第6話「異常地帯」
現代だからこそ。
「GPSを検索…!」
電話をかけても出ないなら、こうして無理やり探し出すことも可能。
見つかればすぐ地図アプリに画面が移って…
「ああ。その野球部のマネージャーの居場所が知りたい。住所でも構わない。早急に取りかかってくれたまえ」
ダンさんはどこかに電話をかけている。
数回…内容はどれも同じ。
「それで…お客さん?どこに行けば…」
「ジュリア」「はい、ご主人様」
「言い値を払います。カードで。なので今日1日あなたの時間を購入させてください」
「お、お客さん!?何を!と、とりあえず行き先を」
「カードでは不満ですか?現ナマですか?現ナマならよろしいのですか?」
「待っ、待ってくださいよ!ちょっと!」
僕も、運転手も、こんなタクシーの利用客は初めてだ。
面と向かって事情を話してはいないが、僕達の会話から少しは察したらしく。
タクシーを貸し切る必要がある緊急の用事ならと協力してくれる事になった。
ありがとうございます…湿地さん。…ちょっと珍しい。
雰囲気だけで言えば、七福神のコスプレが似合いそう。そんな小太りのおじさん運転手。
彼は僕達が目的地を決めるまで黙って待機してくれた。
「GPSの様子は?」
「…起動してないみたいです。遠隔操作で起動できたりすれば…」
「今度創造をしたまえ。常に相手の位置がわかる道具を。その程度なら簡単だ」「このようにさり気ない形にすると良いかもしれません」
「…あの。ジュリアさんそれ首輪……」
「いいえ。位置特定リングという名称の道具です」
「ん?あれ、ジュリアさん僕と会話してます?」
「はい。それが何か?」
「え?あ、ジュリアさん…え、僕と会話してますよね?」
「はい。何の確認でしょうか」
首を傾げる彼女。
「病院での"あれ"が君への態度を改めさせたのだよ」
「あれ、ですか?」
「私は君を友と呼んだ。そして君もそれに応えた。今君はジュリアにとって客人になったわけだ」
「………は、はぁ…」
「何かあれば遠慮なく申してください。許容の範囲であれば協力致します」
「ふはは。ジュリアが君を完全に認める日が来たらお祝いをしよう」
「……」
「では運転手よ。これから言う場所へ向かってくれたまえ」
「っ!あっ、はい!」
不意打ちだった。
ダンさんが情報屋?から手に入れた情報により野球部のマネージャー、田中さんの家の住所が分かった。
ようやく出番だと張り切る運転手さん。
…後ろの座席でダンさんは右を向いて窓の外を眺めてる。
その隣でジュリアさんは硬直。銅像と間違うくらい揺れないし動かないしずっと前を見てる。
僕は……落ち着かない。多分運転手さんも同じだろう。
僕も左を向けばすぐ窓があるし外の景色を…とも思うけど。
「凪咲さん…」
「心配なら呼びかけたまえ」
「……」
「レベル2になったようだから」
「…え、どうして」
「そうか。レベル2になったのか」
「えっ?」
「鎌をかけてみただけのこと。喜ばしいことだ」
「………」
「代行の思考を共有出来る距離は、もちろん代行の能力によって変わる。私とジュリアで約2km。君達ならどのくらいだろうね」
「2kmもですか?…僕達は……」
どうなんだろう。なんだかんだでいつも隣にいるから…
「使者から返事は出来ない。ただ、電話に出ろと伝えれば連絡は取れるはずだ」
「そうですね…やってみます」
凪咲さん…凪咲さん。聞こえたらスマホの電源を…GPSを起動してください…今すぐそっちに行きますから…!
………………………………next…→……
「…そこまで。もう逃げるのは終わりにして」
「うぅっ!?」
ガシャン…ズザザザザ…!!
何も障害物がない平地。
野球部のマネージャー、田中が乗る自転車は勢いよく転けて地面を滑る。
車体と地面に挟まれた左足が擦れ…
「あぁぁっ…」
田中のうめき声。
彼女の足は皮膚が激しく削られ肉が露出していた。
真っ赤な血が滲み、地面に垂れている。
「痛い?まさか痛いの?…あなたが殺した野球部員は、…真は、そんなんじゃ済まないよ?」
「や、やめて…やめて…」
「どうして被害者みたいな顔するの?あなたは人を殺した。しかも逃げてきたんでしょ?警察から…同じやり方で」
「やってない!私じゃないです!」
「あなたは、もう夢を見られない」
何も持っていない彼女の手の中に、2本の刃物が姿を現す。
それを1本ずつ両手に構え、田中の眼前に左の刃を突きつける。
「復讐は、必ず遂げねばならぬ道。力を持たぬ弱者がそれを悪く言うが、力を持つ強者がそれを行えば…正義となる」
「っ…」
「命で償って」
((READ))
「っ!」
それは、横から入ってきた部外者の声。
「はいはーいっ!働き者のオガルちゃん、さーんじょぉーう!てへっ!」
「…代行…!あなたのパートナー…っ?」
「パートナー!?あんな人知りません!」
「オガルちゃーんはぁ、用済みになった実験体をお掃除しに来てあげたんだよー!」
「実験体?」
「えっとぉ、たしかぁ、どっちが実験体なんだっけぇ?」
「……っ、とにかく今は!」
ブシュッ。
オガルと名乗る女の体に躊躇なく身を投じる刃。
刃を追うように続けて蹴りが飛んでくるが
「あー、わっかんね。どっちでもいっか。もう1冊増えると思えば。あーだるいわー」
「っ、頭おかしい!」
「えぇーっ!?オガルちゃん、頭おかしくないよぉう!いきなり殺そうとしてくるお姉さんの方が変だよぉう!」
「効いてない…!」
右肩に刺さった刃。それを深く押し込む蹴り。どちらにも良い反応は見せなかった。
ならばとオガルの真正面で跳躍、空中でクルクルと回転し…
「これなら…どう!?」
落下と同時に身を捻って回転蹴りと回転斬りを放つ。
「んー?」
オガルはそれを無抵抗で受け入れた。
蹴りが頬にくい込み、刃が左腕を抉る。
着地してすぐに追加された蹴りが顎を砕き、彼女の右肩に突き刺さった刃を抜き取ると
「サイクロン・ドライブ!」
両刃はがら空きの首へ…。
手応えは、あった。
返り血を浴びて顔が汚れる。
瞬殺。間違いない。
痛みに鈍かっただけのこと。ただそれだけのことだったのだ。
「へぇー。はっや。もうこんなにやってくれちゃうわけ?」
「死んでない…」
地面に倒れたオガルはすぐに立ち上がった。
慌てて見て確認するが、彼女の怪我は癒えていない。
特に首には会心の一撃が叩き込まれたはずだ。
その証拠に直視するのは遠慮したいほどぐちゃぐちゃに切り刻まれている。
顎の下から胸の辺りまで、激しく損傷している。即死で問題ない…はずなのに。
「でもぉ、今のでどっちが実験体か分かっちゃったー!オガルちゃんあったまイイーー!」
オガルは田中へ向かってズンズン歩く。
「もう1回…サイクロン・ドラ」
「えーい!オガルちゃんぱーんち!!」
ドッ…!!
触れていない。まだ接近していないから距離はある。
しかし、空気を打っただけの拳は確かに腹を抉った。
「うっ」
高速でふっ飛ぶ。道路の真ん中を転がり、交差点の真ん中でようやく止まった。
すぐに立ち上がろうとするが
「だめ…ふらつく…」
ならせめて車に轢かれないようにと足を踏み出…せない。
「………あれ?」
自分のピンチよりも気になること。
気がつけば自分達以外に人も動物もいない。
車も通らない。
なぜ?何が起きている?
そんなことに思考を集中させていると
「やめて!やめてください!」
「お・つ・か・れ・さ・ま!オガルちゃんきーっく!」
バチュン!!
「……は…」
異常な音で我に返る。
復讐するために追いかけていた田中のいる場所に、ヤツが立っている。
そして、ヤツの頭上にだけ降る血の雨。
自分以上に返り血を浴びて、笑顔でこちらを見ている。
「オガルちゃんって、すっごーく強いんだ・ぞ?」
「ひ…」
怯んだ。恐怖した。
明らかに自分より強い相手に。
血塗れの顔が歪み、あってはならない"敗北"の文字が頭に浮かんでしまう。
「実験体はもう死んだ。次はお前だ。若い女が何人もポンポン出てきやがって。どうせお前も打たれ弱いんだろ?つまんねー」
「………」
「死ぬ前に名乗れば?」
「………」
「何にも残らねーな。つまんな。なにその人生」
「………」
「じゃあ、オガルちゃんが!最後の最後にどっかーん!って、ド派手にぶっ殺してあげるね!」
「…っ………ふっ…ふっ…」
軽く飛び跳ね、無理やり息を整える。
怯える心臓を黙らせ、目の前の敵に集中する。
「およよー?」
「オガル…だっけ」
「そうだよー!みんなのアイドル、オガルちゃんだよー!」
「…なんて事無い。魔王に比べれば」
「まおう?」
「そう。わざわざ殴らなくても、指を振るだけで大勢の人間を殺せる…それが魔王」
「へえぇーー!すごいんだね!そのま・お・うって!」
「そして私は、その魔王を滅ぼす力を持つ勇者」
「ゆうしゃ?」
「どんな敵にも負けないってこと」
「ふーん…ゆうしゃ…」
「最強の勇者、ナギ。最強の魔導師、ヒカリ。…両者の血を継ぐ者」
「うん!よく分かんない!」
「オガル。あなたは死ぬ」
「えー!それはどうかなー!」
………………………………next…→……
タクシーは目的地付近へ。
「お客さん。聞いた住所はこの辺り…」
「待ちたまえ。…あれは母親か」
「…家の外でパニックになってますね。話を聞きますか?」
「いや。大体分かるとも。運転手、ここを離れたまえ…ジュリア」「はい、ご主人様」
「ここからは直接道を示します」
…多分、ダンさんがどっちに行くか考えてジュリアさんが口に出すってこと…のはず。
家の前を通り過ぎて、まずは直進。
次は適当に左折。
「真。常に呼びかけたまえ」
「はい…!」
凪咲さん…凪咲さん…!
「そこを右へ」
「あ、お客さん…こっちは難しい…ちょっと事故かなんか…あっ」
「構いません」
「…はい」
凪咲さん…!
「あれ…おかしいな…急に車が」
「異常地帯か。厄介だ。運転手、さっきの住所の場所で待機していてくれたまえ」
「え?お客さん?降りるんですか?」
「なるべく早く戻る」
「こちらのカードを」
「お客さん、これは?」
「純金です」
「純金!?」
「やはり現ナマなのでしょうか?」
「い、いや、さっきの住所の家の近くで待ってますから!分かりましたから!」
車を降りるとダンさんが道路の真ん中へ歩いていく。
危ないと注意しようと思ったが、…え?
「ダンさん。車が」
「1台も通らない。さらに言うと、通行人もいない。付近の動物や建物の中にいる人間は皆隠れたまま出てこない」
「隠れる?」
「異常地帯と言う。私の本に書いてあった。強力な力を持つ者が立つ地には生命が近寄らないと」
「それって…この近くにものすごく強い何者かがいるってことですよね」
「その通り。向こうだ」
ダンさんの示す方向からは…
「結子さん…?」
あの時のと同じ圧を感じた。
本能的に近づくことを拒否したくなる圧だ。
「その野球部のマネージャーが異常地帯を発生させているのか?」
「…分かりません。少なくとも僕が襲われた時にはこんなことには」
「急ぐとしようか」
「はい!」
ジュリアさんが先頭を走る。
その後で並んで僕とダンさんが走る…。
こんなに堂々と道路の真ん中を走ったことはない。
真夜中でも危ないのに、今は明るい時間帯だ。
…本当に、異常だ。環境音が風の音くらいしか聞こえてこない。
無事でいてください…凪咲さん。
「伏せてください!」
その時だった。
ジュリアさんが振り返り、ダンさんの肩と僕の頭を掴んで無理やり押し下げた。
無理やり姿勢を低くさせられたタイミングで
ドッ……!
僕達の頭上を、衝撃波が通過した。
………………………to be continued…→…




