第1話「処刑モード」
お待たせしている読者様がいるか分かりませんが、徐々に更新を再開しようと思います。
引き続き、よろしくお願いします。
沈黙。
余計なことは何も。
無だ。頭の中はすっからかんで、今起きたことに対してなにもどうしよう今僕は凪咲さんとああああああ!!
「あらま」
とめさんの声がきっかけで、硬直したかに思えた体が動きだした。
離れていく唇。漏れる吐息。欲張りなことに僕は離れるのが惜しいみたいに顔を前に
「ふふっ」
「あっ…」
彼女の照れた顔。
目が合って、反応されて、途端に冷静になって。
改めて凪咲さんを寝かせて僕は残っているお茶を一気に飲み干した。
「っ…はぁ…」
熱い。喉が痛い。でもまだ喉が渇く。
「あの、お茶のおか…あれ?」
とめさんが無言で僕の近くを過ぎていく。
「すいません…」
呼びかけには応えず店の奥へ消えてしまった。
「私達に気を使ったのかもね」
「え!!」
「…だって、これで2人きり…でしょ?」
「なな、なんて」
だめだ。ペースは完全に凪咲さんが握っている。
僕に逆転なんて出来ない。こんなに可愛くて、綺麗で…どこ探しても彼女以上なんて"絶対"いない。
そんな彼女の唇の柔らかさを、温もりを知ってしまった。
今回のことで僕はもう
「何事ですか」
「はい?」
ジュリアさんが戻ってきた。
突然恥ずかしくなって目が泳いでしまう。
「小山田様の様子が。……まさか、異常地帯では」
「異常地帯ですか?え、じゃあ」
強力な力を持つ使者が近くに?
「オガルが追いかけてきたんでしょうか…それなら凪咲さんを連れて逃げないと!」
「ご主人様と時間を稼ぎます」
「相手はオガルですよ!?全員で電車に」
「心配無用だ。真、君はすぐに逃げたまえ」
自信に満ちあふれた顔でダンさんが戻ってきた。
「試したいことがある。しかし失敗すれば君達も巻き添えになる」
「ダンさん…」
「代行にとって力の差など関係ない。その差を埋め、それ以上の力を与えるのがこの創造の力なのだから。行きたまえ」
「………」
頷いてくれたダンさんに同じように頷いて返すと僕は凪咲さんを抱き起こした。
「行きましょう」
「うん」
店を出てすぐ、僕達とダンさん達の向かう方向は真逆だとわかった。
「必ず、再会できる」
「信じてます」
握手、ハイタッチ、手を振る…どれでもなく、ただ目を合わせた。
別れの挨拶にしては寂しすぎるが、再会を約束したからこそできたことなのだ。
………………………………next…→……
「ジュリア」
「はい、ご主人様。接近してきます」
両脇には個人商店が並ぶ。
その真ん中に立つ2人は、ただ待つ。
「…メイドの方か。消耗も少ないようだ」
そこにゆらりと現れたのは、白衣を着た男。
左手には薄く光り続ける創造の書を持っている。
「オガルではないようです」
「襲撃してきた代行か」
「ご主人様、命令を」
「砕け」「はい」
飛び出し、すぐに最高速度に到達する。
ジュリアは全速力で男に接近し拳を引く。
「粉砕します」
「無駄なことを」
瞬間、低音の効いた破裂音が響く。
ジュリアの拳が男の胸…心臓をピンポイントに打ったのだ。
「無駄だと言った。忘れたか」
「ちぃっ!」
続けてジュリアは姿勢を低くする。
地面に手をつき支えとし、射出されたように伸びた両足が男の顎を打ち抜く。
((READ))
「身体を"改造"している。オガルと同類か!」
「同じかどうか、試してみろ」
男の足元に赤い光が生まれるとジュリアは後退。その邪悪さを見せびらかす光をダンと共に観察する。
「良い判断だ」
光の中から手が伸びる。
舗装された道路。その地中から"それ"は生まれた。
「使者…なのか、あれが」
常識外れな力を持つ代行でさえ反応に困ってしまう。
それが、白衣の男の行った創造。
「復讐者」
「ジュリア…」「はい」
名を呼ばれたジュリアはいつでも動けるよう身構えるが、ダンはそれ以上何も言えなかった。
男の前に立った使者。
一切の衣服を纏わない全裸のそれは、恥じらいを必要としない。
全身に痣や出血があり、両足の爪が全て明後日の方向に割れて剥がれている。
当然ながら、その顔に生気など感じられるわけもなく。
左目は常に真上を、右目は不安定に乱れながら前を向いている。
「あれは使者ではなく死者…」
「行け。お前の無念を晴らすといい」
無惨な死を遂げたであろう死体。それが再び命を宿して動きだす。
ダンが向かってくる使者の印象を脳内で描く最中、
「参ります」
ジュリアが使者を迎える。
歓迎の印に爪の剥がれた足を思いっきり踏んでやり、左頬に強烈なビンタを浴びせる。
されるがままの使者に追撃を加えるため、両手を振り上げ指を絡める。
"ひとつの拳"に変わったそれを使者の脳天へ。
がくんと体勢が崩れるとジュリアは
「弱い」
腹部を右ストレートで貫いた。
「……満足か?」
「…は…」
白衣の男に問われ、ジュリアは答えられず
「ジュリア!!」
その場に倒れた。
ダンが駆け寄り、脇を抱え引きずる形で後退する。
「何が起きた…!攻撃をしていたのはジュリアのはず…それがどうして」
「考える暇があるのか、なら遠慮なくやらせてもらう」
「くっ…」
((READ))
ジュリアが打ち倒したと思われた使者は活動を続け、ダンに迫る。
たまらずダンはボディーガードを展開。浮遊するスーツがバリケードとなり使者の接近を許さない。
「甘いな」
「くそっ!他にもいたのか!」
白衣の男は親切なことにダンの背後を指さす。
振り向けばそこにはマンホール。邪悪な光を生み、蓋が少しずつ動く。
「……」
「絶対絶命、か」
「お前にはそう見えるのか」
「…?」
追い詰められたダンだったが、白衣の男に笑ってみせた。
「ふははははは!素晴らしい。これもまた贈り物ということか…ありがたく使わせてもらう。安らかに眠りたまえ…トゥカミ」
そう言って取り出したのは光を放つ…表紙が石で作られたトゥカミのものだった創造の書。
「処刑モード、起動します」
ジュリアが目覚め、立ち上がる。
その目は青く光り同色の涙を流した。
その涙は頬まで垂れると電子回路を思わせるような模様を描きながら顔全体に広がっていく。
「代行1体、使者9体を確認。4秒後に抹殺を開始します」
声が機械的なものに変わり、即座に状況を判断し次の行動を宣言する。
「……なるほど、この戦闘で試すつもりだったのか。その器に合わなければお前は惨めに死ぬはずだった。運がいい」
「半分は正しい。だが…諦めたまえ。私は成功を確信していた」
「今回は勝ちを譲るとしよう」
「逃がすか。やれ!ジュリア!」
ダンが命令を出すのと同時に、鮮血が飛ぶ。
彼の目の前で、彼の背後で、少し離れた建物の裏で。
高く高く。そこにいた"対象"が死んだことを知らせるように。
「力の使い方を覚えただけだろ。調子に乗るなよ、お」
最後に残された白衣の男。
何かを言い切るより先に、男の眼前にはジュリアの手が伸びていた。
頭の前後を両手で挟むように鷲掴みにすると、頭蓋骨ごと押し潰した。
空になったペットボトルを潰すように、容易に破壊された。
「対象全ての抹殺を完了しました」
「……よくやった」
血、砕けた骨、潰れた皮膚、破裂した臓器…。使者の残骸で汚く染まった道路の真ん中でダンもまた、血を吐いて倒れた。
………………………………next…→……
「ねぇ、真」
凪咲さんに肩を貸し、小走り気味に駅へ急ぐ。
「元気になったらまたここに来ようね」
「っ…」
「猫がいっぱいだし、私達の特別な場所だし」
「転ばないように気をつけてください。早く逃げないと」
「あ、猫」
「余所見しないでください…」
「ここならきっと野良猫にも家みたいなちゃんとした居場所があるんだよね。みんなで集まって」
「………」
少し様子がおかしい。
思考がふわふわしているというか。
今の僕達の危うい状況が頭に入っていないというか。
どうして猫のことばかり…
「真?」
「すみません。今は余裕がないんです。できることならもっと急ぎたいくらいで」
「来るよ」
「へ?」
「どっかーーん!!」
まさに今、前を通過しようとしていた。
何の冗談だろうか。民家が爆発して木材が吹っ飛ぶ。
ほんの少し僕達が早かったら、それに巻き込まれていた。
"家だったもの"の中にはぐったりした住人が…もう助かりそうにない。瀕死だ。
「オガルちゃんを置いてどっこ行っくのー!?」
「うわ…」
僕達の前に現れたのは、オガルだった。
腹が裂けていて穴も空いていて…腸が垂れている、オガルだった。
「会えて嬉しいー!?」
なぜそんな状態で元気そうにしていられるのか。
どうしてそんな笑顔でいられるのか。
血で染まった歯を見せて、"アイドルスマイル"を見せつけてくる。
「もう逃がさねえよ」
呟くみたいに言い捨てて、オガルは
ブチィッ!
自ら腹に手を突っ込んだ。色々と引きずり出して、強引に…
「っ……」
どんなに気持ち悪くても吐きそうだなんだと慌てている暇はない。
凪咲さんを守らなくては。
アイアン・カードを…
「よーし、いっくよーー!」
「て、展開!」
無理は出来ない。逃げることが最優先なのだ。
となれば今は元々の使い方…盾として攻撃を防ぐしかっ?
「あふ」
………曇り空。
どうして空を見上げているのか、自分でも分からない。
「ああ…?え、え?え…」
痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!痛い!
顎、左下、上に、ああ、
アイアン・カード、へこんで、拳が、ああ、
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
絶叫。その場で転げ回って、必死に大声を出して、でも、痛みは僕にしがみついていて離れない。
どうして左頬が上がっているのか?
どうして左目の視野が狭いのか?
どうして、どうして、どうして
「おー!お兄さん、すごいねー!顔がこんなになってるよ!ふーって!」
オガルが両手で顔の肉を押し上げて…僕の顔の状態を真似した。
どう見ても、
「潰れちゃったねえ!!痛い!?ねえねえ!」
地面に倒れたアイアン・カードはオガルの攻撃の威力の分だけ変形していた。
初めて守りきれなかった。貫通はしなかったが、変形した部分が僕の顔に当たって
「ねえねえねえ!痛いのって…気持ちいいよね!?」
「……」
僕の。僕の右足。
足首を殴られた。
僕の。僕の右足。
先を掴まれ、捻られ、
「とーれた!どう!?」
「おぼぉっ」
反射的に口から吐き出されたものは真っ赤だった。
細かく咀嚼された米粒も、深みのあったお茶も…全部
「おぉえっ…」
「すっごーい!なんでー!手品みたーい!いっぱい出てくるよー!?」
「ごぉっ」
「つぎさぁ、反対側も同じように取っちゃう?もっと出るよね?」
「………」
凪咲さん…凪咲さん……倒れてる?
な、なんで、どうして!
「なぎ…さ…さ」
「あー!大丈夫だよー!そっちもちゃんとオガルちゃんが責任をとってぶっ殺すからね!」
「…て…」
「オガルちゃんね!痛いのが大好きなの!大ファンなの!色んなのあるでしょー!ズキズキしたりー、ジンジンしたりー、ヒリヒリとかもいいよねー!?」
「てんか…い…」
なんでもいい。オガルを、こいつをどうにかしなくては。
「ん?だめーー!」
ガンッ!!
何もかもお見通しなのか。
アイアン・カードが動きだす前にオガルは蹴り飛ばしてしまった。
……どんな威力なんだろう。もう、怪力では済まされない。
あんなに防御力が高かったアイアン・カードが…サッカーボールみたいに軽々と飛んでいく。
「ねえー!オガルちゃん、あったまいいよねーー!」
こんなにも強いのか。オガルは。
殺戮兵器か、それとも世界滅亡のために降臨した魔天使か何かか。
「強くて羨ましいだろ?」
「っ」
なんなんだ。
ふいに元気な性格からは想像できない"黒い"部分が顔を見せるのは。
「この前の分も合わせて、んう。ぜーんぶ!仕返ししちゃうぞー!」
ついさっきのあれは。凪咲さんとのキスは。
なんだったんだ。
……死ぬ前に、ということか。
助からないと考えて、…でもどうして僕を
「ねえねえ!聞いてるー!?」
…絶対に、こいつを見ながら死ぬなんて嫌だ。
どうせ死ぬなら僕は、凪咲さんを…どんな姿形であろうと彼女を見て…想っていたい。
「っか」
「はーんたーいっ、の足ーもー!とーれちゃった!」
計り知れないショックが心に影を作る。
1度だって味わいたくない痛みや苦しみが脳に抵抗しろと懇願する。
…でも、今の体だって"借り物"…みたいなもので。
「かふっ、ふっ、ふっ」
「あー!さむそー!そうやってぶるぶるしちゃうのはね、もうすぐ死んじゃうよー!助けてー!ってことなんだよー?」
「なっ、なっ…なぎ…さ…」
今の僕が願うのは。
死んだ先の未来でも、凪咲さんと一緒に
「オガルちゃんすぺしゃーる…」
一緒に…
「諦めてんちゃうぞこの馬鹿がぁぁぁぁあああ!!」
………………………to be continued…→…




