第3話「原因」
「柊木様。説明を」
「ごめんなさい。ちょっとよく分からないです」
ダンさん達の背後に目を向けると、首を傾げたまま僕を見つめる彼女と目が合った。
「っ…」
そもそも凪咲さんが異常地帯を発生させていたこと自体が初耳で。
様子がおかしいからまさかと思っていたことが現実になって。
…僕の気まずい顔を見て彼らは察してくれたみたいだ。
ダンさんは顎に手をあて、下を向いて何かを考えている。ジュリアさんは変化なし…だけど何かあればすぐに動けるように警戒しているのが伝わってくる。ピリピリした空気感。
「おわーーーーっ!」
それを台無しにする声。
50歳目前の男性みたいな声だが、悲しいことにこれは可愛らしい黒猫が発したもの。
「マコト!お前、お前、おまままま…治っとる!!」
「…あ、ああ…これはダンさんの創造で」
「そんなことも出来るんか!!」
「アイデア次第だと思いますけど」
「はぁぁ…っ。さっきはもう…もうな…あかんと思ってな…」
「オガルは…強いですからね…」
「ちゃうねん!あのゾンビ女、ワイの力なら余裕でぶっ殺せたはずやねん!」
「え…?」
「実はな。今日は既に魂を"2つ"も食うてんねん。人間で言ったらいつゲロゲロしてもおかしくないくらいやねん」
「げ、げ…えっと…」
「ワイは満腹になると動かれへん。でも緊急やったからアホみたいに無理しててん」
「…あ」
そういえば。
……あれ?そういえば。
オヤブンさんが"生まれた"日のことを思い出したら、今更ながら気づいた。
どうしてその時に何とも思わなかったんだろう。
でも、それを話題にするには今の状況はなんとも言えない。
「それに、マコト。お前が武器になったワイを持てたのもワイが天才だからやで?」
「持てたと言っても一瞬でしたけど、」
オヤブンとの会話が途中だが、僕達はお互いから離れるように下がった。
さっきの戦闘といい、タイミングが合わせやすい。
そして、地面には亀裂が走っていた。
原因はというと、
「凪咲さん…?」
かもしれない。ではなく、そうだと決めつけて確認した。
案の定、彼女は右手のひらをこちらに向けていた。
「嬢ちゃん、目がヤバいで」
出来れば少し放置している間にいつもの彼女に戻ってくれてたらと思っていた。
さすがにそうもいかず、僕から彼女に歩み寄る。
「…凪咲さん」
「どうしたの?」
「あの。今は…どんな気分ですか?」
「気分?」
自然と彼女に近づく。
それと同時に他の皆は少しずつ僕達から離れていく。
これもまた連携なのだろうか。
「気分。別に普通だよ?」
「……」
自覚はしていないみたいだ。
変に刺激しないように…ここは
「少し散歩しませんか」
「…うん。いいよ?」
敵は退けたし、近辺を歩き回っても平気だろう。
川の方へ歩き出すと彼女も隣を歩いてついてきてくれた。
………………………………next…→……
「ジュリア。もういい」
「はい。ご主人様」
真達が離れた後。
「私はダン。そして使者のジュリアだ」
「ワイはオヤブン。こっちが代行のサラや」
改めて挨拶を交わし、
「真のパートナーの変化に心当たりはあるだろうか」
「全くないねん。そっちはどうや?」
「……全くない…わけではない。ジュリア。彼女は負傷していたな?」
「はい。オガルとの戦闘が原因で石が体に突き刺さったようです」
ダンはジュリアから離れ、その場で軽く屈伸を行なう。
「あれだけ怪力に拘っている代行がその選択をするのか…。分からないが、1つの可能性として毒を盛られたと考えることができる。破壊衝動…自傷すら自然に行えるほどの攻撃性…そんなものを植え付ける毒…」
「毒?ワイには自分の意思であの態度になってるように見えたで?操られてるとかでもない。今まで嬢ちゃんが人目に晒さんように気をつけてただけと違うか?」
「……そうなのか」
「ご主人様」
「どうした」
「柊木様の使者は異常地帯を発生させていました。これまで関わってきて1度もそのようなことは…」
「追い詰められて強化された。お前の出した答えか」
「はい…」
「金髪の嬢ちゃんはまた別の考えか。あ、サラに意見は求めんといてな。どう見えてるか知らんけど、生粋のバカやねん」
「そのサラだが…相当疲れているようだ」
「それな。真達を助けるために無理したツケみたいなもんや。本当は今日1日戦闘は避けなあかん」
「それだけ強力な能力ということか」
「アホみたいな能力ならどいつもこいつも持っとるやろ?変わらへんて」
「…近くに私の所有する旅館がある。一旦移動しよう。そこで体を休ませたまえ」
「おおそれはありが…は?お前の旅館って言うたか?ダン、お前まさか…金持ちか…!!」
「否定はしない。私達には真という共通点がある。協力関係になることがあれば」
「………!!……みゃぁお」
オヤブンは何度も瞬きし、目をクリクリさせながら可愛く鳴いてみせた。
それは誰にでも分かる図々しい媚び…なのだが、残念なことにこの場にはツッコミを入れてくれる人物は不在。
重ねてダンとジュリアは特に反応することはなく
「あかん。即死しそうなくらい滑ってるやん…」
………………………………next…→……
橋が近づいてきた。
ここまで2人とも無言。
無言…だけど、
「………」
凪咲さんは僕の右腕に絡みつくように抱きついている。
しかも当然のように手も…ゆ、指が絡んでがっちりと。
これまでも突然大胆なことをしてきた彼女だが、僕
「まーこーと?」
「はい!?」
「これは、恋人つなぎ。ね?」
「あ…はい。教えてくれてありがとうございます…」
………変なことは考えられない。
「ふふっ。どんなこと?」
「え?あ、そういうのじゃないんです!!気にしないで!忘れてください!」
「また…する?」
「ひぇっ!?」
「誰もいない。誰も見てない。2人きり…」
「な、凪咲さん」
「いいよ?」
「教えてほしいことがあります」
何があったんですか。
お店を出てオガルと遭遇するまではいつもの凪咲さんだったのに。
どうして今は
「私が変ってこと?」
パキッ!!
近くにあった車のフロントガラスに稲妻みたいなヒビ割れが。
驚いて立ち止まると、触れられていないのに左頬に柔らかな感触が…
「こっち見て?」
逆らえず、右にゆっくりと顔を向ける。
…よかった。とんでもなく怖い顔をしていたらどうしようかと
「怖くないよ?」
「そ、そうですね」
…別の話を。
覚えていますか。オヤブンさんが創造された日のことを。
「うん」
「……どうしてあの時、凪咲さんはサラさんが創造の書に書き込んだ内容を読めたんですか?」
「……」
「創造の書については不明なことが多いです。だからいくらでも例外はありえます。でも、使者は」
「私を怒ってるの?」
「え、いや」
まさかと思い見回せば、
「…あれ?」
何も起き
ッギイィィィィ…!!
「うわ…うわわわわ!!」
橋が…
「駄目です!それだけは!やめてください!」
「………」
黙って橋を見つめている。
このままでは、間違いなく橋が破壊される。
「凪咲さん!…っ」
止めるには…。これでいいのだろうか。
「凪咲さん」
もう1度だけ呼び、無駄だと確認してから左手で彼女の顔をこちらに向けた。
ぼーっとした目が僕を見つめて…僕は緊張するより先に行動に移った。
「っ………」
2度目。特別何かの味がするということはなかった。
でも、変わらずの柔らかさと温もり。
出遅れた緊張が僕の心臓を高速で揉みしだく。苦しさまで感じる。
なのに離れたいとは思わない。心のどこかでこの行為を歓迎している。
「ん〜…」
橋が軋む音は止まった。
代わりに彼女は僕に向き直って唇を押し付けてきた。
不思議なもので、照れとか緊張とかそういったものが全て薄まっていく。
こうなりたいと望んでいたか。
それは分からない。そういう時もあったかもしれない。
今こうしていられることを喜んでいる自分もいるのは確かだ。
……でもこんな形でよかったのだろうか。
「………」
ずっと唇が離れない。
鼻息を遠慮して呼吸が出来ず苦しくなってきた。
「ん」
「っ…はぁ…はぁ…!」
「息していいんだよ?」
「す、すみません…」
「あ…何かいる」
「え?」
彼女が橋の向こうを見ている。
…何も見当たらない。もしかして、もっと遠くを?
「……死体を創造する代行」
「代行…!」
「真はどうしたい?」
「……」
「今なら絶対に勝てるよ?瞬殺して、創造の書を増やせるけど」
「……」
確かに。絶対勝てる気がする。
あんなオガルの終わり方を見て、そう思わないのはおかしい。
彼女なら…
「いいよ?」
「……帰りましょう」
「え、」
繋いだままの手を引っ張り、橋から遠ざかっていく。
「殺さないの?」
「ねぇ、殺そうよ?」
「真。殺そう?」
「あっちだよ。殺しに行こう?」
これから僕は何度"殺す"と聞くことになるのだろう。
………………………………next…→……
スマホにはダンさんとサラさんから連絡が来ていた。
旅館で休んでいると。必要なら呼んでいいと。
心配してくれているのは分かったが、僕達はもう三剣猫駅からも離れて帰宅中だ。
返信はしなかった。それどころじゃないし、もし…橋の向こうにいたかもしれない代行が彼らを襲っても、負けることはないだろう。
「……」
隣に座り僕に密着。ずっと見つめられて穴が開きそうだ。
電車に揺られて…気づけば2人きり。
乗った時は何人か他にも乗客がいたはずだが。そうか、異常地帯か。
「どこに行くの?」
「家に帰ります」
電車の中で交わした言葉はそれだけだった。
それから家に着くまで数回、発作的に彼女は苛立ちのようなものを見せた。
僕が思うに、この苛立ちを放置すれば起きてはいけないことが起きてしまう。
……力の暴走。そう。言ってみれば暴走状態なのだ。
オガルに負けた悔しさが原因か…その悔しさが心を乱している状態でまたすぐにオガルが襲ってきた。だから彼女は…。
とにかく、苛立ちを鎮めるために僕は何度も彼女の唇を塞いだ。
名前を呼んでも背中をさすっても頭を撫でても…何をしても効果が無いのに、どうしてかキスにだけは従ってくれたのだ。
…彼女は"壊れて"しまったのだろうか。
…僕は、これからどうしたらいいのだろうか。
頼めば簡単に他の生命を奪ってくれて、ひたすら僕に好意を向けてくれて、強引に迫っても拒まない。
そんな、都合のいい人形がほしかったわけじゃない。
「あら〜!真ちゃん、今日駅前で犬が」
「すいません。急いでるので」
近所のおばさんとの挨拶は断り、家の鍵を求めてポケットを探る。
「あぁ…ねぇ、ねぇ、真、」
「もう家の前です。あと少しだけ」
「やだ…ねぇ、ねぇ、」
ドアノブが小さく震えている。耐えてほしいなんて言うのは僕のわがままなのか。
外でするのはこれで最後だろう。…多分。
ようやく鍵を発見し、鍵穴へ。
「とりあえず家の中なら…考える時間は」
こういう時でも違和感には気づくものなのだ。
回した鍵の空回り感。音がするまで逆に回してからドアを開けようとすればもちろん。
「開かない」
……家を出る時はちゃんと鍵を…忘れるはずがない。
もう1度逆に回し、今度こそドアを開ける。
いつもの我が家…でも少し静かだ。
「…ソープ。ただいま」
返事はない。出迎えてもくれない。
これまでのソープとの関係を考えればこんなことはまずない。
呼べば必ず何らかの反応をしてくれるのに。
ドアを閉めて、凪咲さんの手を引き2階へ上がる。
「ちょっと階段が汚い」
まさか留守中にやんちゃして怒られるのが嫌だから隠れてる…とか?
ソープのおもちゃを足でどかしながら上がっていく。と。
「………」
"やんちゃ"で表現するには厳しい。
今の部屋の状態を適切な言葉で…となると
「あ…空き巣?」
テーブルにはいくつもの引っ掻き傷。
床には少量の血と…
「え、これタレ?」
大量に床にこぼれていた焼肉のタレ。
キッチンに目を向ければ冷蔵庫が全開になっていて。
「わ……空っぽだ…!!」
正確には、肉や魚だけが無くなっていた。
でも買いだめしていたほとんどが奪われ冷蔵庫には余裕しかない。
「ちょっと…」
凪咲さんの部屋は…畳んであった布団が崩れている。あとは壁やタンスに引っ掻き傷がある。
僕の部屋は…似たような被害が……通帳等の貴重品類は無事だった。
「……そうでもない…かも…!!」
この時点で、ソープが家にいないことは薄々分かっていた。
恐らく他のものと一緒に奪われてしまったのだろう。
………2冊の創造の書も一緒に。
………………………to be continued…→…




