第5話「再構築」
「柊木さーん、はい、じゃあ手を握ってみてください…次は開いて…よく出来ましたねー!いいですよー!」
「………」
「順調に回復してきてますねー!」
「………」
白い部屋、白いカーテン、白いベッド。
清潔感をひたすら追い求めた空間。
体に繋げられたチューブ、呼吸を補助する機械…。
医療ドラマでよく見る光景だ。
テレビで見る度に患者の元気がないことを気にしていたが、患者の立場になれば嫌でも分かる。
生かされている
この認識が自分という存在の脆さを物語っているのだ。
もし補助が途絶えれば、簡単に死ねてしまう。
いつでもその気になれば、誰の手でも僕を殺せる。
子供が部屋に入ってきていたずらにマスクを外せば?機械をペタペタ触ったら?
地震や停電か何かでたまたま機械に不具合が起きたら?
僕は。
「失礼します」
凪咲さんが来た。
毎日来てくれている。
短い面会時間でも、僕が"会話"を拒んでも。
凪咲さんが来ると看護師はすぐに退室する。
気を使ってるのか。それとも一切声を発しない僕と会話している様子が怖いと思われているのか。
「真…」
………。
「今日は1月7日。天気は曇りで、いつもより寒いかな…」
………どうして僕は…
「…私、私ね……初めて人を殺したいって思った」
…え?
これまでは毎日その日にあった出来事を話していたのに。
ソープの日常とか、新しく発売された便利グッズとか…。
「真の家でソープと…真がいないのに…私…」
……泣いている。
彼女にしては珍しく、声が漏れている。
いつもは静かに泣くのに。
「寂しいよ」
…っ。
「野球部のマネージャーは逮捕された。テレビでニュースにもなってる。タッちゃんが取材に答えて、その映像が毎日流れてる。タッちゃんが私達のこと黙っててくれてるから大丈夫だけど、もし真のことが分かったらここにも心無い人達が来ると思う」
心無い人達…。
伝えることを仕事にした形だが、時には配慮が欠ける場合がある。
それこそ。芸能人のプライベートを監視し続けて撮影し、鬼の首を取ったように
「私、あのマネージャー殺してくる」
!!
「真を…真をこんな…っ…ごめんね。今日は私が一方的に話しちゃって。……もし私がいなくなっても、頼れる人…いるよね」
待って。
「戻ってこれたらいいな。出来たら、また元気な真が見たい。そしたら抱きしめたいな」
凪咲さん。待っ…
自分のことで精一杯で内にこもっていた罰か。
彼女は僕の呼びかけを無視して出ていった。
………焦ってもどうにもできない。
追いかけることも、…本当に何も…どうしたら…。
…どうして。
今まで、危険な使者と何度も戦ってきたというのに…どうして、眠らせた人間の頭を齧るだけの存在にここまで追い詰められたのか。
僕の頭はそこまで酷く損傷しているのか。
………くそ…。
………………………………next…→……
「ご主人様。あちらを」
「どうした。…おや?あれは」
「病院から出てきたようです」
「使者があれだけ悲しむことがあるのか…元が人間だから可能なのだろうな」
「ご主人様。私もご主人様にもしもの事があれば」
「そのもしもの可能性はゼロだ。分かるか?」
「…はい。私がご主人様を命がけで守ります」
「そうだ。それでいい。…行ってこい」
「かしこまりました」
「…ジュリアは機械だ。油は流すかもしれないが涙は流せないだろう。……それにしても、創造というのは尊い力だ…人間の営みを無視して新たな生命を創り出せるのだから」
「ご主人様」
「面会の約束は?」
「はい。5分程度ならという返事をいただきました」
「早速会うとしよう」
………………………………next…→……
昼過ぎ。
凪咲は例の野球部がある高校へ来ていた。
しかし用があるのは寮ではなく…
「屋上から入ろう」
人目を気にすることなくさっさと校門を飛び越える。
敷地に侵入し、校舎に向かって走っていくと…その跳躍力で軽々と3階の高さまで跳ぶ。
「っ…」
そこからさらに窓のフレームを蹴りつけて跳躍、空中で空気を一蹴りし方向転換。
校門前から屋上に飛び降りるまでその間わずか10秒。
校舎内へ通じるドアを蹴破ると凪咲は探し物を始めた。
4階。
音楽室、生徒相談室、3年生の教室。
3階。
図書室、2年生の教室。
2階。
職員室。
上から適当に調べていき、割と早く目的の部屋を見つけた。
職員室にももちろん人はいない。
無人…だが個人情報は詰まっている。
凪咲にとってピッキングという行為は必要ない。
鍵のかかった引き出しなど、絶妙な角度から強く蹴ってやれば
ガシャン!…ガララ…。
衝撃の後、引き出しの方から開いてくれるのだ。
「………3年生じゃない」
4クラスもあって名簿に田中という名字の生徒が1人もいなかった。
かわりに高橋なら8人見つかったが。
「…っ!」
見つけた。
野球部の集合写真を飾っている職員の机を。
これ以外にありえない。
早速机を調べるとあっさり見つかった。
「田中…田中…2-A組」
彼女を邪魔する者はいない。
その後も存分に職員室を荒らし、目的の情報…野球部のマネージャーの連絡先と住所を手に入れた。
………………………………next…→……
起きている間は無だ。
何もない。
なぜ生きているのか…なんてことを考えてしまうほど退屈だ。
だから目を閉じてひたすらこの体が眠ってくれることを祈る。
…それも叶うことはないのだろうけど。
…?誰か部屋に入ってきた。
確かこの病室には僕の他に完全に寝たきりの人が1人いるだけだったような。
その人に来客なのだろうか。
…足音は2つ。コツ、コツ。革靴か。
立ち止まって…やっぱりもう1人の方の
「違うみたいだ。ではこっちに…」
にゅっとカーテンの隙間から顔だけ突き出したのは、ダンさんだった。
この瞬間だけは紳士には見えなかった。
「いたいた。柊木 真。間違いない」
「ご主人様。私は外に」
「ああ」
………これは、やはり創造の書を奪いに来たということだろう。
「元気…ではないようだ。話は…いや、すまない。その様子では難しいか」
ゆっくりと右手を開いて、閉じた。
今出来る反応といえばこれくらいだ。
「……YESは指を1本、NOなら指を立てずに手を揺らしてくれたまえ。それで会話を試みよう」
面白い。なんとなくスパイ映画を思い出した。
僕は指を1本立てて見せる。と、ダンさんは頷いて話し始めた。
「会わない間に強敵に出会ったようだね」
……これは、YESでNOだ。
田中さんのあれは能力さえ分かっていたなら絶対に負けない自信がある。
「そうか…強くはなかった」
YES。
「しかし、能力に裏があった?」
……YES…でも…
「迷っているようだ。戦力的に勝ってはいたが何らかの計算外の事象により敗北した」
YES。
「なるほど。…実はさっき君のパートナーを見かけてね。ひどく悲しんでいたからもしかして君が入院しているのではと思って来てみたんだ。思ったより厳しい状況だ」
…そんなに酷いのか…僕は。
「…鏡を?」
……YES。
とは言ってもそう都合よく手鏡はない。
ダンさんはスマホを取り出し、
「これが今の君だ」
ガタッ。
大きく驚いてベッドが少し動いた。
インカメラに映されるのは自分の知らない自分の姿。
どこをどう見ても重病患者だ。
今にも生きる力が底を尽きそうな顔だ。
目が死んでる。目の下のクマもひどい。
見たことのない表情で…画面の中の自分と目が合う。正直、不気味だ。
…そして、髪がない。
頭を齧られたから、治療のために取り除いたのだろうが…おかげで余計に弱々しく見える。
坊主頭に包帯……。
「頭をやられた。相手は致命傷を狙っていたようだ」
YES。
「何らかの病に?」
…それは分からない。
「…相手の顔は」
YES。
「パートナーも顔を見た」
YES。
「……復讐を?」
…YES。
ダンさんは察しがいい。
「頭部を狙う敵。顔は見られている。そして君のパートナーは復讐のために病室を飛び出していった…なるほど」
…もどかしい。自由に話せたなら、協力を頼みたいのに。
凪咲さんを止めてほしいと。
「君のパートナーは…勝てると思うか?」
………これの返事次第で助けてくれる…かもしれない!!
…NO。
「…私達に出来ることが…いや、聞くまでもないか。君は私達に助けてほしい」
YES。YES。
「いいだろう。ただ、これは大きな貸しだ。その分君は私達の期待に応えてくれると約束するか?」
…2冊ある。なんなら1冊くれてやっても構わない。
今の僕には"万が一"が、"万が一"じゃないのだ。
単独で行動する凪咲さんにもし何かあったら…
「その目。心は決まったようだ。ならば…ジュリア」
「はい、ご主人様」
ずっとドアに張り付いて待っていたのか、呼ばれると食い気味に病室に戻ってきた。
そのまま流れるようにダンさんに創造の書を手渡した。
「何度でも言おう。私は君と敵対するつもりはない。対価として創造の書を要求することもない」
…まさか僕の考えてることが
「君が私に敵意を向けないと約束するのなら、私は君の友になろう」
……。
「…最後の質問だ。私の手を取るか?…友よ」
…YES。
ダンさんは笑った。その瞬間、以前結子さんに感じた圧と同じものを…いや、違う…強い圧だけど、もっと心強いもので…
((READ))
本が光る…!!
…うわ、なんだ…!!
光に包まれて…
………創造の力を体に使う、ということか。
思いつかなかった。
どんな病気でも怪我でも…治せるのか…!!
光が弱くなると、マスクが邪魔に思えて、全身に力が漲ってきて、
「待ちたまえ。私が取ろう」
ダンさんがマスクを。僕の横に来たジュリアさんは僕の左腕に繋がったチューブを
ブチ。
「いっ!!?」
「ジュリア」「申し訳ありません、ご主人様」
「…やれやれ。包帯も取ってしまおうか。"伸びる"のに邪魔だろう」
「……ふぅ…はぁ…話せる…!」
「当然だとも」
「創造の力で体を治せる。その発想すら」
「戦うことばかりに気を取られていると忘れがちになるだけで、きっと君もいつかは気づいただろう」
「…ダンさん。ありがとうございます」
「いいんだ。ただ、君が想像するより難易度が高い行為だということは伝えておこう」
「…そうなんですか」
「自身の体の隅々まで把握出来ているかと聞かれたら難しい。誰だってそうだろう?気づけていない病気、背中にある特徴的なほくろ…幼少期に出来てしまった痣…そんなものが」
「はい?」
「治療したのではなく、再現した。君の体は私の知る君の体に再構築されたということだ」
「………」
「どうしてそんなことを。それに答えるとしよう。…体に創造の力を与えるとどうなるか。これが問題だ」
「…ダメなんですか、もしかして」
「危険、ということだ。能力を付与出来るというのは大きな強みだが、創造を可能にするには相当な力が要求される。…君は自分の力量以上の創造を可能にする方法を知っているか?」
「…あ、条件を付ける」
「そうだ。あの男を覚えているだろうか…君が貸倉庫で見た」
「……ニンゲンイソギンチャク」
「…そういう名なのか分からないが、あれもその類だ。厳しい条件を付けることでようやく力の一部が発現し、さらに条件を満たすことで最大限に引き出せる。あの男の体内は…空っぽだった」
「え?」
「心臓、肺…人間に必要な臓器が1つも無かった。かわりにあったのは…巨大な口」
「……」
「私はそれを人目に晒すまいとこの創造を思いついた。"再構築"。あの男の体を皆が知る人間のそれに作り直した。…これは能力付与ではなく、特殊な攻撃と言える」
「自分の体に能力を付与した代行を普通の人間に戻せる…!」
「そうだ。そして、再構築は私の基準で行われる。標準的な人間の健康的な体に。今の君は何の問題もない健康体…ただそれは」
「ダンさんの"攻撃"によるもの。もしかして…解除も?」
「その通り。私の本が消滅したり、私が解除を望めば元に戻る」
「……」
「その姿でいる間も、君の元の体は少しずつ治っていくだろう。…まとめよう。自身の体に特殊な能力を付与するということは大きな危険が伴う。それは、望んだ力が強いほど体を蝕む」
「例えば…ですけど、創造の力で体を治療した場合はどうなりますか?ゲームとかでも回復役っていますよね?」
「現実にそれを行うとするならば、自己治癒力を極限まで高める…ということになるだろう。それは能力の付与に該当する。怪我などがすぐに回復する代償として…相応の何かを失うことになるだろう」
「…時間を巻き戻したら…?」
「それだけ代行として強くなれるかが疑問だ」
「………」
「まだ君は若い。余裕を持って半年ほど待てば完全に治っているだろう」
「…見ましたよね、さっきの僕の姿を。細かい症状とかはきかされてないんですけど、手を握ったり開いたりするリハビリをしているんです。…頭を齧られただけで」
「頭を齧られた…」
「ご主人様」
「何だ」
「そろそろ追いかけてはいかがでしょう。柊木様の使者を」
「あ!!」
すっかり忘れていた。
話に夢中になってしまった。
「待ちたまえ。そこに君の服があるから着替えるといい」
「あ、本当だ…すいませんすぐ着替えます!」
「全面的に協力するよ」
「ありがとうございます…」
慌てて着替える時に限って靴下が引っかかったりズボンを履くのに手こずったりするものだ。
「ジュリア」「はい、ご主人様」
「君のパートナーが向かう場所に心当たりは?」
「えっと…野球部のマネージャー…田中さんを探すはずです」
「野球部?」
「最近ニュースになった、野球部員が全員」「あのニュースか!」
「は、はい…」
「まさかあれに関わっていたとは…。では犯人が君を?」
「そうなります。息を吐きかけられると強制的に眠ってしまいます。眠っている間にその人の夢を見て、夢の内容が悪いと頭を…」
「なるほど。となると人間である君のパートナーは確かに危うい。能力が分かっていても接近戦には持ち込めないはずだ」
「そうです…ねっ!よし、行きましょう!」
「…社会の窓を閉め忘れているようだ。確認したまえ」
「…あっ!!」
「戦闘は私達に任せてくれたまえ。人間に強い相手に強いのが私達だ」
「え?」
「では向かうとしよう。君のパートナーはきっとすぐに見つけられる」
「は、はい!」
状況が変わった。でも、状況は変わらない。
僕を生かしているのが機械からダンさんに変わっただけだ。
なのに…こんなにも生きる希望が僕を満たしてくれる。
………………………to be continued…→…




