベルだ。
まだ探すように嗅がないと分からないが、臭いの発生源に近づけば嫌でも臭うようになるだろう。
「……あれ?」
「ん、何か見つけたの?」
「あれって"にゃんにゃん天国"ですよね?」
「なんだっけ。あ、ここの店長が犯人なんじゃないかってあの時は」
「はい。僕が潜入するっていう話になって。でも遊技場ミライに入っていった三男が怪しいってなって結局にゃんにゃん天国には行かなかったんですよね」
「その三男も最初は次男だと思ってた」
「まさか足を悪くしていたのが嘘だとは…あ、やっぱり」
にゃんにゃん天国は閉店していた。
客を呼び込むための看板が割れていて、潰れたのだとなんとなく分かる。
「あれから何年も経ったわけじゃないのにね。こういうお店ってそんなもんなのかな」
「どうなんでしょうね」
業界のことは分からないが、僕は大人の闇を感じた。
「真っ」
「はい?」
呼ばれて振り返ると薄暗い中を走っていく何かが見えた。
「大きさ的に犬でしょうか」
「犬だよ今の。間違いない」
足が早くて見失いそうになるが途中で曲がって消えた。
そこは遊技場ミライ。ゲームセンターがある場所だ。
「あの場所はいつも進展に関わるんですね…」
「行ってみようか」
「凪咲さん。僕よく見えてなかったんですけど、今走っていった犬の種類的なのって」
「中型かちょっと小柄な大型かな」
「小柄な大型ってどういう」
「十分に食べれてなくて成長が中途半端な子とか。野良犬なら可能性はあると思う」
「……痩せてるってことですか。飢えてますよねきっと」
「襲われるのが怖い?」
「そりゃそうですよ。犬ってなんだかんだでホラー映画によく出てくるじゃないですか。敵として。剥き出しの歯とか普通に怖いですよ?」
「真って怖いの苦手なのにホラー映画とか意外と見てるよね」
ちょっと話してる間に着いた。
前回来た時はスロット台の音とかも聞こえたのに、今回はすごく静かだ。
「あ。ここから強く臭うよ」
「臭いの発生源はこの奥みたいですね…え、じゃあ犬のですか?」
「真は私の後ろに。私が前歩くよ。犬以外にも何かいる気配がする」
「え…じゃあ、えっと」
暗いからスマホのライトを起動した。
懐中電灯代わりに先を照らす。電源の入っていない自動販売機に、真っ暗なトイレ…
「なんで急に心霊スポットみたいな雰囲気に…」
「静かに。聞いて」
言われるまま黙って耳を澄ます。
「何とかするって!創造の書がいきなり消えたのは…分かってる!分かってるから!…最後の1ページ……やるしかないか」
若い男性の声だ。
発言の内容からして代行で間違いない。
「次失敗したら全員死ぬかもしれない…」
ひとり言か?いや、犬がここに入っていったはずだ。
なら代行は犬に話しかけているのか。
「頼む。見捨てないでくれ……READっ…ぅがあああぁぁぁっ!?」
そして叫び声。創造に失敗したのか。
…僕も経験したことがある。その苦しみの深さも分かる。
凪咲さん。どうしますか。相手は創造の書の空きページがない状態、つまり新しく何かを創造することは出来ないってことになります。
「…行く」
足音を出さないよう気をつけながら、開きっぱなしの自動ドアを通過する。
それに合わせてライトも消灯。
相手に気付かれないようにするのだから当然だ。
グルルルル…
……。
グルルルル…
…ん?
何か聞こえた気が
グルルルル…
あ、この感じ知ってるかもしれない。
そうだ。ホラー映画に犬が出てきた時のお決まりのグルルルル…だ。鋭い牙の隙間から唾液を垂らしてお前を喰ってやる感を演出し、人間に飛びかかって押し倒すとって待て待て待て待て。
「…っ……ぁぁ…」
凪咲さんはともかく、僕は背後を警戒するべきだった。
後ろを見ればぼんやりと見える。
襲う準備を整えてこちらを睨んでいるであろう…犬の姿が
「グルル…バァウ!!」
「ちょっ、」
「犬!」
猛スピードで突っ込んでくる。
暗い中…低い姿勢で一気に近づかれるといつも以上にどうしていいのか分からない!!
「しっかり見て顎を狙って!」
「あ、顎ですか!?」
「ックゥン!!」
ゴロゴロと床を転がる音。
「つま先で思いっきり蹴る。野球の感覚。子供の時やらなかった?」
「…あ、キックベースならやったことあります!学校の休み時間に!」
「ピッタリ。ちょっと球が早いだけだから。怖がらないで」
グルルルル…
「違う犬、ですよね」
「暗いけどしっかり見ててね。って言っても、真のことは私が守るけどっ」
「ックゥン…ゥゥン…」
2匹目も倒せたみたいだ。
「誰だ!!」
「っ、代行…」
「さすがに見つかりますよね…」
こうなれば仕方ない。
スマホのライトを起動し、周囲に犬がいないか確認してから声の主を照らす。
「ホームレス?」
「格好はそれっぽい気もしますが、よく見ると重ね着してるコート…なんか高そうですよ?」
裸足。ダボダボの黒いスーツ?その上に似たような黒いコートを数着重ねて着て…髪はぐちゃぐちゃに乱れているが少し長いように思う。
顔は汚れすぎてよく分からない。
「なんだお前ら!」
右手に本。代行だ。そして足元に犬が2匹歩み寄った。
「真。そこに何か落ちてる」
「え?………え?」
名刺…だ。
にゃんにゃん天国、みゆき。にゃんにゃん天国、しおり、…にゃんにゃん天国、にゃんにゃん天国、にゃんにゃん天国…
散乱しているそれらは全てにゃんにゃん天国の名刺だった。
「もしかして着ているコートに入ってたんじゃ…。ということは、あのコートって」
「にゃんにゃん天国の店長のコートってこと?」
「あ?お前ら……親父の知り合いか?」
「親父?」
まさかあの店長に子供がいたのか。
じゃあ店長も代行?ん?子供だけ?いや、その前になぜこんなところに
「そう見えないけど、借金取りなら無駄。親父はもう死んだし」
「死んだって、あの店長がですか?」
「……」
「そうだよ。店も潰れてる。信じないなら見てこいよ」
「それはもう見てきましたけど…」
「…っ」
凪咲さん、どうかしましたか。
「犬の数が」
「……うわ」
少し会話をしている間に僕達を取り囲むように犬が集まっていた。
…普段なら優しく見えるゴールデンレトリバー。この状況だと強そうに見えてしまうチワワ。鬼みたいな顔をしたブルドッグ。…明らかにヤバい、まさにホラー映画に出てくるそれ…ドーベルマン。
他にもいる。どうしてこんなに犬がたくさんいるのか。
「お前らがどんな立場の人間かなんてどうでもいい。どこの誰だろうと関係ない。…さぁさぁ!これよりサービスタイム!無料で"食べられ放題"!!」
「今食べられ放題って」
初めて聞いた言葉だ。
雑に緩く作ったゾンビ映画とかで使えそうな…いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「2名様ご案内!!…ようこそ、"わんわん地獄"へ…!!」
とんでもないことを言い出した。
しかも状況は最悪。犬が使者なら僕達は今とんでもないピンチに
「うぅわああっ!火!火!?熱い!熱い熱い熱い!!」
「……」
「犬が使者かどうか分からないけど、人間の味を覚えてるなら保護っていう選択肢は消えるんじゃない?」
完全にこの場を支配していたはずだ。きっと相手はそう思っていただろう。なんなら僕もそう思っていた。
なのに代行は今コートを燃やされ床の上を転がっている。
犬達も主人の様子がおかしいと分かっているのか動こうとしない。
襲われる前に襲った。凪咲さんの魔法1発で状況が大きく変わり…
「最後のページ、使ったんだよね?ならそれも要らないね」
「やめっ、うわ!うわ!」
創造の書も燃えた。
一方的すぎて少し申し訳なくも思う。
「殺されたくなかったら聞かれたことに答えて」
彼女は一切の遠慮を見せず、両手に火の玉を出現させ代行を追い詰める。
「ひぃっ!!?」
「真の家から盗んだよね?白猫と本を2冊」
「し、知らない!知らない!!」
「嘘。ねぇ。燃え尽きて死ぬのって…すごく苦しいって知ってた?意識がなくなる寸前まで自分の体が燃えて、焦げて、崩れてく…そんな苦しみを」
「分かった!認める!認めるから!!」
不思議と代行を苦しめる火が他に燃え移ることはない。
あくまでも代行だけを燃やし続けている。
火事の心配をする必要はなさそうだ。
…それに、火のおかげで明るい。
「確かに盗んだ!こいつらが食い物の匂いを探して…仕方なかった!全員腹が減って死にそうだったんだ!でも本は勝手に消えたんだ!嘘じゃない!!」
「もしかして焼肉のタレは…」
「俺だ!飲んだ!あんなにしょっぱくて油っぽいものは久しぶりで…つい…」
飲んだ…?タレを?
どれだけ飢えたらそんなことになるのだろうか。
でも、慌てて浴びるように飲んだのだとしたら…。
「あ。犬達が薄くなっていく…やっぱり使者だったみたいですね。創造の書が燃えたから…」
「それで?猫はどこ?」
「……」
「どうして黙るの?言っておくけど、嘘ついても分かるから。そしたらどうなるか分かる?あなた、死んだ方がマシって思うことになるよ?」
なんか凪咲さんがヤバい大人みたいな発言をしている。
ここまでくると借金取りの怖いお兄さんよりも怖い。
「う、売った!高そうだったから!」
「は?いくらで?」
「は、はち、8万!」
「そのお金は?」
「金はっ」
その先を言うことは出来ず、叫び声に変わってしまった。
「真、行こう。火事にはならないから放っておいて大丈夫」
「どこで売ったのかとか聞かなくてよかったんですか?」
「ソープだよ?あんな綺麗な子どこにもいない。見たらすぐ分かるよ」
「は、はい…」
「この辺のペットショップ全部調べなきゃね」
去り際、もう1度だけ代行を見た。
炎に包まれ床の上を暴れるように転がっている…でもその炎はどうやっても消せやしない。
確定してしまったのだ。死が。
敵意を向けてきた代行と戦うことになったらそうなるのも仕方ないとは思うが、この代行に何があったのかを考えると少し切ない気もする。
創造の書をどこで手に入れたのかは不明だが、着ていたのは父親のスーツとコートということだろう。
だからサイズが合わずダボダボに。
僕達を借金取りだと仮定していたから、にゃんにゃん天国に何か大きな問題があったのは間違いない。
店長が死んだなら、その後は彼が追われる身となるわけで。
ソープを売って得た金もその借金取りに持っていかれたのだろうか。
……焼肉のタレを美味しく飲めてしまうほど追い詰められていた。
もしかしたら、ホームレスよりも厳しい状況だったのかもしれない。
「………」
僕は何も言わず立ち去った。
………………………………next…→……
「どーだー?書けたかー?」
ラッキーストリートを出て走っていく2人を見届ける2人組。
「ぷひ!死んだ方のはあんまりです…」
「どれどれ…」
子供が"じゆうちょう"に5色ボールペンでひたすら書き込む。
それを赤髪の女が覗こうとする。
「も、もう少し!です!」
「はいはい。ま、急がなくてもいいけどなー」
「出来ました!ぷひ!」
「なんだよ。本当にすぐだったら別に見てもよかったじゃねえか…えーと?」
じゆうちょうには子供が書いたとは思えない綺麗な字で書き込まれていた。
柊木 真 2冊所有
_使者
夏野 凪咲 レベル2
いくつかの武器を使いこなし、素手での戦闘も得意とする。加えて様々な属性の魔法を使用でき、その威力は一級品。
個別能力は"愛しの君"。条件を満たすと父親譲りの光速化と母親譲りの魔法が使えるようになる。
_武装
決意の盾(別名アイアン・カード)
柊木 真 専用。
とても頑丈な金属製だが、薄くて軽い。
必要に応じて形を自由に変えられる。使用しない時はシャツの胸ポケットに収まる大きさのカードとなる。
覗きの指輪
柊木 真 専用。
この指輪から覗くと対象を透かして見ることが出来る。
この指輪を身につけて触れると対象の思考を覗き見ることが出来る。
信頼の対剣
夏野 凪咲 専用。
白と黒の双剣。信じあう剣は何者によっても破壊されることはなく、強く結びつくことでさらに力を増す。
正気と狂気の双刃
右手に炎を噴き出す赤の剣を、左手に敵の目に映らない黒の剣を出現させる。
「へー…結構やってんな」
「使者の個別能力は」
「あぁ。三剣猫で見たやつだな。あと少しで味方も皆殺しにするとこだったあのヤバいのがまさかの能力ってなー。で、こっちの正気となんたらかんたらは?」
「分からないです…ぷひ…でもまだ使われてない創造です!」
「奥の手まであんのかー?魔法も使えるって考えるとちょっとめんどいな…」
「ママ…」
「別に今じゃなきゃいけないってことでもないし放置でいいだろ。じゃあ…"あいつら"を追いかけるとすっか」
「はいママ!」
「ママって呼ぶのはやめ…はぁ…」
………………………to be continued…→…




