第4話「凪咲、戦場へ」
「私はハンドクリームを狙うから」
「……あなたの目当ては何?」
「チョコ。2kg198円の。欲を言えば他にも色々あるけど…でもチョコだけは逃せない」
「ちょろいわよ、それくらい」
「えー、店内ではルールに従ってください!他のお客様の迷惑となりますので、大声で騒ぐ、強く押すなどの行為は」
「ねぇ。警備員の注意、ディープブルーとハリケーンのことじゃないの?」
「そうね。それでもやるから迷惑なのよ」
列は店に吸い込まれ…そしてついに2人も店内へと踏み込む。
先に入店した"ライバル達"は散っていく。
「惑わされないで!欲しいものを確実にカゴに入れなさい!横取りされないように守るのよ!」
「合流は調味料の陳列棚!」
ハンドウーマンは店内中央部付近のお菓子売り場へ。
凪咲は入り口から直進し角の特設売り場へと向かう。
その際、凪咲は急ぎながらも途中の野菜売り場に並ぶ値札を視界の端で確認していた。
「じゃがいも詰め放題1袋70円はすごいけど罠かも。詰めてる時間がもったいない!」
スーパーイナズマの特売。
この場所の雰囲気はどこに行っても味わうことは出来ない。
「あった!ハンドクリーム…」
残り、14本。
注意書きには、"個数制限なし"の文字が。
「うそ…!」
凪咲は驚きと確認で二度見した。間違いではない。1人で買い占めても問題ない。
「ならもちろん」
1本ずつ…ではなく、腕を使って巻き込むように残りの14本を全てカゴに入れた。
「次!」
売り場を離れる。背後から小さな悲鳴が聞こえる。ハンドクリームの売り切れに悲しむ声だ。
続いて向かうのは野菜売り場。入り口に向かって行く形になるので、入店してきた客の波に逆らうことになるのだが
「簡単」
跳んだ。凪咲は、店内で綺麗な後方宙返りを試みた。
客達の頭上を超え、着地は狙い通り…
「キャベツ…1/2サイズが10円、おひとり様1点限り」
そこから次々にカゴに野菜が放り込まれていく。
「ピーマン…ニンジン…トマト…プチトマトも…えっと、大根でしょ?それから…」
ハンドクリーム14本がカゴの半分近くを占領しているせいで余裕がなくなってきた。
「まだまだ。守れればいいんだし」
じゃがいも詰め放題を除き、他の商品は全種類カゴに入れた。
カゴの8割が埋まって、それなりの重量になっている。
「……楽しい…!!」
凪咲にとって数kg程度の重さは無に等しい。
野菜売り場を離れ、素早く別の売り場へ移動する。
「ほとんどはチョコに群がる。だから他の売り場は隙だらけ」
鶏胸肉、100g21円。
焼くだけ生姜焼き、1パック116円。
ひと口サイズステーキ、1パック187円。
個数制限などの注意書きを確認しながらでも余裕で手に入れていく。
「あ、ハンバーグ用ひき肉…500gで1パック…え、100円!?すごい…!」
個数制限は"なし"。
カゴからはみ出てしまうが無理やり突っ込む。
そこへ。
「肉…!!どけえ!!」
凪咲が振り返ると、巨大なアイツが走ってこちらへ向かってくる。
直進しているつもりなのだろうが、腕や腹が陳列棚にぶつかり商品が床に落ちていく。
「ハリケーン…!」
咄嗟に1パックを手に取りその場を離れる。
「肉!肉…!少ないっ!?」
ハリケーンはひき肉のパックの少なさに驚き怯む。
そしてたった今ここから離れた凪咲を睨み、彼女のカゴへと視線を移す…
「何パック取ったぁぁ!!」
「ふふっ。4。悔しい?」
「ああああっ!!」
凪咲を追いかけようとするが、今売り場を離れるわけにはいかない。
ハリケーンは一旦売り場に並ぶ肉を片っ端からカゴに詰めることにした。
「…あ、豚肉…!」
「ぶたぁ!?うぅんっ!!」
そこに、横から手が伸びる。
何を勘違いしたのかハリケーンはその人物に向かって突進…しかし
「良かった、豚汁でも作ろうかねぇ…」
「うぁう!?」
倒れたのはハリケーンの方だった。
「チビの婆ちゃんのくせに!」
「ほほほ…」
立ち上がり、再び突進。
「美味しいご飯を食べて、健康な体を育てる。それが幸せってもんなの…」
「うわっ」
ハリケーンはまたしても床に倒れる。
「影で私のことをガーデーアン?とか呼んでる人もいるんだけどもねぇ。…健康なだけなのよぉ…ほほほ…」
………………………………next…→……
凪咲は先に合流場所に来ていた。
調味料が並ぶこの棚に用がある客は少ない。
それは今回の特売の対象にほとんど引っかかっていないからだ。
「でも結構安いんじゃないかな…」
ハンドウーマンを待つ間、なんとなく商品を眺める…スーパーイナズマは利益を出せるのか。疑問に思うような値段だ。
「っく!っく、うぇええええん!!」
「っ…」
凪咲はカゴを体に密着させ、警戒する。
聞こえてくる嘘泣き…自分を狙うアイツの接近に備えたのだ。
「ディープブルー…」
「うわああああああん!!買いたかったのにぃ!!買えなかったぁぁぁ!!…おにくうう!…おやさああい!…はんどくりいむうううう!!」
所々間がある。それは凪咲のカゴの中を見ていたからだ。
そしてディープブルーは凪咲の真横に立ち、両手で顔を覆い隠し大声で泣く。
「そんなにひとりでいっぱいいいい!!なんでええええ!買えなかったぁぁぁ!!」
「………」
ハンドウーマンのアドバイス通り無視をする。
「ずるいよおおおおおおお!おにくそんなにいっぱいいいい!!なんでなんでなんでええええ!」
子供のように騒ぐ。
無視は出来る…出来るが、凪咲はディープブルーが諦めるとは思えなかった。
チョコレートという目玉商品を取りに行かなかった代わりに、その他の特売品はコンプリートしていたからだ。
総合的に見て、凪咲の買い物カゴは恐らく最もお買い得な状態だ。
…ディープブルーはこのカゴをそのまま自分のものにしようとするだろう。
「………」
ディープブルーは右から迫る。
凪咲の顔を覗き込もうと…それを察知し体全体を左方向へ向けて1歩。
「あ、醤油もうそろそろ…でもどうだったかなぁ?」
自然な感じを装う。
ふと通路の先にハンドウーマンを見つける。
が、彼女は首を横に振った。
「1個ぐらい分けてええええ!おにくうううう!」
「っ」
ここでディープブルーが勝負に出た。
凪咲に抱きついたのだ。
右腕に顔を押し付け、
「ちょーだい!ちょーだい!ちょーだい!ちょーだい!」
ハンドウーマンは手を動かしている。
ジェスチャーだ。
カゴに手を入れ、取り出すような動作を繰り返している。
……何かを犠牲にして差し出せ。そう伝えていると凪咲は解釈した。
「………1つなら…」
「っ!!!」
凪咲が呟くとディープブルーが反応する。
しかし、顔を上げたディープブルーが見たのは凪咲の真顔だった。
「なんて言うと思った?…私から離れて。じゃないと」
「………」
ガタガタガタガタ…棚の商品が震える。
思わずディープブルーは凪咲から手を離し1歩下がった。
地震…ではない。意図的に棚が揺れているのだ。
しかし、見回しても棚を揺らしている人影はない。
反対側から揺らしているのか…とも考えるが、普通に考えてそんなことをすれば迷惑行為で退店させられてしまう。
「ほら。消えて」
「………」
「死にたいの?」
凪咲は左手を広げ、手のひらに炎を出現させた。
「ひぃっ!?うわああああああん!!」
ディープブルーはそれを見て何を思ったのか。
自分のカゴを床に落とし、走って逃げていった。
「ふぅ」
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」
「あぁ…平気」
「今あなた手になんか…火?火?」
「手品。趣味でやってる」
「…そう」
ハンドウーマンが駆け寄ると、棚の揺れはピタリと止んだ。
「で、先輩はどうだったの?」
「…私よりあなたのカゴの方が…どうしたのそれ」
「ちゃんとルールは守って取ったよ?」
「だからってそんな大量に…」
「はいはい。で?」
「もちろん。こんなの簡単よ。これはあなたの分」
ハンドウーマンのカゴはチョコレートで埋まっていた。
そしてそれがたったの2袋によるものだと分かると、凪咲は2kgの大きさを実感した。
「本当にハンドクリームが役立つんだね。ちょっとパッケージにクリームついちゃってるけど…ありがと。じゃあ私もハンドウーマンの分、渡すね」
「…え、え?ま、待ちなさい…そんなに?」
チョコレートを受け取り、凪咲はお返しにとハンドウーマンのカゴに自分のカゴの中身をどんどん移していく。
「ハンドクリームは全部譲る。あと子供ハンバーグ好きでしょ?だからひき肉…これ個数制限ないから。あと野菜もちゃんと食べさせてあげて」
「…でも、こ、こんなに受け取れないわよ…あなたの戦利品なのに」
「協力プレイでしょ?私達は役割分担しただけ。取り分は大体半分ずつでいいじゃん」
「………」
移し終えて凪咲が笑ってみせると、ハンドウーマンの目には涙が。
「レジ行こ。お店出るまで油断出来ないんじゃないの?」
「…ええ。そうね…」
………………………………next…→……
2人は無事レジに到着。
凪咲がふと振り返ると、ハリケーンが警備員3人に囲まれていた。
「えー…合計で1998円…あ、レジ袋はご利用になりますか?」
「1枚お願いします」
「では2円いただきます…えー、合計が2000円になります」
「はい。…どうも」
「ありがとうございましたー!」
会計を終えて店の外へ向かう…と。
「すみません、お客様…」
凪咲は呼び止められた。
「何か?」
「勝手ながら、店内でのお客様の様子を見させていただきました」
「…ルール違反は」
「いえいえ。違反は一切ありませんでした。風が流れるように店内を移動し、多くの商品を手に取っていただきました…。一部のお客様の迷惑行為に対し、巻き込まれることもありませんでした」
「そう…かな…?」
「スーパーイナズマでは、ごく一部のお客様に」
「待って。もしかして、異名…?」
「あぁ!ご存知でしたか」
「私…?」
「はい。もしよろしければ…」
「………うん…」
「…では。…お客様への感謝と、尊敬を込めまして…!」
「………」
「公式に、"ミスイナズマ"…と今後は呼ばせていただきます!!」
「ミスイナズマ…!?」
「納得ね」
「ハンドウーマン…」
「デビュー戦であれだけ活躍したんだから。私も、マスターパーフェクトも初めての時は必死だったわよ?」
「でも」
「妨害もズルもしてない。…ついでに若いし?"ミス"でもいいんじゃない?」
「………」
ズルなら、した。
凪咲はディープブルーに絡まれた際に、魔法を使用したのだ。
風魔法で棚を揺らし、脅しのために炎魔法も使った。
「さ、帰りましょう」
「ありがとうございましたーー!!」
店から離れ、ハンドウーマンと近くの駐輪場まで一緒に歩いた。
「まさか初心者に助けられるなんてね」
「次は真と…マスターパーフェクトと一緒だから。無敵だよ?私達」
「そんなあなた達から欲しいものを手に入れる…負かすのが楽しみだわ…!」
「頑張ってね。お母さんの方も」
「……やってやるわよ。今夜はハンバーグ作るんだから」
「それじゃあ、また」
「…次から私達は敵同士、ライバルだからね!忘れないでよね!」
………………………………next…→……
「……うぅわぁ!寝すぎたぁぁぁ!!」
午前10時を過ぎている。
9時から放送される韓流ドラマを見ようと思っていたのに。
「うぐぅ…今日はヒロインが恋人と喧嘩して幼馴染みとくっつく話だったはず…見たかったぁ…」
最初は特に興味がなかったドラマでも、何話か見てしまえば人間関係も分かってきて続きを見たくなるのだ。
「凪咲さんめ…」
こればっかりは凪咲さんが悪い。
夜に何度も同じ布団に入ってきて寝れなくしたから…
「おはよう。真」
「…あ、おはようございます」
「何が凪咲さんめ…なの?」
「え!?な、何でもないです!」
「ふーん…ぐっすり寝れた?」
「すっかり寝坊です。今日はお風呂掃除を」
「やっといたよ」
「…そうなんですか?じゃあ」
「家事は全部やっちゃった」
「……凪咲さん何時に起きたんですか」
「7時とか?」
「なんで起こしてくれないんですか!」
「真は休まないと。ね」
「ね。じゃないですよ!」
「いいからいいから。そのままお昼までのんびりしててよ。私作るし」
「さすがに僕も何かやりますよ。お昼ご飯は僕が」
「ううん。私がやる。…まだ固まってないかもしれないし」
「固まってない…?」
「ソープおいでー!真と遊んであげて!」
「ニャアーー!」
「うわ!」
ソープが飛び込んできた。
温かくて柔らかい。毛の感触が気持ちいい。
…ついつい、どうしたの?なんて声をかけて撫でたりくすぐったりしてしまう。
「ニャア…ゴロゴロ…」
「……そうだ。何か軽く読もう」
代行の能力の向上は大事だ。
もっと成長すればアイアン・カードの無茶な使用による反動も軽減出来るかもしれない。
「何にしようかな…」
妄想日記。
これは思ったように青春時代を過ごせなかった女性作者が、本当はこうしたかった…こうなっていたかもしれない…を妄想して書き溜めたものだ。
元々はブログが人気になってそれが書籍になったらしい。
バレンタイン。
好きな先輩のためにチョコ作り。
溶かすために使っていたお湯が入ってしまった。
気を取り直して今度は型に流し込もうとしたら手が滑って床にチョコをぶちまけた。
……先輩は義理チョコしか貰えなかった。
私がチョコを失敗しなかったら、今頃は…。
「失敗談…」
そこから、その先輩との妄想が膨らんでいく。
高校生編の最後では人前に出るのが苦手なのに劇でロミオとジュリエットを…
何がすごいって、その先輩の存在までもが妄想によるものだったということだ。
「…最後まで読むのはやめておこうかな」
大学生編、結婚・新婚旅行編、新米ママパパ編、妄想娘・妄想息子編…なんなら続編まで出ている。
「違うのにしよう」
「ニャ」
猫と暮らすための本。
タイトル通り、これから猫を飼う人に向けた内容だ。
お世話の仕方とか…やってはいけないこと…おすすめのおもちゃ…餌の種類に…うんうん。
猫が喜ぶツボもあるのか。
「ソープ…ここどう?」
「…ニャウ」
「お」
役に立ちそうだ。
「真ー、こっち来てー」
「はい…なんだろう」
凪咲さんに呼ばれ、椅子に座るよう言われた。
「あと目隠しも」
「手でいいですか?」
「うん。いいって言うまで見ないでね。絶対に」
「はい…」
見えない分、自然に音を聞こうとする。
冷蔵庫が開いた…ガサゴソと漁って…そうか、何かに挑戦したのか。
凪咲さんがあまり作らないジャンル…となると…うーん…。
「まだだよ」
「はい。見てません」
目の前に何か置かれた。
…甘い匂いがする…?
「うん。…いいよ」
「………なっ」
見てみると、テーブルの上には大きな大きな…
「なんですかこれ」
「何ってチョコレートだけど」
さすがにこの量は初めて見た。
「分けて作ったんだけどね」
「……あ、本当ですね」
近くで見るとそれぞれが独立している。
集合体を見ると…大きなハートの形に。
「早いけど、バレンタインチョコ」
「あ、ありがとうございます」
「食べてみて」
「はい…!」
端のパーツを手に取り、ひと口。
パキッ。
良い音だ。ミルクチョコレートの甘さが広がっていく…。
「美味しいです」
「よかった。…全部食べてね!」
「…え?全部…これを、全部…?」
「うん!1kgあるから!」
「………っ!!!!」
嬉しそうに凪咲さんは洗濯機の方へ行ってしまった。
「食べきれ…」
るのか?いや、無理だろう。
甘くて甘くて…美味しいけど…。
「…初めて貰った…なのに」
どうして素直に喜べないのだろう。
………………………to be continued…→…




