第7話「私の、切り札」
空気が、波打った。
開いた口が塞がらない。それはダンさんも同じだった。
目に見えているものの中に透過した波が…
頭上を過ぎていってもジュリアさんはまだ僕達を押さえつけていた。
それは彼女にはどれだけのものか想像が出来ているからだ。
「木、家、電柱…衝撃波に触れた部分だけヒビが入っている。もし人間の体で触れれば」
「………"壊れる"以外にありませんよね」
「ご主人様。離れますか?」
「真のパートナーを見つけることを優先しろ。先に行け」
「はい、ご主人様。なるべく姿勢を低くして移動を」
ジュリアさんが小走りで先行した。
僕達は生身の人間。おばけ屋敷でビビってなかなか進めない客のように警戒していた。
「範囲攻撃…にしては威力が高すぎる。私達では手に負えない強さという可能性もあるか…」
「ダンさん。あれって防げませんか?」
「…どうだろうな。衝撃波の威力なのか、はたまた衝撃波に特殊な効果があるのか…対策は簡単ではないだろう」
……スマホに新着通知はない。
「もし格上の相手なら、逃げることも考えておきたまえ」
「はい」
「そろそろジュリアを追うとしよう」
立ち上がった。
衝撃波はもう来ないのだろうか。
あれだけのものを連発されても困るが…もしかしたら必殺技ということも考えられる。
「真っ直ぐ行って、あの青い自販機の所で曲がりましたよね」
「…待ちたまえ!伏せろ!」
「…っ!?」
言ったそばから衝撃波が飛んできた。
最初から景色の違和感を見つけ出すつもりで集中していなければ衝撃波に気づく前に触れることになる。
命がけの間違い探しといったところか。
「ほふく前進とかどうですか」
「それがいい。スマートではないが仕方ない…」
2人ともぎこちない。それっぽいほふく前進で進んでいく。
「前回からおよそ30秒」
「そんなペースで飛んでくるなら僕達ずっと立てないですよ…!戦うどころか逃げることも難しいです」
「…これは私達に向けた攻撃ではない。既に戦闘中だからこそ…私達が来る前から…か」
「いだっ、」
「大丈夫か」
「早く進みたいのに…こんなこと言ったら失礼かもしれませんけど、場合によってはジュリアさんだって危ないですよねこの状況は」
「……急ぐとしようか」
………………………………next…→……
「すごーい!オガルちゃん、こんなに長く"デート"したの初めてだよ!」
「…集中…っ、集中…!」
ガクガクと膝が笑う。オガルの攻撃を回避し、時に受け止めた結果だ。
特にパンチを受け止める際に強い踏ん張りを要求された。
…たったの1発。耐えたものの、もう防御するなどという選択は
「オガルちゃんアレンジ!くるくるぱーんち!」
「っ!」
それはアクロバティックな回転蹴りや回転斬りを見てオガルが編み出した攻撃。
接近し、目の前でキレのあるターンを見せて、相手が身構えたのを見てから
「もーいっかーい!」
さらにターン。クルクルと回り、タイミングをズラすと
「どっかーん!」
「あぁぁっ…!!」
ピタッと止まってパンチを繰り出す。
釣られたせいで回避は間に合わず、中途半端に刃を盾代わりに拳を受け止めるが…
「せーの!」
ヴンッ…!
心臓を激しく揺さぶる短い振動。
その瞬間、自分の体が"離れ離れ"になりそうになるのを必死に堪える。
「すごぉ…!なんで!なんでまだ生きてるのー!」
「…もう…だめ…」
尻もちをついてしまう。
手にも力が入らなくなり、立ち上がれない。
「オガルちゃん、尊敬しちゃうなー!」
「………」
「記念に、お名前覚えてあげるよー!教えて教えて!」
「……ふっ!」
力が入らなければ。
代わりに彼女は後方へ軽くふっ飛んだ。
「うわぁー!今度はなにー!何したのー!」
「…どうせ逃げられない。なら全力を超えて戦うしかない」
彼女は、浮いた。
空中にフワフワと浮いてオガルを見下ろしている。
「オガルちゃんも空飛びたいよー!」
「これでダメならどうしようもない。……私の、切り札」
「んあ、まだ戦う気かよ。だるっ」
「火。水。雷。風。土。氷。光。闇。…万物よ、この剣に宿れ」
浮遊する体の周囲に赤、青、黄…様々な色の光球が出現。
今となっては握るのがやっとの刃にそれらが入り込んでいく。
「過去…未来…全ては、現在を救うために」
ギュルルル…!!
光球を吸収した刃は刀身から火、水、雷、風、土、氷、光、闇…それらを溢れ出させた。
「"勇魔"式…っ、エレメント・ドライブ…」
急降下。オガルに刃を向け、さらに加速し突進…!
「綺麗だねぇっ!いいねっ!いいねっ!オガルちゃんすぺしゃるぱーんち!!」
迎え撃つようにオガルは両手を突き出した。
刃と拳が…重なる…!
…………………………。
…………………………。
…………………………。
「オガルちゃん…君のこと大好きになっちゃったぁ」
超威力の激突は、痛み分けで決着がついた。
オガルはふらふらと立ち、少し離れた場所にうつ伏せで倒れている彼女を目を輝かせながら見つめる。
彼女は衝撃で弾け飛び、今度こそ力尽きてしまった。
「ナニガオマエヲツヨクシタ」
「信じられねー」
「オガルちゃん…すっごくドキドキしてるよ…!!」
1歩。踏み出すだけでバランスが保てなくなる。
よろけながら彼女に近づいていく。
「こんなにオガルちゃんのこと…ねぇ!もっと!もっとしようよ!」
返事はない。
「もうダメなの?死んじゃうの?そんなのオガルちゃんが許さないよぉーー!」
口が裂けそうなほどの笑顔で迫る。
「まだ死なないでね?オガルちゃんが治してあげるから!そしたらまたいっぱいいっぱいいーっぱい!」
そして、目の前の彼女を見て
「………死ね」
態度を一変させて真顔に戻る。
右の拳を振り上げ、頭に向けて振り…
「砕けなさい」
ググッ……!!
「うぅ?」
瞬間、オガルの体が浮いた。
見れば…メイドがそこに立っていた。
腹を抉るように拳で打ったのはこの女だ。
「まーた若い女か」
「破壊します」
追撃。追撃。追撃。
しつこく、しつこく、しつこく。
一切の誤差を許さない正確な打撃が腹を…同じ箇所を攻める。
その威力は
「すっご…お前ら本当に人間?」
オガルに笑顔が戻った。
「はっ。…はっ!」
連打の締めは蹴りだった。
インファイトで詰めた間合いに無理やり左足を折り畳んでねじ込み、殴り続けた腹を蹴り飛ばす。
くの字に体を折り曲げて数m飛ばされ、運悪く電柱に頭をぶつけた。
「即死以外は許しません」
………オガルはゆっくり立ち上がった。
「女子高生の次は金髪外人メイド…!東京に本が集まってるって本当だったんだぁ!」
「……想像以上の化け物」
「化け物級に可愛い!それがオガルちゃんだよー!」
「………」
メイドは身につけている首輪に触れた。
「もしかして…もう元気ないの?」
「ご主人様。聞こえますか。敵は1人、柊木様の使者も発見しました。倒れています」
「…!、あーーーっ!ずるいずるいずるい!仲間呼んでるー!」
「敵は使者…いえ。自身に能力を付与した代行である可能性が高いです」
「ずるい!オガルちゃんぱーんち!!」
「はぁっ!!」
パンチにパンチをぶつける。
単純な力比べはメイドが押し負け、インパクトの直後腕を引いた…が
「つよ…うそだろ…」
想定外の結果にオガルは顔を歪ませた。
「衝撃波の発生源はその拳。…相殺出来なければ余剰分の力が衝撃波になる」
「お前、ゲテモノか。くそだるいな」
「様々な可能性を考慮して、両手足を破壊します」
「オガルちゃんは丈夫なんだぞー!ほーら、きーっく!」
………………………………next…→……
「はぁ…はぁっ」
「思ったより厳しいな。ほふく前進というのは」
「でも歩いた方が楽とか言い出したらまた衝撃波が飛んでくるかもしれませんよ!」
「…だが衝撃波は…来ない。見たまえ…空気中の揺れに相当するものは」
「ですけど」
「……おや」
「どうしたんですか?」
「ジュリアだ。私が創造した首輪には通信機能がある。といっても創造した当時の私の力ではタイムラグというデメリットを加える必要があったわけだが…」
「もしかしてその通信機能って緊急用ですか…?」
「ああ。ジュリアが自分1人で解決出来るか判断に迷った場合に使うよう言っている」
「判断に迷うって…そこまで緊急な感じがしないような」
「何を。ジュリアは私よりも優れた頭脳を持ち、頑丈な体を有している。それで勝てない相手に私が勝てるわけがない」
「………」
「…敵は1人だ。衝撃波の正体も分かったらしい。君のパートナーも見つかった」
「ほ、本当ですか!!」
「立て。走るぞ。衝撃波はジュリアが阻止するはずだ」
「はいっ!!」
…走るとものすごく楽だ。
安全策とはいえ、ほふく前進はもう2度とやりたくない。
「真。君は筋力に自信があるか?」
「何でですか!」
「パートナーは倒れているそうだ。軽く抱き上げて走るくらいは」
「……や、やります!やりますよ!」
「なっ…あれか…!?」
立ち止まったダンさん。
その目線の先には………何あれ。
ジュリアさんが戦ってる相手…血塗れだ。
よく見なくても分かる。大怪我してる。
…ゾンビ。それが適切な言葉だ。
汚い服を着て、狂気的な笑顔で、
ドッ…!!
「ダンさん!」
「分かっている!」
衝撃波…!
伏せて避けた。…あ
「凪咲さん…?」
「真。私達で君のパートナーを運ぶぞ。安全な場所まで逃げよう。時間はジュリアが稼ぐ」
「…でも大丈夫なんですか!ジュリアさんは!」
「長引けば厳しい。急ぐぞ」
2人で凪咲さんに近づく…
「あーーー!来た来た来た来た来たっ!今度は男ー!」
っ…甲高い。なんというか、ぶりっ子だ。
キャラ設定を貫くのに必死なアイドルみたいな…
「だめーー!その子はオガルちゃんのー!!」
「ご主人様!伏せてください!」
「くっ!」
ジュリアさんの声に合わせて姿勢を低くする。
しゃがむ程度では足りない。瞬間的に腕立て伏せを行うくらいでなければ。
「っ、凪咲さん…!」
「ジュリア!」
「分かっています!ご主人様!」
ダンさんは僕に向かって頷いた。
今の一瞬で、ジュリアさんが本気で僕達を守ろうとしているのだと察した。
彼女への負担を減らすために、僕達は凪咲さんを急いで運ばなければ…!
「君は上半身!私は足を!」
「はいっ!!」
うつ伏せの彼女を無理やり持ち上げる。
せーの、だの…よいしょ、だの言ってる暇はない。
呼吸する時間すら惜しいのだ。
「だめ!だめ!オガルちゃんの!うわあああ!!」
「くぁ…」
駄々をこねる子供だ。
ただ、その一時的な感情の乱れはジュリアさんの許容範囲を超えてしまった。
彼女の肩が打たれて…世界がゆっくりになった。
スローモーション。本当にこんなことがあるなんて。
……これは、もしかしたら神様がくれたチャンスなのかもしれない。
「展開!!」
衝撃波がジュリアさんの肩辺りから発生する。
僕達に届く前に僕の左手から離れたアイアン・カードが巨大化して
…ォォォォォオオン……!!
「っ、防げた!」
時間の流れが戻った。
片手を離したせいでバランスを崩して凪咲さんを落としそうになったがどうにか耐えた。
「素晴らしい!」
「まぐれです!」
凪咲さんは重くない。軽い方だ。
でも、人間としての最低限の重さがある。
せめて肩を貸して一緒に走って逃げられれば…次は衝撃波を防げるか分からない。
「圧縮!」
カードは左手に。
次は放り捨てる形で展開を「待って?」
「っ……」
僕の耳元で声がした。
ダンさんでもジュリアさんでも凪咲さんでもない…としたら。
「置いてけ」
………………………to be continued…→…




