第5話「三剣猫駅」
「う…うう…」
胸焼け…人生初の体験だ。
昨日は午前中に凪咲さんに貰った巨大チョコレートを…
「っ……」
ああ、思考にまで胸焼けが影響している。
昼から1日中苦しかった。なのに完食はまだ遠い。
不幸中の幸いと思うべきなのか分からないが、巨大チョコレートは元からいくつものパーツに分割されていたから保存しやすい。
それに、全部が同じ味ではない。
ストロベリー味だったり、バナナ味だったり、ビスケットが入ってたりと…飽きない工夫が…
「1週間かけて食べるにしても…厳しいか」
でも無駄には出来ない。
凪咲さんはチョコレートを食べる僕を見て嬉しそうだし…食べ物を残すなんて自分が許さない。
「真!おはよう」
「あ…おはようございます」
「今日はダンと会うんだよね」
「そうですね」
「先にお風呂入ってもいい?」
「どうぞ…」
朝の準備は僕だけかなりゆっくりだ。
……あ。
「ダンさん…!」
こんな頼り方をしたら嫌われてしまいそうなものだが。
後で会った時に改めて"再構築"をしてもらえないか相談のメールを送る。
アイアン・カードの酷使のこともあるし"リセット"出来るのならこの胸焼けだって…!!
「送信…っと」
ついでにトップニュースを確認。
………アイドルが結婚したらしい。芸能人同士の結婚だとニュース感があるが、一般人やIT系の社長と結婚した場合は
「…へぇ~」
これくらいの反応で片付いてしまう。
「あ、返信が」
件名 Re:おはようございます
ああ。構わない。
元々定期的に再構築をしてベストコンディションを維持できるようにするつもりだった。
今後も何かあれば遠慮なく言ってくれたまえ。
「…助かった…!」
そうと決まればやる気が出てくる。
リセットは間近だ。この胸焼けともおさらばできる。
それに、満腹状態なども解消されるだろう。
「………よし」
家を出る前に食べ切る!!!
全部体の中に詰め込む!!
血液がチョコレートに変わったとしても!!
冷蔵庫を開けて…
「…圧倒的な物量に負けそう」
でも今食べなければ数日ずっと大変なことになる。
「いただきます」
パキッ。ポリポリ。パキッ。
昨日食べ始めた時はこの食感に心踊ったのだが。
今となっては咀嚼する体力を奪うだけの辛いものに
「ふぅ。…あれ?朝からチョコ食べてるの?」
「…はひ」
「ふふっ。鼻血出ちゃうよ?」
「おいひいのれだいひょうふれふ」
「そっか。ふんふふーん♪」
とても機嫌がいい。
…口の中がクチャクチャになってきた。
甘さが口内を支配して、溶けてきたチョコレートが居座る。
ここで水を飲んで流し込みたいところだが、そうすると水も甘くなって余計に追い込まれることになる。
今は完食することだけを頭に入れなくては…!!
………………………………next…→……
「っ…ぐふぅ…」
食べきった。
「えっ!全部食べちゃったの!?」
「……はい…」
「苦しそうだね…」
「つい全部食べてしまったので…」
「そんなに美味しかった?」
「まあ…」
「あのね!真。私、黙ってたことがあって」
「なんでしょうか…」
「チョコレートでもう分かってると思うけど」
「…いえ」
頭の中までチョコレートがぎっしりだ。
「昨日、スーパーイナズマの特売に行ってきた!」
「…え?まさか…ガールズデーですか?」
「うん!」
「はっ…!!」
2kgのチョコレートが目玉商品に…!!
……………………待て…待てよ…?
そんな分かりやすい嫌な予感が…僕の口から…
「凪咲さん。僕が食べたチョコレートって、量は」
「1kgだよ」
「ガールズデーの目玉商品のチョコレートって2kgでしたよね」
「うん。半分だけ使って、残りは冷凍庫にあるけど」
しまった…!!
冷凍庫は確認していなかった!
そういえばもうそろそろ食料の買い出しをと考えていたから…冷凍庫は余裕があったんだ…。
「まだ食べたい?」
「い、いえ!これ以上は…太ってしまいます」
「そう?じゃあダンにもおすそ分けしよっか」
「ですね!それがいいと思います!」
「チョコレートの他にも色々安く買えたんだよ?ひき肉も大量。ハンバーグとか…ミートボールスパゲティーとか作ろうかな」
「あはは…楽しみです。それで…どうでした?イナズマの特売は…」
「知りたい?」
「はい。凪咲さんの経験次第では次の特売の立ち回りを変えようと思っているので」
「ハンドウーマンと協力したんだ」
「えっ…!?あの…」
凪咲さんとハンドウーマン…僕には水と油みたいに見えたのに。
まさか協力関係になるなんて。
「ハンドウーマンにハンドクリームをあげた。ライバルっていうより1人のお母さんだと思って接してたからあっちも受け入れてくれたんだと思うよ」
「…クリームを塗ってしまえばハンドウーマンは何だって手に入れられます」
「うん。だから目玉商品のチョコレートは任せることにした。結局商品の争いにはあまり参加してないなぁ…」
「凪咲さんは何を?」
「私はハンドウーマンのためにハンドクリームと…あと野菜…お肉…あ、ディープブルーとハリケーンも来ててちょっと困ったかな」
「あのディープブルーとハリケーンが!?同時にですか!?」
「…そんなに驚く?」
「津波と台風が同時に来るのと同レベルですよ…」
「ハリケーンの突進は避けたし、あいつが欲しがるお肉は先にいっぱい取った。…会計する時に見たら警備員に囲まれてたよ?」
「…逃げ切ったんですか…!!」
「すごく怒ってたけどね」
「ディープブルーは!」
「ハンドウーマンと合流する前に私のとこ来たんだよね。私のカゴが山盛りだったから全力だったと思う」
「……大泣きですか!」
「しかもくっついてきたよ。腕にしがみついて…うるさかったなぁ」
「それで!それで!」
「遠くからハンドウーマンが何かを諦めて渡せってジェスチャーで伝えてきてね?そんなの嫌だって思って…ちょっとだけ魔法使っちゃった」
「…え?」
「ほんのちょっとだよ?風魔法で棚揺らして…手から炎出して…死にたい?って聞いたら泣きながら逃げてった」
「……」
「ぜ、全然怖くないんだよ?ちょっと商品がガタガタ揺れて、炎だって大きさは野球のボールくらいだし」
「……どっちも回避したんですね…」
びっくりだ。
僕があの2人と遭遇したら…どうしただろう。
…逃げる…だろうか。
ハリケーンは確かに肉が好きだから、売り場に誘導すれば処理できる。
ディープブルーは…狙われると付きまとうから…他の異名持ちにぶつけるとか…でも難しい。
無難なのは他の商品を諦めてすぐに会計してしまうことくらいだ。
「ちゃんと手品だって言い訳したよ!?」
「凪咲さん。もしかして異名を?」
「…あ…うん。帰り際に店員に呼び止められて」
「特売参加1回で異名持ちになるなんて…」
「ちなみに真は…」
「4回目で協議の結果見送りになって、7回目でようやくです…一応、お客様以上にスーパーイナズマを理解している方は他にいませんと言ってもらえたんですけどね」
「すごいじゃん」
「凪咲さんの異名って…」
「…あのね……"ミスイナズマ"…なんだけど」
「そ…そんな…っ!!」
初めての参加でイナズマと付く異名を…!?
ミスターイナズマ以外にもイナズマの名を与えるなんて…!!
「大丈夫…?もしかしてショックだったり…」
「凪咲さんは使者ですから。もしかしたら異名持ちになるのは早いかもと予想はしていました…でもまさか…イナズマ…正直、ショックではあります」
「…ごめんね」
「でも。嬉しさもあります。半々です。僕はマスターパーフェクト。誰よりもスーパーイナズマを理解しています。そして凪咲さんはミスイナズマ」
「私は特にコメントはなかったんだけどね。ルールを守って、いっぱい買い物して、ついでに若い…ハンドウーマンはそんな風に評価してた」
「僕達がタッグを組めば…今後の特売…無敵です」
「ふふっ。もうタッグ組んでるじゃん、私達」
「…そうですね。改めて…異名、おめでとうございます。凪咲さん」
「うん!次の特売から一緒に頑張ろ!」
………………………………next…→……
思わぬニュースで家を出るのが遅れたが、待ち合わせには遅れなかった。
「三剣猫駅…」
「ネットによると、むかしむかし…この場所に3人の悪い侍がいたそうです。それぞれ仲が良かったとかではないみたいなんですけど、それぞれが別々に悪さを…。そしてある時、地元民に可愛がられていた野良猫の1匹を侍が斬ったそうです。それに激怒したのは仲間の猫でした。怒った猫は他の仲間の猫を集め…"軍"を率いて侍達を1人ずつ襲ったと…。この土地を救った猫の名前がミケだったこと、侍が3人だったこと…色んな要素を絡めて、三剣猫と書いて…"みけねこ"に地名を変えた…あれ?凪咲さん?」
「猫って偉いね…!」
「この町では野良猫を大切にしてるみたいです。餌付けをするスポットが用意されてたり、怪我などで弱っている子を保護する施設があったり…」
「良い所だね…ここ…!!」
凪咲さんが駅前にある猫の銅像をスマホで撮影していると、
「来たか…」
「ダンさん!」
「柊木様。お体の調子はいかがですか?」
「ジュリアさん!…実はあまりよくないんです」
「分かった。では再構築を始めるとしよう。そのためにまずは私達の隠れ家に」
「隠れ家ですか?」
「ああ。追っている代行はこの三剣猫に家を借りている」
「そうなんですね…凪咲さん!行きますよー!」
「はーい!」
ダンさん。ジュリアさん。
2人とも相変わらず美男美女で…大人だ。
ただ、2人とも着物姿だった。両方黒系で…ペアルックみたいだ。
どっちも日本人顔ではないのに似合ってる…着こなしてると言うべきか。
…駅から数分。
この町には野良猫がいっぱいいる。
どこを見ても景色の中に必ず数匹いる。
猫を見かける度に凪咲さんが足を止めようとしてしまう。正直可愛いと思った。
「ここだ」
「隠れ家がですか?」
「風呂好きな猫と混浴できることもある」
「いや、旅館ですよね」
「ご主人様の所有する物件です」
「…いや、藤松ってここに」
「ああ。それは外さないでおいた。もう元オーナーは実家のある北海道に帰ったよ」
旅館…とすぐ隣に民家がある。
家の方には藤松という表札があって、…ええい。もう整理するのが面倒だ。
それもこれも全部ダンさんのもの。そういうことだ。
「おかえりなさいませー」
「この2人は私の客人だ。私と同等に扱ってくれたまえ」
「いらっしゃいませー!お客様ー!」
「あの…もしかして従業員の皆さんも」
「買った。とは言えないな。変わらずここで頑張ってもらっているよ。給料は元の倍にした」
だからか。嘘みたいな笑顔だ。嘘みたいだが、本物の笑顔だ。
…聞こえは悪いかもしれないが、笑顔を金で買った形だ。
すごく…幸せそう。
「……」
「柊木様。ご主人様と別室へどうぞ。柊木様の使者は足湯にでもご案内いたします」
「ううん、私も真と」
「足湯には高確率で猫が入浴を目的として」「真!後でね!」
凪咲さん…猫に弱すぎる。
「さて…私に話したいことがあるようだね」
「はい。今回再構築をお願いしたかったのは…」
歩きながら説明した。
ダンさんは、アイアン・カードの件についてすごく興味を持ったみたいだ。
「私の本には特に書かれていないが…面白い。この数日、監視続きで体を動かしていなかったから…よかったら見せてほしい」
「……あの。その言い方だと…なんか、いや、僕の勘違いかも」
「戦うわけではないよ」
「あ…そうなんですね」
「練習試合…といったところか」
「…やっぱり戦うんじゃないですか」
「どんなことが出来るのか知りたい。ぜひ付き合ってくれたまえ」
「は、はい…」
案内されたのは宴会場。
今は時間的に誰も使っていないし、なんなら従業員が数人で掃除中だった。
ダンさんが指示すると皆スッといなくなった。
…これもお給料が倍になったおかげか。
「私は何もかもジュリアに任せている。だが、この前の君達の戦いを見て自分の身を守る手段を用意しておくべきだと思ったんだ」
「新しい創造ですか?」
「ああ。来い」
パチン!
指を鳴らすと…ん?
「あれは…?」
ダンさんを囲うように3人…いや、3着のスーツが現れた。
…うん。スーツだ。黒のスラッとしたスーツ…あと茶色の革靴と…白い手袋?
それを誰かが着ているとかではなく。それらが浮いている。誰かが着ているみたいに。
「透明人間」
「あぁ…!!」
「ボディーガードという創造だ。発動時、近くにある衣類を身にまとって私の盾になる。私のスーツを使用した場合、最高の防御力になる」
「…盾…!」
「性能はまぁまぁだ。さぁ、試し斬りをしてみたまえ!」
…まだ胸焼けが……でもここで断るのも…
「ふぅ…やります。そのボディーガード3人をもう少し前に出してもらえますか?」
「いいとも」
ダンさんは後退し、ボディーガードは前進する。
程よい距離感。これなら万が一の場合でもダンさんを巻き込むことはない。
「………っ、展開!!」
………………………to be continued…→…




